学位論文要旨



No 118896
著者(漢字) 田中,祥徳
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヨシノリ
標題(和) ヒトセントロメア局在タンパク質CENP-Bの構造解析および機能解析
標題(洋)
報告番号 118896
報告番号 甲18896
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4549号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀越,正美
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 助教授 渡辺,嘉典
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

DNAは生物の遺伝情報が書き込まれている本体である。ところが、一つの細胞内のDNAは、ヒトの場合全長約2mと大変長い。そのため、通常DNAは、四種類のコアヒストンタンパク質 (H2A, H2B, H3, H4) に巻きついたヌクレオソームと呼ばれるビーズ状の構造を形成し、折りたたまれて収納されている。細胞分裂時には、それらのヌクレオソームはさらに高次に凝縮され、最終的には染色体とよばれる構造となる。セントロメアは、細胞分裂時にこれらの染色体を正確に分配させる機能を持つ染色体領域の一つであり、この領域に異常が起こると染色体の正常な分配が阻害される。

このセントロメア機能に関与するタンパク質やDNAなどの因子について、これまでに数多くの解析が行われ、セントロメア領域には凝縮した特異的なクロマチン構造が形成され、それがキネトコア形成の基盤となっているということが示唆されている。哺乳類のセントロメアDNAの多くは反復配列を持っており、ヒトではα-サテライトDNAとよばれる約171塩基対のDNAを基本単位とする繰り返し配列がセントロメア領域に分布している。そしてα-サテライトDNAリピートの一回分の長さのDNAがコアヒストンタンパク質に巻きついて一個のヌクレオソーム構造を形成していると推測されている。前述したセントロメア特異的なクロマチン構造は、α-サテライトDNAを含んだヌクレオソームと、様々なセントロメア局在タンパク質群との複合体を基本とし、それをさらに凝縮させることによって形成されていると考えられている。

セントロメア局在タンパク質として、これまでにヒトではCENP-A、CENP-Bなどのタンパク質が同定されている。CENP-AはそのC末端側 約2/3の部分に、ヒストンH3のそれと62%の高い相同性をもつ領域があり、セントロメア特異的なヒストンH3のバリアントであると推定されている。一方、CENP-Bは、これまで発見されたセントロメア局在タンパク質の中では唯一配列特異的なDNA結合活性を示すタンパク質である。セントロメア領域のα-サテライトDNAリピート中には、一回おきにCENP-B box と呼ばれる17塩基対の配列が出現する。CENP-BはN末端側にDNA結合領域をもっており、CENP-B box に配列特異的に結合する。

そしてCENP-Bの結合が、ヌクレオソームのポジショニングを誘起することが報告され、このことはCENP-Bがセントロメア特異的なクロマチンの形成において重要な役割を果たしていることを示唆した。また、CENP-Bは二量体形成ドメインも持っており、その二量体形成活性もセントロメア領域のDNAの凝縮に関わっていると考えられている。さらに最近、CENP-B box が de novo のセントロメア形成において必須であることが報告された。これらのことから、CENP-BおよびCENP-B boxはセントロメアの機能に重要な役割を果たすと考えられる。そこで本研究ではセントロメアの構築メカニズムと機能を明らかにする目的で、CENP-Bに着目し、CENP-BのDNA結合領域(N末端側129残基、以下CENP-B1-129)と CENP-B box を含むDNAとの複合体についてX線結晶構造解析を行った。さらに、CENP-B1-129の存在下で再構成したヌクレオソームについて生化学的解析を行った。

まず、CENP-B1-129とCENP-B box DNAとの複合体のX線結晶構造解析を行った。CENP-B1-129は変性状態で精製し、CENP-B box DNAと混合した。そして、CENP-B1-129の変性状態からの巻き戻しと同時に、DNA との複合体の再構成を行った。得られた複合体について結晶化をおこない、シンクロトロン放射光施設 (Spring-8) において、X線回折データを収集し、その分子構造を2.5〓分解能で決定した。CENP-B1-129とCENP-B box DNA との複合体の全体構造を図1に示す。CENP-B1-129はhelix-turn-helixモチーフを含むドメインが二つ連なった構造から構成されており、DNAはCENP-B1-129の結合によって全体で約60度曲がっていることが明らかになった。さらに詳しく解析を行った結果、DNA は二箇所でキンク構造を形成しており、このようなCENP-BのDNAへの結合様式は、これまでのDNA結合タンパク質にはないものであった。

さらにこのCENP-BとDNAとの複合体が形成する特殊な構造が、セントロメア特異的クロマチンの構築においてどのような役割を果たしているかを明らかにする目的で、ヌクレオソームおよびセントロメア特異的ヌクレオソームとCENP-B1-129との相互作用について生化学的な解析を行った。

まず、5種類のヒストンタンパク質 (H2A, H2B, H3, H4, CENP-A)をリコンビナントタンパク質として大腸菌内で発現させ、それぞれを精製した。そして、H2A, H2B, H3, H4とα-サテライト配列を含むDNA (satellite-4 DNA; 186 塩基対) から通常のヌクレオソーム(H3ヌクレオソーム)を、また H2A, H2B, CENP-A,H4 と satellite-4 DNAからセントロメア特異的ヌクレオソーム(CENP-A ヌクレオソーム)を、それぞれ塩透析法により試験管内で再構成することを試みた。それらのサンプルについてゲルシフトアッセイ法による解析を行った結果、H3ヌクレオソームおよびCENP-Aヌクレオソームに対応するバンドが観察された (図2,lane2,lane4)。次に、これらのサンプルについて Microccocal nuclease(以下MNase)での限定分解による解析を行った。その結果、双方のサンプルについてコアヒストンに巻きついた DNA が約146塩基対の断片として残り(図3A)、両方のヌクレオソームが正しく形成されていることが確認できた。

次に、CENP-B1-129の存在下で上記の二種類のヌクレオソームを同様に再構成し、ゲルシフトアッセイ法による解析を行った。その結果、CENP-B1-129を加えることによってヌクレオソームよりもさらに泳動度の小さなバンドが観察された (図2, lane 3, lane 5)。また、先ほどと同様にサンプルをMNaseで処理して解析した結果、CENP-B1-129を加えない場合と同様に約146塩基対のDNA断片が残った(図3B)。解析に用いたDNAは中央部にCENP-B box を持っため、どのような146塩基対の配列を考えても必ずCENP-B box が含まれる(図5B)。これらのことから、この場合はCENP-B1-129はヌクレオソームコアを形成しているDNAに直接結合していると考えられる。

このことを確認するために、ここで再構成した四種類のヌクレオソームについて Deoxyribonuclease I (DNase I) を用いてフットプリント法による解析を行った。その結果、四種類のサンプル全てにおいて、10塩基対間隔でバンドの強弱パターンが観察された(図4)。これは、ヌクレオソームのフットプリント法による解析において典型的に観察されるものである。また、CENP-B box の周辺でDNase I による切断が弱くなっており、CENP-B1-129がヌクレオソームに結合していることを確認できた (図4, lane4, lane6)。

そこで次に、CENP-B1-129の結合によって、ヌクレオソームコアが形成される位置に変化が起こるか否かを調べるため、マッピング解析を行った。その結果、四種類のヌクレオソームのコアは主に二つの位置(それぞれ position A、position B とした)を占めるということが明らかになった(図5A)。定量解析を行った結果、H3のCENP-Aへの置換はヌクレオソームのポジショニングに影響を与えないが(図 5C)、CENP-B1-129がCENP-B box に結合することによって、H3 ヌクレオソームおよびCENP-Aヌクレオソームが position Aへとポジショニングを受けることがわかった(図5C)。従って、α-サテライトDNAリピート上に規則正しくヌクレオソームが並んだ構造を形成するには、CENP-Aではなく主にCENP-Bがその役割を担っていることが考えられる。

この結果をもとに、CENP-B1-129の結合によって、ヌクレオソームコアが position A に配置される場合の構造モデルを提案した(図6)。CENP-Bの結合によって湾曲するCENP-B box DNAの構造は、セントロメア特異的なヌクレオソームをポジショニングさせる際に何らかの都合の良い働きをする構造である可能性がある。

さらに、satellite-4 DNA 内の CENP-B box の位置を動かした変異型 satellite-4 DNA を用いてCENP-B1-129/DNA複合体を再構成して解析したところ、satellite-4 DNAのCENP-B box 以外の部分が何らかの intrinsic な構造を形成しているらしいということがわかった。この構造もセントロメア領域におけるクロマチン構造形成に寄与している可能性がある。

CENP-B1-129/CENP-B box DNA 複合体の分子構造

ヌクレオソームのゲルシフト法による解析レーン1;DNAのみレーン2;H3 ヌクレオソームレーン3:CENP-B1-129の存在下で再構成したH3 ヌクレオソームレーン4;CENP-A ヌクレオソームレーン5;CENP-B1-129の存在下で再構成したCENP-Aヌクレオソーム

Microccocal nuclease による解析再構成したサンプルをMicroccocal nuclease (MNase) で限定分解し、それぞれを電気泳動した。(A)CENP-B1-129を含まない状態で再構成したヌクレオソームをMNase処理したもの(B)CENP-B1-129の存在下で再構成したヌクレオソームMNase処理したもの

DNase I フットプリンティング法による解析レーン1;DNA(186塩基対)のみをDNase Iで切断したものレーン2;DNA/CENP-B1-129を切断したものレーン3;H3 ヌクレオソームを切断したものレーン4;H3 ヌクレオソーム/CENP-B1-129を切断したものレーン5;CENP-A ヌクレオソームを切断したものレーン6;CENP-A ヌクレオソーム/CENP-B1-129を切断したもの図中の黒丸は10塩基対間隔でみられるラダーの位置を、また黒三角はCENP-B1-129の結合によってDNase Iの切断が弱くなっている位置を示す。

ヌクレオソームのポジションのマッピング(A)ヌクレオソームコア粒子を形成する146塩基対の断片を制限酵素で切断し泳動した。(B)(A)の結果をもとに決定した主なポジションA, Bの位置を今回用いたDNA(186塩基対)上に示した。(C)ヌクレオソームがそれぞれの位置を占める割合を定最解析した結果。

ヌクレオソームコア上に結合しているCENP-B1-129

審査要旨 要旨を表示する

CENP-Bは、真核生物においてセントロメア特異的なクロマチン構造が形成される上で、中心的な役割を果たすタンパク質の一つである。セントロメア特異的なクロマチン構造が形成される際には、その領域のヌクレオソームは規則正しくパッキングされ、高次に凝縮した構造を形成することが明らかになっており、CENP-Bは、このヌクレオソームのパッキングに関与することが示唆されている。本論文では、ヒト CENP-B の構造生物学的解析および生化学的解析を行い、CENP-Bのセントロメア特異的クロマチンが形成される分子機構の研究を行っている。

第2章ではCENP-Bとその認識DNAとの複合体の構造について述べている。ヒトCENP-Bは、全長599アミノ酸からなるタンパク質であり、そのうちアミノ末端側129残基(CENP-B1-129)は、CENP-B box と呼ばれるDNA配列に、特異的に結合する活性を持っている。ところが、このCENP-B1-129は、単体で可溶性のタンパク質として大量精製するのは困難であり、また、溶液中でもほとんどのCENP-B1-129分子が速やかに沈殿を形成してしまうことから、構造解析が困難であると考えられていた。論文提出者は、まずこのCENP-B1-129を変性状態で可溶化して大量精製を行っている。そして、その CENP-B1-129 を変性条件下でCENP-B box DNA と混合したのちに巻き戻すことによって、非常に安定なCENP-B1-129/CENP-B box DNA 複合体を再構成している。また、その複合体をさらに精製して、優れた単結晶を作成している。そして、DNA部位にヨウ素修飾を導入した重原子置換体をもちいて、重原子同型置換法をもちいたX線結晶構造解析によりCENP-B1-129/CENP-B box DNA複合体の立体構造を決定している。その結果、CENP-B1-129はそれぞれヘリックス・ターン・ヘリックスモチーフをもつ二つのドメインが連結された構造からなることが明らかになった。また、CENP-B1-129の結合によってCENP-B box は約60度の湾曲構造を形成することが明らかになった。これらの知見から、論文提出者は、CENP-BはDNAを湾曲させることによってその近傍のヌクレオソームをポジショニングさせるのであろうという仮説を提案している。

第3章では、そのCENP-Bがヌクレオソームをどのような位置にポジショニングさせるのかについて、生化学的に解析している。ヌクレオソームは四種類のヒストンタンパク質にDNAが巻きついた構造から形成されているが、セントロメア領域では、ヌクレオソームは通常のヒストンタンパク質だけではなく、ヒストンH3のバリアントであるCENP-Aを含んでいると考えられている。論文提出者は、まず、ヒストンタンパク質およびCENP-Aを全てリコンビナントタンパク質として精製している。そして、それらのタンパク質およびセントロメアDNAを用いて、通常のヌクレオソームおよびCENP-Aを含むヌクレオソームを再構成する系を確立している。そして、CENP-B1-129の存在下でそれらのヌクレオソームを再構成し、ゲルシフトアッセイ法により解析している。その結果、CENP-B1-129はヌクレオソームのコア部分の DNA に直接結合していることが明らかになった。また、DNase I フットプリンティング法による解析、およびMNaseによるヌクレオソームコアのマッピング解析の結果、CENP-B1-129の結合によってヌクレオソームDNAの回転的な向きは変化しないが、その並進的な位置が一箇所の特定の位置へとポジショニングを受けることが明らかになった。この知見に基づいて、論文提出者は、CENP-B1-129が結合した状態のヌクレオソームの構造モデルを提案している。

なお、本論文は、東京大学大学院理学部の横山茂之教授、深井周也君、幾田まりさん、岩原淳二君、早稲田大学理工学部の胡桃坂仁志助教授、東京工業大学大学院生命理工学研究科の濡木理教授、藤田保健衛生大学総合医科学研究所の岡崎恒子教授、および理化学研究所の河口真一基礎科学特別研究員との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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