学位論文要旨



No 118911
著者(漢字) 小原,圭介
著者(英字)
著者(カナ) オバラ,ケイスケ
標題(和) モノデヒドロアスコルビン酸還元酵素のオルガネラ二重移行機構の研究
標題(洋) A study on the dual targeting mechanism of monodehydroascorbate reductase to mitochondria and plastids
報告番号 118911
報告番号 甲18911
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4564号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 中野,明彦
 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 東京大学 助教授 西田,生郎
内容要旨 要旨を表示する

ミトコンドリアと色素体が細胞内共生により生じた半自立的なオルガネラであるという説は現在では広く受け入れられている。細胞内共生の後、両オルガネラが持っていた遺伝子の多くは宿主細胞の核に転移し、核内で転写され、細胞質において移行シグナル(それぞれ mitochondrial presequence および plastid (chloroplast) transit peptide)が付加された前駆体の形で翻訳されるようになった。つまり、両オルガネラは自らを構成するタンパク質の生成を宿主細胞に依っている。従って、両オルガネラタンパク質前駆体の遺伝子発現と移行の制御は、核が両オルガネラを制御する上で重要な問題である。植物細胞は、ミトコンドリアに加えて色素体も獲得したので、両オルガネラタンパク質の発現と移行は、混同をさけるためにより厳密に区別されなければならない。しかし、植物細胞核が両オルガネラタンパク質の発現と移行を通して、どの様に両オルガネラを制御し、調和をとってきたかはいまだ未知の部分が多い。そのような問題を研究する切り口の一つとして、一つの遺伝子由来の産物が両オルガネラに二重移行(dual-targeting)するという現象に着目した。両オルガネラで似たような働きをするタンパク質の多くは核内の別々の遺伝子によってコードされている。しかし、一つの遺伝子由来のタンパク質がミトコンドリアと色素体の両方に移行するという現象が現在までに約20例程報告されてきており、核が両者をある部分では一括して制御する仕組みを進化の過程で獲得してきた可能性がある。そのような二重移行の仕組みを研究することで、タンパク質の供給を介した核による両オルガネラの制御の仕組みに迫ることができると考えた。現在までに報告されている両オルガネラへの二重移行のほとんどは、最終的に出来る一種類のタンパク質がミトコンドリア移行シグナルと色素体移行シグナルの中間的な「曖昧移行シグナル」を持つことにより両方に移行する、という翻訳後の制御によるものである。残りの例は、一種類のmRNA上の複数の翻訳開始コドンから翻訳が起こり、複数種のタンパク質ができるという翻訳レベルでの調節である。私は、ミトコンドリアと色素体の両方で活性酸素の除去やレドックスの調節に働くと思われるモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素に注目して研究を行い、核が転写レベルでの調節を通して両オルガネラへの二重移行を行っていることを発見した。

結果

シロイヌナズナモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素のゲノム構造の解析

研究材料としてゲノム配列の解読が完了したシロイヌナズナを用いた。シロイヌナズナのゲノム上には5つのモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素様の配列が存在し、そのうちの一つ (At1g63940) からは、もう一つ別の読み枠が組めることが示唆されていた。この二つの読み枠からできるアミノ酸配列はN末端領域にオルガネラへのシグナル配列らしき伸長領域を持っていた(便宜上この二つをMDARと表記する)。複数のタンパク質局在プログラムを用いて、局在予予測解析をしたところ、その2つのうち長い方 (MDAR-L) はミトコンドリア、短い方 (MDAR-S) は色素体へと移行されることが強く予想された。次にその2つのゲノム配列の解析を行った。その結果MDAR-LとSは、同一の遺伝子にコードされており、何らかの仕組みにより2種類が作り分けられていることが示唆された。MDAR-LはMDAR-Sよりも7アミノ酸をN末端に余分に持っており、その他の配列は全く同一であった。ゲノム配列とアミノ酸配列の対応から、MDAR-LとSをコードできる読み枠を組むことが出来た。MDAR-LのN末端に突出した7アミノ酸をコードする部分内には、90塩基のイントロンが想定された。

MDAR-LとSの転写システムの解析

そこで、実際にそのような読み枠でMDAR-LとSの両方が in vivo においても転写されているかどうかをRT-PCR法で確かめた。特異的に増幅された断片の配列を読んだところ、MDAR-LとS共に、in vivo において上記の読み枠で転写されていることが確認された。このことによりMDARは1つの遺伝子から少なくとも2種類のmRNAを転写していることが分かった。次に Cap Site Hunting 法により両者の転写開始点を決定した。MDAR-Lの転写開始点は、翻訳開始点より68塩基上流にあり、MDAR-Sの転写開始点はMDAR-Lの第1イントロン内に存在することが分かった。これらのことからMDARが転写開始点を使い分けて長短2種類のmRNAを作り分けていることが分かった。

MDAR-LとSの局在解析

MDAR-LとSの細胞内局在を調べるためにGFP (sGFP (S65T))との融合遺伝子を設計した。MDAR-LとSのN末端伸長領域部分(それぞれ Signal-L、S)およびコード領域全長 (cds-L、S) と sGFP の融合遺伝子をカリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモータに繋ぎ、シロイヌナズナの葉に一過的に導入した。Signal-L-GFPおよびcds-L-GFPはミトコンドリアに移行し、Signal-S-GFPおよびcds-S-GFPは色素体に移行した。これらのことからシロイヌナズナのMDAR遺伝子が転写開始点を使い分けてミトコンドリア型、色素体型酵素を作り分けていることが分かった。MDAR-Lの突出した7アミノ酸を含む領域は、mitochondria presequence に特徴的な、正電荷の両親媒正α-ヘリックスを形成すると予想された。従って、MDAR-Lはtransit peptide の上流にそのα-ヘリックスを付加することによりミトコンドリアに移行すると考えられる。

MDAR-LとSの発現解析

MDAR-LとSの発現量が器官や状況に応じて変化するかどうかを調べるために、それぞれを特異的に増幅するプライマーを用いて、RT-PCR-Southern Blotting 法を行った。その結果、花においてMDAR-L mRNAがより多く蓄積しており、逆に根においてMDAR-S mRNAがより多く蓄積していた。また、光刺激がMDAR-LとS mRNA量比に与える影響を調べたところ、光に対しては大きな変動は見られなかった。また、葉緑体において活性酸素を発生させるパラコート処理でも大きな変動は見られなかった。さらに、シロイヌナズナ培養細胞を用いて、増殖期と定常期でMDAR-LとS mRNA量比を調べたが、大きな違いは見られなかった。これらのことから、MDAR-LとS mRNAの蓄積量の比は、光や活性酸素、分裂活性と関係なく、器官毎に変動することがわかった。

MDARのオルガネラ二重移行の一般性

モノデヒドロアスコルビン酸還元酵素のオルガネラ二重移行の一般性をイネで検証した。イネには5つのモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素様の配列があるが、すでに発現が確認されている色素体型と思われる配列 (OsMDAR-A1) が1つあり、ミトコンドリア型と思われる配列は報告されていなかった。そこで、シロイヌナズナと同様に、色素体型のさらに上流にアミノ酸を付加したミトコンドリア型の読み枠 (OsMDAR-A2) が組めるのではと考え、エキソン・イントロン構造を保ったままそのような読み枠を組んだ。また、その読み枠での in vivo の発現をRT-PCR法により確認した。OsMDAR-A1 cDNAとの比較により、これら二つの読み枠は、シロイヌナズナとは異なり、スプライシング受容部位の択一的な使用により作り分けられていることが分かった。OsMDAR-A2およびOsMDAR-A1のN末端伸長領域とGFPの融合タンパク質は、それぞれミトコンドリアおよび葉緑体へと移行した。これらのことから、イネでもモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素のオルガネラ二重移行が保存されていることが強く示唆されたが、mRNAの作り分け機構はシロイヌナズナとは異なっていた。

考察

本研究は、転写開始点の使い分けという転写レベルでの制御によって両オルガネラへの二重移行が起こることを示した初めての例である(図1)。また、この現象がイネでも保存されている事を明らかにした。序で述べたように、これまでに報告されていたミトコンドリアと色素体への二重移行の例のほとんどは、両者の中間的な「曖昧移行シグナル」を持つタンパク質である。「曖昧移行シグナル」を持つタンパク質では最終的にできるタンパク質は一種類であり、状況に応じてどちらかのオルガネラに偏って移行することは比較的難しいと考えられる。一方、今回報告したMDARの場合、MDAR-Lは比較的はっきりした移行シグナルを tandem に持つといえる。そのような場合、両オルガネラにおける量比の調節が、転写開始点の使い分けにより容易に行える可能性があり、実際に少なくともmRNA蓄積量の比では花と根で大きく異なっていた。今後は、各器官や状況下で両オルガネラにおけるタンパク質量および活性を比較することで、「曖昧移行シグナル」を持つ一つのタンパク質ではなく二種類を作り分けることの意義が浮き彫りになる可能性があり興味深い。

モノデヒドロアスコルビン酸還元酵素のオルガネラ二重移行機構の概略シロイヌナズナのモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素は、二つの転写開始点(TS-LおよびTS-S)を使い分けることにより、長短二種類のmRNAを作り分ける。長い方由来のタンパク質はミトコンドリアへと移行し、短い方由来のタンパク質は葉緑体へと移行する。転写レベルでの制御により、一つの遺伝子から両オルガネラへとタンパク質を二重移行する初めての例である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3章からなり、第1章では、シロイヌナズナのモノデヒドロアスコルビン酸還元酵素 (MDAR) が、一つの遺伝子からミトコンドリア型と色素体型を合成して送り分けるという現象(二重移行)とその機構について、第2章では、ミトコンドリア型と色素体型のmRNA蓄積量の解析について、第3章では、MDARの両オルガネラへ二重移行の一般性についてイネのMDARを用いた解析について述べられている。

ミトコンドリアと色素体は、オルガネラ遺伝子の転写や翻訳、また活性酸素の除去など共通した機能を一部で有している。従って、両方のオルガネラで同じ機能を持つタンパク質が存在する。多くの場合、それらは核ゲノム中の別々の遺伝子にコードされ、別々に転写・翻訳を受けている。しかし、一つの遺伝子由来のタンパク質が、両方のオルガネラに移行する二重移行という現象が、現在までに20例以上報告されており、タンパク質の供給に関して、ある部分では核が両オルガネラを一括して制御する仕組みを獲得してきたと考えられる。これまでに報告されている二重移行の例のうち、ほとんどは、合成される1種類のタンパク質が両方へ移行するという翻訳後の仕組みによるものであり、残りの例も1種類のmRNAが翻訳調節により2種のタンパク質を作り出し、二重移行が行われている。しかし、これら二重移行機構の知見は、断片的であり、未知の機構の発見や個々の機構の詳細な解析が求められていた。そこで、論文提出者は、博士課程において、両オルガネラで働くと思われるMDARをモデルとし二重移行機構の詳細な解析を行った。

第1章では、シロイヌナズナのMDAR遺伝子が、一つの遺伝子から転写開始点を使い分けて、2種類のmRNAを作り分けていることを明らかにした。蛍光タンパク質 (GFP) と MDAR のタンパク質あるいはN末ペプチドの融合遺伝子を用いた遺伝子導入実験から、それぞれのmRNAがコードする長短のタンパク質のうち、長い方がミトコンドリア、短い方が色素体へと移行することを明らかにした。これらの結果から、シロイヌナズナMDARタンパク質は、転写開始点の使い分けによって、ミトコンドリアと色素体へと二重移行することが明らかとなった。このことにより、転写レベルでの制御を用いてミトコンドリアと色素体へ二重移行を行うという、新規の機構が明らかとなった。

第2章では、ミトコンドリア型、および色素体型MDARをコードするmRNAの蓄積量を調べるために、RT-PCR-Southern 解析を行い、両mRNAの蓄積量の比を求めた。その結果、植物体の各器官では、花においてミトコンドリア型の相対量が多く、根においては色素体型の相対量が多いことを明らかにした。また、発芽後の光環境は、両mRNA蓄積量の比に大きな影響を与えなかった。葉緑体で活性酸素を生じさせる除草剤パラコート(メチルビオローゲン)での処理や、分裂活性の違いなどでも大きな差は見られなかった。これらのことから、両mRNA蓄積量の比は、環境要因というよりも器官ごとに制御されていることを示唆した。

第3章では、このようなMDARの二重移行という現象や機構が、他の植物種でも保存されているかどうかをイネのMDARを用いて検証した。まず、シロイヌナズナで得た結果を利用して、イネの色素体型と思われるMDAR遺伝子から、さらに上流にコード領域を延長した新たな読み枠を2つ組むことに成功し、RT-PCR法により、これら3つの読み枠の全てが、in vivo において実際に発現していることを明らかにした。このことにより、イネにおいても、オルガネラ型と思われる1つのMDAR遺伝子から複数種のmRNAを作り分けていることが明らかとなった。しかし、複数種のmRNAはシロイヌナズナの場合とは異なり、スプライシング受容部位を使い分けることにより作り分けられていた。次に、それぞれのシグナル配列部分とGFPを融合したタンパク質の細胞内移行解析から、長い2つがミトコンドリア、短い1つが色素体へ移行することを明らかにした。これらの結果は、MDARタンパク質の二重移行という現象がシロイヌナズナとイネで保存されていることを強く示唆する重要な知見である。

なお、本論文第1章は、鷲見和良氏および福田裕穂氏と、第2章と3章は、福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、小原圭介提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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