学位論文要旨



No 118937
著者(漢字) 糸井,達哉
著者(英字)
著者(カナ) イトイ,タツヤ
標題(和) 限界状態設計法に基づく建築物外装材の設計風荷重評価
標題(洋)
報告番号 118937
報告番号 甲18937
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5669号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 石原,孟
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 崔,恒
内容要旨 要旨を表示する

本論文は合計5章と付録からなる。本研究の自的は、建築物屋根外装材の耐風設計に関わる因子の不確定性を定量的に評価し、その結果をもとに限界状態設計法に基づいた部材設計照査式 (荷重耐力係数方式) の提案を行うことである。建築物の強風被害の多くが屋根外装材の被害より発生しており、その設計に関わる不確定性を整理し、耐風設計法として整備することは重要な課題であるといえる。本研究の成果として得られる荷重耐力係数形式の設計照査式は、そのための有益な基礎資料となると考えられる。また、本研究の成果により、耐風設計に役立つ資料を提供することができるだけでなく、今後の研究の方向性に対する指針を提示することができるという点もあわせて重要な点である。

設計風荷重設定に関わる因子のうち、特に風向係数と鉛直分布係数の2つに関しては耐風設計法の枠組の中においていまだに幅広い合意が得られていない点である。そこでこれらについては各々ひとつの章を設け、詳細な検討を行うこととする。各章の内容は以下のようになる。

第1章 : 設計風荷重評価に関わる研究全般についての背景を述べる。また、外装材風荷重設定に影響を与える要因を整理し、そのうち基本風速、風向係数、鉛直分布係数に関して各国・地域の耐風設計に関する規基準における現状での取り扱いと課題について述べる。

第2章 : 風向係数に関しての検討を行う。第1章に示すように風向係数には現状で2種類の定義が存在する。この2つの定義に基づく方法はそれぞれ用いている風速記録の情報量が異なるため、定められる設計風荷重値の精度つまりモデル不確定性が異なると考えられる。そこでまずそれらの風向係数に対する明確な定義を行い、それに基づき屋根外装材について上述した2つの風向係数の定量的な比較を行う。本研究では全建物配置、全対象部位に対する平均的な傾向より風向係数を定義し、平均値からのばらつきに関してはモデル不確定性として取り扱うことを提案する。以上により設計法の精度を含めた設計法を議論するための基礎的な資料を供することができる。

第3章 : 鉛直分布係数の評価法に関しての検討と新たな評価法の提案を行う。まず、電子住宅地図を用いて市街地建物群の特性を明らかにする。特に建物平面密度や建物高さのばらつきなどに着目する。またドップラーソーダによる既往実測記録や既往風洞実験結果等をもとに、既往の鉛直分布予測式に関して市街地上空の風速分布評価への適用性に関する検討を行い、その適用限界を明らかにする。特に高い建物平面密度の領域では既往のいずれの予測式も精度が悪いことを示す。以上で指摘した問題点を解決するために、本研究では市街地建物群について確率場の考え方を用いたモデル化を行い、風速分布の評価に用いることを提案する。一次元的あるいは二次元的に変化する地表面上の障害物群についてそれぞれモデル化を行い、それらをそれぞれ一次元不規則粗度モデル、二次元不規則粗度モデルと名づけることとする。まず、実市街地が当てはまるパラメータの範囲内において一次元不規則粗度のサンプルを発生させ、サンプル粗度上のレイノルズ平均流れの二次元の数値計算を行い、風速分布に与える一次元不規則粗度のパラメータの影響を明らかにする。また代表的な例に対して二次元不規則粗度のサンプルを発生させ、サンプル粗度上の三次元の数値計算を行う。そこで一次元サンプル粗度上の風速分布との比較を行い、べき指数αという観点から見た場合には一次元サンプル上の流れが二次元サンプル上の流れを平均的にはほぼ再現していることを示す。またべき指数αの空間的なばらつきについての議論もあわせて行う。最後に地表面の凹凸のパラメータが上空風分布に与える影響について物理的に明らかにし、それをもとに半経験的にべき指数αを評価する手法の提案を行う。

第4章 : 第3章までの議論をもとに荷重・耐力係数形式の部材設計式の算出を行い、限界状態設計法のための基礎資料を提示する。またそれに伴い、第2章、第3章で検討を行っていないパラメータに関してもその不確定性の調査・評価を行うこととする。

第5章 : 本研究で得た知見に関してのまとめを行い、今後の展望を述べる。

付録 : 本論文中の各内容に関連する補足的な資料と、本論文に関係する発表論文の一覧をまとめる。

審査要旨 要旨を表示する

糸井達哉君は、建築物の屋根部分を含む外装材の耐風設計に関して、それらに作用する風荷重を様々な不確定因子に分類・整理し、それらの定量的な評価を新しい考え方で扱い、その結果を利用して、種々の不確定性要因を直接取り込むことの容易な限界状態設計法に展開して、建築物の外装材の耐風設計に資する実用的設計法の基礎を構築した。

建築物の外装材に作用する風荷重は様々な要因により変化する。糸井君は、まず、これらの要因を本質的な不確定性と解析や予測モデルの精度に関わるモデル不確定性に分類し、これらの扱いが海外の耐風設計規定でどのようになされているかを広く調査している。各国とも多少の違いは見られるものの、風荷重規定の基本的な構成はほぼ同じであり、これらの要因の適切な評価方法が必要であることが本研究の動機となっている。風荷重に限らず、一般に設計法を構築する際には、設計荷重の特性を支配する要因を的確に抽出し、それらの適切なモデル化と同時に、その不確定性も定量化することにより、より合理的な設計法の構築が可能となる。こうした視点から、本論文を捉えなければならない。

様々な要因が風荷重を支配しているが、既往研究によれば、建築物の建設地における風向特性と建設地周辺の地形効果が風荷重を支配する大きな要因となっている。しかし、これらの要因を風荷重評価の視点から見た場合に、必ずしも定量化が容易とは言えないことが知られている。糸井君は、まず、建設地の風向特性の評価に対し、実際の風速記録を風向毎に確率・統計的に整理した後、実際の風向特性に応じた風向係数を、風国特性を考慮していない既往の耐風設計法との連続性から導いている。建設地によっては、ある特定の風向が支配的な地点もあり、風向係数の導入は将来の合理的な風荷重評価につながるものと言える。

次に、建設地周辺の地形効果についての研究が挙げられる。建設地周辺の地形は建設地点の風速に多大なる影響を与えることが知られており、関連する既往研究も少なくない。地形効果は、崖や丘陵地などの地表面の平均的な高さの変化に関するものと、市街地のように複数の建物が林立することによる地表面高さの粗度に関するものがあり、糸井君の研究はもっぱら後者の地形効果を対象としたものである。既往研究では、地表面粗度の効果はある周辺地域を対象にした場合、建物の平均高さや建物密度が建設地点の風速特性をある程度支配することが示されているが、これについては関連する研究成果は極めて乏しい。そこで、糸井君は、まず、既往の研究成果を風観測記録や風洞実験結果等を用いて検証し、既往の予測手法の適用限界を明らかにし、結果として高密度市街地などでは特に精度が悪いことを指摘した。次に、地表面の粗度特性の効果を建設地点における風速の鉛直分布と関連づけるために、多数のケースの風洞実験や数値流体計算を実施し、今まで地表面粗度特性の効果が十分に反映されなかった点を大幅に改善する提案を行っている。彼の研究では、対象地周辺の地表面の粗度特性を実際の対象地域(具体的には、対象地域に建つ複数の建造物の高さや配置)の電子住宅地図データを活用して、確率・統計的にモデル化している点に特徴がある。そして、ある特性をもつ粗度面を境界層風洞で模擬して、対象地点の風速の鉛直分布を測定すると同時に、1次元あるいは2次元の流体解析をコンピュータ上で行って同様の結果を得ており、これらより周辺地表面の粗度特性と風速の鉛直分布との一般的関連性を導いていおり、そのモデル化の独自性と電子住宅地図という斬新なデータベースを用いていることから、この提案は今後一層展開可能な方法である。さらに論文では、これらの得られた知見をさらに発展させて、風荷重評価に、地表面の粗度特性を適切に反映できる半経験的な提案式を導いており、今後の風荷重の合理的評価法の重要な基礎となるものと期待できる。

最後に、上記に示した研究成果を、その重要性が認識されつつある限界状態設計法にうまく取り込み、実用的な設計手法を構築・提案している。限界状態設計法では、定量化された複数の不確定性を陽に表現するとともに、設計法の実用性も配慮した設計法となっており、耐風分野において、限界状態設計法の可能性をさらに拡大させる内容である。

以上により、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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