学位論文要旨



No 118899
著者(漢字) 横山,浩
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ヒロシ
標題(和) ヒトDNA修復タンパク質Rad51BとBCDX2複合体の機能解析
標題(洋) Functional Analyses of the Human DNA Repair Proteins Rad51B and the BCDX2 Complex
報告番号 118899
報告番号 甲18899
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4552号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 助教授 小林,一三
 東京大学 講師 名川,文清
 東京大学 教授 横山,茂之
 理研遺伝生化研究所 主任研究員 柴田,武彦
内容要旨 要旨を表示する

遺伝情報の正確な複製と子孫への伝達は、全ての生物において最も基本的な特性である。しかし、細胞の染色体は、様々な外的・内的要因によって常に損傷を受けている。これらのDNA損傷の中で染色体の二重鎖切断は、細胞にとって最も致命的であり、正確に修復されなければゲノム不安定化が引き起こされる。染色体の二重鎖切断は、放射線、DNA架橋変異原物質、通常の細胞内代謝によって生じる活性酸素などによって生成される。更に、DNA鎖に損傷があると複製フォークの進行が阻害され、染色体の二重鎖切断が生じることが知られている。相同組換え修復は、染色体の二重鎖切断を切断されていない相同染色体を鋳型として正確に修復する機構である(図1)。従って、相同組換え修復は、染色体の安定維持に大変重要な役割を果たしている。ゲノム不安定化は細胞の癌化への原因の一つであるから、染色体の安定維持機構の解明は非常に注目されている。

相同組換え修復の基本的メカニズムは、原核生物から高等真核生物に至るまで高度に保存されている。二重鎖切断された染色体末端は、エキソヌクレアーゼによって5'末端から3'末端方向に分解され、3'末端が突出した1kb程度の一本鎖DNA (ssDNA)が生成する。そのssDNAは切断されていない相同染色体の相同領域に侵入して、3'末端からDNAポリメラーゼによって伸張される。その後、切断された染色体と鋳型染色体由来の4本のDNA鎖から成るホリデイジャンクション(HJ)と呼ばれる中間体が形成される。HJが移動して解離することによって、相同組換え修復は完了する。相同組換え修復において、HJが生成するまでの過程を初期過程、それ以降の過程を後期過程と呼ばれている。

大腸菌のRecAタンパク質は、相同組換え修復の初期過程において中心的役割を担っている。RecAは3'末端突出ssDNA上に規則正しく結合して、ヌクレオプロテインフィラメントと呼ばれる構造体を形成する。このヌクレオプロテインフィラメントを形成することによりRecAは、相同鎖検索と対合を行う。RecAのホモログである真核生物のRad51タンパク質は、RecAと似た組換え活性を持っており相同組換え修復の初期過程において重要なタンパク質である。二重鎖切断を誘導する試薬で細胞を処理した後に蛍光顕微鏡でRad51の細胞内局在を観察すると、nuclear fociと呼ばれる核内にドット状の形体が見られる。このRad51 nuclear fociは、Rad51によって形成されたヌクレオプロテインフィラメントであると考えられている。脊椎動物では、Rad51の他にRecAと相同性を持つ5つのタンパク質(Rad51B, Rad51C, Rad51D, Xrcc2, Xrcc3)の存在が近年になって明らかにされ、Rad51パラログと呼ばれている。これは、原核生物と比較して真核生物のゲノムサイズが非常に長く、その安定維持のためにより複雑な修復機構を必要とするのでRad51パラログが存在すると推測されている。Rad51パラログ遺伝子の欠損した細胞は、自発的なゲノム不安定化を示し、DNA損傷薬剤に対して高感受性である。更にその欠損細胞は、Rad51 nuclear foci の形成機能が著しく低下しており、相同組換え修復に異常が見られる。また、Rad51パラログ遺伝子ノックアウトマウスは、胎生致死である。従って、Rad51パラログは相同組換え修復に関与し、染色体の安定維持に重要な機能を担っている。

5つのRad51パラログは、2種類のタンパク複合体を形成できることが報告されている。Rad51B, Rad51C, Rad51D, Xrcc2から成るBCDX2複合体と、Rad51C と Xrcc3 から成るRad51C/Xrcc3複合体である。また、BCDX2複合体の一部であるRad51D/Xrcc2複合体も組換えタンパク質として精製されている。Rad51C/Xrcc3複合体とRad51D/Xrcc2複合体が、RecAと似た相同鎖対合活性を持つことが生化学的実験により示されており、Rad51パラログが相同組換え修復の初期過程に関与する可能性が示唆されている。Rad51Bタンパク質も相同組換え修復の初期過程に関与すると考えられているが、その役割は不明である。そこで本研究は、Rad51BとRad51Bが含まれているBCDX2複合体の相同組換え修復における機能を生化学的に明らかにすることを目的として、実験を行った。`

ヒトRad51Bタンパク質を大腸菌で発現させ、3種類のカラムを用いて単一のタンパク質として高純度に精製する系を確立した。そのタンパク質を用いて、DNA結合活性を測定した。その結果、Rad51Bは、ATPとMg2+またはMn2+依存的にssDNAと二本鎖DNA(dsDNA)の両方に結合することが分かった。さらに、Rad51BはDNA依存的にATPアーゼ活性を示した。次に、相同組換え修復の初期過程の反応である相同鎖対合活性を測定したところ、その活性は検出されなかった。この結果は、Rad51BはRad51や他のRad51パラログとは異なる特異な役割を持つことが示唆された。そこで、相同組換え後期過程で作用する可能性を検討するために、HJを基質としたDNA結合活性を測定した。その結果、Rad51BはHJに高い結合親和性を示した。次に、HJ、Y型DNA、dsDNAを基質とした競合的DNA結合実験を行った。その結果、Rad51Bは、HJに優先的に結合した(図2)。

次に、BCDX2複合体の生化学的解析を行った。BCDX2複合体は、BCDX2複合体の一部であるRad51B/Rad51C複合体とRad51D/Xrcc2複合体から再構成した。Rad51B/Rad51C複合体とRad51D/Xrcc2複合体を別々に大腸菌で発現させ、両方の大腸菌を混合して破砕した。その可溶性画分を2種類のカラムで共精製を行い、BCDX2複合体を調整することができた。BCDX2複合体の複合体形成を免疫沈降法で確認したところ、安定な複合体が形成されていることが分かった。この結果から、Rad51BはBCDX2複合体として細胞内で存在して、相同組換えに関与する可能性が示唆された。BCDX2複合体の会合状態を、ゲル濾過で解析した。その結果、BCDX2複合体はボイド付近に溶質され、BCDX2複合体は600kDa以上の巨大な複合体であり、リングやフィラメント構造を形成している可能性が推測された。また、BCDX2複合体はssDNAとdsDNAの両方に結合し、ATPアーゼ活性を示した。次に、BCDX2複合体の7種類のDNA基質(ssDNA, dsDNA, 5'-tailed dsDNA, 3'-tailed dsDNA, nicked duplex, Y型DNA, HJ)に対する競合的DNA結合実験を行った。その結果、BCDX2複合体は、枝分かれ構造を持つDNA (Y型DNAとHJ) に対して優先的に結合する活性を持つことが分かった。次に、プラスミドサイズのDNA基質を使ってアニーリング活性を測定したところ、BCDX2複合体はその活性を持つことが分かった(図3)。また、BCDX2複合体の遺伝子をHeLa細胞に導入してRad51Bの細胞内局在を、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、Rad51BはDNA損傷薬剤処理の後、nuclear fociを形成することが分かった。このRad51B-nuclear foci は、Rad51Bのみを細胞に遺伝子導入した場合は観察されなかったので、Rad51BはBCDX2複合体としてnuclear fociを形成している可能性が推測された。

以上の結果から、Rad51Bは細胞内でBCDX2複合体を形成して、様々な機能を果たす可能性が推測される。BCDX2複合体は、枝分かれ構造を持つDNA (Y型DNAとHJ) に優先的に結合する活性を持っている。この活性から、BCDX2複合体はHJに結合して、そのプロセシングに関与する可能性が示唆される。従来、Rad51パラログは、相同組換え修復の初期過程でのみ機能すると考えられてきた。この結果は、Rad51パラログが相同組換え修復の後期過程で機能する可能性を初めて示唆しているので、大変興味深い。また、近年になって様々な経路の相同組換え修復が存在することが分かってきた。その中で、HJを経由しないsynthesis-dependent strand-annealing (SDSA)経路が知られている。SDSA経路ではY型DNAが中間体として形成され、そのY型DNAの分岐点がアニーリング反応で移動することが考えられている。BCDX2複合体はSDSA経路において、そのY型DNAに結合して移動させる可能性が推測される。また、DNA損傷によって複製フォークの進行が阻害された場合、HJを経由して修復されることが提唱されている。この停止した複製フォークの修復にもアニーリング反応が重要であることが知られている。従って、BCDX2複合体はこの停止した複製フォークの修復にも関与する可能性が示唆される。

相同組換え修復

Rad51Bの競合的DNA結合実験

BCDX2複合体のアニーリング実験

審査要旨 要旨を表示する

Rad51パラログは、脊椎動物の相同組換えによるDNA修復機構に関与するタンパク質である。Rad51パラログは、5つのタンパク質(Rad51B, Rad51C, Rad51D, Xrcc2とXrcc3) からなり、原核生物のRecA、真核生物のRad51タンパク質と20%程度の相同性を示すタンパク質である。そのRad51パラログは、2種類のタンパク質複合体 (Rad51B, Rad51C, Rad51D, Xrcc2からなるBCDX2複合体と、Rad51C/Xrcc3複合体) を形成するとが、既に報告されている。Rad51パラログは、相同組換え修復に関与することが判明しているものの、その具体的機能に関しては、不明な点が多い。本論文では,ヒトRad51BとBCDX2複合体の生化学的解析を行い、それらの相同組換え修復における分子機能の研究を行っている。

「Results」の前半部では、Rad51Bの生化学的解析が述べられている。組換えヒトRad51Bタンパク質を大腸菌で発現させ、3つのカラムでそのタンパク質を精製している。その精製されたRad51Bタンパク質を用いて、様々なDNA結合実験を行っている。Rad51Bは、ATPおよびMgイオン依存的に、二重鎖DNAに結合すること示している。さらに、論文提出者は、Rad51Bが相同組換え修復の後期過程の中心であるホリデージャンクション中間体に優先的に結合する活性を持つことを明らかにした。

「Results」の後半部では、BCDX2複合体の生化学的解析を行っている。Rad51B, Rad51C, Rad51D, Xrcc2を大腸菌で発現させ、それらを2つのカラムで精製して、BCDX2複合体を再構成することに成功している。その再構成されたBCDX2複合体を用いて、BCDX2複合体が枝分かれ構造を持つDNAに優先的に結合することを明らかにした。さらに、論文提出者は、BCDX2複合体がDNA鎖のアニーリング反応を触媒する活性を持つことを示している。

論文提出者は、これらの実験結果に基づいて、Rad51パラログの相同組換え修復における機能を考察している。論文提出者は、Rad51パラログが相同組換え修復の後期過程で機能する可能性を初めて示唆した。また、Rad51パラログが、SDSA経路と呼ばれる相同組換え修復系や、損傷を受けた複製フォークの修復系にも関与する可能性も示唆した。

なお、本論文は、東京大学大学院理学部の横山茂之教授、理化学研究所の柴田武彦主任研究員、井川粛子研究員、早稲田大学胡桃坂仁志助教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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