学位論文要旨



No 118931
著者(漢字) 中川,匠
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,タクミ
標題(和) 小学校の教室計画に関する研究 : 「余裕教室」の使われ方の分析
標題(洋)
報告番号 118931
報告番号 甲18931
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5663号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
内容要旨 要旨を表示する

本研究は少子化により小学校に発生し、積極的な教育空間としてとらえ、これまで教育の場として消極的な空間として扱われてきた余裕教室の詳細な分析を通して建築計画的な明確に、新たな教室計画への指針を得ることを目的とする。

第一章では、今後の先進国の人口動態の予測を踏まえた上で、日本における人口減少の予測を概観し、建築における将来的な課題とその対策の必要性を述べた。戦後人口増加の一途をたどってきた日本は、早ければ数年後には人口が減少し始め、この現象はその後一世紀続くと見られている。こうして全国的に過疎状態になっていく中で、人口減少により生じる様々な課題に対して様々な分野において対策に追われている。建築においても過疎状態からくる余裕スペースの発生が予想される事から、建築計画の段階で余裕スペースの使われ方を予測する必要性がある。

また教育の面では明治時代から戦後まで行われてきた知識を教えるための「教える」空間から、70年代からオープンスペースに代表されるような児童が自主的に「学ぶ」空間へとシフトしてきた。そうした中、京都大学の上野は児童が自主的に考え、学ぶには知識の蓄積が必要であると述べている。そこで本研究ではこうした「教える」空間と「学ぶ」空間の両立するための空間作りが必要であると考えた。小学校では児童数の減少から普通教室として使用されない「余裕教室」が発生し続けている。いくつかの学校見学を通して「教える」空間と「学ぶ」空間の両立には余裕教室に手がかりがあるのではないかと考えた。そこで本論では次のような仮説を立てた。

仮説

「学ぶ」空間であるオープンスペース型校舎に余裕教室が発生し、積極的に活用されることによって、余裕教室に新たな役割が生まれている

教師はそこをうまく使いこなすことで「教える」空間と「学ぶ」空間として使い分けている

第二章ではこれまで述べてきた背景を前提にして、既往研究の分析から本研究の位置づけを行い、仮説から具体的な研究目標を設定し、研究方法を示した。それに伴い本研究の構成を示し、本研究の将来的な目標を述べた。本研究はこれまで見落とされてきた余裕教室が発生した場合における教室ユニット(普通教室、オープンスペース、余裕教室を一つのユニットとみなした)全体の授業での利用の現状を把握することで普通教室、オープンスペース、余裕教室といった3つのスペースの役割を導き出し、それぞれの関係性を明らかにすることで余裕教室の教育に対する新たな意味づけを行うことで新たな教室計画のための指針を得ることを目的とする。これらを明らかにするためにまず校舎全体の中での余裕教室の位置づけを行うために、東京都のある特別区における余裕教室の配置とそれが児童の一日の動線に及ぼす影響を分析した。次に同じく東京都で余裕教室の発生しているオープンスペース型小学校の中で余裕教室を積極的に活用している4校を対象に授業、休み時間、給食の観察調査・アンケート調査を行った。

第三章では東京都におけるある特別区全校での普通教室と余裕教室の配置の現状を把握した結果、余裕教室は普通教室に近接して配置されていることが明らかになった。これらの余裕教室を積極的に活用するためには配置による動線への影響をまず捉えておく必要がある。配置の現状を把握した小学校のうち6校について、ある条件の下で児童の一日の移動距離と時間を計測し、余裕教室の配置が児童一日の移動距離・時間への影響について分析した。余裕教室は、校舎全体に配置されている普通教室の隣に配置されている割合が高かった。また普通教室郡の狭間に配置されることも多い事が分かった。児童の一日の移動距離・時間は校舎の配置や階段の位置によりまったく異なり一日平均5分〜23分の移動時間であった。移動に大きく影響を与えるのは校門から昇降口までの距離と昇降口・普通教室から階段の距離、次に普通教室からトイレまでの距離が大きく影響することがわかった。普通教室の配置階が下がると現状から数分〜5分程度の時間が短縮できた。また普通教室の配置を平面的に入替えて移動時間を短縮した場合は1〜3分程度の短縮にとどまった。教科のための移動と生活のための移動の割合は2:8であり、移動のほとんどが生活での移動であった。教科の中で大きな影響を及ぼしているのは体育であり、一日の移動に大きな影響を与えている。その他の教科は特別教室の利用率が100%にもかかわらず、きわめてわずかな移動時間である事が分かった。これにより特別教室の配置に関して児童の移動への影響は、ほとんど無視できるほど小さなものであった。これらの結果により余裕教室が普通教室の隣に配置されていても、児童の一日の移動時間にはほとんど影響しない。余裕教室を積極的に活用する場合に普通教室に近づけて配置した場合、児童は余裕教室をまたいで移動することになるが、一日の移動時間がほとんど増大することは無く、むしろ特別教室への移動自体の方がより多くの時間を費やすことが分かった。

第四章では東京都におけるオープンスペースの小学校の現状を把握し、その中で余裕教室が発生し、積極的に活用している小学校4校を対象に、教室ユニット全体を活用した授業・休み時間・給食の時間の観察調査を行った。東京都区部における壁の無いオープンスペース型の小学校は53校存在した。この中で余裕教室は校舎の建設年次や規模に関係なく発生している。

次に調査対象に抽出した4校に対し教室ユニット全体を活用した授業を中心にアンケート調査・観察調査を行った。アンケートの結果、授業において余裕教室を利用する割合は高く、授業の中で普通教室の次に優先され、教師にとって重要な空間として位置づけられている。観察調査は授業の流れに沿って空間、学習集団、活動の視点から分析を行い、教室ユニットにおける余裕教室の役割を考察した。教室ユニットの各スペースの空間構成の特徴は普通教室は一斉授業を中心とした構成になっており、オープンスペースは廊下としての機能を保持しつつ収納や本棚など児童の活用を支援するようなしつらえがしてある、また余裕教室は広いスペースを確保したしつらえと、一斉授業を中心としたしつらえの2通り存在した。

学習集団は同学年から個人まで4つの段階に分けられ、授業内容にもよるが1回の授業における学習集団の変化は高学年ではおよそ1〜2回、低学年では2〜5回にも及ぶ事が分かった。授業の流れは基本的に文章で言う、起承転結のような段階が存在する。授業の始まりと終わりでは、教師が授業の解説・まとめなどを児童全員に伝えるために全員集合することが多い。授業での全体の活動内容を分析すると創作活動、思考活動、情報活動、相互活動、発見活動、身体活動、活動なしの7つの活動に分類できた。授業はこの各段階において学習の集団や空間が時間にとらわれることなく柔軟に組み合わされる。

授業の展開から見ると高学年の算数など一斉授業が主体の授業は一度活動場所や集団が決まってしまうとその後変化が少ない。低学年では時間により活動場所が異なり、集団編成の変化も激しい。この時の学習集団や空間は算数の少人数学習などのように授業全体で基本的に変わらないものと、低学年の生活科などのように5分から10分といった短い時間での変化も見られる。しかし児童の学習に対する集中の妨げにならないようにする配慮から、算数の答えあわせのや早く課題が終わった児童とそうでない児童を分離しておくなど、お互いに見えないところに移動させ集団から分離させるという事象も見られた。こうしたことから余裕教室を活用した授業では、学習集団・空間が固定的な授業、柔軟に変化する授業、一部で柔軟に変化する授業の3つの授業形態が見られた。児童を普通教室と余裕教室に仕切り、児童を分離させて授業を行うことは、これまでの普通教室とオープンスペースとの連続した関係の中では見られなかった新たな現象である。余裕教室と普通教室を活用して少人数で一斉授業を行う授業においても、この現象を利用したものだといえる。また母子分離症の児童がいたあるケースでは、母親が子どもに異変が起きた時に対処できるように余裕教室で待機していた。この様に同じ授業の中でも状況によって短い時間でも柔軟に集団と場所を変化させることで児童の集中を維持したまま授業を展開できる。

また余裕教室には作品や教材などを連日で使う場合に放置させておくことが出来る性質があることも分かった。

余裕教室にはオープンスペースと普通教室との関係性には無い、仕切る・放置する役割があることが分かった。これに対し普通教室は学習机が並べられた一斉授業を中心とした役割を持った空間であり、オープンスペースはこれらの空間での活動を補助する役割として位置づけられた。教師は授業の状況により各集団や場所を多様で柔軟に変化させながら、授業を展開していく事が明らかになった。

第五章ではこれまで考察してきた結果をまとめ、今後の学校建築における余裕教室の役割を明確にした。今回の結果から余裕教室を教育に積極的に活用することで、これまでの教室ユニットに無かった、仕切る・放置する役割を持った空間として意味づけることが出来た。それにより教室ユニットにおいて、普通教室とオープンスペースの開いた関係性と普通教室と余裕教室という閉じた関係性が共存している。この共存が学習における選択肢を増やし、より多様な学習環境を構築できるものであると確信した。

最後に、こうした結果を下に教室のあり方を再考し「教える」空間と「学ぶ」空間を両立させるための空間モデルとして提案している。

本研究はオープンスペース型小学校という学校施設の一部に焦点を当てたものである。その結果こうした機能は余裕教室を前述の機能を活用させるのはもちろんであるが、他の形式の学校建築や新築の場合においても活用可能である。また他のビルディングタイプにも、人口減少による余裕スペースをより積極的に活用することで、新たな意味を付加することが出来ると考えられる。本研究は、こうした新た意味づけのもとに、余裕スペースが建築計画においてあらかじめ計画される際に役立つことを望むものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は少子化により現在小学校に発生している「余裕教室」の詳細な分析を通して「余裕教室」を積極的な教育空間としてとらえ直し、新たな教室計画への指針を得ることを目的とする。

本論文は5章から構成される。

第1章では、人口動態の過去の統計から将来予測までを概観し学校建築への影響を述べている。また明治以来の学校建築の変遷を概観し、「教える」空間と「学ぶ」空間の両立の必要性を論じ、1.「学ぶ」空間であるオープンスペース型校舎に余裕教室が発生し、そこが積極的に活用されることにより、余裕教室に新たな役割が生まれているのではないか、2. 教師は余裕教室をうまく使いこなすことで「教える」空間と「学ぶ」空間とを使い分けているのではないか、という仮説を立てている。

第2章では、既往研究分析、研究の位置づけ、研究目標・方法、論文の構成を示している。そして東京都内の一特別区の全小学校を対象にして余裕教室の配置の実体を調査し、それらが児童の一日の動線に及ぼす影響を分析している。また東京都のオープンスペース型小学校の中で余裕教室を積極的に活用してい4校を対象に観察・アンケート調査を行って授業、休み時間、給食の実態を分析している。

第3章では、一特別区の全小学校調査の結果、余裕教室は普通教室に近接して配置されていることが明らかにしている。さらに小学6校について児童の一日の移動距離・時間を計測し、余裕教室の配置がそれらに与える影響を分析している。その結果、校門-昇降口間の距離、昇降口・普通教室-階段間の距離、普通教室-トイレ間の距離の順で影響力が弱まることを明らかにしている。

第4章では、余裕教室を積極的に活用している東京都内の小学校4校を対象に授業・休み時間・給食の時間の観察調査、アンケート調査を行いその結果の分析をしている。余裕教室を授業で利用する割合は高く、教師にとって重要な空間として位置づけている。学習集団は、同学年から個人まで4つの段階に分かれ、1回の授業での学習集団の変化は高学年では約1〜2回、低学年では2〜5回であることを報告している。余裕教室活用の授業では、学習集団・空間が固定的なもの、柔軟に変化すもの、一部で柔軟に変化するものの3形態が見られ、児童を普通教室と余裕教室に分離させた授業は、これまでにない新たな現象の発見である。つまり、余裕教室には仕切る・放置する役割があることになる。

第5章では、以上の考察をまとめ今後の学校建築における余裕教室の役割を明確にしている。余裕教室を教育に積極的に活用することで、これまでの教室になかった仕切る・放置する役割を持った空間として意味づけることができ、それにより教室ユニットにおいて、普通教室とオープンスペースとの開いた関係性と普通教室と余裕教室という閉じた関係性を共存させることができている。これにより学習形態の選択肢を増やし、より多様な学習環境を構築できる可能性がある。このようなことから、第1章で立てた二つの仮説は検証されたとしている。

最後に、こうした結果に基づいて教室のあり方を再考して「教える」空間と「学ぶ」空間を両立させるための空間モデルを提案している。

以上のように、本論文はオープンスペース型小学校の余裕教室に焦点を当てその実態調査・分析に基づいて、今後予想される学校建築の有効利用に際しての基本的な知見を提供したもので、建築計画学の発展に大きな寄与したものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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