学位論文要旨



No 118926
著者(漢字) 丸山,喜久
著者(英字)
著者(カナ) マルヤマ,ヨシヒサ
標題(和) ドライビングシミュレータを用いた動的外乱下での車両走行安定性に関する研究
標題(洋) Driving Simulator Experiment on the Moving Stability of an Automobile under Dynamic Disturbances
報告番号 118926
報告番号 甲18926
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5658号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 石原,孟
 東京大学 助教授 鈴木,高宏
 千葉大学 教授 山崎,文雄
内容要旨 要旨を表示する

現在,高速道路管理者の行っている地震時通行規制基準値は,構造物被害という観点から定められているが,現行の地震動レベルでは高速道路構造物に車両の走行に支障を与えるような構造物被害は生じないことも明らかになりつつあり,規制値の引き上げも検討されている.一方,地震時の車両の走行安定性についてはあまり議論が行われておらず,震動の影響で運転者が事故を起こしてしまうことも否定できない.もし,そのような可能性が高いのであれば,震動による事故のあとの二次的な多重衝突事故を防ぐという観点から,震動が走行車両にどのような影響を与えるかを検討することも必要であると考えられる.また,走行車両の安定性に影響を与えるもう一つの要因として横風強風も挙げられる.高速道路では横風時の通行規制が実施されているが,その基準値は定量的に定められたものであるとは言い難く,トンネルの出口や防風柵の切れ目など,無風状態から急に横風が作用するような箇所の危険性も従来から指摘されている.遮風対策としては,防風柵や防風ネットの設置が有効な手段ではあるが,構造物の風荷重を増加させ耐風性能を悪化させることもあるので,効果的に設置していく必要がある.そこで,本研究では,6自由度車両数値モデルを用いた応答解析とドライビングシミュレータを用いた走行模擬実験を行い,地震時と横風強風時の車両の走行安定性について定量的な評価を行った.さらに,気象庁が試験運用を行っているナウキャスト地震情報(主要動到達前の早期地震警報)の高速道路システムでの利用法を検討するために,高速道路運転時の地震動早期警報実験を行いその効果を検討した.

以下に本研究で得られた成果を要約する.

第1章では,本研究の背景と目的を述べるとともに,関連する既往の研究についてまとめた.高速道路管理者の通行規制に関する現状をまとめ,外乱時の車両走行安定性に関する検討を行う必要性を述べた.また,ナウキャスト地震情報や高度道路交通システム (ITS) などの新技術の高速道路ネットワークへの応用についても言及した.

第2章では,6自由度車両数値モデルを構築し,運転者の反応を考慮しない走行車両の地震応答解析を行った.入力地震動には,1995年兵庫県南部地震における神戸海洋気象台記録など実地震記録5波を最大加速度でスケーリングして用いた.地表面地震動の高振動数成分は,タイヤの滑りやサスペンションの影響で走行車両には伝わりにくいことが分かり,地震動指標値として計測震度を用いると,車両の応答量の大きさが入力地震動波形にほとんど依存しないことが分かった.この理由としては,計測震度は地震動の高振動数域に依存しない指標値であるということが考えられる.一方,震動の高振動数成分に大きく依存してしまう最大加速度と車両応答量の関係では,入力地震動波形による応答量の違いが大きく見られた.

第3章では,ドライビングシミュレータの制御プログラムを改良し,走行車両の地震応答をシミュレータの6軸動揺装置に入力できるようにした.ドライビングシミュレータが再現するモーションには,地表面地震動に高振動数域が卓越している場合は7-8Hzの自励的な振動の影響が顕著に見られたが,多くの地震動については,変位制御を行っているにもかかわらず,加速度波形で比べても振動数域で5Hz程度の成分まで精度良く再現されていることが確認された.さらに,実際に被験者を集め,地震時走行実験を行い震動が高速道路運転者に与える影響を評価した.その結果,計測震度5.0程度の震動は車両の走行安定性にあまり影響を与えないことが分かり,計測震度が6.0程度の地震動になると走行車線をはみ出す被験者が見られた.とくに,免許歴の短い運転技術の未熟な被験者と免許歴の長いやや高齢の被験者が地震動に対して過度な反応を示しており,地震動に対する反応遅れと過大なハンドル操舵が原因で,地震時に走行車線をはみ出してしまう現象が実験結果から示された.このことから,強震時には周囲の交通状況によっては他車との接触事故を生じてしまう可能性があるものと考えられる.

第4章では,横風強風時の車両走行安定性を数値解析とドライビングシミュレータを用いた走行模擬実験により検討した.運転者の反応を考慮しない数値解析の結果では,車速が大きいときに横風の影響で車両がスリップする現象が見られた.運転者の反応を考慮できる人間−自動車系操舵モデルの運転者の反応に関するパラメータ値を走行模擬実験結果より適切に設定することで,強風時の車両の応答が精度良く再現できることを示した.横風風速として突風や障害物による変動風速を想定したが,人間−自動車系操舵モデルはどちらの場合も走行模擬実験の結果を精度良く再現した.これより,様々な車種の数値モデルを構築することで,横風時の車両の走行安定性を定量的に評価することが可能になるものと考えられる.この結果は,高速道路通行規制値の再評価や防風柵の設置時の指針などに応用できるものと期待できる.

第5章では,1995年兵庫県南部地震における地震記録,観測点位置をもとに,気象庁などが導入に向けた検討を行っているナウキャスト地震情報を模擬した.さらに,ナウキャスト地震情報の高速道路ネットワークへの応用を目指し,地震動早期警報が高速道路運転者に与える影響をドライビングシミュレータを用いた走行実験で検討した.早期警報を行った場合と行わなかったときの運転者の反応を比較すると,地震動早期警報による効果で,震動による蛇行走行の程度が低減していた.また,早期警報を行った場合は,地震動によって生じたと想定した前方の道路変状が原因となる交通事故を,多くの被験者が回避することが可能であることを示した.

第6章では,本研究で得られた結論をまとめ,研究をさらに発展させるための今後の課題を示した.

このように一連の研究によって,地震時や強風時の高速道路走行車両の定量的な安定性評価が可能となり,これら外乱の直前通報による危険回避についても可能性が示された.本研究の成果は,通行規制基準値の再評価,防風柵の設置基準,ナウキャスト地震情報の利用など,地震時や横風強風時における高速道路ネットワークの更なる安全性の促進につながるものと期待される.さらに,ITSなどの新技術への応用を図ることで,現在まで主に行われてきた地震時や横風時の高速道路構造物そのものの安全性確保だけでなく,「運転者の操舵性にも目を向けた」高速道路システムへの転換につながっていくことが期待できる.

審査要旨 要旨を表示する

我が国では,地震発生直後に行われる通行規制は,構造物被害という観点から基準値が定められている.しかし,最近の被害地震の例からは,現行の規制値の地震動レベルでは,高速道路構造物に車両の走行に支障を与えるような被害が生じる可能性が低いことも明らかになりつつある.その一方,地震時の走行車両の安定性については議論が行われておらず,震動により運転者が事故を起こす可能性も否定できない.したがって,地震直後の二次的な多重衝突事故を防ぐという観点から,地震動が走行車両にどのような影響を与えるかを検討することが必要であると考えられる.

また,横風強風も,走行車両の安定性に影響を与える要因として重要なものである.高速道路では横風時の通行規制が実施されているが,その基準値の根拠も経験的で,明確なものとはいい難い.トンネル出口や防風柵の切れ目など,無風状態から急に横風が作用するような箇所の危険性も従来から指摘されている.防風柵や防風ネットなどの設置が有効な対策ではあるが,その効果を充分に検討した上で設置していく必要がある.

本研究では,このような背景から,6自由度の車両応答解析モデルを用いた解析と,ドライビングシミュレータを用いた走行模擬実験によって,地震時と横風強風時の車両走行安定性に関する定量的な検討を行った.さらに,主要動が到達する前の早期地震警報を高速道路システムに応用するために,シミュレータを用いた地震動早期警報実験を行いその効果を検討した.本研究で得られた成果を以下にまとめる.

第1章においては,研究の背景と目的を述べ,既往の関連する研究について調査した.高速道路の通行規制に関する現状をまとめるとともに,地震時や横風強風時の車両走行安定性の検討を行う意義を明らかにした.また,気象庁が研究開発を進めているナウキャスト地震情報や,高度道路交通システム (ITS) などに関して,高速道路システムへの応用について述べた.さらに論文の構成について示した.

第2章では,6自由度の車両応答解析モデルを構築し,運転者の反応を考慮しない状態での走行車両の地震応答解析を行った.兵庫県南部地震の神戸海洋気象台記録など5波の実地震記録について,加速度振幅を調整して入力に用いた.解析の結果,地震動の高振動数成分は,タイヤの滑りやサスペンションの影響で車両には伝わりにくいことが分かった.また,地震動指標として計測震度を用いると,車両応答量が入力波形にあまり依存しないことが明らかになった.これとは逆に,最大加速度と車両応答量の関係では,入力波形による応答量の違いが大きく,高振動成分の影響によるものと思われた.

第3章では,ドライビングシミュレータを改良し,走行車両の地震応答解析結果を6軸動揺装置に入力できるようにした.シミュレータが再現する運動には,入力動に高振動数域が卓越している場合には,7-8Hzの自励的振動の影響が見られた.しかし,多くの入力動については,加速度波形においても5Hz程度の振動数成分まで精度良く再現されていた.つぎに被験者を集めて地震時走行実験を行い,地震動が高速道路運転者に与える影響を検討した.その結果,計測震度5.0程度までの地震動は車両走行安定性与える影響は小さく,計測震度が6.0程度になると走行車線をはみ出す被験者が見られるようになった.とくに,免許歴の短い被験者とやや高齢の被験者が,地震動に対して過度な反応を示す傾向がみられ,振動に対する反応遅れと過度のハンドル操舵によって,走行車線をはみ出す場合があった.これより,周囲の交通状況によっては,地震時に接触事故の可能性があるものと考えられる.

第4章では,数値解析とドライビングシミュレータを用いた走行模擬実験により,強風時の車両走行安定性を検討した.車両のみの応答解析の結果では,車速が大きいときに横風の影響で車両がスリップする現象が見られた.つぎに,人間−自動車系操舵モデルを用いて,運転者の反応に関するパラメータ値を走行模擬実験結果から設定することで,強風時の車両の応答を精度良く表現できることを示した.突風や障害物による変動風速を横風として想定したが,どちらの場合にも,人間−自動車系操舵モデルにより,走行模擬実験結果を精度良く再現することができた.この結果より,様々な車種の数値モデルを構築することで,横風強風時の車両走行安定性の定量的評価が可能になるものといえよう.

第5章では,兵庫県南部地震における地震動記録とこれらの観測位置を参考に,現在,国の機関が検討を行っているナウキャスト地震情報の高速道路運転者への効果を,ドライビングシミュレータを用いた模擬走行実験で検討した.地震発生についての早期警報を行った場合と行わなかった場合の運転者の反応を比較すると,早期警報による効果で,地震動が到来したことによる走行軌跡の蛇行の程度が低減した.さらに,地震動によって生じる可能性のある道路変状を模擬走行実験に導入し,早期警報を行うことによって,多くの被験者がこの危険個所を回避することが可能であることを示した.

第6章では,本論文で得られた結果をまとめるとともに,今後の研究課題を提示した.

このように本研究では,地震と強風という2つの外乱を対象として,高速道路走行車両の安定性を定量的に評価する手法を開発した.また,これら外乱の直前通報が,危険回避に有効であることも示した.これらの研究成果は,地震時や強風時の通行規制基準値の再評価,防風柵の設置基準,直前地震通報の利用など,高速道路システムの安全性の促進につながることが期待される.さらに,ITSなどの新技術と組み合わせることにより,運転者の操舵性を考慮した高速道路の安全システムへと発展することが期待できる.よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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