No | 118920 | |
著者(漢字) | 山田,敏弘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマダ,トシヒロ | |
標題(和) | 外珠皮・心皮の起源と被子植物の進化に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on origin of outer integument and carpel, and evolution of angiosperms | |
報告番号 | 118920 | |
報告番号 | 甲18920 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4573号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 被子植物がどのような祖先裸子植物に由来したのかは未だに明らかになっていない.最近の分子系統解析から,現生裸子植物は単系統であることが有力であるため,被子植物の祖先は絶滅した裸子植物ということになる.絶滅した裸子植物のうちどのような分類群が祖先であるのかを推定するためには,被子植物の共有派生形質の進化過程を解明し,それらの祖先器官を推定する必要がある.被子植物の雌性生殖器官では,内・外の二枚の珠皮を持つ胚珠が心皮に包まれている.それに対して,裸子植物では,胚珠は心皮に包まれず,胚珠は内珠皮と相同と考えられる一枚のみの珠皮を持つ.従って,外珠皮と心皮の両方を持つことが被子植物の共有派生形質ということになる.そこで本研究では,外珠皮・心皮の原始的な形態を詳細に観察することで,その祖先器官の推定を試み,さらには“前被子植物”の形態学的特徴について推定した. これまで外珠皮は放射相称のコップ型をした器官であると考えられてきた(図1A).そのため外珠皮がベネチテス類に見られるようなコップ型の外被や,シダ種子植物のDenkania属に見られるようなコップ型の椀状体に由来する可能性が指摘されてきた(図2A).一方で近年,原始的被子植物の中には,珠柄側に外珠皮が形成されない幌型の外珠皮を持つ種類があることが明らかとなってきた(図1B).もしこのような形態が原始的である場合,外珠皮の祖先器官は,シダ種子植物のDictiopteridium属やCaytonia属に見られるような1珠皮性の直生胚珠を包む葉的器官 (fertiliger, cupule) に由来する可能性が支持される(図2B).現生被子植物の中で最も初期に分岐したことが知られているアンボレラ科(A),スイレン目(N)(ハゴロモモ科,スイレン科),アウストロバイレヤ目(アウストロバイレヤ科(A),トリメニア科(T),シキミ科(I))からなるANITA群やその他の原始的被子植物を用いたこれまでの研究から,幌型の外珠皮を持つ倒生胚珠が原始的であり,コップ型の外珠皮が派生的に生じた可能性が指摘されてきた.そこで本研究では,幌型の外珠皮が原始的であることを化石記録から検証するために,化石記録として保存されやすい種子から外珠皮の形態を推定することが出来るのかをまず検討した.このような試みは,スイレン目について行われたが,その他のANITA群について検討は行われていなかった.本研究ではアウストロバイレヤ目について種子観察を詳細に行い,これまでに知られている本目の外珠皮の形態との比較を行った.幌型の外珠皮を持つ胚珠では,珠孔と珠柄の間に外珠皮が形成されないが,この胚珠に由来する種子は,発生が進んでも珠孔とへそ(珠柄に由来)の間に外種皮(外珠皮に由来)が形成されず,珠孔とへそが隣接する珠孔一へそ複合体を持つ(図3).それに対して,コップ型の外珠皮を持つ胚珠では珠孔と珠柄の間に外珠皮が存在し,これに由来する種子では珠孔とへそが外種皮によって隔てられる(図3).従って,種子における珠孔とへその位置関係から外珠皮の形態が推定できることが明らかとなった.この結果をこれまでに知られている最古の被子植物種子化石に当てはめたところ,幌型の外珠皮を持っていたと推定された,また,原始的被子植物の1つであるモクレン科のタイサンボクにおいて胚珠発生を詳細に観察したところ,本種に見られるコップ型の外珠皮は,幌型の外珠皮と珠柄突起からなる複合器官であることが明らかとなった.この結果は「本種の外珠皮は,コップ型でその一部が珠柄側で著しく遅れて発生する」とした従来の解釈を支持しなかった.これまでの研究でスイレン目では,幌型の外珠外珠皮の珠柄側に見られる外珠皮の隙間が徐々に閉じることによってコップ型の外珠皮が生じたことが知られているが,本研究の結果はコップ型外珠皮の進化過程が複数あることを示唆し,コップ型の外珠皮が派生的であるとする仮説を支持する.以上のことから,外珠皮は幌型の形態に見られるような左右対称な性質を元来持つことが示唆され,さらに左右対称性は葉に特徴的な性質であることから,外珠皮は葉的器官に由来する可能性がある. さらに外珠皮が葉的器官に由来する可能性を検証するために,葉に特徴的な性質である背腹性を外珠皮が持つかどうかを検証した.そのために,分子マーカーとしてINNER NO OUTER (INO) 相同遺伝子を用いた.INOはYABBY遺伝子群に属す.INOは,派生的な真生双子葉類シロイヌナズナにおいて,2細胞層の外珠皮の外層のみで発現し,外珠皮が背腹性を持つといえる.本研究では,このような背腹性が原始的被子植物においても見られるかどうかを観察するため,スイレン科のスイレンからINO相同遺伝子 (NaINO) を単離し,その発現を in situ ハイブリダイゼーション法を用いて観察した.その結果,NaINOは胚珠の珠心・内珠皮全体でやや弱く発現し,さらに3細胞層からなる外珠皮においては,外側表皮のみで発現することが明らかとなった(図5).このように,スイレンにおいても外珠皮は背腹性を持ち,外珠皮が葉に由来する仮説が支持された. 従来の研究では,シロイヌナズナの葉などすべての側生器官においてYABBY遺伝子が背軸側で発現していることから,INOが発現する外珠皮外側表皮が葉の背軸側に相当する可能性が指摘された.すなわち,葉の向軸側に内珠皮と珠心からなる裸子植物型の1珠皮性胚珠が位置することになる(図6)、その妥当性を確かめるためには,原始的被子植物の葉などの側生器官における,YABBY遺伝子の発現様式を観察する必要がある.そこで本研究では,YABBY2 (YAB2)相同遺伝子(AmbF1)をアンボレラ(アンボレラ科)から単離し,側生器官における発現を観察した.その結果,シロイヌナズナの場合とは正反対の向軸側でAmbF1の発現が観察された.この結果は,YABBY遺伝子が原始的被子植物においても背腹性を持った発現をすることを示しているものの,それらが発現する側が必ずしも背軸側に相当しない可能性を示唆している.今後,裸子植物型の1珠皮性胚珠が外珠皮祖先器官のどちら側に位置するのかを明らかにするために,さらに原始的被子植物や裸子植物の側生器官におけるYABBY遺伝子の発現を観察する必要がある. AmbF1の心皮における発現は,これまで考えられてきた仮説とは異なった過程で心皮が進化した可能性を示唆した.心皮は胞子葉に由来した可能性が示唆されてきたが,その進化過程に関しては異なった過程で心皮が進化した可能性を示唆した.心皮は胞子葉に由来した可能性が示唆されてきたが,その進化過程に関しては異なった仮説が提唱されている.そのうち現在最も広く受け入れられている仮説では,心皮は,中肋に沿って二つ折れになった胞子葉が胚珠を包んだ構造,あるいは楯状の胞子葉が胚珠を包んだ構造であると考えられている.もしこのような過程で袋状心皮が生じたと考えた場合,心皮の横断面では背軸側組織と向軸側組織が同心円状に配置することになる(図8A).しかしながらアンボレラではこのようなパターンを示さず,AmbF1は発生を通して向軸側で発現し,AmbF1が発現している領域内に心房室が形成された(図8B).従って心房室は葉的器官の向軸側に作られたポケット状の構造であると考えられた. 以上のことから被子植物の雌性生殖器官は,裸子植物型の1珠皮性直生胚珠を葉的器官が左右対称の形態を保ったまま包み込み,さらにこの構造が葉的器官の向軸側にできたポケットに閉じこまれた構造と解釈する説を提唱する(図9).被子植物の祖先候補とされた絶滅した裸子植物のCaytonia属やPetriellaea属では左右対称な葉的器官(外珠皮に相当)が1珠皮性の直生胚珠を包み,被子植物型の胚珠の原型と見ることができる体制をとる.別の祖先候補の Ottokaria属やDictyopteridium属の場合も同様の器官を持ち,加えて心皮に対比できる葉的器官も備えていることから,被子植物の雌性生殖器官に比較できる.今後,雌性生殖器官以外の形質についても検討を行って,さらに被子植物の祖先裸子植物を絞り込むことが必要である. A.コップ型の外珠皮を持つ倒生胚珠.珠孔と珠柄の間にも外珠皮が発達する.B.幌型の外珠皮を持つ倒生胚珠.珠孔と珠柄の間に外珠皮が発達しない. A.外珠皮の祖先器官をシダ種子植物の胚珠を包むコップ型器官とする仮説.Retallack & Dilcher (1981)および stewart & Rothwell(1993)に基づき作図.灰色は1珠皮性の直生胚珠を示す(2Bでも同様).B.外珠皮の祖先器官を葉的器官とする仮説.Doyle & Donoghue (1986)およびDoyle (1996) に基づき作図. 外珠皮/胚珠の形態と種子の形態の比較.胚珠での珠孔と珠柄の外珠皮の有無は,種子の珠孔とへその間の外種皮の有無につながる. タイサンボク(モクレン科)における胚珠形成.外珠皮原基は馬蹄形に形成され,成熟した胚珠では外珠皮は幌型になる、外珠孔は,外珠皮と珠柄突起によって作られる.dでは外珠皮と珠柄突起の位置関係を示すために,外珠皮の半分を取り除いてある.スケールは100μm. スイレンにおけるNaINOの発現.図はすべて胚珠の縦断切片.a-c. アンチセンスプローブの結果.d. コントロール.e. 組織学的切片.NaINOの発現は,内珠皮全体と珠心先端で弱く観察され,外珠皮の外側表皮で観察された.矢印は外珠皮と内珠皮の境界を示す.スケールは100μm. 側生器官におけるYABBY遺伝子の発現と,胚珠におけるINO相同遺伝子の発現. アンボレラにおけるAmbF1の発現.A, B, D, E. アンチセンスプローブの結果.C. コントロール.A-C. 心皮の縦断切片.D, E. シュートの縦断切片.c, 心皮;I, 葉;s, 雄蕊;t, 花被(ただし,*Cは,心皮の接平面での切片).矢印はシュート頂を示す.AmbF1の発現は,側生器官の向軸側に限られることに注意.スケールは100μm. A.二つ折れ仮説または袋状仮説から想定される向軸側組織(赤)と背軸側組織の配置.B.アンボレラにおける実際のAmbF1の発現(赤). 被子植物の雌性生殖器官の進化に関するポケット仮説.A.1珠皮性の直生胚珠を包んだ葉的器官(外珠皮)とそれを向軸側につけた葉的器官(心皮の祖先)B.2珠皮性胚珠と心皮の祖先器官.C.2珠皮性胚珠が,心皮の祖先器官の向軸側にできたポケットに包埋される. | |
審査要旨 | 本論文は2章からなり,第1章は原始的被子植物の種子と胚珠の形態学的研究と外珠皮の進化について,第2章は原始的被子植物のYABBY遺伝子の発現解析結果と進化について述べられている. 被子植物は現生植物の中で著しく多様化した最大のグループであるが,その進化はいまだに明らかではない.現生植物の中には被子植物の祖先群は存在せず,その祖先は絶滅した裸子植物であるという最近の分子系統解析結果を踏まえ,論文提出者は,被子植物が絶滅した裸子植物のどの分類群から進化したかを推定するために,被子植物の共有派生形質の進化過程を解明し,その祖先器官を推定することを試みた.内外2枚の珠皮をもつ胚珠が心皮に包まれる状態が被子植物の共有派生形質であるため,本論文では,外珠皮・心皮の祖先器官を推定し,さらに“前被子植物”の特徴を推定することを試みた. 第1章では,論文提出者の修士論文および他の研究から,ANITA群やその他の原始的被子植物では幌型の外珠皮をもつ倒生胚珠が原始的であり,コップ型の外珠皮が派生的である可能性が指摘されてきた.そこで,幌型の外珠皮が原始的であるかどうかを,進化の直接的証拠である化石記録から検証するために,化石として残りやすい種子から外珠皮の形態を推定した.アウストロバイレヤ目について種子観察を詳細に行い,これまでに知られている本目の外珠皮の形態との比較を行った.幌型の外珠皮をもつ胚珠では珠孔と珠柄の間に外珠皮が形成されず,この胚珠から発達した種子は,珠孔とへそ(珠柄に由来)の間に外種皮(外珠皮に由来)が形成されることはなく,珠孔とへそは一体化した珠孔・へそ複合体をなすことを明らかにした.それに対して,コップ型の外珠皮をもつ胚珠から発達した種子では珠孔とへそが外種皮によって隔てられる.その結果,種子における珠孔とへその位置関係から外珠皮の形態が推定できることを明らかにした.この相関関係から,最古の被子植物種子化石が幌型の外珠皮をもっていたと推定した. また,原始的被子植物の1つであるモクレン科タイサンボクの胚珠発生を詳細に観察し,コップ型をした外珠皮は,幌型の外珠皮と珠柄突起からなる複合器官であることを明らかにし,外珠皮をコップ型とみる従来の解釈は支持されないと主張した.さらに,見かけ上コップ型の外珠皮が複数の進化過程を経て生じたことを示唆し,コップ型の外珠皮が派生的であるとする仮説を支持した.以上から,原始的な外珠皮は幌型で左右対称性をもつことを示唆し,同様に左右対称性を示す葉から由来したとする仮説を提唱した. 第2章では,形態学的解析結果から得られた仮説をさらに遺伝子発現解析によって検証した.外珠皮が背腹性をもつかどうかを INNER NO OUTER(INO) 相同遺伝子を用いて解析した.YABBY遺伝子群に属するINOは,派生的な真生双子葉類シロイヌナズナにおいて,2細胞層の外珠皮の外層のみで発現し,外珠皮は背腹性をもつといえる.論文提出者は原始的被子植物スイレンからINO相同遺伝子 (NaINO) を単離し,in situ ハイブリダイゼーション法を用いて NaINO が外珠皮の3細胞層のうち外側表皮のみで発現するという結果を得た.これによって,スイレンの外珠皮も同様の背腹性をもつことを明らかにし,外珠皮が葉に由来する仮説を裏づけた. さらに,もっとも原始的なアンボレラからYABBY2相同遺伝子AmbF1を単離し,側生器官における発現を観察した.興味深いことに,AmbF1が葉,心皮ともシロイヌナズナとは正反対の向軸側で発現することを発見した.この結果は,YABBY遺伝子が原始的被子植物でも背腹性のある発現をすることを示す一方,発現する側が被子植物の進化の途中で変化した可能性を示唆した.心皮は胞子葉に由来したと示唆されてきたが,その進化過程に関しては異なった仮説(2っ折れ説,盾状説など)が提唱されている.アンボレラの遺伝子発現解析から,AmbF1が発現している向軸側領域内で子房室が形成されるという予想を覆す結果をえた.それから,それら有力2仮説を否定し,子房室は葉的器官の向軸側につくられた窪みであるとする新解釈を提唱した. 以上から,葉的な器官が裸子植物型の1珠皮性直生胚珠を包み込んで被子植物型の胚珠が生じ,それが別の葉的器官の向軸側にできた窪みに閉じこまれて心皮が生じたとする説を提唱した.この説は形態学および遺伝子発現様式の根拠に基づき,しかも従来の諸説とは異なる斬新なものである.本仮説は胚珠・心皮の祖先状態を統一的に把握するものであり,被子植物の進化を解明する上で特筆すべき寄与を果たしたと評価できる. なお,本論文第1章は Nallamilli Prakash・今市涼子・加藤雅啓との,第2章は伊藤元巳・加藤雅啓との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する. したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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