学位論文要旨



No 118904
著者(漢字) 大曽根,陽子
著者(英字)
著者(カナ) オオソネ,ヨウコ
標題(和) 植物の生育型と光合成能力の多様性の関係の理論的解析と野外での実証
標題(洋) Theoretical analysis of the relationship between plant growth form and diversity in photosynthetic capacity and its verification
報告番号 118904
報告番号 甲18904
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4557号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 舘野,正樹
 東京大学 教授 邑田,仁
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京都立大学 教授 可知,直毅
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

植物の光合成能力(飽和光のもとで測定される植物の光合成速度、Pmax)には大きな多様性がある。Pmaxは生育型によって明確な違いがあり、一般に常緑樹よりも落葉樹、落葉樹よりも草本で大きくなる傾向がある。常緑樹のPmaxが草本や落葉樹よりも小さくなる理由は葉の寿命の違いから説明されている。常緑樹は、1シーズンで落葉してしまう草本や落葉樹に比べて葉の寿命が長いため、葉の細胞壁を厚くしたり、防御物質を作ったりして、物理的ストレスや食害に長期間耐える丈夫な葉を作る。このような性質は葉の耐久性を高める一方で、光合成速度は低下させてしまう。たとえば、細胞壁が厚くなると、葉内での二酸化炭素の拡散速度が遅くなり、光合成の場である葉緑体の二酸化炭素濃度が低下する。また、防御物質をつくるために窒素を使ってしまえば、RuBPカルボキシラーゼなどの窒素を必要とする光合成装置を作れなくなる。しかし、これらの説明は、葉の寿命に大差がない草本と落葉樹のPmaxの違いには適用できない。また、草本という一つの生育型内でもPmaxの種間差は大きく、これがどのような生態学的要因によるもののかも不明である。

そこで、本研究では、草本-落葉樹間、あるいは生育型内のPmaxの違いをもたらす要因を解明することにした。従来のPmaxの多様性に関する研究では、葉の物理的、解剖学的性質を比較するという方法がとられている。しかし、本研究の対象である草本や落葉樹は葉の寿命が似ており、葉の物理的、解剖学的性質にはそれほど違いがない可能性もある。よって、ここでは、茎や根といった葉以外の器官の性質の違いがPmaxに与える影響に注目することにした。このために、本研究では、植物体が葉、茎、根からなるモデルを作り、茎や根に関する要因を変化させた時に、植物がどのようにPmaxを変化させるのかをまず理論的に解析した。次に、このモデルの予測を実際の植物に適用し、落葉樹と草本、あるいは生育型内のPmaxの違いをもたらす生態学的要因を特定した。

<モデルによる解析>

まず、栄養成長モデルによって、根や茎に関する要因によって植物のPmaxがどのように変化するかを理論的に解いた。モデルでは、植物体が窒素を吸収する根、吸収した窒素を使って炭素を同化する葉、葉を物理的に支持する茎の3器官からなることを想定した。根での窒素吸収量は根のバイオマス量に比例し、葉面積あたりの純同化速度は葉の窒素濃度の飽和関数、Pmaxは葉の窒素濃度に比例するものとした。同化産物は物質分配定数にしたがって葉、茎、根に分配され、拡大再生産される。ただし、茎のバイオマスは常に葉のバイオマスに比例して増加するものとした。土壌条件が一定なら、葉に対して根への物質分配が大きければ、根の窒素吸収が相対的に大きくなるので葉の窒素濃度が高くなり、Pmaxおよび純同化速度は大きくなる。逆に、葉への物質分配が大きければ葉の窒素濃度は低くなり、Pmax、純同化速度は小さくなる。個体の成長速度は葉のサイズと純同化速度の積であり、これが最大になる時の物質分配定数およびPmaxをそれぞれ最適物質分配、最適Pmaxとする。

モデルは根の乾重あたりの窒素吸収速度 (SAR, Specific absorption rate ) が大きいほど、最適葉/根比、最適窒素濃度、最適Pmaxが大きくなることを予測した(図1)。これは、SARが大きい場合にはSARが小さい場合に比べて、同じだけ根を増加させた時に窒素濃度をより大きく増加させることができる(=窒素がチープになる)ため、葉の窒素濃度を増加させて葉面積あたりの純同化速度を大きくする(=チープな窒素をたくさん使う)方が有利だからである。また、モデルは同じSARであっても地上部(葉+茎)における茎の割合が大きいほど、最適葉/根比が小さく、最適窒素濃度、最適Pmaxが大きくなることを予測した(図1)。茎の割合が大きい場合には、生産に寄与しない茎が増加するのを避け、葉のサイズを大きくするよりも葉の窒素濃度を増加させて葉面積あたりの純同化速度を大きくするように物質分配がシフトするためである。

<野外での実証>

草本間のPmaxの多様牲をもたらす要因

茎の割合が大きい植物は葉の窒素濃度とPmaxを大きくするというモデルの予測を検証するために、地上部の形態が異なる2種の草本(イタドリ、シロザ)を窒素濃度の異なる5段階の培養液で育てた。イタドリはタデ科の多年生草本で、茎は水平方向によく分枝し、横に広がった地上部を形成する。シロザは直立した茎を持つアカザ科の一年生草本である。いずれの植物も培養液の窒素濃度が高いほどSARが大きく、同じ処理ではイタドリとシロザのSARには大きな違いは見られなかった。また、いずれの処理でも茎の割合はシロザのほうがイタドリよりも大きかった。シロザの茎の割合が大きくなるのは長い茎を持つための力学的制約が原因である。イタドリ、シロザの葉/根比、葉の窒素濃度はSARとともに大きくなり、茎の割合が大きいシロザは窒素条件にともなう葉/根比の上昇がイタドリよりも小さく、葉の窒素濃度の上昇がイタドリよりも大きかった。また、茎の割合やSARなどのパラメーターにイタドリ、シロザの測定値を投入して前述のモデルでシミュレーションしたところ、モデルの予測する最適値はイタドリ、シロザの実際の葉/根比、葉の窒素濃度とよく一致していた。これは、イタドリとシロザの葉の窒素濃度の違いが、おもに茎の割合によって説明されることを示している。

さらに、この予測の一般性を確かめるために、野外の様々な草本植物で葉の窒素濃度、Pmaxを測定した。草本間の葉の窒素濃度とPmaxに大きな変異が見られたが、茎の割合が大きい(平均:0.62)高茎草本は茎の割合が小さい(平均:0.32)低茎草本よりも葉の窒素濃度、Pmaxが大きい傾向が見られた。さらに、土壌条件の違いをできる限り排除してPmaxと茎の割合の関係を調べるために野外で施肥実験を行った。施肥区の草本でも、茎の割合が大きいほど葉の窒素濃度、Pmaxが大きくなる傾向が見られた。以上の結果は、茎の割合の違いが草本間におけるPmaxの多様性をもたらす要因であることを示している。

草本と落葉樹のPmaxの違い

茎の割合が大きい植物ほどPmaxが大きいというモデルの予測から考えれば、茎への投資が非常に大きい木本は草本植物よりも大きいPmaxを持つはずである。しかし、実際には木本のPmaxは高茎草本よりも小さく低茎草本並みだった。常緑樹では葉の寿命を延ばすために細胞壁を厚くしたり、窒素を防御物質に投資したりするので窒素あたりのPmaxが低下すると言われている。常緑樹のPmaxは茎の割合よりもむしろこうした寿命を延ばすための葉の性質に強く制約されているのかもしれない。しかし、落葉樹の葉の寿命は草本と大差なく、葉の寿命によってPmaxの小ささを説明することはできない。そこで、SARが小さいほどPmaxは小さくなるというもう一つのモデルの予測から、「落葉樹のPmaxが草本よりも低いのは落葉樹の根の窒素吸収能力が草本よりも低いためである」という仮説を立て、これを検証した。

2種の草本(イタドリ、シロザ)と4種の落葉樹(ヤマグワ、バッコヤナギ、オオヤマザクラ、ケヤキ)を同じ土壌条件で育ててそのSARを測定したところ、落葉樹のSARは草本に比べて小さい傾向にあった。このSARの値をパラメーターとしてこれら落葉樹の葉の窒素濃度、Pmaxをシミュレーションすると、モデルの予測する最適値は実測値と一致した。この結果は、落葉樹のPmaxが低いのは根の窒素吸収能力が低いためであることを支持している。また、ジベレリン合成阻害剤であるウニコナゾールで処理したヤマグワは対照に比べて葉/根比が小さくなり、このヤマグワは高茎草本並みの高い葉の窒素濃度、Pmaxを示した。これは、落葉樹であっても窒素の吸収量さえ増加できれば葉の窒素濃度やPmaxを高くできることを意味し、落葉樹のPmaxの低さが葉の物理的性質などの制約によるものではなく、根での窒素吸収に制約されていることを示唆している。

落葉樹の根の乾重量あたりの長さ (SRL : Specific root length) は草本のSRLよりも小さかった。この結果は、落葉樹の根が草本に比べて根の直径が大きいか、根の組織密度が高いか、あるいはその両者であることを意味している。落葉樹の根の窒素吸収能力が低いのはおそらくこのような根の性質によるものと推測される。根の直径が大きければ根の表面積が小さくなるので根の乾重あたりの窒素吸収量は減少し、組織密度の高さがリグニンやスベリン肥厚した二次壁の発達によるものだとすれば、このような根では水やイオンの吸収が妨げられる。しかし、一方で、このような性質は根の寿命を延ばすのには有利であると考えられる。根の表面積が小さければ土壌菌類のアタックを減少でき、発達した二次壁は菌類の侵入を妨げる可能性がある。落葉樹の根の窒素吸収能力が草本より低いのは、窒素吸収能力と根の寿命の間のこのようなトレードオフの中で、窒素吸収能力を犠牲にして寿命を選択した結果なのかもしれない。これまで葉の寿命がPmaxを制約することはよく知られていたが、もし落葉樹の根の窒素吸収能力の低さが根の寿命を長くする戦略を反映したものであるとすれば、非常に興味深いことに、根の寿命もまたPmaxを制約しているということになる。

<まとめ>

本研究では、草本間では茎の割合の違いがPmaxの多様性の要因となっていることを明らかにした。草本と落葉樹の間では根の窒素吸収能力の違いがPmaxの違いをもたらしていることが示された。また、草本と落葉樹の根の窒素吸収能力の違いは両者の根の寿命の違いを反映したものである可能性が示唆された。

SARと茎の割合の変化にともなう最適Pmaxの変化.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5章よりなる。第1章は全体を通しての序論であり、第2章では植物体の成長モデルをつかった最適光合成能力の解析、第3章では草本の光合成能力を決めている要因の解明、第4章では落葉樹の光合成能力を決めている要因の解明を行い、第5章で研究全体についての総合的な考察を行っている。

第2章では、これまで葉の特性のみに注目されて説明されてきた植物の光合成能力の多様性が、根や茎という他の器官の特性によって説明できることを理論的に解明した点が興味深い。葉の光合成能力が葉のタンパク質量(窒素量)によって決定されている限り、窒素を吸収する根の特性が光合成能力に影響を与えることは直感的にも理解できるが、植物体全体の成長速度を最大化するような最適な光合成能力の存在は直感的にはわからない。また、葉を力学的に支えるため茎が光合成能力に影響を与えることはこれまで誰も気がつかなかった。論文提出者はこうした根や茎の特性を成長モデルに組み込み、コストーベネフィット解析から成長速度を最大化する最適な器官間のバランスを求め、それをもとに最適な光合成能力を決定した。

第3章では、モデルの解析結果を草本に適用した。現実の草本の光合成能力にはばらつきが大きいため、光合成能力は進化的に中立なものではないかというような議論さえあった。しかし、植物の成長ひいては適応度は光合成に大きく依存しているため、光合成能力が中立ということはあり得ず、この問題は謎のままであった。草本には茎のあるもの、ないもの、また茎のあるものの中でもその長さは多様である。理論的にはこうした多様な茎が光合成能力の多様性を決定していることになる。論文提出者は、現実に茎の特性と光合成能力の間には明瞭な相関があり、それが光合成能力を決定する要因となり得ることを示した。これによって、草本で見られる多様な光合成能力が、形態的な多様性の中で選択されてきた最適なものであると理解できるようになった。

第4章では、モデルの解析結果を落葉樹に適応した。現実の落葉樹の光合成能力は草本よりも小さい。これまでは、葉の構造の違いによって草本と落葉樹の光合成能力の違いが説明されてきた。しかし、論文提出者は、落葉樹の光合成能力は、植物体中の根の割合を上昇させて葉への窒素の供給さえ高めれば、草本なみの能力となることを実験的に示した。つまり、構造の問題は光合成能力の違いを説明できないことになる。これだけでも画期的なことである。次に、落葉樹が光合成能力を上げることができるにもかかわらず、現実の落葉樹が草本よりも低い能力を示すことは、根の性能の違いにあることを理論的にも実験的にも示した。落葉樹の根の窒素吸収能力は草本よりも小さく、そのために最適な光合成能力が低くなる。根の吸収能力の小ささは、おそらく根の寿命を延ばすために進化した落葉樹の根の構造が原因となっていることも示唆された。

このような研究を遂行するためには数学的な能力と実験生物学的な素養がともに必要とされるため、これまで手つかずであった。論文提出者がそこにチャレンジし、画期的な成果を上げた点は特に高く評価されるべきことである。

なお、本論文の第2章、第3章、第4章は舘野正樹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論的解析と検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が大半であると判断される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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