学位論文要旨



No 118910
著者(漢字) 伊藤(大橋),恭子
著者(英字)
著者(カナ) イトウ(オオハシ),キョウコ
標題(和) 維管束分化におけるHD-Zip型クラスIIIホメオボックス遺伝子機能の研究
標題(洋) Studies of HD-Zip class III homeobox genes involved in vascular cell differentiation
報告番号 118910
報告番号 甲18910
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4563号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 教授 米田,好文
 東京大学 助教授 梅田,正明
 東京大学 助教授 杉山,宗隆
内容要旨 要旨を表示する

序論

維管束は水分や栄養分のみならずシグナル分子をも植物体の隅々にまで運ぶ重要な組織である。今日陸上に植物が繁栄しているのも植物が維管束組織を獲得したからに他ならない。維管束は木部、篩部、前形成層からなる複合組織であり、また木部には、管状要素、木部柔細胞、木部繊維といった複数の種類の細胞が含まれる。それらの細胞が秩序だって分化することで維管束が形成される。したがって維管束の細胞分化過程には厳密な転写制御が存在すると考えられる。これを司る因子の候補のひとつにHD-Zip型クラスIIIホメオボックス遺伝子群 (HD-Zip III) がある。シロイヌナズナに5つあるHD-Zip IIIのうちAthb-8、IFL1は維管束分化に関わることが示唆され、またAthb-9, Athb-14は維管束で発現することが示されている。しかし、これらHD-Zip III遺伝子が維管束分化のどのステージで、どのような機能を果たすかについては不明なままであった。そこで私は、遺伝子発現と機能を細胞レベルで解析できるヒャクニチソウ培養系を用いてHD-Zip III遺伝子の維管束分化における発現制御と機能を解析することにした。まず、修士課程でヒャクニチソウHD-Zip III遺伝子ZeHB-10 (Athb-8ホモログ), ZeHB-11,-12(IFL1ホモログ)を単離し、in vitro 木部分化系において木部分化特異的に発現することを示した。博士課程では、これまでに解析のなされていないシロイヌナズナHD-Zip IIIに属するAthb-15とAthb-15ホモログ遺伝子ZeHB-13を単離し、ZeHB-13を含めたHD-Zip III遺伝子の発現を詳細に調べた。さらに、これら遺伝子の過剰発現体を作成し機能解析を進めた。

結果と考察

ZeHB-13の単離とAthb-15およびZeHB-10,-11,-12,-13の発現解析

ヒャクニチソウよりAthb-15ホモログ遺伝子であるZeHB-13全長cDNAを単離した。まず、植物体におけるZeHB-13の発現を調べた結果、ZeHB-13は維管束特異的に、特に前形成層特異的に発現することがわかった(図1)。次に、Athb-15の発現をAthb-15プロモーターGUSを用いて調べた。その結果、まだ維管束の分化していない本葉において前形成層でGUSの染色が観察された。根においても維管束特異的な染色がみられ、根端においては、静止中心に接するごく初期の前形成層細胞列から染色が見られたことから、Athb-15も前形成層特異的に発現していることがわかった。

in vitro 木部分化系における発現を調べた結果、ZeHB-13はZeHB-10,-11,-12と同様に木部分化特異的に発現するが、木部分化過程での経時的な発現はZeHB-10,-11,-12に先立っていることがわかった。次に、ZeHB-10,-11,-12,-13の相違を詳細に調べるために、in situ hybridization によりmRNA蓄積パターンを比較した。その結果、ZeHB-13は前形成層特異的に、ZeHB-10は木部前駆細胞および未成熟な管状要素細胞に、ZeHB-11,-12は木部前駆細胞に加え木部柔細胞で強く発現しており、それぞれの遺伝子の発現部位が少しずつずれていることがわかった。

これらの結果は、ZeHB-13はAthb-15のオルソログであること、および、ZeHB-13がZeHB-10,-11,-12よりも木部形成の初期に、前形成層ではたらくことを示唆している。

in vitro 分化系において、管状要素の分化にはブラシノステロイド (BR) が必須であり、ZeHB-10,-11,-12はBR合成阻害剤を含む培地では発現が抑えられ、その抑制はBR添加により回復することを修士課程で明らかにした。そこで本研究ではZeHB-13がBRの制御を受けるかどうかを調べた。その結果、ZeHB-13はZeHB-10,-11,-12とは異なりBRによる発現誘導を受けないことがわかった。ただし、BRによる発現上昇は見られた(図2)。次に、BRの制御をより詳細に知るために、短時間におけるBRの影響を調べた。その結果、ZeHB-10,-11,-12はBRにより1時間で発現誘導を受けること、およびZeHB-13はBR合成阻害剤存在下でも発現していることがわかった。これらの結果は、ZeHB-10,-11,-12がBRシグナルのごく近くの下流に存在することおよびZeHB-13はBR以外の因子により発現誘導されることを示唆している。

シロイヌナズナの葉が向軸化する変異体、phabulosa/phavoluta はAthb-14/-9が原因遺伝子であり、Athb-14/-9 mRNA が過剰に蓄積していることがわかっている。これは、Athb-14/-9のmicroRNA結合領域に変異が入り mRNA が分解されなくなったために起こると解釈されている。シロイヌナズナにはHD-Zip IIIをターゲットとするmicroRNAは2つある (miR165/166)。この2つmicroRNAの相違はわずか一塩基であるが、miR166はAthb-15と、miR165は残りの全てのHD-Zip IIIと相補的であった。ZeHB-10,-11,-12,-13のmicroRNA結合配列を調べたところ、ヒャクニチソウにおいてもZeHB-13だけがmiR166相補配列を、ZeHB-10,-11,-12はmiR165相補配列を保存しており、この2種類のmicroRNAのターゲットは種を超えて保存されていた。また、miR165/166がヒャクニチソウにおいても存在することを RNA ゲルブロット解析で確認した。

以上の結果から、ZeHB-13はブラシノステロイドおよびmicroRNAによりZeHB-10,-11,-12とは異なる発現制御を受け、前形成層で機能することが示唆された。

HD-Zip III遺伝子の機能解析

HD-Zip III遺伝子の機能に迫るため、まず各々の遺伝子の過剰発現体をシロイヌナズナで作成した。 HD-Zip IIIは特異的なmicroRNAによる mRNA の分解が示唆されている。そこで、microRNAのターゲット部分の塩基配列を一塩基置換した mRNA を持つ過剰発現体も同時に作成した (35S-mtZeHB)。その結果、wild の遺伝子の過剰発現体では表現型がみられなかったが、35S-mtZeHB-10,-12,では、葉が上向きにカールする表現型が見られた。この表現型は特にZeHB-10で顕著であり、その程度には発現量との相関が見られた。また、35S-mtZeHB-10では花茎の維管束でより多くの管状要素の分化がみられ、35S-mtZeHB-12では前形成層細胞あるいは木部前駆細胞の増加が見られた(図3)。

HD-Zip III遺伝子は転写因子であると考えられている。そこでZeHB-10,-12を用いて転写活性化能を調べた。その結果、wtZeHB-10,-12は正の転写活性化能を有すること、また、mtZeHB-12にはwtZeHB-12以上の転写活性化能があることもわかった。次に、ZeHB-12のDNA結合能を調べた。これまでにAthb-9がGTAAT (G/C) ATTACという配列に結合することがわかっていたためこれを基に調べたところ、ZeHB-12は少なくともTAATNATTA配列に結合することがわかった。これらの結果は、ZeHB-12が転写因子としてはたらき得ることを示している。

ZeHB-12標的遺伝子の探索

ZeHB-12は維管束分化過程にはたらく転写制御因子であることが示唆されたため、ZeHB-12が制御する下流の遺伝子の探索を行うことにした。デキサメタゾン (DEX) 存在下で目的遺伝子を過剰発現させる系を用い、シロイヌナズナにmtZeHB-12を導入した。50μM DEX で30分、3時間、6時間ZeHB-12を発現誘導し、遺伝子発現の変化を genechip (affymetrix)を用いて検出した。DEXによるZeHB-12誘導後に有意に(約2.5倍以上)発現量が変動しかつコントロールでは変動しない遺伝子を選抜し、機能未知の遺伝子を除き残りの遺伝子をグループ化した。グループA, B, CはZeHB-12誘導後発現が30分後、3時間後、6時間後にそれぞれ上昇していく遺伝子群で、転写因子がAには14個中3個、Bには54個中6個、Cには94個中13個含まれていた。グループAの一つWRKY18転写因子の発現をプロモーターGUSを用いて調べた結果、WRKY18は維管束に発現していることがわかった(図4)。また、グループBとCには木部分化のなかでも特に木部柔細胞に発現すると考えられる遺伝子が複数あった。その中の一つ、TED4の発現をプロモーターYFPを用いて根において調べたところ、維管束の細胞で発現していることがわかった。これらの結果から、ZeHB-12制御下の転写カスケードの存在と、ZeHB-12が木部柔細胞分化の進行に関与していることが示唆された。以上の結果は図5に示すようにまとめられた。

ZeHB-13mRNAの蓄積パターン ZeHB-13アンチセンスプローブで in situ hybridization を行った。A:播種後14日目の茎頂部分 B:第二葉の主脈部分の拡大像 C:第三葉、第四葉部分の拡大像 D:第四葉の拡大像

ヒャクニチソウ in vitro 木部分化系におけるRNAゲルブロット解析 通常の分化講導培地(D)、D培地にブラシノステロイドの合成阻害剤、ウニコナゾールを培養開始時から添加した培地 (Uni) およびさらにブラシノステロイドを添加した培地 (BL) で培養した細胞から単離したRNAをブロットし、各遺伝子の発現量を比較した。

ZeHB-10, ZeHB-12過剰発現体の解析 control(上段)、mtZeHB-10過剰発現体(中段)、mtZeHB-12過剰発現体(下段)の花茎の横断切片像。右列は維管束部分の拡大像を示す。

genechipにより選抜した下流候補遺伝子WRKY18の発現パターン グループAの遺伝子WRKY18のプロモーター部分 (2.2kb) をGUSにつなぎシロイヌナズナに導入した。A:植物体全体のGUS染色像C, B:本葉維管束部分の拡大像 bar=100μm

木部形成におけるHD-Zip III遺伝子機能のモデル木部は、前形成層細胞が木部前駆細胞に、木部前駆細胞が管状要素あるいは木部柔細胞へと分化していくことで形成される。ZeHB-13/Athb-15は前形成層細胞の形成・維持に関与すると考えられる。前形成層細胞がブラシノステロイドを合成し、このブラシノステロイドがZeHB-13/Athb-15発現を促進し、正のフィードバックループを形成する。同時に、ブラシノステロイドによりZeHB-10/Athb-8, ZeHB-11/IFL1, ZeHB-12/IFL1の発現が誘導され、この細胞が木部前駆細胞となる。さらに、ZeHB-10/Athb-8を発現している細胞が管状要素となり、ZeHB-11/IFL1, ZeHB-12/IFL1を発現している細胞が、WRKY18やTED4などの発現を誘導し木部柔細胞となる。microRNAであるmiR166はZeHB-13/Athb-15発現を前形成層と木部前駆細胞に、miR165はZeHB-10/Athb-8, ZeHB-11/IFL1, ZeHB-12/IFL1発現を木部に制限するようにはたらく。

審査要旨 要旨を表示する

維管束は水分や栄養分のみならずシグナル分子をも植物体の隅々にまで運ぶ重要な組織である。維管束は木部、篩部、前形成層からなる複合組織であり、また木部には、管状要素、木部柔細胞、木部繊維といった複数の種類の細胞が含まれる。したがって維管束の細胞分化過程には厳密な転写制御が存在すると考えられるが、その詳細は明らかになっていない。その分子機構を明らかにする第一歩として、維管束に特異的に発現する転写因子の単離と解析が有効であると考えられる。論文提出者は修士課程においてヒャクニチソウHD-Zip III遺伝子ZeHB-10, ZeHB-11, ZeHB-12を単離し、それらが木部分化特異的に発現することを示した。そして、博士課程では、新たに同定したZeHB-13を含めたHD-Zip III遺伝子の詳細な遺伝子発現プロファイルとその過剰発現体の形態異常と特異的遺伝子発現を明らかにし、これらをもとにHD-Zip III遺伝子群による木部分化制御機構の一端を解明した。

本論文は4章からなり、第1章では、ヒャクニチソウから単離した木部特異的HD-Zip型クラスIIIホメオボックス遺伝子ZeHB-10, ZeHB-11, ZeHB-12の発現解析について、第2章では、前形成層特異的HD-Zip III遺伝子ZeHB-13を中心としたHD-Zip III遺伝子群の発現解析について、第3章ではZeHB-10, ZeHB-11, ZeHB-12の過剰発現体を用いた機能解析について、第4章ではZeHB-12により発現が誘導される遺伝子群の探索が述べられている。

まず、第1章では、植物体においてZeHB-10, ZeHB-11, ZeHB-12 mRNA の蓄積パターンを解析し、ZeHB-10, ZeHB-11, ZeHB-12 mRNA がいずれも木部特異的に蓄積すること、およびそれら mRNA の蓄積は管状要素がまだ分化していない未成熟な木部から始まることを見いだした。また、in vitro 木部分化系におけるZeHB-10, ZeHB-11, ZeHB-12 mRNA の蓄積パターンを解析し、これらの遺伝子がいずれも木部分化過程で特異的に発現することを明らかにした。

第2章では、新規HD-Zip III遺伝子ZeHB-13を同定し、HD-Zip III遺伝子群の詳細な特徴付けを試みた。植物体における発現解析から、ZeHB-13は前形成層に、ZeHB-10は木部前駆細胞に、ZeHB-11, ZeHB-12は木部柔細胞に強く発現することを示した。また、ZeHB-13のシロイヌナズナホモログであるATHB-15が前形成層特異的に発現することを明らかにした。これらの結果から、前形成層から木部の分化過程においてHD-Zip III遺伝子群の発現が徐々に変化することが重要であることを示唆した。そして、このHD-Zip III遺伝子の上流にブラシノステロイドシグナルが存在する可能性を世界で初めて示した。また、ヒャクニチソウとシロイヌナズナのHD-Zip III遺伝子の比較により、これら遺伝子がmicro RNAによって制御されている可能性を示した。

第3章では、HD-Zip III遺伝子の機能に迫るため、まず各々の遺伝子の過剰発現体をシロイヌナズナで作成し、その表現型を解析した。その結果、ZeHB-10過剰発現体では花茎の維管束でより多くの管状要素の分化がみられ、ZeHB-12過剰発現体では前形成層細胞あるいは木部前駆細胞の増加が見られた。次に、HD-Zip III遺伝子が転写制御因子であることを in vitro 系を用いて解析した。その結果、ZeHB-10およびZeHB-12は正の転写活性化能を有すること、またZeHB-12はGTAATNATTAC配列に結合することが明らかになり、HD-Zip III遺伝子が木部分化を正に制御する転写因子であることを示した。

第4章では、ZeHB-12は木部の形成やその機能発現にとって重要な遺伝子であるという結果を受け、ZeHB-12により発現が変動する遺伝子群の探索を行った。まず、ステロイドホルモン投与によりZeHB-12 mRNA の発現を誘導できるシロイヌナズナを作成し、シロイヌナズナの23000オリゴアレイを用いて、ZeHB-12 mRNA 過剰発現により発現が変動する遺伝子群を探索した。その結果、発現が2.5倍以上変動する687遺伝子の同定に成功した。これらの中には、管状要素特異的な遺伝子は含まれず、木部柔細胞分化に関わる遺伝子群が含まれていた。これらの結果から、ZeHB-12は管状要素ではなく木部柔細胞分化を促進することが示唆された。また、同定された遺伝子群にはブラシノステロイドのシグナル伝達に関わる遺伝子群も含まれており、その内の2遺伝子は維管束に特異的に発現したことから、ZeHB-12により新規のブラシノステロイド伝達系が構築される可能性が示された。同定された遺伝子の内の転写因子を含むいくつかはZeHB-12の直接のターゲットとなる可能性があることが配列の検索から明らかとなり、ZeHB-12を出発とする木部における遺伝子発現ネットワークの一端を明らかにすることに成功した。

なお、本論文第1章は、出村拓、福田裕穂氏と、第2章は福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、伊藤(大橋)恭子提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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