学位論文要旨



No 118919
著者(漢字) 柳澤,春明
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギサワ,ハルアキ
標題(和) クラミドモナス軸糸内腕ダイニンの構築に関する研究
標題(洋) Studies on the organization of axonemal inner-arm dyneins in Chlamydomonas
報告番号 118919
報告番号 甲18919
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4572号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 広野,雅文
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 上村,慎治
内容要旨 要旨を表示する

真核生物の鞭毛・繊毛は原生動物からヒトまで保存された細胞運動器官である.モーター蛋白質,ダイニンにより引き起こされる周辺微小管間の滑り運動が,その特徴的な波形運動の原動力である.しかし,複数種ある鞭毛ダイニンが正しく構築され,また制御されるメカニズムに関しては不明な点が多い.そこで本研究では鞭毛ダイニンのうち,波形発生に重要である内腕ダイニンに着目しその構築機構を探る目的で実験を行った.

材料には多数の鞭毛変異株が存在する Chlamydomonas を用いた.Chlamydomonas の内腕ダイニンは7分子種である.いずれもモーター活性を持つ重鎖とその調節や軸糸上への構築に働くと予想される中間鎖,軽鎖からなり,周辺微小管上に96nm周期で規則正しく構築されている.

内腕ダイニン自身は微小管系のモーターであるにもかかわらず,軽鎖としてアクチンを含むことが特徴的である.一般にアクチンは重合して微小繊維を形成し,微小管とは別の細胞骨格系をなす.Chlamydomonas のアクチン欠損変異株ではアクチンを含む内腕ダイニン6種のうち4種が軸糸から失われる.このためアクチンは内腕ダイニンの軸糸上への輸送,構築に重要であることが予想される.そこで,これまで不明であったアクチンのダイニン複合体中での位置及び他の構成サブユニットとの相互作用を決定することで,内腕ダイニンの構築機構について有益な情報が得られると考えた.

精製した内腕ダイニンについてそのサブユニット構成を調べたところアクチンを含む分子種には軽鎖p28またはセントリンが排他的に含まれていること,また重鎖との量比からアクチンは単量体もしくは2量体であることが確認された.p28は機能未知,セントリンはCa2+結合能を持つことが知られている.さらに化学架橋剤を用いた実験により,アクチンはp28またはセントリンを介してダイニン重鎖のtailドメインに結合していることがわかった.

次にp28について組換蛋白質を作成し,その性質を検討した.電気穿孔法で組換p28蛋白質(rp28)を欠失変異株に導入すると変異形質が回復した.よってrp28は生理活性を有していると考えられる.rp28はin vitroでの実験で2量体として存在すること,F-アクチンと1:1に結合し束化する性質があることが明らかになった.

ダイニン分子は構造上,微小管結合及びATP加水分解を担うmotorドメインと,カーゴや軸糸構造への結合の場とされるtailドメインに分けられる.本研究でアクチンはtailドメインにF-アクチン結合能を持つp28,またはCa2+結合能を持つセントリンを介して結合していることがわかった.この結果は繊維状態のアクチンが内腕ダイニンの軸糸上への輸送,構築に機能することを示唆する.

精製した内腕ダイニンは単体で微小管結合能をほとんど示さず,また微小管表面の周期性は8nmであり内腕ダイニンの周期96nmより小さいため,軸糸上に内腕ダイニンと微小管を結びつけ,結合位置を決定する因子の存在が予想される.そこで,1)微小管結合能,2)内腕変異株での欠失という2つの指標をもとに探索を行った.その結果,内腕ダイニン"e"を欠損した変異株pf3, ida6で58kDaの新規微小管結合蛋白質(p58)が減少していることを見出した.

p58を生化学的に精製し,部分配列を決定,それを元にcDNA全長の配列決定を行った結果,以前ウニ精子鞭毛で見つかっていた中間系フィラメント様蛋白質,tektin と相同であることが判明した.tektin は微小管に沿った繊維状の構造を形成して鞭毛の周期構造とdoublet微小管形成に必須と考えられている蛋白質であるが,これまでに Chlamydomonas での存在は知られておらず,また内腕ダイニンや他の軸糸上構造の結合に関与するという報告はなかった.遺伝子座の決定の結果p58はpf3, ida6の原因遺伝子ではないことが明らかになった.

まず抗体を作成し局在を調べたところ,p58はウニtektinと同じく軸糸全体と basal body に一様に存在していた,tektin はこれまで軸糸の長さあたり一定量存在すると考えられていたが,pf3, ida6では軸糸全体で一様に減少していた.定量の結果,変異株軸糸では野生型の20%に減少していた.またウニtektinでのモデルを適用すると,野生型では周辺微小管一本あたり3本のp58繊維が存在することが明らかになった.

また軸糸を2M尿素で抽出するとチューブリンとp58を含む繊維状の構造が残ることを見いだした.この繊維構造はチューブリンのprotofilament 2本分の幅を持っていた.これまでtektinは一本のprotofilamentとしてA-微小管に組込まれているというモデルが立てられていた.しかし今回1M尿素と0.3% SarkosylによってA-微小管の構造は保持したままp58が抽出されることを見いだした.化学架橋剤を用いてin vivoでの相互作用相手を検討したところp58自身及びチューブリン,および〜80 kDaの蛋白質との結合を示唆する結果を得た.

pf3では内腕ダイニン"e"に加えて,DRC(Dynein regulatory complex)と呼ばれるA-微小管上の構造が一部欠失することが知られている.p58は周辺微小管上に微小管表面より長い周期性を持つ繊維構造を形成し,DRCと共に内腕ダイニンの結合位置決定に関与していると推測される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は真核生物鞭毛内で力を発生している蛋白質複合体ダイニン内腕について,その構造と鞭毛軸糸微小管上の配列機構に関して行った研究を論述したものである.本論文は4章からなり,1-3章で内腕軽鎖の性質,4章で内腕-微小管結合に関与する蛋白質の同定と解析を扱っている.

第1章では,内腕ダイニンにおけるアクチンの状態を解析した.内腕ダイニンは微小管系の運動性蛋白質であるが,異なる運動系蛋白質であるアクチンを軽鎖として持つ.このアクチンが内腕ダイニンにどのように結合し,どのような役割を果たしているかは,まだ明らかではない.そこで、アクチンのダイニン複合体中の位置と結合サブユニットの同定を試みた.化学架橋剤を用いた実験により,アクチンは軽鎖p28またはセントリンを介してダイニン重鎖のアミノ末端側のステムドメインに結合していることが明らかになった.p28は機能未知蛋白質,セントリンはCa2+結合能を持つ蛋白質である.いずれの軽鎖も既知のアクチン結合配列を持っていなかった.

第2章では,内腕軽鎖P28を組換蛋白質として発現し、その生理機能を検定した結果が述べられている.大腸菌を用いた発現系は生化学実験に必要十分な量の蛋白質を得ることができるが,機能不明の蛋白質の場合,組換蛋白質が生理活性を持つか否かを確認できないという問題があった.この研究では,その問題を克服するため,電気穿孔法で組換p28蛋白質をその蛋白質を欠失した変異株に導入し,変異形質の回復を確認するという実験を行った.その結果,この組み換え蛋白質に生理活性があることが明瞭に示された.

第3章ではp28とアクチンの相互作用を検討した.p28と骨格筋アクチンを用いたin vitro実験で,p28はG-アクチン、F-アクチンどちらとも結合することがわかった.また安定な2量体として存在し,F-アクチンを束化する性質があることが明らかになった.内腕ダイニン複合体がF-アクチン結合蛋白質を持つという今回の結果は,繊維状態のアクチンが軸糸上への各内腕ダイニンの構築及び輸送に関与している可能性を示唆する.

第4章では内腕ダイニンの微小管結合に関与した蛋白質を検索し,テクチンと呼ばれる蛋白質と類似した蛋白質を同定したことが述べられている.7種の内腕ダイニンは周辺微小管上に規則正しく結合し,全体として96nmの周期をなしている.この規則正しい結合を担う軸糸微小管上の因子を同定するため,多数の内腕ダイニン欠失変異株の軸糸中で,特異的に失われている微小管結合蛋白質を探索した.その目的のために,軸糸蛋白質を電気泳動で分離後,高分子膜上で微小管結合蛋白質を検出するという新しいアプローチが用いられた.その結果,内腕ダイニン"e"を欠損した変異株pf3, ida6において58kDaの蛋白質(P58)が減少していることが見出された.このp58を軸糸の段階的な変性剤処理と変性条件下のイオン交換カラムクロマトグラフィーによって精製し,cDNA全長の配列を決定したところ,p58は以前ウニ鞭毛で見つかっていた中間系フィラメント様蛋白質,テクチンと相同であることが判明した.テクチンは周辺微小管の継目付近において長さ方向に繊維構造を形成し,軸糸の周期構造と周辺微小管の形成に必須と考えられてきた蛋白質であるが,これまでクラミドモナスでは見つかっていなかった.ウニのテクチンは軸糸を界面活性剤サルコシルで処理した後に残るリボン状構造から発見されたが,クラミドモナス軸糸では,同様のリボン構造には存在しなかった.一方,間接蛍光抗体法による観察では,p58はウニのテクチンと同じく軸糸全体と基底小体にも存在することが判明した.これまでの研究では,テクチンは軸糸の長さあたり一定量必要であると考えられていたが,pf3とida6においてはその存在量は野生型の20%以下に減少していた.すなわち,今回の研究はテクチンのホモログp58が内腕ダイニンの結合に関与することを明らかにし,さらに,この蛋白質の存在量が減少しても軸糸全体の構造には影響しないなど,これまでの他の生物で研究されてきたテクチンの性質とは大きく異なる結果をもたらした.現在広く信じられているテクチン機能に関して,今後再検討が必要になるものと考えられる.

以上のように,本論文で扱われた研究は,ダイニンの存在状態と,軸糸微小管構成蛋白質テクチンの機能に関して,重要な新知見をもたらしたものである.なお,本論文の第1部と第4部は神谷律と,第2部は林真人,広野雅文,神谷律との共同研究によるものであるが,論文提出者の寄与が十分であると判断される.

したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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