学位論文要旨



No 118922
著者(漢字) 小西,勇介
著者(英字)
著者(カナ) コニシ,ユウスケ
標題(和) 位置情報取得のための統合プラットフォームに関する基礎的研究
標題(洋) A Study on a Positioning Platform Integrating Sensor and Geographic Data
報告番号 118922
報告番号 甲18922
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5654号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
 東京大学 助教授 佐藤,洋一
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

近年のモバイルデバイス技術や通信環境の急激な発達により、移動体(者)の位置情報が大きな注目を集めるようになってきている。特に、位置情報サービス、子供や高齢者等のための安全な生活活動支援、マーケティングや行動分析のための人の行動情報収集、モノの位置を利用した物流管理、などの分野における位置情報のニーズは非常に高く、既に位置情報を利用した様々なアプリケーションが実用化されている。また、近年、人のための位置情報取得技術として、GPSやPHS、携帯電話などを用いたシステムが多く提案され、実用化と普及が進みつつあり、人のための位置情報取得技術に対する期待は非常に高くなってきていると言える。また同時に、位置情報取得のための社会インフラの必要性と重要性も増している。

このように様々な位置情報取得技術が提案され実用化されているが、個々の技術については、特に利用可能な範囲が限られるなどの制約が多く存在し、決定的な技術がまだ存在しないのが現状である。このような中、個別には技術的な限界のある個々のポジショニング技術をうまく組み合わせることによって、シームレス性やより高精度な測位を実現すること、すなわち位置情報取得技術のプラットフォーム化が、今後のより一層の位置情報取得技術の普及において重要な課題となっている。

以上を踏まえて本研究では、様々なセンサデバイスや位置取得サービスを効果的に統合し、移動する対象の位置軌跡情報を推定することができるような、位置軌跡情報取得のための統合プラットフォームの提案を行った上で、試作システムの開発を行い、プラットフォームの有効性を検証することを目的とする。

位置情報取得のための統合プラットフォームの提案

本研究で提案する位置情報取得のためのプラットフォームであるユニバーサルロケータは、移動オブジェクトの位置情報および軌跡情報を推定するためのプラットフォームである。本プラットフォームにおいては、移動オブジェクトに関するあらゆる観測量をモデル化し、それらの観測量を統合して移動オブジェクトの位置および軌跡を推定するための手法を提案する。

従来、位置情報取得システムの開発のためには、ニーズに応じて様々な位置情報取得のためのセンサデバイスやサービスの組み合わせを個別に検討し開発する必要があった。本プラットフォームを用いることで、センサデバイスやサービス毎の差異をサービスインターフェースの統一や観測量のモデル化により吸収することができるため、ニーズに応じた位置情報獲得サービスの開発や提供が効率化されることが期待できる。

本研究で提案する位置軌跡情報取得システムのプラットフォーム化における大きな目的の一つは、様々な位置軌跡情報取得のためのセンサデバイスやサービス毎の差異を観測量を抽象化することによって吸収するというところにある。位置軌跡情報を推定するために有用な情報は、様々なセンサデバイスやサービスにおいて得ることが可能であるが、それら全てが必ずしも直接「位置」や「軌跡」の形で取得されるわけではなく、また様々なフォーマットで提供されるはずである。そこで本研究で提案するユニバーサルロケータにおいては、位置軌跡情報を推定するために利用可能であると予想できるあらゆる観測量を、大きく、場所候補、モーション、移動モードの3つの観測量としてモデル化した。

各センサデバイスやサービスで取得された観測量オブジェクト群は一次処理によって、ローカルな移動軌跡、場所候補群、およびマップマッチングに利用するネットワーク上の移動制約条件に変換される。位置軌跡情報の推定に必要なこれらの情報を組み合わせて、地図ネットワークデータを用いたマップマッチングを用いることで、位置軌跡情報を効率的に推定する手法を提案した。

試作システムの開発とユニバーサルロケータの検証

本研究で提案するユニバーサルロケータの機能検証を行うために、試作システムの開発を行った。試作システムを実装するにあたっては、加速度センサ、ヨーレートセンサ、磁気センサ、気圧計で構成される万歩計システムと、RFIDタグシステム、およびGPS受信機をセンサデバイスとして実装し、ユニバーサルロケータのコア部分についても同時に実装を行った。全てのソフトウェアはJAVAを用いて開発を行った。

各センサデバイスから得られる観測量は、本研究で提案したユニバーサルロケータにおいて定義されている観測量オブジェクトに変換され、ユニバーサルロケータの位置軌跡情報推定アルゴリズムによって処理される。現時点では、センサおよびユニバーサルロケータを構成する全てのソフトウェアは一台のノートパソコン上で実行される。センサ、およびそれらの駆動のためのバッテリは全て1つのリュックサックに収まっており、センサの計測量の取得とユニバーサルロケータの処理を行うためのノートパソコンをユーザが手に持つような利用形態となっている。

この試作システムを用いてユニバーサルロケータの機能検証を行うために、東京大学駒場リサーチキャンパス内にて検証実験を行い、ユニバーサルロケータを利用することで任意の組み合わせのセンサデバイスを統合し効果的に位置軌跡情報の推定が可能であることが確認できた。

結論

移動オブジェクトに関する観測量を統合し位置軌跡情報を推定するためのプラットフォームであるユニバーサルロケータの提案を行った。本プラットフォームにより、移動オブジェクトに関するあらゆる観測量をモデル化し、それらの観測量を統合する手法を提案することができた。本プラットフォームは、位置情報の取得に纏わる様々なデバイスやサービスを効果的に統合して位置軌跡情報を提供するような、位置情報取得システムの開発基盤となることが期待できる。

また、加速度センサ、ヨーレートセンサ、磁気センサおよび気圧センサを組み合わせた万歩計システムと、RFIDタグシステム、およびGPS受信機の組み合わせを対象に、ユニバーサルロケータの試作システムを開発した。この試作システムを用いた検証実験において、ユニバーサルロケータにより複数の観測量を効果的に統合し、位置軌跡情報の推定が可能であることが確認できた。

本研究で提案したユニバーサルロケータは、位置情報取得のための統合プラットフォームである。このようなプラットフォームを有意義なものとし、広く世の中に利用が広められるためには、何らかの標準化が必要であると考えられる。現在、LBSに関しては様々なプラットフォームや標準化が提案され、検討が進められてきているところではあるが、LBSの分野でも特に重要な要素である位置情報の取得そのものに関しては、技術的に集中した議論がなされていないのが現状である。ユニバーサルロケータのような位置情報取得のためのプラットフォームは、このような標準化動向から見ても非常に有意義なものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

GIS(地理情報サービス)やLBS(位置情報サービス)がさまざまな応用分野で根幹的なサービスを提供するためのプラットフォームとして注目されている。GISやLBSを支える根幹的な技術にポジショニング(リアルタイム測位技術)がある。これまではGPS(全球測位システム)がどこでも位置をリアルタイムに決めるための技術として用いられてきた。しかしながらGPSは地球の周りを周回する衛星からの信号を捉えることで測位を行う技術であることから、衛星からの信号を受信することのできないビルの陰や屋内、地下空間などでは位置を求めることができない。むしろこうした空間でこそユーザは自分の位置が必要であり、また都市部が大きなマーケットとして期待されることを考えると、こうした欠点は重大である。そこで欠点を補うために多くの測位技術が提案されてきている。たとえば、GPSと同様の信号を送出する据置型発信機である疑似衛星を利用する方法、携帯電話などの基地局からの信号の到達時間や信号強度を利用する方法、超音波などの到達時間を利用する方法、電子タグ (RFID) などを多数設置する方法などである。しかしどれも一長一短があり、結局一つの測位デバイスで「いつでもどこでも」位置を決めることはほとんど不可能である。そのため、利用者は多数の測位デバイスを持ち歩き、それぞれ場所に応じて適当な測位デバイスを利用することで、位置を求めざるを得ない。しかし、これは携帯性の観点からも、経済性の観点からも大きな問題であり、このままでは事実上、「いつでもどこでも」のシームレスな測位サービスは実現できないと考えられる。

本論文では、多数の測位デバイスから得られたデータを統合し、その場所場所で適切なデータを組み合わせることで、常にベストエフォート方式で位置を決めることのできる測位サービス提供方法、ユニバーサルロケータを提案している。この方法によれば、利用者が持ち歩くのはRF部などの最小限の測位デバイス(ハードウェア)でよく、得られた情報をたとえばサーバ(ユニバーサルロケーターサーバ)に送ることで、「いつでもどこでも」自らの位置を知ることができる。

本論文は5章からなっている。第1章は序論であり、上記のような研究の背景と既存のポジショニング技術の概要を述べている。また、既存のポジショニング技術が、固有のハードウェアと結びついて発展し、得られるデータを統合してユーザに対して「いつでもどこでも」位置がわかるという視点をほとんど持たなかったことを指摘している。第2章はユニバーサルロケータの提案である。ここではまず、さまざまな観測デバイスから得られるデータを「距離」「方向」「速度」などのように抽象化して、それぞれ標準クラスとして定義することを提案している。これにより測位デバイスが異なっていても、同じ「距離」を計測するデバイスはすべて同様に扱うことができ、ハードウェアの違いを吸収した統合測位が可能となる。次に標準クラスデータを統合することで位置を求めるアルゴリズムを提案している。理論上は最尤推定法などが考えられるものの、センサフュージョン技術などと異なり、測位のための入力情報には「鉄道に乗っているので移動経路は路線に限られ、乗降できる箇所は駅に限られる」などの知識も扱うために、地図をベースとしながら確からしい情報から利用して順次ユーザの位置の範囲を絞り込んでいくアルゴリズムを提案している。第3章は試作システムの開発であり、要素的な測位デバイスの開発や統合アルゴリズムの実装について解説している。第4章は実験結果であり、大学キャンパス内における実証実験の結果について述べている。実証実験の結果、GPSやRFID、小型化速度計、気圧計などのセンサからなるウェアラブルシステムを利用することで、建物内でも屋外でも数メートルから10メートル程度の精度を常に維持でき、測位デバイスの統合効果が十分あることを示している。第5章は結論であり、全体の成果のまとめと今後の課題を整理している。

以上まとめると、測位デバイスの統合に着目してユニバーサルロケータという概念をはじめて提案し、その設計と実装を行い、十分な効果があることを見いだしており、今後測位デバイスのソフトウェア化が進展し、利用者が個別に保有する必要のある部分がRF部だけになると期待されること、またUWBなど新しい測位デバイスが次々と出現しつつあり、統合の効果が一層大きくなることなどを考えると、本論文の工学的な価値は非常に大きいと言える。また測位デバイスからの観測データを標準クラスとして整理したことは、今後の国際標準化などに対しても大きな貢献といえる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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