学位論文要旨



No 118929
著者(漢字) 朴,泰星
著者(英字)
著者(カナ) パク,テソン
標題(和) 高齢者の生活行動における「とりつぎ」に関する研究
標題(洋)
報告番号 118929
報告番号 甲18929
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5661号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 助教授 曲淵,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、高齢者の生活行動の分析を通じて、高齢者の地域環境に対する関係づくりを明らかにすることとともに、自宅を拠点とした生活空間から見られる「とりつぎ」の役割を検証していくことを目的にしている。また、高齢者が地域で自立するために何が必要なのか、その具体的な代案を模索しようとするものであると言えよう。

日本は、諸外国に例をみない速さで人口の高齢化が進んでいる。特に、2000年には65歳以上の人口が2,187万人、高齢化率は17.2%に至っている。このままだと、二十一世紀の半ばには、国民三人に一人が65歳以上になるという超高齢社会の到来することになる。このように高齢者世帯率が高まる状況で、多くの高齢者が長く住み続けた地域で安心して生活するためには、地域共同体からの社会的支援が必要だと思われる。

今まで様々な観点から高齢者に関する研究が成されてきた。そのなかでも、自宅・施設などの研究分野とともに地域の暮らしに関する研究が注目されている理由は、高齢期において新しい環境より住み慣れた地域で暮らしたほうが様々な問題点を最小化できるからであろう。

そこで、本研究では周辺環境や高齢者の属性が異なるニュータウンと、自然発生的で下町の風景が残されている地域を選定し、アンケートやヒアリング調査によって高齢者の生活空間での行動分析を行うことにした(具体的な調査地域は東京都台東区の谷中と、人々の入居から三十年が経っている多摩市諏訪・永山地域を選定した)。これらを通して、高齢者と地域に関わる「とりつぎ」の特徴と役割はどのようなものであり、その過程が高齢者世帯にどれほど影響しているのかを考察し、地域の「とりつぎ」環境づくりのためにどのような対策が必要なのかを考えてみた。

本稿の第一章では、日本の高齢者人口の状況、高齢者の社会的な特徴や高齢期に経験する問題、高齢者の社会的なネットワークやその変化、社会的なサポートについて述べた後、地域における「とりつぎ」の概念と役割について叙述した。また、高齢者が自立生活をするためには、地域のさまざまなとりつぎ環境を通して高齢者自らが地域から見守られているという認識を持つ必要があると述べた。

第二章は、研究の具体的な調査方法として、両地域のアンケート調査とヒアリング調査を基にして高齢者の生活行動、居住民の属性、コミュニティー活動、地域に対する意識などに関する全体像を把握してみた。

調べた結果、谷中は住民達の居住暦が長く、生まれてから谷中に住み続けて来た高齢者が多い町であった。長期間、同じ地域に居住すると、友人との交流関係が維持しやすく、当然、住民間の親密度は高くなる。特に、男性よりは女性が、居住暦の短い人よりは長い人の方が近隣関係及び地域の友人関係の密接度が高くなる。具体的に見ると、男性の場合は、近隣関係については居住歴とあまり関係がなく、友人関係はサークルや団体活動を通して作られる場合が多いと言える。それに比べ、女性の場合は、高齢期の転居によって生活空間が変わり、居住歴の短い人の方が積極的な行動パターンを持っていることがわかった。谷町の高齢者たちは、おおむね、比較的に恵まれた周辺環境と下町だという都市空間の特性を利用して、豊富な生活資源をもとに過ごしていると言えよう。地域が居住民に多様な生活を許容することが地域の価値を評価する重要な点であれば、谷中という地域はその点が高いと思われる。

一方、諏訪・永山は、地域内に高齢者用の施設が少なく、都心から離れているため施設への接近性が悪く不便ではあるが、高齢者はそれぞれ距離感を持ちながらも地域の一人として地域社会にかかろうとしていた。交流関係については、全般的に女性が地域と多くの関わりをもち、趣味やサークル活動に積極的に参加していたが、男性からは脱地域的な関係を作ろうとする傾向がみられた。例えば、諏訪・永山地域の高齢者は以前、会社で勤めた人が多く、定年で退社した後もその同僚たちとの関係をそのまま維持し、ネットワークを通じてコミュニティー活動をしている例が多かった。

また、男性は社会関係を維持するために、自宅から遠い地域まで以前の社会関係(職場関係)と生活空間を有している人が多いことに対し、女性は日常生活と結び付いている身近な地域のなかで人間関係を築いていこうとする傾向が強かった。言い換えれば、女性の方が比較的に自宅から近い距離にいる友人や人によって生活面でサポートされたり、ものや能力の面で助けられたりすることに対し、男性の方は以前の生活空間、即ち地域外での知り合い関係からサポートされているということである。

第三章では、以下の生活類型に分けて考察してみた。1)地域で「とりつぎ」を完結しているケー2)自宅や地域を中心に「とりつぎ」を地域外まで拡大しているケース3)地域外に「とりつぎ」の拠点を持っているケース4)生活の変化による「とりつぎ」の移動ケース5)「とりつぎ」を殆ど持っていないケース

各ケース別に特徴を見てみると、まず、地域で「とりつぎ」を完結しているケースは、比較的に近隣環境のいい谷中の例が挙げられよう。谷中の住民たちは買物や外出面で地域と深い関わりを持っており、自宅の近くに家族や親戚が住んでいるケースが多いため、周りから直接、精神的・物質的な支援が得られるという長所を持っている。ここの高齢者の活動領域はほぼ地域内に限られているため、外出行動をもって取られる選択の幅は狭まるが、人間関係は比較的深くて長いつきあいができると言えよう。

自宅や地域を中心に「とりつぎ」を地域外まで拡大している人は、地域に関しては充分に活用しており、近隣関係においては長い時間をかけて信頼関係を築こうとする。その築いた関係をもとに地域外まで「とりつぎ」を拡大しているので地域の生活圏は内外ともに均質的である。人と付き合うのが上手で社会的ネットワークも広く分布していることが特徴である

地域の外に「とりつぎ」の拠点を持っている人は、地域と自宅の関係を単純化する傾向がある。地域に対してはそれほど期待することがなく、意味づけもしようとしない。地域内で満たされないことは自然に外でその機能と役割を求めることになり、地域外では比較的活発にサークル活動や仕事関係などを介して「とりつぎ」が行われている。勿論、その活動の行われる場所は幅広く、場所と場所との間につながりがあるわけでもない。

生活の変化による「とりつぎ」の移動とは、定年などの生活変化によって「とりつぎ」の中心が仕事場のある地域外から地域内に変わったケースである。このケースはサラリーマンが多いニュータウンでよくみられるが、退職後、高齢になってから時間的な余裕ができ、その時間を使って地域と積極的に「とりつぎ」を行っている場合を言う。中には職場の仲間との関係を最小限に維持しながら生活している人もいるが、大半の高齢者は職場の関係の繋がりが減り、今まで関わらなかった住居地域に新たな関心を持ち始めた人が多い。

「とりつぎ」を殆ど持っていない人は、地域内で相手にしている人が家族や長く付き合っている少数の人だけで、多様な人間関係を持たない。人によっては家で自分の仕事をしている人もいれば、何かのやむを得ない事情のため、そうなった人もいる。また、その例は少ないが、定年後、外部との「とりつぎ」が著しく少なくなり、生きがいを失って引きこもった人、元々仕事や活動をしようとしない人もこの例に属していると思われる。

第四章では両地域のとりつぎのかたちを高齢者のコメントを通じて分析し、どのようなとりつぎが行われているのか各地域の商店街や買物、趣味、サークル活動、近隣などに分けて考察し、その意味について考えてみた。

その結果、高齢者の「とりつぎ」は地域との繋がりが深くなるほど活発になる傾向があり、人との関わりによって「とりつぎ」の多様性や範囲が広がっていくことがわかった。

また、家族や親戚が家の近くに住んでいる高齢者より、友人が近い所に住んでいる高齢者の方がもっと地域活動を活発に行っており、一人暮らしの方が人的ネットワークによる「とりつぎ」の選択性が高いことがわかった。これは家族と同居している高齢者は自動的に決まっている家族・親戚関係との交流が奨励されるのに対し、一人暮らしの高齢者は選択の幅が広く、自由に積極的な活動ができるからだと思われる。

最後に両地域の調査を通してわかったことは、諏訪・永山の高齢者は、常に自分が地域に対して積極的に動かなければ、地域の中で自分の生活空間や組織との関わりが弱くなるということである。特に、新しく引っ越してきた人や周りとの関係を作り出していくことの苦手な人はなおさらのことである。そのような人々は、地域のとりつぎの環境がすぐに受け入れてくれないので、短時間で地域と親密になることはなかなか難しいことであろう。

諏訪・永山が都心にある谷中より確かに多方面で不便であるが、調査対象者の高齢者の中では、積極的な考え方を持ち、地域の環境に働きかけ、生活領域を発見・拡大して自分なりにカスタマイズする人も多くみられた。

これに対して、比較的に多くの面で恵まれた環境のなかにある谷中は、諏訪・永山地域に比べて、高齢者を支えている地域の人的・物的環境の充実さ(あるいは多様な選択肢)と、それを構成する諸要素との関連のなかで生活できる地域の密接な組織力とを持っている。また、谷中が下町の性格を持っているとは言え、人々が農村の人間関係のような地域住民とのしがらみの中で生活しているのではなく、谷中という地域環境に能動的に働きかけながら生活していると思われる。

いずれにせよ、両方の地域ではそれぞれとりつぎの環境やかたちが異なるが、両地域の高齢者を支えているのがとりつぎであり、そのとりつぎの役割によって高齢者世帯は地域社会の一人として生活ができることになるのである。

今後、激変する地域社会において、高齢者が自立して生活するためには高齢者を支える「とりつぎ」環境を整備する必要がある。そこには高齢者世帯を取巻く人的・物的環境の整備のほかに地域関連団体や地域政策の変化などの総合的な対策が求められる。また、何よりも地域住民の共同体意識と高齢者自らが地域社会に関心を持って積極的に参加することが要求される。

審査要旨 要旨を表示する

高齢者の生活行動における「とりつぎ」に関する研究

本論文は、高齢者の地域における生活行動の分析を通じて、「とりつぎ」という行為を中心に高齢者が地域にどのように支えられているかを抽出し、地域の役割を検証することを目的としている。既成市街地である台東区谷中と計画的ニュータウンである多摩市諏訪・永山地域という異なる形成過程を持つ両地域を対象とし、これらの比較検討も併せて行っている。近年、都市において高齢者世帯の率が高まる中で、地域の高齢者世帯を支えるという役割が求められていることが背景となっている。

第一章では高齢化社会の現状などを捉え、社会的なサポートが必要な高齢者世帯に関して、「とりつぎ」というキーワードをもって地域社会から高齢者が支えられて生活する、地域のさまざまな媒体要素を通じて高齢者が地域から見守られているという意識が得られるようにする必要性について述べている。 第二章では、両地域のアンケート調査により高齢者の生活の行動、属性、コミュニティー活動、地域に対する意識などに関する全体像を分析した。

谷中は居住暦が長い高齢者が多く、友人との交流関係を維持しやすく自然に深い関係に発展する。恵まれた周辺環境と下町という特徴ある都市空間を利用して豊富な生活資源を利用しながら生活を送っている。また、地域が居住民に多様な生活を許容している。

諏訪・永山では高齢者はそれぞれ地域と距離感を持ちながらも地域の一人として地域社会にかかわろうとしている。交流関係については、男性は社会関係を維持するために居住地から遠い地域外まで以前の社会関係を有しているのに対し、女性は日常生活と密接に結び付いた身近な地域において地域的な関係を蓄積している。

第三章では以下のケース別の生活類型で考察をした。

地域で「とりつぎ」を完結しているケース:環境がいい谷中の方が買物や外出面で地域と深い関わりをもっている。家族との関係も自宅の近くに住んでいるケースが多く精神的、物理的にも周りから支援が直接もらえる。外出行動の豊かさと選択肢は少ないが、比較的深くて長い交流関係を持っている。

自宅や地域を中心に「とりつぎ」を地域外まで拡大しているケース:地域は充分に活用し、地域の場所的な意味づけや近隣関係に長い期間をかけてお互いの信頼関係を築いている。それをもとに地域外まで「とりつぎ」が拡大している。人と付き合うのが上手で社会的ネットワークも広い。

地域外に「とりつぎ」の拠点を持っているケース:地域にはあまり意味づけがなく期待していない。地域内で満たされないことを外へ求め、地域外では比較的活発にサークルや仕事の関係などを介して「とりつぎ」が行われている。ただし、その活動は利用している場所は幅広いが、その場所は必ずしも連鎖してはいない場合が多い。

生活の変化による「とりつぎ」の移動ケース:定年などの生活の変化によって「とりつぎ」の中心が仕事場であった地域外から地域内に変遷したケース。これらのケースはサラリーマンが多いニュータウンでよくみられるケースで退職後、時間的な余裕ができて地域と積極的に「とりつぎ」を行っている。

「とりつぎ」を殆ど持ってないでケース:「とりつぎ」を殆ど持ってない人は地域で相手にしている人は家族や長く付き合った人だけでいつも同一人であり、人間関係に多様性はみられない。

第四章では両地域別の「とりつぎ」のかたちを高齢者のコメントを通じて分析してどのような「とりつぎ」が行われているかを各地域の商店街や買物、趣味、サークル活動、近隣などに分けてその意味を分析・考察を行った。

諏訪・永山の高齢者は常に地域に対して、積極的に動かなければ、地域の中で自分の生活空間や組織との関わりが弱くなる。特に、新しく引っ越してきた人やまわりとの関係を作ることの苦手な人にとって、地域はすぐに受け入れてくれないので、短時間で地域と親密になりにくいこともある。

これに対して谷中には、高齢者を支えている地域の人的、物的環境の充実さ(あるいは多様な選択肢)とそれを構成する諸要素と関連させながら生活ができる地域の密接な組織力がある。谷中という地域環境を利用して能動的に働きかけながら生活している。

それぞれ「とりつぎ」の環境やかたちは多少違うが、両地域とも「とりつぎ」が存在しており、それによって高齢者は地域社会の一人として生活している。

最後に、今後、激変する地域社会で高齢者が自立して生活するためには高齢者を支える「とりつぎ」環境を整備する必要がある。そこには高齢者世帯を取巻く人的、物的環境の整備のほかに地域の関連団体や地域政策の変化などの総合的な対策が求められる。また、何より地域住民の共同体意識と高齢者自ら地域社会に関心を持って積極的な運営及び社会参加が要求されるのであると締めくくった。

以上のように本論文では、高齢者の地域における生活行動の実証的分析によって、「とりつぎ」という行為を中心に高齢者が地域にどのように支えられているかを抽出し、地域の役割を具体的に示すことに成功した。計画的に作られたニュータウンに対し、台東区谷中における地域の潜在力の豊かさから学ぶことは多く、その在り方が示唆される。

本論文は、近年の高齢化社会到来による要請に対応し、地域の役割を明示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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