学位論文要旨



No 118914
著者(漢字) 木村,亮介
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,リョウスケ
標題(和) サイトカイン遺伝子の多型 : その発現制御に及ぼす影響と地理的分布
標題(洋) Polymorphisms in Cytokine Genes : Their Effect on Expressional Regulation and Geographic Distribution
報告番号 118914
報告番号 甲18914
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4567号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石田,貴文
 東京大学 教授 青木,健一
 東京大学 教授 大塚,柳太郎
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 教授 植田,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

サイトカインとは、種々の細胞で産生され、特に免疫系において重要な役割を担う生理活性物質の総称である。近年の遺伝疫学研究により、サイトカイン遺伝子の多型が多因子疾患と関連するという知見が報告され、これらの多型の多くは発現制御に影響を及ぼすものであると推測されている。しかし、これまでにその発現制御への影響が実証された例は多くない。本研究では、第一に、二つのサイトカイン遺伝子(ILBとSDF1)に注目し、多型と発現制御との関連を調べるため、Epstein-Barr virus (EBV) 感染B細胞株を用いて in vitro 系での実験を行った。本研究の第二の目的は、アジア太平洋地域の集団における今後の遺伝疫学研究のために、同地域におけるSDF1遺伝子のアリル頻度やハプロタイプ頻度を明らかにすることである。また、これらの情報は、移動や遺伝的交流といった集団の歴史を推測する上でも役立つ。

インターロイキン-1β(IL-1β)は、代表的な炎症性サイトカインであり、IL1B遺伝子における多型は、様々な病原菌感染や炎症性疾患などに関連するとして注目されている。特にプロモーター領域に存在するC-31T多型は、TのときTATAボックスを形成するため、遺伝子発現制御に強く関与すると考えられてきた。しかし、in vitro における観察ではIL-1β産生量に遺伝子型間の違いは検出できず、in vitro における観察では-31Cアリルが高IL-1β量と炎症促進に関連することが示されている。そこで本研究では、遺伝子発現にはたらく多型のシス作用を検出するため、アリル特異的転写産物定量を行った。本方法は、転写領域にあるC+3954T多型に関してヘテロ接合の細胞を利用して、アリル間のmRNA発現量の差を調べる方法である。まず、243個体について、IL1B多型をPCR-RFLP法によりタイピングし、更に、両多型ともヘテロ接合である個体に関しては、アリル特異的PCR法とPCR-RFLP法を組み合わせることによりハプロタイプを確定した。そして、C+3954T多型がヘテロ接合の23個体に由来する細胞でアリル特異的転写産物の比を測定した結果、C+3954T多型は遺伝子発現に影響を及ぼさないこと、-31Tアリルは-31Cアリルに比べ約2.2倍の転写産物を産生することが示唆された(図1)。本研究とこれまでの研究との結果の不一致に関しては、従来の遺伝子型間を比較する方法における検出感度の悪さ、細胞の種類による違い、また in vivo では個々の細胞のIL-1β産生量ではなく産生量の総計を測定していることが原因としてあげられる。本研究は、IL1B多型が如何に疾患と関係するかを解く鍵を示すとともに、ハプロタイプ解析と組み合わせたアリル特異的転写産物定量が発現制御に関わる多型を同定するのに有用であることを示した。

ストローマ細胞由来因子 (SDF-1) は、白血球の遊走において重要な役割をもつケモカインのひとつである。その受容体であるCXCR4は、T細胞親和性HIV-1の細胞侵入に利用され、SDF-1はHIV-1のT細胞侵入を競合的に阻害する。SDF1遺伝子のG801A多型におけるアリルは、この多型が3'非翻訳領域に位置することからSDF1-3'G/3'Aと呼ばれ、AIDSの進行やI型糖尿病の罹患に関与することが報告された。本研究では、末梢血白血球をEBVで形質転換させることによりSDF-1mRNAが産生されることから、異なる42個体(各遺伝子型につき14個体)に由来する細胞株を用いて、SDF1遺伝子の発現、および遺伝子制御因子のひとつであるDNAのメチル化を調べた。Bisulfite 法を用いて5'領域と3'非翻訳領域のメチル化を調べたところ、末梢血白血球ではみられなかった3'非翻訳領域における部位特異的脱メチル化が、EBV感染細胞株において観察された。その脱メチル化のレベルは、SDF-1mRNAの発現レベルと有意に相関していたことから、遺伝子発現に関わっていることが示唆された。しかし、遺伝子型間の比較においては、SDF-1mRNAレベルおよびメチル化レベルに有意な差は無かった。また、ヘテロ接合の細胞で、アリル特異的転写産物の比に1:1からの有意なずれはみられなかった。これらの実験により、G801A多型はSDF1遺伝子発現に関与していないことが示唆された。よって、これまでに報告されているG801A多型の疾病への関与は、タンパクの翻訳効率、あるいはこの多型と連鎖不平衡にある別の多型に起因する可能性が考えられた。

そこで、SDF1遺伝子のハプロタイプを解析し、ハプロタイプ間で転写産物量が異なるかを、アリル特異的転写産物定量を用いて調べた。まず、12個体について5'領域の約2kbをシーケンシングすることにより幾つかの新規多型を検出した後、データベース上にある既知のSDF1遺伝子多型とあわせ15多型についてPCR-SSCPおよび-RFLP法を用いて105個体をスクリーニングした。その結果から、主要なハプロタイプを識別するのに必要な10多型を選出し、更に243個体を調べた。また、dbcAMPあるいはTPAでEBV感染B細胞株を刺激することでSDF-1mRNA量が増加することを見出し、G801A多型においてヘテロ接合である60細胞株を用いて、アリル特異的転写産物の比、dbcAMPおよびTPA刺激によるその比の変化を調べた。その結果、SDF-1mRNA発現量はハプロタイプ間で有意に異なり、5'領域のC-668G多型、イントロン2のA+6201G多型が発現量の違いと関連していることが示された(図2)。また、-668Gをもつ細胞株はTPA刺激において、-1652Tをもつ細胞株はdbcAMP刺激においてアリル特異的転写産物比が有意に変化した。この2つの多型がそれぞれAP-1、AP-2の認識配列に位置することから、これらの転写因子の活性化が転写産物比の変化と関与している可能性が考えられる。SDF-1mRNA量に関連する多型の存在が示されたことは、これまでに報告されたSDF1-G801多型と疾患との関連が別の多型に起因する可能性を強く示唆した。発現制御に影響を及ぼす多型を同定するには、更に詳細なハプロタイプ解析および多型が及ぼす影響の機構の解析が必要である。

次に、アジア太平洋地域における今後の遺伝疫学研究のために、SDF1多型の地理的分布を調査した。まず、疾病への関与が報告されたSDF1-3'Aの東南アジアからメラネシアにかけての分布を詳細に調べた。26集団1848個体を対象に、PCR-RFLP法を用いて遺伝子型ダイピングを行った結果、SDF1-3'Aの頻度は、東南アジア大陸部で0〜0.355と比較的低く、メラネシアで0.620〜0.637と高かった。東南アジア島嶼部では0.233〜0.733であり、西から東へと上昇する傾向がみられた。このようなSDF1-3'Aの分布は、東南アジア島嶼部のオーストロネシア語民集団においてオーストラロイド集団との遺伝的交流が東に行くほど大きかったことを示唆した。

更に、上述の10個のハプロタイプタグ多型を用いて、東南アジアの10集団についてSDF1ハプロタイプ頻度を推定し、発現解析で示されたmRNA発現量が低いハプロタイプの頻度を調べたところ、集団間でその頻度に大きな違いはみられなかった。また、集団の遺伝的分化を観察するために、ハプロタイプ頻度からFST値を算出した。東南アジア大陸部の3集団(タイ人、アカ族、ムラブリ族)間でFST値を比較すると、ムラブリ族と他の二集団との遺伝的分化が進んでいることが判った。このことは、ムラブリ族が集団サイズの小さい孤立した集団であるため、遺伝的浮動が大きく働いていることに起因すると考えられた。オーストロネシア語民集団(ジャワ島民、ボルネオ島のダヤク族、スラウェシ島のブギス族とトラジャ族、フローレス島民、チモール島民)においては、ニューギニア高地人とのFST値が、東経、および大陸部の集団とのFST値と逆相関していた(図3)。この結果は、東南アジア島嶼部のオーストロネシア語民集団における大陸集団からの遺伝的分化に、オーストラロイド集団からの遺伝子流入が大きな役割を果たしており、その大きさは西から東へと大きくなることを示唆していた。

本研究では、IL1BおよびSDF1遺伝子において、アリルおよびハプロタイプ間の転写産物量の相違を検出し、また、SDF1多型の分布を明らかにした。これらの結果は、これまでの遺伝疫学研究の解釈や今後の研究にとって有意義なものである。本研究で示したように、ハプロタイプ情報に基づいたアリル特異的転写産物定量は、多型が発現制御に及ぼすシス作用を検出する上で有効な手段であり、遺伝子多型解析に強力な戦略をもたらす可能性を秘めている。また本研究で、SDF1多型の分布から、アジア太平洋地域の人類集団の歴史を理解する上で示唆に富んだ情報を得た。今後、遺伝的浮動、ボトルネック、遺伝子流動などゲノム全体に影響する過去の出来事に対する知識を更に深めるためには、ゲノムワイドな多型データの収集が必要不可欠である。そのような研究は、自然選択などによる単一座位への効果を検出することも可能にし、遺伝疫学研究を含む多型が及ぼす影響の解析と併せて、人類の遺伝的適応という現象を理解する上で重要な役割を果たす。

IL1B多型とアリル特異的転写産物比 個々の細胞株の値、平均値、95%信頼限界を示した。ディプロタイプCC/TTは、ハプロタイプ-31T+3954Cおよびハプロタイプ-31T+3954Tの組み合わせ。他も同様。括弧内は調べた細胞株の数。

主要なSDF1ハプロタイプの最小変異・組み換えネットワーク 円はハプロタイプ、その大きさは頻度、実線は変異、点線は組み換えをそれぞれ表す。12197の多型がSDF1-3'G/3'Aに相当する。

オーストロネシア語民集団における他集団からの遺伝的分化 rsはスピアマンの順位相関係数。

審査要旨 要旨を表示する

サイトカインは、種々の細胞で産生され、特に免疫系において重要な役割を担う生理活性物質である。サイトカイン遺伝子の多型が多因子疾患と関連するという知見が報告され、これらの多型の多くは発現制御に影響を及ぼすものであると推測されている。しかし、これまでにその発現制御への影響が実証された例は多くない。本研究では、2つのサイトカイン遺伝子(ILBとSDF1)に注目し、多型と発現制御との関連を調べるため実験をおこなった。また、アジア太平洋地域の集団においてSDF1遺伝子のアリル頻度及びハプロタイプ頻度を明らかにすることにより遺伝疫学研究の基礎データを収集し、同地域における、民族の移動や遺伝的交流といった集団の歴史に言及したのが、本論文である。

本論文は7章から構成されている。第1章で研究全体の背景の説明と目的の位置づけが、第7章で全体のまとめがなされている。第2章から第6章のうち、前3章は第1部を、後2章は第2部を構成している。

第1部では、サイトカイン遺伝子発現に及ぼす多型の解析がなされている。まず、インターロイキンー1β(IL-1β)を例にとり、遺伝子発現にはたらく多型のシス作用を検出するため、アリル特異的転写産物定量をおこなっている。その結果、C+3954T多型は遺伝子発現に影響を及ぼさないこと、-31Tアリルは-31Cアリルに比べ約2.2倍の転写産物を産生することを示した。本研究は、IL1B多型が如何に疾患と関係するかを解く鍵を示すとともに、ハプロタイプ解析と組み合わせたアリル特異的転写産物定量が発現制御に関わる多型を同定するのに有用であることを示した。次に、白血球の遊走において重要な役割をもつケモカインのひとつである、ストローマ細胞由来因子 (SDF-1) を対象に、疾患感受性多型と言われるG801Aについて、多型とDNAのメチル化を調べた。3'非翻訳領域における部位特異的脱メチル化を観察し、その脱メチル化のレベルは、SDF-1mRNAの発現レベルと有意に相関し、遺伝子発現に関わることが示唆された。しかし、遺伝子型間の比較においては、SDF-1mRNAレベルおよびメチル化レベルに有意な差は無く、G801A多型のSDF1遺伝子発現への関与を否定した。次に、主要なハプロタイプを同定し、ハプロタイプの発現への影響を、薬剤刺激感受性と共に検索した。その結果、SDF-1mRNA発現量はハプロタイプ間で有意に異なることが示され、SDF-1mRNA量に関連する多型の存在を示した。

第2部は、SDF-1遺伝子多型・ハプロタイプの地理的分布からアジア・オセアニアにおける民族の来歴に言及している。SDF1-3'Aの東南アジアからメラネシアにかけての分布を詳細に調査した。SDF1-3'Aの頻度は、東南アジア大陸部で比較的低く、メラネシアでは高かった。東南アジア島嶼部では中間の値を示し、西から東へと上昇する傾向がみられた。このようなSDF1-3'Aの分布は、東南アジア島嶼部のオーストロネシア語民集団においてオーストラロイド集団との遺伝的交流が東に行くほど大きかったことを示唆した。更に、ハプロタイプタグ多型を用いて、東南アジアの10集団についてSDF1ハプロタイプ頻度を推定するとともに、ハプロタイプ頻度から集団の遺伝的分化を観察し、ムラブリ族の遺伝的分化が進んでいること、東南アジア島嶼部のオーストロネシア語民集団における大陸集団からの遺伝的分化に、オーストラロイド集団からの遺伝子流入が大きな役割を果たしており、その大きさは西から東へと大きくなることを示唆した。

以上より、本論文では、IL1BおおよびSDF1遺伝子において、アリルおよびハプロタイプ間の転写産物量の相違を検出し、SDF1多型の分布を明らかにした。これらの結果は、これまでの遺伝疫学研究の解釈や今後の研究にとって有意義なものである。アリル特異的転写産物定量は、多型が発現制御に及ぼすシス作用を検出する上で有効な手段であり、遺伝子多型解析に強力な戦略をもたらすものと期待される。また、SDF1多型・ハプロタイプの分布は、アジア太平洋地域の人類集団の歴史を理解する上で多大な情報をもたらし、多型が遺伝子発現に及ぼす影響の解析と併せて、人類の遺伝的適応・民族の移動に関する人類学分野への貢献は高く評価できるものである。

本論文は、指導教員である石田貴文を始めとした共著論文であるが、共著者である西岡朋生は細胞株の樹立を補助し、他の共著者は試料収集における協力者である。本論文の実験・解析は論文提出者が終始主体となっておこないその論文への寄与は十分と判断される。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める

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