No | 118902 | |
著者(漢字) | 西岡,朋生 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシオカ,トモキ | |
標題(和) | インドネシアにおけるレーベル病家系の同定と生物学的解析 | |
標題(洋) | Identification and biological characterization of an Indonesian family with Leber's hereditary optic neuropathy | |
報告番号 | 118902 | |
報告番号 | 甲18902 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4555号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ミトコンドリア病とは、細胞内のミトコンドリアの異常が原因となり、脳・神経系、心筋・骨格筋に起こる様々な障害を生じる疾患であり、CPEO・MELAS・MERRF等がある。レーベル病もこれらミトコンドリア病のひとつで、主に15〜40歳に発症し、急性の視力低下とそれに伴う視神経の萎縮が起こる。他のミトコンドリア病と比べ、視神経以外の神経・筋にほとんど異常が見られないこと、男性患者の割合が高い(患者の80%が男性)ことが特徴となっている。レーベル病にはミトコンドリアDNA上に3つの特異的遺伝子変異(G11778A・G3460A・T14484C)が見つかっており、これらの変異はすべてミトコンドリア呼吸鎖酵素複合体Iのサブユニットをコードする遺伝子上にある。レーベル病の報告・研究は、ヨーロッパで多くされているが、東南アジアにおける報告は少ない。インドネシアにおいて6世代にわたる家族性視力障害を有する家系が見つかった。本研究では、この家系の家族性視力障害がレーベル病であると同定し、この家系から得られた血液試料からDNAの抽出・株化B細胞の樹立を行い、これらの試料を用いてレーベル病についての生物学的解析を行った。 12人の盲目患者を含めた43のDNAについて、PCR-PFLP法・Direct sequencing法によるスクリーニングを行った結果、母系家族全員がミトコンドリアDNA上にT14484C変異をホモプラスミーの形で持つことが示され、この家系の家族性視力障害はレーベル病であることが明らかになった。この家系でのレーベル病の浸透率は33.3%、患者の75%が男性であった。また、この母系家族のミトコンドリアDNAはハプログループMに属することが示された。レーベル病を発症した母親と、発症していない母親の子供における発症率には差はなかった。 G11778A変異を持つ集団の末梢血ミトコンドリアDNA量は患者・非発症変異保持者ともに対照群のものに比べ増加しているという報告があり、レーベル病特異的変異を持つことでミトコンドリアDNA量が増加することが示唆されている。今回、T14484C変異を持つ家系について、リアルタイムPCR法により末梢血における核DNAあたりのミトコンドリアDNA量を調べ、レーベル病患者・非発症変異保持者・対照群間で比較したところ、患者のミトコンドリアDNA量は変化がないが、非発症変異保持者のものが対照群に比べ有意に多かった(Mann-Whitney test)。レーベル病特異的変異以外に非発症変異保持者のみがミトコンドリアDNA量を変化させる要因を持っていた可能性は完全には否定できないものの、一つの村に住む家系を用い、対照群も患者の家族を用いており、環境要因や核遺伝子が3群間で類似していることから、非発症変異保持者におけるミトコンドリアDNA量の増加は、レーベル病特異的変異による呼吸鎖酵素複合体Iの活性低下に対する補償作用と考えられる。G11778A変異保持者の末梢血のミトコンドリアDNA量が増加しているという報告も、この呼吸鎖酵素複合体Iの活性低下に対する補償作用という考えを支持する。T14484C変異保持者の非発症者のミトコンドリアDNA量が多いことについては、補償作用によるミトコンドリアDNA量の増加は人によって異なり、視神経である程度までミトコンドリアDNA量が増加した人はレーベル病の発症率が低下する、または増加したミトコンドリアDNAがレーベル病発症に伴い低下する可能性がある。このようにT14484C変異を持つレーベル病ではミトコンドリアDNA量とレーベル病発症との間に関連があることが示された。また、G11778A変異とT14484C変異との間で相違があることから、変異によってレーベル病発症に関連する要素の関連度が異なることが示された。加齢によるミトコンドリアDNA量の変化も調べたが、年齢とミトコンドリアDNA量との間に有意な相関はなかった。 ミトコンドリア呼吸鎖酵素複合体Iの異常は、酵素活性の低下のほかに活性酸素種の放出量を増加させる。そこで、レーベル病と酸素ストレスとの関連を調べるために、末梢血から樹立したB細胞株を用いて、レーベル病特異的変異保持細胞の酸化ストレスに対する感受性を調べた。B細胞株を様々な濃度のH2O2で10分間処理したところ、24時間後・48時間後の細胞の生存率はH2O2濃度依存的に低下した。0.1mM・0.2mMのH2O2濃度下では、T14484C変異保持細胞の生存率は対照群に比べ有意に低下し(Man-Whitney test)、T14484C変異保持細胞は酸化ストレスに対する感受性が高いことが示された。酸化ストレスの核への影響を調べるためにH2O2処理から24時間後の染色体異常の数を数えたところ、染色体異常数はH2O2濃度依存的に増加したものの、T14484C変異保持細胞と対照群との間で差はなかった。これらのことから、T14484C変異保持細胞における生存率の大きな低下は、核の損傷のためではなくほかの細胞内小器官、おそらくミトコンドリアの損傷によると考えられる。酸化ストレスに対する抗酸化剤の効果を調べるために、ascorbic acid 2-phosphate・α-tocopherolで前処理を行った細胞の酸化ストレスに対する感受性を調べた。抗酸化剤処理によりH2O2処理による死細胞の割合は低下した。T14484C変異保持細胞では死細胞の割合が大きく低下し、抗酸化剤処理をしていないもので見られた対照群との差は抗酸化剤処理を行ったものでは見られなくなった。コメットアッセイ法により、H2O2処理から1時間後のDNA損傷を測定したところ、抗酸化剤処理ではH2O2処理によるDNA損傷は変化せず、また、T14484C変異保持細胞と対照群との間にもDNA損傷に差はなかった。培地に抗酸化剤を添加するという今回の方法では、抗酸化剤の効果は核内にまでは達しなかったと推測される。B細胞株の酸化ストレスに対する感受性と、もとの末梢血のミトコンドリアDNA量との関連を調べた結果、酸化ストレスによる細胞の生存率の低下の度合いと末梢血のミトコンドリアDNA量との間には相関は見られなかった。B細胞株のミトコンドリアDNA量は、株化の過程もしくは培養下において変化し、もとの末梢血のミトコンドリアDNA量とB細胞株の酸化ストレスに対する感受性との関連はなくなっていると考えられる。 レーベル病では男性患者の割合が高いことが知られており、本研究の対象のレーベル病家系においても、男性患者数が有意に多かった。レーベル病の男性患者数が多くなる要因を見つけるために、ミトコンドリアDNA量・酸化ストレスへの感受性について男女間での比較を行った。末梢血ミトコンドリアDNA量、H2O2処理による細胞の生存率の低下度、H2O2処理によるDNAの損傷の程度とも、男女間で有意な差は見られず、今回の研究からはレーベル病の男性患者数が多くなる要因は見つからなかった。男女で発症率の異なる要因として、性ホルモンの影響・他の遺伝的背景の関与・男女間での活動性の相違等が考えられ、レーベル病の発症へのX染色体遺伝子の関与を調べた論文がいくつかあるが、否定的な結果が出ている。レーベル病の男性発症率が原因の解明には、男女間の相違を調べるとともに、レーベル病の発症に関わる機構を明らかにすることも必要であろう。 本研究により、インドネシアの家系の家族性視力障害はミトコンドリアDNAのT14484C変異によるレーベル病であることが示された。また、T14484C変異をもつひとの末梢血ミトコンドリアDNA量とレーベル病発症とに関連があることが示され、ミトコンドリアDNA量を測定することによりレーベル病のリスクを測れることが期待される。株化B細胞においてレーベル病変異保持細胞の酸素ストレスへの高い感受性が示され、レーベル病発症と酸素ストレスとの関連が示された。活性酸素種がレーベル病発症に影響するメカニズム、特にレーベル病とアポトーシス機構との関連についての更なる研究が待たれる。抗酸化剤処理によりレーベル病変異保持細胞の酸素ストレスへの高い感受性が低減されることが示され、今後の抗酸化剤によるレーベル病治療法の確立につながることが期待される。 末梢血細胞のmtDNA/nDNA ratio(平均+SD)。 H2O2処理による細胞死と抗酸化剤の効果。H2O2処理から24時間後の死細胞の割合を示した。□:対照群 ■:T14484C変異保持細胞 〓:対照群+THF 〓:T14484C変異保持細胞+THF。THF(テトラヒドロフラン)はα-tocopherolの溶媒として用いた。Asc: 10μM ascorbic acid 2-phosphate Toc:α-tocopherol+THF | |
審査要旨 | レーベル病はミトコンドリア脳筋症のひとつで、主に15〜40歳に発症し、急性の視力低下とそれに伴う視神経の萎縮が起こる。視神経以外の神経・筋にほとんど異常が見られないこと、男性患者の割合が高いことが特徴となっている。ミトコンドリアDNAの呼吸鎖酵素複合体Iのサブユニットをコードする遺伝子上に3つの変異(G11778A・G3460A・T14484C)がレーベル病特異的に見つかっている。インドネシアにおける6世代にわたる家族性視力障害を有する家系の病因がレーベル病であると同定し、この家系から得られたDNA・株化B細胞を用いてレーベル病についての生物学的解析を行ったのが本論文である。 本論文は7つに章立てされている。第1章で対象疾患の概説、研究全体の背景の説明と位置づけがなされている。第2章では、インドネシア、ジャワ島中部で報告された家族性視覚異常について、PCR-PFLP法・Direct sequencing法によるスクリーニングをおこない、本疾病がミトコンドリアT14484C変異によるレーベル病であることをみいだした。また、この家系でのレーベル病の浸透率、罹患性差等についての記載をおこなった。 第3章では、末梢血細胞におけるミトコンドリアDNA量について、レーベル病患者・非発症変異保持者・対照群間で比較し、患者のミトコンドリアDNA量には変化がみられないが、非発症変異保持者のものが対照群に比べ有意に増加していることを明らかにした。非発症者のミトコンドリアDNA量が増加していることは呼吸鎖酵素複合体Iの活性低下に対する補償作用と考えられた。G11778A変異では患者・非発症者ともにDNA量の増加がみられ、T14484C変異と相違があることから、変異の種類によってレーベル病発症への関与の仕方が異なることが示唆された。 第4章では、レーベル病と酸素ストレスとの関連を調べるために、株化B細胞をもちいてレーベル病特異的変異保持細胞の酸化ストレスに対する感受性を調べた。低濃度のH2O2存在下では、T14484C変異保持細胞の生存率は対照群に比べ有意に低下し、T14484C変異保持細胞は酸化ストレスに対する感受性が高いことが示された。染色体異常は、H2O2濃度依存的に増加したものの、T14484C変異保持細胞と対照群との間で差はなかった。T14484C変異保持細胞における生存率の大きな低下は、核の損傷のためではなくほかの細胞内小器官、おそらくミトコンドリアの損傷によると考えられた。酸化ストレスに対する抗酸化剤の効果を調べたところ、抗酸化剤処理により死細胞の割合は低下し、またT14484C変異保持細胞では抗酸化剤処理をしていない時に見られた対照群との差は、抗酸化剤処理後では見られなくなった。レーベル病罹患に関する性差については、末梢血ミトコンドリアDNA量、H2O2処理による細胞の生存率の低下度、H2O2処理によるDNAの損傷の程度を男女間で比較したが、いずれも有意な差は見られず、これら以外の要因によると考えられた。第5章以下は結語・謝辞・引用文献である。 本研究により、インドネシアの家系の家族性視力障害はミトコンドリアDNAのT14484C変異によるレーベル病であることが示された。また、T14484C変異をもつひとの末梢血ミトコンドリアDNA量とレーベル病発症とに関連があることが示され、ミトコンドリアDNA量を測定することによりレーベル病のリスクを測れることが期待される。株化B細胞においてレーベル病変異保持細胞の酸素ストレスへの高い感受性が示され、レーベル病発症と酸素ストレスとの関連が示された。抗酸化剤処理によりレーベル病変異保持細胞の酸素ストレスへの高い感受性が低減されることが示され、今後の抗酸化剤によるレーベル病治療法の確立につながることが期待される。 本論文の第2章は、田崎調・Augustinus Soemantri・Marbaniati Dyat・J.C.Susanto・Moedrik Tamam・Bambang Sudarmanto・石田貴文との、3・4章はAugustinus Soemantri・石田貴文との共著であるが、石田は指導教員として、田崎調は一部変異解析の分担者として、Augustinus Soemantri・Marbaniati Dyat・J.C.Susanto・Moedrik Tamam・Bambang Sudarmantoは現地調査協力者としてであり、本論文の実験・解析は論文提出者が終始主体となっておこないその論文への寄与は十分と判断される。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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