No | 118894 | |
著者(漢字) | 仙石,徹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | センゴク,トオル | |
標題(和) | Vasa ヘリケースの inchworm メカニズムによるトランスロケーションの構造的基盤 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118894 | |
報告番号 | 甲18894 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4547号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 ヘリケース (helicase) は、核酸の高次構造を変化させるATP駆動の分子モーターである。反応サイクルにおいてヘリケースはATPの結合と加水分解に伴って構造変化を起こし、それにより核酸のトランスロケーションを行い、核酸の様々な構造変化(二本鎖や結合タンパク質の解離、ホリデージャンクションの移動など)を触媒する。これによってヘリケースは遺伝暗号の発現と維持に関わる様々な過程において重要な役割を果たしている。 アミノ酸配列を元にした分類によって、ヘリケースは3つのスーパーファミリーと2つのファミリーに分類される。スーパーファミリー2 (SF2) はその中で最大のスーパーファミリーであり、早老症などの原因遺伝子産物を含む RecQ ファミリー、クロマチンリモデリング酵素である Swi2/Snf2 ファミリー、RNAヘリケースであるDEAD-boxファミリーなど、様々なタンパク質が含まれる。Vasa はショウジョウバエのDEAD-box RNAヘリケースであり、腹部と生殖細胞の分化に必須なタンパク質である。発生において Vasa は胚の後極に局在し、特定のmRNAの翻訳開始を促進すると考えられている。ヒトを含む多くの動物で Vasa は生殖細胞特異的に発現しており、広く保存された生殖細胞の分化メカニズムの存在が示唆されている。 これまでに、SF2に属するC型肝炎ウイルス由来NS3ヘリケース (NS3) と一本鎖DNAとの複合体が構造解析されており、これがSF2タンパク質のヘリケースドメインと核酸との複合体構造として唯一の例であった。この構造はATPやそのアナログを含まない条件で構造決定されており、反応サイクルにおけるATPフリー型構造を表すと考えられる。そこにおいて、SF2の保存モチーフは二つのRecA-likeドメイン (NTD と CTD) 上に存在し、一本鎖DNAはこの二つのドメインにまたがって結合していた。ATP加水分解に関わるとみられる残基は NTD と CTD の間の溝に集まっていたが、これらの残基が協働してATPを結合、加水分解するにはドメイン間の溝が広すぎた。SF2タンパク質がATPアナログと核酸を結合した構造はいまだに決定されておらず、ATPの結合と加水分解に伴って起こる構造変化は明らかになっていなかった。 本研究では、Vasa と RNA、ATP アナログからなる三重複合体の結晶構造解析を行った。それによりSF2のATP結合型構造を決定し、反応サイクルにおける構造変化を明らかにして反応メカニズムを解明することが目的である。 全体構造 Vasa(アミノ酸配列200-623)と poly(U) RNA (U10)、AMPPNP(ATP の非水解アナログ)からなる三重複合体の結晶構造を2.2〓分解能で決定した(図1)。R因子とフリーR因子はそれぞれ19.7%と25.0%である。構造モデルは、Vasa のアミノ酸配列202-621、7ヌクレオチドのRNA、1個のAMPPNPとMg2+を含む。 これまでに構造解析されたSF2タンパク質と同様に、Vasa は二つのRecA-like ドメイン(NTD; アミノ酸配列233-459、CTD; アミノ酸配列460-621)を持ち、それらの折りたたみ構造もよく似ていた。特に、DEAD-box タンパク質である eIF4Aと MjDEAD(それぞれ、タンパク質単独で構造解析されている)の対応するドメインとは非常によく似ていた。一方、二つのドメイン間の相対位置はこれらの構造と Vasa 複合体構造の間で大きく異なっていた。NTDとCTDは、eIF4Aの構造においては互いに相互作用しておらず、MjDEADの構造においては一部の領域においてのみ相互作用していた。それに対して、Vasa の構造においてNTDとCTDは密接に相互作用しており、AMPPNPがドメイン間の溝に深くはまりこんで結合していた。また、RNAはドメイン間の溝にほぼ垂直な方向に、二つのドメインにまたがって結合しており、5'側がCTDと、3'側がNTDと相互作用していた。保存されたモチーフのほとんどはドメイン間の溝に面して位置しており、QモチーフとモチーフI、II、V、VIがAMPPNPの結合に、GGモチーフとモチーフIa、Ib、IV、VがRNAの結合に関与していた。アミノ酸配列202-232の領域は、DEAD-box ファミリー内では保存されていないが、Vasa のホモログにおいて保存されている。この領域はドメイン間の溝に沿うように伸び、AMPPNPの結合に関与していた。 ATPの結合と加水分解 ATPase 部位は NTD と CTD の間に形成されており、3リン酸部分はモチーフI、II (NTD)、VI (CTD) によって認識されていた(図2)。すなわちATPase部位において NTD と CTD はAMPPNPの3リン酸部分を介して間接的に相互作用している。さらに、加水分解反応において求核攻撃を行うであろう水分子が同定された(図2、矢印)。この水分子は攻撃を受けるリン原子から3.25〓の距離にあり、インライン攻撃に理想的な位置に存在する。この水分子はGlu400(モチーフ II)、His575(VI)、Arg579(VI)と相互作用しているが、これらに相当する残基に変異が導入された eIF4A は ATPase 活性とヘリケース活性が低下することが示されている。よって、本構造はSF2の反応サイクルにおける機能的なATP結合型状態を表すと考えられる。 モチーフVIからは2つの Arg 残基 (Arg579、Arg582) が3リン酸部分の結合に関与している。これらの残基は ATPase 反応の際に負電荷を帯びた中間体を安定化するとともに、γ-リン酸の状態を感知してドメインの相対位置変化を起こすセンサーとしても働いているであろう。 モチーフIIIに変異が導入された eIF4A は、RNA結合活性や ATPase 活性は大きく低下しないのにかかわらず helicase が完全に失われることが報告されている。すなわち、モチーフIIIはこれらの活性を共役させる機能がある。Vasa 複合体構造において、モチーフIIIのThr434はATPase反応に重要な二つの残基であるAsp402(モチーフII)とHis575の両方と相互作用していた。おそらくモチーフIIIはこのようなドメイン間相互作用を介して活性残基であるHis575を固定することにより、NTDとCTDが完全に収縮してトランスロケーションを起こすときにだけATPが分解されるようにしているのであろう。 RNA結合部位 Vasa と RNA との相互作用はほとんどが糖リン酸骨格を介したものであった(図3)。4個の2'-水酸基が認識されており、DEAD-box タンパク質がDNAよりRNAに対して働く事実と一致する。RNAの塩基部分はほとんど認識されておらず、ヘリケースドメインはRNAの配列特異性の決定に関与しないと考えられる。 NTDとCTDによるRNAの結合様式には対称性が見られた。すなわち、NTDのThr375(モチーフ Ib)とCTDのThr546(V)は二つの RecA-like ドメイン上の同じ位置にあるだけでなく、それぞれU6とU4のリン酸基を同じように結合していた。同様に、NTDのGly354(GGモチーフ)とCTDのGly521(β11-α13ループ)がそれぞれU6とU4のリン酸基を、NTDのArg328(モチーフ Ia)とCTDのLys499(IV)がそれぞれU5とU3のリン酸基を、同じように結合していた。NTDとCTDによる対称的な核酸結合は、NS3・DNA複合体構造においても見出されており、SF2に共通の核酸結合様式であると考えられる。 NS3・一本鎖DNA複合体との構造比較 ATPの結合と加水分解に伴う構造変化を明らかにするために、NS3・一本鎖DNA複合体(ヌクレオチドフリー型)との構造比較を行った。それぞれのNTDを重ね合わせたところ、Vasa の構造においてCTDがよりNTDに近づいており、ドメイン間の溝が狭くなっていることが明らかになった。ATPase 部位を比較すると、NS3においてはCTD上のモチーフVIを含むαヘリックスがNTDから離れる方向に約3〓動いていた(図2)。この構造変化はAMPPNPの3リン酸部分を介したドメイン間相互作用が失われたことによって起こり、それが全体のドメイン運動を引き起こすのであろう。 そのようなドメイン運動の結果、核酸の結合様式にも変化が起こった(図3)。Vasa においてNTDとCTDは上に挙げたような対称的相互作用によって連続する4個のリン酸基 (NTDがU6とU5、CTDがU4とU3) を結合していた。それに対して、NS3においてNTDはdU6とdU5リン酸基を、CTDはdU3とdU2のリン酸基と対称的相互作用を形成しており、1ヌクレオチドだけ長い核酸配列を結合するようになっていた。 これらの観察は、SF2の「inchworm(尺取虫)メカニズム」による核酸のトランスロケーションを強く示唆するものである。すなわち、SF2タンパク質はATPを結合すると収縮型構造(Vasa 複合体)を、ATPの加水分解後には伸長型構造(NS3複合体)をとる。それに伴って、NTDとCTDにある核酸結合部位が互いの距離を変化させて、トランスロケーションを行うと考えられる(図4)。 Vasa 複合体の全体構造NTD、CTD、N末端伸長領域をそれぞれ青、赤、黄で示す. 左; VasaのATPase部位.右; NS3のATPase部位. 左; Vasa によるRNAの結合.右; NS3によるDNAの結合. inchwormメカニズム | |
審査要旨 | ヘリケース (helicase) は、核酸の高次構造を変化させるATP駆動の分子モーターである。反応サイクルにおいてヘリケースはATPの結合と加水分解に伴って構造変化を起こし、それにより核酸のトランスロケーションを行い、二本鎖解離などの核酸の様々な構造変化を触媒する。これによってヘリケースは遺伝情報の発現と維持に関わる様々な過程において重要な役割を果たしている。 スーパーファミリー2 (SF2) はヘリケースの最大のスーパーファミリーであり、RNAヘリケースであるDEAD-box ファミリーや他の様々なタンパク質を含む。Vasa はショウジョウバエのDEAD-box RNAヘリケースであり、特定のmRNAの翻訳開始を促進することにより腹部と生殖細胞の分化に働いている。 これまでに、SF2に属するC型肝炎ウイルス由来NS3ヘリケース (NS3) と一本鎖DNAとの複合体が構造解析されており、これがSF2タンパク質のヘリケースドメインが核酸を結合した唯一の構造であった。この構造はATPやそのアナログを含まない条件で構造決定されており、反応サイクルにおけるATPフリー型構造を表すと考えられる。一方で、SF2ヘリケースがATPアナログと核酸を結合した構造はいまだに決定されておらず、ATPの結合と加水分解に伴って起こる構造変化は明らかになっていなかった。 論文提出者は、SF2ヘリケースの反応メカニズムを解明するために、Vasa・RNA・ATPアナログ (AMPPNP) からなる三重複合体の結晶構造解析を行った。 本論文は3章からなる。第1章は、研究の背景と目的について述べられている。第2章は、VasaVasa・RNA・AMPPNP複合体の結晶構造RNA・AMPPNP複合体の結晶構造決定までの過程について述べられている。Vasa は全長では結晶化しなかったため、論文提出者はまず結晶化に適した断片の検討を行っている。そして、poly(U) RNAとAMPPNPとの複合体の結晶化を行い、セレノメチオニンを用いた多波長異常分散法を用いて2.2〓分解能での構造決定に成功している。 第3章では、まず決定された構造に基づいて、ATP加水分解メカニズムとRNA結合メカニズムについて述べられている。その後、NS3ヘリケース・DNA複合体との構造比較に基づいて、SF2ヘリケースの反応メカニズムについての議論が述べられている。Vasa は他のSF2タンパク質と同様に、2つのRecA-like ドメイン(N末端側のNTDとC末端側のCTD)を持っていた。AMPPNPはドメイン間の溝に結合しており、両ドメイン上の保存モチーフ(NTD 上のモチーフI、IIと、CTD上のモチーフVI)が共同的に3リン酸部分を結合してATPase部位を形成していた。さらに、ATP加水分解時に求核攻撃を行うと考えられる水分子が構造中で観測されている。すなわち、本研究で決定された構造はATP加水分解の直前状態をとらえたものであり、反応サイクル中におけるATP結合型構造を表すと考えられる。一方で、RNAはドメイン間の溝と垂直な方向に伸びており、5'側はCTDに、3'側はNTDに結合していた。GGモチーフ、モチーフIa、Ib、IV、V由来の保存された残基がRNAの糖リン酸骨格と密接に相互作用しており、RNAの配列非特異的な結合を実現していた。 NS3・一本鎖DNA複合体(ヌクレオチドフリー型)との構造比較から、Vasaの構造においてCTDがよりNTDに近づいており、ドメイン間の溝が狭くなっていることが示された。論文提出者は、AMPPNP (ATP) の3リン酸部分を介したドメイン間相互作用の有無が、全体的なドメイン運動に結びつくことを示唆している。また、ドメイン運動の結果、核酸結合様式も変化しており、ATP結合型の Vasa よりATPフリー型のNS3は1ヌクレオチドだけ長い核酸配列を結合していることが示された。これらの観察から申請者は、SF2ヘリケースがいわゆる「inchworm(尺取虫)メカニズム」によって機能することを主張している。それによると、SF2ヘリケースはATPを結合すると収縮型構造(Vasa 複合体、NTDとCTDが近づいている)を、ATP加水分解後には伸長型構造(NS3複合体、NTDとCTDが離れている)をとり、それに伴って両ドメイン上の核酸結合部位が互いの距離を変化させ、トランスロケーションを行うと考えられる。 なお、本論文は、東京大学の横山茂之教授、濡木理助教授(現・東京工業大学教授)、理化学研究所の中村輝博士、堂前直博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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