学位論文要旨



No 118897
著者(漢字) 西田,歩
著者(英字)
著者(カナ) ニシダ,アユム
標題(和) 新規 Armadillo 結合蛋白質 Sunspot による細胞周期制御遺伝子の転写の制御
標題(洋)
報告番号 118897
報告番号 甲18897
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4550号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 山本,雅
内容要旨 要旨を表示する

ショウジョウバエのセグメントポラリティ遺伝子armadillo (arm)はヒトの癌遺伝子β-cateninのホモログとして知られている。Arm 蛋白質は細胞内において細胞膜から核内まで幅広く局在し、細胞接着因子 E-カドヘリンの裏打ち蛋白質、Wingless (Wg)シグナルの伝達、Wgシグナル伝達経路の下流での転写の制御などの多くの機能を有している。Arm の多くの機能は、Arm 蛋白質と結合する因子の多様性に起因すると考えられる。Arm 蛋白質はN末端領域、アルマジロリピート領域、C末端領域から構成され、特に中央に位置するアルマジロリピート領域にはE-カドヘリン、APC、Axin、TCF、Legless など、多数の蛋白質が結合する。本研究では、Arm 蛋白質に結合する新規の蛋白質の存在を想定し、検索を行った結果、新規Armadillo結合蛋白質Sunspotを見出し、その機能を解析した。

新規Armadillo結合蛋白質Sunspotの同定

Arm のアルマジロリピートをbaitとして、ショウジョウバエ embryo cDNAライブラリーより Yeast two-hybrid 法を用いて新たな遺伝子の検索を行ったところ、新規の遺伝子 sunspot を見出した。Sunspot蛋白質は368アミノ酸をコードしていた。Sunspotのアミノ酸配列よりドメイン検索を行ったところN末端側にはBED finger モチーフが存在することが判明した。BED finger モチーフはショウジョウバエのDREF、Beaf-32などの蛋白質に存在し、Zn finger を形成してDNAに結合すると考えられる。次にSunspot蛋白質のどの領域が Arm との結合に重要な領域かを検討するために、Sunspot蛋白質の断片と Arm 蛋白質とでpull downアッセイを行った。その結果、Sunspotの235アミノ酸から307アミノ酸を含む領域がArm蛋白質との結合に重要であることが明らかになった。

Sunspot 蛋白質の細胞内局在

Sunspot 蛋白質の細胞内局在を調べるために蛍光蛋白質GFP (Green-Fluorescent-Protein) を付加したGFP-Sunspot を作成し、ショウジョウバエ成虫原基において発現させ、その細胞内局在を観察した。その結果、GFP-Sunspot は核内に局在し、凝集体を形成していることが明らかになった。次に Sunspot のアルマジロと結合する領域(AB領域:Armadillo Binding region)を含まないGFP-SunspotΔCを作成しその細胞内局在を観察するとGFP-SunspotΔCは核内に存在するがGFP-Sunspot で観察されたような凝集体を形成しないことが明らかになった。

Arm 蛋白質との結合能を有し、核内に存在する蛋白質としてTCFが知られているが、細胞膜結合型 Arm とTCF蛋白質を共発現させると核内に局在するTCF蛋白質は細胞膜に移行することが報告されている。Sunspot 蛋白質についても同様の現象が観察されるかどうか検討したところ、細胞膜結合型 Arm と共発現させることにより Sunspot は細胞膜に移行することが観察された。また、細胞膜結合型 Arm と Sunspot のアルマジロと結合する領域を含まないGFP-SunspotΔCを共発現させると、核内に存在しているGFP-SunspotΔCの局在は変化しなかった。これらの観察結果を総合すると、Sunspot は in vitro だけでなく in vivo においても Sunspot の AB 領域を通して Arm と相互作用していると考えられる。また、GFP-Sunspot で観察された核内凝集体の形成には Sunspot の AB 領域を含む部位が重要であると考えられる。

sunspot変異体の表現型

sunspot遺伝子の生体内での役割を明らかにするためにsunspot遺伝子欠損動物の作成を試みた。作製にはP因子の再転位と不正確な切り出しを利用した。その結果、sunspot遺伝子内部におよそ600bpの欠失を持つsunspot598を作出することができた。sunspot598はSunspot蛋白質の開始コドンを含む領域を欠失しているため正常なSunspot蛋白質を発現することができない。このことからsunspot598は機能完全欠失変異体であると考えられた。sunspot変異体は3令幼虫から蛹に変態できず、成虫原基が正常アリルの成虫原基と比較して著しく小型であった。さらに sunspot 変異体には受精後およそ6日後から、多くの個体で体内に 'melanotic-pseudotumor' の形成が認められた。Gal4/UAS系を用いて GFP-Sunspot をsunspot598にユビキタスに発現させるとこれらの表現型は回復したが、GFP-SunspotΔCをユビキタスに発現させてもこれらの表現型は回復しなかった。以上の結果より、sunspot 遺伝子はショウジョウバエの成虫原基の発達に必須の遺伝子で、AB領域がその機能に重要であると考えられる。

Sunspotは細胞周期制御遺伝子の転写を制御する

Arm 蛋白質のアルマジロリピートに結合する蛋白質の多くはWgシグナル伝達経路を制御することが知られている。Sunspot蛋白質もArm蛋白質と結合することから、Wgシグナル伝達経路を制御する可能性が考えられる。この可能性を検討するために、成虫原基上にsunspot変異細胞を誘導し、その細胞においてWg標的遺伝子の発現が変化するかどうかを観察した。しかし、sunspot変異細胞においてWg標的遺伝子の発現の変化は観察されず、sunspot遺伝子はWgシグナル伝達経路に必須な遺伝子ではないことが考えられた。

Sunspot蛋白質のN末端側にはBED fingerモチーフが存在する。BED fingerモチーフはショウジョウバエのDREF、Beaf-32などの蛋白質に存在し、このうちDREFはE2F-1やPCNAなどの細胞周期制御遺伝子の転写を制御していることが知られている。そこで、Sunspot が細胞周期制御遺伝子の転写を制御する可能性があると考え、成虫原基上にsunspot変異細胞を誘導し、E2F-1やPCNAの発現が変化するかどうかを検討した。その結果、sunspot変異細胞においてE2F-1やPCNAの発現が低下することが明らかになった。また、Gal4/UAS系を用いて成虫原基上でsunspotを強制発現させE2F-1やPCNAの発現が変化するかどうか検討したところ、sunspotが強制発現された領域でE2F-1やPCNAの発現が上昇することが明らかになった。以上の結果より、sunspotは成虫原基上においてE2F-1やPCNAなどの細胞周期制御遺伝子の転写を正に制御する機能を有することが明らかになった。

結論

我々はArm蛋白質と結合する新規蛋白質Sunspotを見出し、ショウジョウバエの成虫原基の発達に必須の遺伝子で、E2F-1やPCNAなどの細胞周期制御遺伝子の転写を正に制御する機能を持つことを明らかにした。Arm 蛋白質は Wingless シグナル伝達経路以外にもSunspotを介した細胞周期制御遺伝子の転写調節に関与していると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、ショウジョウバエのセグメントポラリティ遺伝子として知られる armadillo の新規機能についての分子生物学的な研究の結果、Armadillo蛋白質と結合する新規の蛋白質Sunspotを見いだし、Sunspot蛋白質の生体内における機能について述べられている。

armadilloはヒトの癌遺伝子であるβ-cateninのショウジョウバエホモログであり、現在まで幾つかの機能が知られている。β-cateninはE-cadherinの裏打ち蛋白質として細胞接着に寄与するほかに、Wntシグナル伝達系の情報伝達にも関与してWntシグナル伝達経路の標的遺伝子の転写活性化に関わっており、現在までのところ、Armadilloもこれら複数の機能を持つことが知られている。Armadillo が複数の機能を持つ原因は、Armadillo が複数の分子と相互作用するためであると考えられる。本論文ではArmadilloに結合する新規の蛋白質の存在を想定し、Armadillo のアルマジロリピートを bait として、ショウジョウバエembryo cDNA ライブラリーより Yeast two-hybrid 法を用いて検索を行った結果、新規Armadillo結合蛋白質Sunspotを見出した。Armadillo結合蛋白質は複数知られているが、本研究で見出された Sunspot は現在のところ他で報告されていない全く新規の蛋白質である。Sunspot蛋白質は368アミノ酸をコードしており、Sunspotのアミノ酸配列のドメイン検索より、N末端側にはBED finger モチーフの存在が示唆された。次にSunspot蛋白質とArmの結合に重要な領域を検討するために、様々な断片のSunspot蛋白質とArmadillo蛋白質とでin vitroでの結合を検討した結果、Sunspotの235アミノ酸から307アミノ酸を含む領域がArmadillo蛋白質との結合に重要であることが示された。

また、sunspot完全機能欠失変異体を作出し、その表現型を観察した結果、sunspot変異体は3令幼虫から蛹に変態できず、成虫原基が正常アリルの成虫原基と比較して著しく小型であった。

Armadillo蛋白質のアルマジロリピートに結合する蛋白質の多くはWgシグナル伝達経路を制御することが知られており、Sunspot蛋白質もWgシグナル伝達経路を制御する可能性が考えられる。この可能性を検討するために、成虫原基上にsunspot変異細胞を誘導し、その細胞においてWg標的遺伝子の発現が変化するかどうかを観察したが、発現の変化は観察されず、sunspot遺伝子はWgシグナル伝達経路に必須な遺伝子でないことが示された。

Sunspot蛋白質のN末端側にはBED fingerモチーフが存在し、他にBED fingerモチーフをもつと知られている遺伝子DREFはE2F-1やPCNAなどの細胞周期制御遺伝子の転写を制御している。そこで、Sunspot が細胞周期制御遺伝子の転写を制御する可能性について検討したところ、sunspot変異細胞においてE2F-1やPCNAの発現が低下することが明らかになった。また、sunspotの強制発現によってE2F-1やPCNAの発現が変化するか検討したところ、異所的なE2F-1やPCNAの発現が観察された。以上の結果より、sunspotは成虫原基上においてE2F-1やPCNAなどの細胞周期制御遺伝子の転写を正に制御する機能をもつことが示された。

以上のように、本研究は Armadillo 蛋白質と結合する新規蛋白質 Sunspot を見出し、Sunspotはショウジョウバエの成虫原基の発達に必須の遺伝子でありE2F-1やPCNAなどの細胞周期制御遺伝子の転写を正に制御する機能を持つことを明らかにした。すなわち、Armadillo蛋白質がWinglessシグナル伝達経路以外にもSunspotを介した細胞周期制御遺伝子の転写調節に関与することを示しており、極めて重要な研究である。なお、本論文は濱田文彦、秋山徹との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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