学位論文要旨



No 118906
著者(漢字) 杉山,立志
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,リュウジ
標題(和) 雌雄異株植物ヒロハノマンテマのBACライブラリー構築と性染色体の構造に関する研究
標題(洋) Construction of a bacterial artificial chromosome (BAC) library and characterization of genes encoded on the Y chromosome-specific DNA fragments from Silene latifolia
報告番号 118906
報告番号 甲18906
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4559号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 馳澤,盛一郎
 東京大学 助教授 川口,正代司
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

序論

高等植物のほとんどは雄しべと雌しべを同一の花にもつ両性花である。しかし、系統とは無関係に雌雄異株となる植物が存在する。性決定に関する研究において、哺乳類では睾丸決定因子SRYが同定されているが、XY型の性決定を行う高等植物においてはY染色体の構造に関する解析も、性決定因子を含めたY染色体上の遺伝子の解析も進んでいない。雌雄異株植物のナデシコ科ヒロハノマンテマ (Silene latifolia)は、Westergaard(1954)によってホルモンの影響を受けずY染色体によって性が決まること、Y染色体には「雌しべの分化抑制」「雄しべの初期の分化」「葯の成熟」に関わる遺伝子が存在することが示された。性決定に関わる遺伝子は発現解析から探索され、これまでに117の遺伝子が報告されている。そのうち4つがY染色体上に存在していた。しかし、これら4つの遺伝子は、X染色体上に相同な遺伝子を持ち、雄花特異的な発現を示さず性決定には関わっていない。本論文では、ヒロハノマンテマを用いて、BACライブラリーを構築し、Y染色体断片をスクリーニングすることで、直接、Y染色体上の遺伝子とその周辺構造について明らかにした。

BACライブラリーの構築とY染色体由来クローンの同定

BACライブラリーの構築

S. latifoliaは、当研究室において近親交配を11回繰り返し、遺伝的に安定になった個体を使用した。構築したBACライブラリーは、平均インサートサイズが115kbで、クローン数は32,642であった。rbcL遺伝子とcoxI遺伝子をプローブに用い、葉緑体DNAとミトコンドリアDNAの混入を算出した。無作為に選んだ73クローンにおいて、葉緑体DNAが2クローン検出されたが(2.7%)、ミトコンドリアDNAは検出されなかった。その結果、ライブラリーは重なりを無視するとS.latifoliaのゲノムサイズ(2,600Mb/Cと推定)の1.3倍に相当する。重なりを考慮したカバー率では74%となる。

BACライブラリーのスクリーニングとY染色体特異性の評価

BACライブラリーのスクリーニングはAsakawa et al. (1997)により開発された4D-PCR高速スクリーニングを用いた。ライブラリーの85%にあたる27,648クローンをスクリーニングした結果、7個のY染色体由来 BAC クローンをえた(DD44Y-31b4G, MS2-9d12F, MS4b-15b4D, ScD05-57c8E, ScQ14-71c10C, ScX11-23b9G, SlAP3Y-7a8D)。同時に常染色体あるいはX染色体の相同領域を含むと思われるクローンを3個同定した(MS4a-31d12A, SlAP3A-2b5E, SlAP3A-13d11E)。これらの断片のY染色体特異性を評価するために、BACクローンをプローブとしたゲノミックサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、すべてのクローンで雌雄のゲノムDNAに高分子量から低分子量までスメアなシグナルが観察された。これは7つのY染色体由来クローンが、常染色体、X染色体にも存在する繰り返し配列を含んでいることを示している。

これらのうち雌雄でシグナル強度の差が大きかったMS2-9d12F、MS4b-15b4GとScX11-23b9Gクローン、またX染色体上にホモログが存在すると考えられるSTSマーカーMS4を含むMS4a-31d12Aの計4クローンを選び、ショットガンシーケンス解析を行った。その結果、インサートの45〜93%の情報をえた。これらの配列をBLASTN、BLASTX検索を用いて相同性検索を行った結果、80%がデータベースに相同性のない配列、11〜18%がレトロエレメントと相同性の高い配列という共通の特徴が見られた。

Y染色体由来クローンMS2-9d12Fの構造とそこにコードされる遺伝子

FISH解析とY染色体部分欠失変異体を用いたMS2-9d12Fクローンのマッピング

Y染色体由来クローンのインサート全長の塩基配列を決定するため、ゲノミックサザン解析によりもっともシグナル強度に差のみられたMS2-9d12Fクローンを選んだ。最初に、MS2のY染色体上の局在を確認した。MS2-9d12FクローンのFISH解析から、全ての常染色体ではなく一部の染色体に蓄積が見られる繰り返し配列が含まれていることが明らかになった。またY染色体上の局在としては片腕を染めるようなシグナルが得られた。FISH解析ではクローンの局在が明確にならなかったので、Y染色体部分欠失変異体を用いたマッピングを行った。University of North Carolina の Sarah R. Grant 博士らはガンマ線を花粉に照射することで、Y染色体の一部を欠失した変異体を作成し、変異体の表現型とAFLPマーカーの有無から、欠失部位をマッピングした(Lebel-Hardenack et al. 2002)。この変異体のゲノムDNAを Sarah R. Grant 博士から分与いただき、MS2のSTSプライマーを用いてPCRを行った。その結果、3つの両性花変異体と1つの無性花変異体で増幅が見られなかった。共通する欠失部位は「葯の成熟」の機能を持つ領域であった。このことはY染色体片腕にシグナルが見られたFISH解析と一致する。

MS2-9d12Fクローンのショットンガンシーケンス解析

ショットガンシーケンス解析により、約1,800リードのシーケンスを行い、109,500bpのY染色体断片の配列を決定した。これらの配列をBLASTX、BLASTN検索を用いて既存のDNA、タンパク質配列情報と比較した結果、新規の配列が79.7%、レトロエレメントと相同な配列が13.3%、当研究室で単離した8kbのY染色体断片(Nakao et al.2002)と相同な配列が2.3%、既存の遺伝子と相同な配列が3.3% (CCLS96.1, DD44X, SlX4)、新規のORFが1.4%という組成を示した。

MS2-9d12FクローンにコードされるORF

ORF検索の結果、100アミノ酸残基以上連続するものは47個存在した。そのうち22個はレトロトランスポゾンの配列と高い相同性を示した。また3つのORF(ORF128a ,ORF150, ORF211)は既存のORFとの相同性を示した。残りの22個は相同性を示さなかった。雌雄の葉と蕾のmRNAを用いたRT-PCRの結果、発現を確認できたのはORF128a, ORF211, ORF223a, ORF347の4つであった。4つのORFはすべて、雌雄の葉と蕾で発現しており、ハウスキーピング的といえる。発現を確認した4つのORFについてコピー数をゲノミックサザン解析によって検定した。ORF128aはゲノム内に6コピーあり、Y特異的なシグナルは確認できなかった。ORF211はY特異的な2つのバンドと雌雄共通な2つのバンドが見られた。ORF223aとORF347は雌雄のゲノムにスメアなバンドがみられ多コピーであることがわかったが、雌雄の差は見られなかった。

Y染色体上の蕾特異性を示すCCLS96.1遺伝子

MS2-9d12Fクローンには、S.latifoliaで発現が確認されているmRNA配列CCLS96.1のホモログが存在した。CCLS96.1は雄しべを失った変異体と雄株の蕾分化初期のRNAを用いたサブトラクションからえられ、葯特異的に発現していると報告されている(Barbacar et al. 1997)。しかしながら、報告されている断片には多くの終止コドンが存在し、連続したORFは組めない。Y染色体上の配列を用いたノザン解析の結果、雌雄の蕾でわずかに発現していることがわかったが、雌雄の発現の差を確認できなかった。そこでRT-PCRを行ったところ、葉でも発現していることが明らかになった。定量的RT-PCRにより蓄積量を比較したところ、雄では葉より蕾での発現量が多いのに対して(葉の2.2倍)、雌では蕾での発現が極端に少なく(葉の0.05倍)、雌雄で異なるmRNAの蓄積がみられた。ゲノミックサザン解析からCCLS96.1がY染色体特異的ではなく、ゲノム全体に多数のコピーをもつことが明らかになった。

CCLS96.1はY染色体配列上でも長いORFを組むことができない。そこで、RACE解析を行い、10個のCCLS96.1遺伝子を同定した。mRNAの全長は626bpから1941bpと多様性を示した。これらのcDNA配列は、すべての読み枠において100アミノ酸残基以上のORFを組むことができなかった。一つの可能性として短いペプチドとして機能しているといえる。しかし、10個の配列の間に共通のアミノ酸配列は存在しない。塩基配列レベルの相同性は81〜91%であるのに対して、アミノ酸配列レベルでは相同性がないことからCCLS96.1はタンパク質をコードしていない遺伝子、non-coding RNA (ncRNA)である可能性がある。

結論及び展望

本研究では雌雄異株植物ヒロハノマンテマのBACライブラリーを構築し、Y染色体由来クローンを同定した。Y染色体特性の高いクローンを選び、塩基配列を決定し、Y染色体上の遺伝子として5つの遺伝子の発現を確認した。これらの遺伝子はX染色体・常染色体にもコピーを持つことから、ヒロハノマンテマのY染色体が、X染色体よりも40%大きいのにも関わらず、特異的遺伝子の獲得が進んでいないことが示された。今後は、BACクローンを用いたY染色体構造の可視化と、サブトラクション法によらない発現遺伝子の単離による性決定因子の同定が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章は、雌雄異株植物ヒロハノマンテマ(Silene latifolia)のBACライブラリーの構築とY染色体由来クローンのスクリーニング、第2章は、Y染色体由来クローンMS2-9d12の塩基配列決定とORF解析について、第3章は、Y染色体上に存在するCCLS96.1遺伝子について述べている。

雌雄異株植物のモデル植物としてヒロハノマンテマが用いられてきた。性決定に関わる遺伝子は発現解析から探索され、これまでに117の遺伝子が報告され、そのうち4つがY染色体上に存在していた。しかし、これら4つの遺伝子は雄花特異的な発現を示さず、相同な遺伝子がX染色体に存在し、性決定には関わっていない。本論文では、ヒロハノマンテマを用いて、BACライブラリーを構築し、Y染色体断片をスクリーニングすることで、直接、Y染色体上の遺伝子とその周辺構造について明らかにしている。

本論文で構築したBACライブラリーは32,640クローンからなり、全ゲノム情報の74%カバーしている。Y染色体マーカーを用いてライブラリーの一部をスクリーニングし、7つのY染色体由来クローンを同定した。7つのY染色体由来BACクローンを用いたゲノミックサザン解析により、Y染色体特異的領域の含有率を評価した。すべてのクローンは雌雄に関係無くスメアなシグナルを示した。Y染色体STSマーカーの周辺領域であっても、X染色体・常染色体と共通な繰り返し配列を多数保持しているというY染色体の特色を明らかにした。

雌雄でシグナルの差を示した3クローンのうち、シグナル強度の差が雌雄で最も大きかったMS2-9d12Fクローンを選び、ショットンガンシーケンス解析を行っている。およそ1,800リード、インサートの7倍のシーケンスを行い、109,500bpの塩基配列を決定した。ヒロハノマンテマのY染色体の塩基配列決定としてこのような広い範囲を初めて明らかにした。ORF検索の結果、100アミノ酸残基以上連続するものは47個存在した。そのうち22個はレトロトランスポゾンの配列と高い相同性を示した。また3つのORF(ORF128a, ORF150, ORF211)は既存のORFとの相同性を示した。残りの22個は相同性を示さない。ORFについてPCRを用いて発現を確認した。雌雄の葉と蕾のmRNAを用いたRT-PCRの結果、発現を確認できたのはORF128a, ORF211, ORF223a, ORF347の4つであった。4つのORFはすべて、雌雄の葉と蕾で発現しており、ハウスキーピング的であることを明らかにした。発現を確認した4つのORFについてゲノミックサザン解析によってコピー数を検定した。ORF128aはゲノム内に6コピーあり、Y特異的なシグナルは確認できていない。ORF211はY特異的な2つのバンドと雌雄共通な2つのバンドが見られた。ORF223aとORF347は雌雄のゲノムにスメアなバンドがみられ多コピーであるが、雌雄の差は無かった。

MS2-9d12Fクローンには、ORF以外に、遺伝子断片としてサブトラクション法によって葯特異的に発現していると報告のあるCCLS96.1 (Barbacar et al. 1997)が存在していた。CCLS96.1はNakao et al.(2002) によって報告されている8kbのY染色体断片にもコードされ、Y染色体上で重複している可能性があった。一方、Y染色体断片を用いたノザン解析と半定量的RT-PCR解析によりCCLS96.1は雌雄の葉でも発現していることを明らかにした。CCLS96.1の全長を単離するためRACE解析を行い、複数の発現産物があることを示した。全長を決定した10のCCLS96.1は共通のORFをもたず、内部領域に多数のストップコドンをもつ。CCLS96.1はタンパク質をコードしていないnon-coding RNAの可能性を明らかにし、さらに、ゲノミックサザン解析からゲノム内に多数CCLS96.1が存在することを明らかにしている。

本論文では、110kbのY染色体断片を解析することで、Y染色体上に存在する遺伝子の多くが、常染色体・X染色体に相同な遺伝子をもつことを明らかにしている。ヒロハノマンテマのY染色体は進化的に新しく、X染色体より40%も大きいものの、遺伝子としては特異的な配列の獲得が進んでいないことを考察している。

なお、本論文第3章は、風間裕介・宮沢豊・松永幸大・河野重行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク