学位論文要旨



No 118936
著者(漢字) 関,栄二
著者(英字)
著者(カナ) セキ,エイジ
標題(和) 区分所有型集合住宅に於ける長期品質確保のための大規模修繕のあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 118936
報告番号 甲18936
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5668号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,秦
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 西出,和彦
内容要旨 要旨を表示する

昭和30年代以降から本格的に供給され始めた区分所有型集合住宅のストック量は、現在約400万戸あり、特に都心部に於いては、一般的な居住形態として定着している。これら区分所有型集合住宅の品質を長期間確保し、そこに快適に住み続けるにはさまざまな維持・保全行為が必要である。なかでも経年劣化により傷んだ建物を建設当時の状態に近づけるための大規模修繕は、区分所有型集合住宅の品質を長期間確保するために最も重要な行為である。

大規模修繕はその内容の多様さや工事の品質そのものが既存住宅の品質・状況に大きく左右されることから、設計図書の持つ役割は大きいといえる。ところが、大規模修繕に関する設計図書には標準的な書式が普及しているという状況ではなく、個別の主体がこれまでに蓄積した経験から作成した方法を使用している。また、工事の品質を見分けるべき発注者である管理組合が、組合員の合意による運営組織であることから、詳細な工事品質の検討よりも結果としての工事価格優先の意思決定をしてきた。

一方で、大規模修繕は居住者が生活している場が工事現場になるため、その安全性や生活に対する影響を出来るだけ少なくするような施工計画の策定や、工法の選定など施工業者にとってのノウハウが問われるところであるが、施工業者の選定が品質競争ではなく価格競争のみで行なわれやすい状況の中で、優良業者が結果として排除される状況も現れている。

そこで、本研究は大規模修繕に焦点をあて、設計図書作成から施工業者への発注、竣工までの一連のプロセスの実態を明らかとし、大規模修繕の時期及び範囲についての考察を行ない大規模修繕のあり方を提示した。

大規模修繕がどのように行なわれているか、その過程にはいかなる問題点があるのかを明らかにすべく、管理組合と施工業者に調査を行った。大規模修繕には工事開始後に数量を確定する精算工事(外壁のひび割れ等)や、居住者対応等の幾つかの特徴があることが分かった。概算工事費の算定方法や、居住者対応は、設計を行なう事務所の独自のノウハウによるものであり、数量公開手法の観点から分類すると、その設計手法が3種類あることが明らかとなった。

また、発注者である管理組合は、価格のみによらず、品質の良い工事をする施工業者選定をいかに公明に行なうかに苦慮している。

長期修繕計画には、大規模修繕の実施時期が記載さている。管理組合はこれにのっとり工事を始めるが、この時期が果たして妥当であるかという疑問がある。

これらの問題についての検討を以下に行なった。

大規模修繕の次期及び範囲の決定

一般的に大規模修繕は、長期修繕計画にて定められた時期に執り行なわれている。その周期はおよそ10年である。長期修繕計画には、修繕個所も記載されている。しかし、一律の長期修繕計画に基づいた大規模修繕が妥当であるか疑問である。そこで、長期修繕計画による大規模修繕の時期及び工事範囲と、実際に調査・診断した結果とのずれを検証した。

検証の結果、一部部分修繕は必要であるが、大規模修繕の必要はないことが明らかとなった。また、居住者は単なる修繕以外に共用部分、専有部分の改善を望んでいることが明らかとなった。

建物はその立地、形状、施工精度等により劣化具合が異なる。また、居住者により大規模修繕に求めるものも異なる。大規模修繕は、各々の状態に合わせて、その時期、範囲を決定するべきである。

そのためには、定期的に調査・診断を行ない、その結果により、長期修繕計画の見直し、大規模修繕の実施時期の予測・決定を行なう必要がある。その修正は、調査・診断を定期的に行ない、それによりなされるべきである。調査・診断の結果を受けて、修繕予定項目、大規模修繕を含む修繕の時期、修繕予定金額についての修正を行なう必要がある。

長期修繕計画及び、大規模修繕の主たる対象は、共用部分ではあるが、調査・診断により専有部分の問題についても調査を行ない、大規模修繕に反映させていくと管理組合、居住者にとってプラスとなる事がある。複数の居住者からでている同一の問題は、管理組合として対処し、工事が必要であれば、大規模修繕の際にあわせて行なうと品質が良く、工事費も安くあげられることがある。

定期的に調査・診断を行ない、長期修繕計画を修正しながら、物理的劣化のみならず、居住者の要望を反映し、場合によっては専有部分にまで及んだ、大規模修繕を実施する事が、区分所有型集合住宅の品質を長期間に渡り保つには必要である。

工事請負契約図書の比較検討

大規模修繕工事には、新築工事のような図面はなく、工事は仕様書、見積内訳書、部分詳細図等により行なわれる。これらの設計図書には標準的なものが普及しておらず、各設計事務所の蓄積したノウハウにもとづいて作成されている。数量公開の手法で分類すると、非公開型と公開型。さらに公開型には、詳細な調査に基づき実数精算工事箇所の図面を参考に公開する方式と、実数精査工事についてはサンプル調査で数量を想定し、図面は公開(作成)しない方式の3通りである。それらを調査方法で分類すると、修繕設計をする際の調査・診断を簡単に目視ですませる事務所、ゴンドラを吊し詳細に調査を行なう事務所、その中間の事務所である。仕様書についても、ある程度施工業者を信頼し、細かな規定を記載していない事務所、施工中の作業員の立ち振る舞いにまで言及している事務所、その中間の事務所がある。

一つ目は、大規模修繕に最も古くから取り組んでいる日本建築家協会のH設計事務所である。H事務所の所長は大規模修繕に関する研究を行ない、その成果を広く発表している。設計手法は後述の2事務所の中間になる。

次は、A設計事務所である。関西のリニューアル専門施工業者の技術向上を目指して設立された関西リニューアル協議会の推進者の1人である。文書による契約関係よりも信頼の置ける施工者選定を重視し、設計事務所のマネジメント能力によって施工者の能力を最大限に発揮させることに努力している。

最後は、O設計事務所である。首都圏を中心に活躍するリニューアル工事専門の設計事務所で、リニューアル工事の品質管理や技術開発上で主導的役割を果たしているNPO法人リニューアル技術開発協会の中心的な立場にある。O設計事務所は、発注者の立場から施工者を監理し、文書による厳密な契約関係を重視するタイプの設計事務所である。大規模修繕工事に先立ち本格的に調査・診断業務を行ない、それにもとづき工事仕様書を作成し工事を進めるのが特徴である。

ここでは、手法の異なるこの3つの設計事務所の工事請負契約図書、とりわけ仕様書の比較検討を行ない、その内容を明らかとした。

専有部分と共用部分があることにより生じる問題、居住者が居ながら工事が行なわれる事への対応、居住者・管理組合対応等が各事務所の仕様書には盛り込まれていることが明らかとなった。

仕様書ごとに瑕疵保証期間が異なるなどの違いもあるので、今後は、各事務所の仕様書のそごを広く検討する事により、より良い仕様書の作成が必要である。

施工業者選定

管理組合が大規模修繕工事の発注をする際に望むのは、安くてよい工事を行なうことである。施工業者選定にあたって価格のみで判断するのは最も分かりやすく、管理組合の合意を得やすい。しかしながら、最安値を提示した施工業者が、工事内容を正確に理解しており、居住者対策を含めて工事を円滑に行ない、品質を確保した施工をするとは限らない。

大規模修繕工事の施工業者選定は、見積合わせで行なわれる。設計事務所が作成した見積書式により、見積参加業者は見積書を作成する。そこで、設計事務所は、まず、見積参加施工業者から提示された見積書を検討する。提出された見積書に拾い落としはないか、設計図書の仕様を正しく理解しているか等を調べる。

大規模修繕の施工業者選定は、見積内容、金額のみで決定するわけではない。業者は選定の最終段階で、管理組合のヒアリングを受けなければならない。ヒアリングでは、施工業者の技術力のみが審査基準になるわけではなく、居住者が居る場所が工事現場となるので、居住者対応等、現場代理人の人となり、資質が問われる事となる。施工業者の決定は管理組合が行なうが、その際、設計事務所は色々な形で、管理組合に助言を与える。

また、管理組合は見積参加業者が談合をし、不当に高い価格で見積るのではないかと心配している。設計事務所は、その手法は様々だが、それぞれ談合防止の工夫をしている。

最終決定は発注者である管理組合がしなければならないが、工事が円滑に行なえ、品質を確保し、かつ、アフターケアをしっかりとする施工業者選定の助言を行なうのは、大規模修繕の設計・監理を行なう設計事務所の重要な業務であること、またその方法は事務所により異なる事を明らかとした。

工事予算管理

大規模修繕工事には、ひび割れの量など、工事を始めてみないと確定しない項目がある。これらの工事については、実数精算工事として契約される。また、工事開始後居住者から追加工事が提案されることがある。そのため工事予算は、工事完了まで確定しないことになる。区分所有型集合住宅の大規模修繕工事では、これらの不確定要素を考慮しながら予算管理を行なう。

設計事務所が、予備費を発注者である管理組合に提案し、予備費の範囲に予算が収まるように予算管理を行なっていることが明らかとなった。また、実数精算工事の暫定数量の決定方法は、設計事務所により異なるが、ひび割れ等の実数精算工事の対象となる故障箇所の調査精度をあげると、暫定金額の精度も高められることが明らかとなった。

大規模修繕工事には、実数精算工事金額の増減、設計変更などの不確定要素があり、それらを考慮しながら予算管理を行なうことも設計事務所の重要な業務の一つであることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

提出された学位請求論文「区分所有型集合住宅に於ける長期品質確保のための大規模修繕のあり方に関する研究」は、区分所有型集合住宅の品質を長期間確保する上で最も重要な大規模修繕に焦点を当て、その実態を明らかにした上で、今後のあり方を見極めようとした論文であり、全5章からなっている。

第1章「序」では、先ず、研究の背景、目的、既往の関連研究の成果等を明らかにしている。具体的には、区分所有型集合住宅の大規模修繕に焦点をあて、設計図書作成から施工業者への発注、竣工までの一連の過程とそこで用いられている手法の実態を明らかにし、大規模修繕の時期及び範囲についての考察を中心に大規模修繕のあり方を提示することを目的として設定している。

第2章「大規模修繕に於ける問題点の抽出」では、管理組合と施工業者を対象とした調査により、大規模修繕の実態とその過程での問題点を明らかしている。具体的には、大規模修繕には工事開始後に数量を確定する精算工事(外壁のひび割れ等)があること、工事中の騒音対策や防犯対策等の居住者対応が必要であること等、新築工事とは異なる特徴を明らかにしている。その上で、大規模修繕の時期と範囲の決定、工事予算の算出、施工業者の選定、工事中の居住者対策・安全対策、工事完了後の点検、予算管理という6項目の問題点を指摘している。

第3章「大規模修繕の時期及び範囲の決定に関する考察」では、先ず、一般的に長期修繕計画に定められている大規模修繕の周期がおよそ10年であることに着目し、そうした一律の設定が妥当であるかを、実際に築後10年を経過した区分所有型集合住宅を調査・診断することで検証し、一部部分修繕は必要であるが、大規模修繕の必要はないこと、居住者は単なる修繕以外に共用部分、専有部分の改善を望んでいることを明らかにしている。この結果に基づき、定期的な調査・診断とそれによる長期修繕計画の見直し、大規模修繕の実施時期の変更を行うことの必要性、そして、専有部分の調査を同時に行うことの効率性を指摘している。

第4章「工事請負契約図書の比較分析」では、大規模修繕工事には新築工事のような図面がなく、工事は仕様書、見積内訳書、部分詳細図等により行われること、それらの設計図書には標準的なものが普及しておらず、各設計事務所の蓄積したノウハウにもとづいて作成されていることを明らかにした上で、設計図書に関する事例調査を実施し、その構成の多様性を明らかにしている。具体的には、数量公開の手法に着目して設計事務所を類型化することの妥当性を検討し、それぞれの類型毎に調査対象を設定している。その後、それらの設計事務所の工事請負契約図書、とりわけ仕様書の比較を行ない、その違いを詳細に明らかにしている。次に、それぞれの施工業者選定の方法を明らかにし、入札価格、保有技術レベル以外に重視すべき点とその方法を見極めている。更に、大規模修繕工事には、工事開始前に確定しない項目があることに着目し、それらの不確定要素を考慮しながら予算を管理する方法の実態を明らかにし、実数精算工事の対象となる故障箇所の調査精度と暫定金額の精度の間に強い相関関係があることを明らかにしている。

第5章「終」では、前4章で明らかになった大規模修繕工事の問題点及びそれらへの対応方法を、これからの大規模修繕工事の改善に寄与する形で整理した上で、関連する今後の研究課題を見極め、本論文の結論としている。

以上、本論文は、広範で詳細な事例実態調査に基づき、これまで明らかにされていなかった区分所有型集合住宅の大規模修繕工事の問題点とそれへの対応方法を明らかにした論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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