学位論文要旨



No 118938
著者(漢字) 伊藤,拓海
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タクミ
標題(和) 簡略化塑性崩壊面モデルによる鋼構造骨組の終局地震荷重効果評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 118938
報告番号 甲18938
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5670号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 講師 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

近年の都市部における多様で致命的な建物の地震被害を受け、建物に対する耐震要求性能はますます多様化してきている。建築物の構造設計基準は、従来の「強度型」から「性能型」に大きく移行してきており、建築物に要求される耐震性能が規定されるようになった。これを受け、構造設計の性能規定化が提唱されており、米国ではすでにFEMA-273に性能設計の概念を取り入れている。日本でも1998年の建築基準法改定に伴い、様々な性能検証法の適用が許容されるようになった。FEMA-273では、耐震安全性の検証に関して4つの解析プロセスが提示されており、地震荷重効果の評価と、それに対する耐震安全性クライテリアに関する検討を要求している。

本研究では、非線形動的解析 (NDP) による耐震安全性の検証に焦点を絞り、地震動に対する終局地震荷重効果を動的解析によって評価する手法を、グローバルな視点で大幅に簡略化する解析手法を提案するものである。本簡略化解析手法の特徴は、1)地震時に比較的生起しやすい振動モード成分のみを考慮し、モード数を低減した部分モード空間を対象とし、2)モード復元力空間における骨組の塑性崩壊に関する安全領域を、3)近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、崩壊モード数を低減した降伏凸多面体モデル、あるいは、4)比例載荷による極限解析に基づき、(超)楕円体・平行四辺形にモデル化し、5)弾塑性応答を塑性崩壊面モデルで追跡する解析手法、である。

本論文は、以下の6つの章より構成されている。

“序論”では、本研究の背景と目的を述べている。

性能評価型の耐震設計基準では、地震動に対する非線形応答の評価が重要な項目の一つとなる。そこで、非線形動的解析による耐震性能評価手法に焦点を絞ることの意義を述べるとともに、非線形動的解析に関連した既往の研究を整理し、その概要等をまとめている。また、本研究の必要性、有用性ならびに今後の展望を論じている。

“骨組構造物の弾性荷重効果に基づく等価静的水平力モデル”では、地震動に対する動的荷重に対し、弾性荷重効果に基づく等価静的水平力モデルについて論述している。

本研究では、膨大な数の崩壊面から構成される降伏凸多面体を、簡略化塑性崩壊面モデルで近似する予備解析を行う。なお、この予備解析では、1)近似信頼性解析による確率極限解析により、考慮すべき重要な崩壊荷重状況を算定し、あるいは、2)複数の確定荷重パターンを用いた比例載荷によって、未知の降伏凸多面体上の荷重点を算定する。

そこで、1)の予備解析では、近似信頼性解析における等価静的水平力モデルとして、古典的規準モードの荷重基底ベクトルにモード乗数を乗じ、線形結合したランダム複合荷重モデルを設定している。このモード乗数の平均値は0とし、標準偏差は各次の有効質量と加速度応答スペクトルの積に比例させ、異なるモード間の相関は考慮しないランダム荷重モデルを仮定している。

近年の性能検証プロセスにおける静的弾塑性解析 Pushover などでは、最も卓越するモード成分に基づく単一的な荷重分布形が採用されることがある。しかし、地震動や骨組の特性に応じ、骨組構造物は地震応答時に様々な崩壊荷重状況を経験するため、特定の荷重モードのみに基づく単一的な荷重パターンによる検証では、この種の状況を見落とすことがある。そこで、2)の予備解析では、比例載荷に用いる複数の確定荷重パターンとして、I)最も卓越する荷重モードのみが最大に達し、他の荷重モード成分は平均値相当である状況と、II)最も卓越する荷重モードと他の荷重モードが同時に最大に達するような状況、を想定し、複数の確定荷重パターンを用いることを提案している。なお、各次有効質量と加速度応答スペクトルとの積の昇順に基づき、重要な荷重モードとして判断する。

“弾塑性骨組構造物の簡略化塑性崩壊面モデル”では、骨組構造物の膨大な崩壊モードから構成される降伏凸多面体を、非常に単純化された塑性崩壊面モデルに近似する解析手法を提案している。

はじめに、凸集合理論に基づいて安全領域の精算結果を抽出する解析手法を提案している。骨組の塑性化部位における塑性条件は、対応する部材力空間において凸集合を形成しており、これらの凸集合の端点を復元力空間へ線形写像すると、安全領域を精確に把握することができる。同手法に従えば、簡単な数値演算環境によって、塑性化要素が比較的少ない低層建物の降伏凸多面体の全体像を抽出することが可能となる。しかし、塑性化要素が増大すると、凸集合端点の組合せが膨大となり、降伏凸多面体の抽出が困難となる。そこで、安全領域をより効率的、かつ近似的に抽出する塑性崩壊面モデルの提案を試みている。

本研究で提案する塑性崩壊面モデルは、膨大な数の崩壊モードから構成される降伏凸多面体に対し、1)近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、生起しやすい重要な崩壊モードを抽出し、崩壊モード数を低減した降伏凸多面体モデルと、2)比例載荷による極限解析を行い、未知の崩壊面上の荷重点を具体的に求め、全崩壊モードと降伏凸多面体の全貌を意識することなく、安全領域を近似する降伏(超)楕円体・平行四辺形モデルである。なお、近似信頼性解析におけるランダム複合荷重モデルと、比例載荷に用いる複数の確定荷重パターンは、前章で示した等価静的水平力モデルを採用している。

“平面骨組架構の簡略化塑性崩壊面モデルによる非線形動的解析”では、2次元の平面架構に関し、塑性崩壊面モデルに基づいて弾塑性地震応答を追跡する本簡略化解析手法の適用性ならびにその有効性を実証的に検討している。

はじめに、2層鉄骨ラーメン骨組に対するオンライン地震応答実験結果との相互比較を行い、適用性を実証的に検討している。さらに、実用規模の9層3スパン鉄骨ラーメン骨組に対し、部材レベルの詳細な地震応答解析を行い、本簡略化解析との相互比較も行っている。本章の検証により、以下の知見が得られた。

塑性崩壊面モデルの内部では弾性挙動を仮定しているため、局所的な塑性化に起因する早期の履歴減衰付加が考慮されず、地震応答が若干大きくなる傾向がある。また、本簡略化解析では、完全弾塑性型に近い履歴を示すことから、振動中心の移動が生じる傾向がある。

本簡略化解析では、精算崩壊面から大きく外れた領域に存在する塑性崩壊面モデルに基づいて、弾塑性復元力の更新が行われた場合、予想外の層に損傷が集中することがある。また、詳細な応答結果では特定層への損傷集中が生じているにも関わらず、塑性崩壊面モデルが比較的全体崩壊に近い降伏面のみから構成されている場合、結果として特定層への損傷集中が緩和され、この種の崩壊状況を見落とす危険もある。

しかし、本簡略化解析によって、鉄骨試験構造物の地震応答実験結果、ならびに実用規模の中層鉄骨ラーメン骨組の部材レベルの詳細な応答解析結果を、精度良く追跡することが可能であることを確認している。本簡略化解析によって、弾塑性平面骨組の非線形動的応答解析を、大幅に省略化する可能性を示している。

“偏心鉄骨建物の簡略化塑性崩壊面モデルによる非線形動的解析手法”では、本研究で提案する非線形動的解析の簡略化解析手法を、偏心を有する立体骨組への拡張を試みている。

実際に建設される建築物は3次元の立体架構であり、水平動ならびに上下動などの多方向の地震入力を受け、複雑な地震応答性状を呈する場合がある。この種の偏心建物は、地震動の入力方向に応じて、並進・ねじれの各振動成分が卓越する状況が異なる場合がある。そこで、任意一方向に地震入力を受ける偏心を有する立体鉄骨骨組に対し、本簡略化解析手法の拡張を試みている。

はじめに、2軸偏心を有する立体建物に対し、地震動の回転成分を無視し、任意一方向の水平地震動を受けるねじれ振動を想定し、重心位置における並進・ねじれに関する振動方程式を導入し、モード応答解析手法の定式化を行っている。

次に、凸集合解析に基づき、降伏曲面の全体像を抽出している。得られた全崩壊モードに対し、近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、地震動の入力方向に応じて重要な崩壊モードを抽出し、崩壊モード数を低減した降伏凸多面体モデルを作成している。一方、偏心立体建物の降伏曲面は複雑な形状となる場合が多く、予め全崩壊モードと降伏曲面の全貌を把握することが困難となる場合もある。そこで、地震動の入力方向に応じて比例載荷に用いる荷重パターンを作成し、未知の崩壊面上の参照点から降伏楕円・平行四辺形モデルを作成している。得られた塑性崩壊面モデルに基づき、簡略化応答解析を行い、塑性化部位を弾塑性ジョイントモデルで近似した詳細な応答解析との相互比較を行っており、下記の知見が得られた。

並進振動のみが卓越する入力方向の応答に関しては、特定の振動モードと崩壊モードのみを考慮すれば十分であり、従来から提案されている等価1自由度系モデルなどの適用も有効である。しかし、並進振動とねじれ振動が卓越し、複数のモード成分が影響を与えるケースでは、単一の振動モードや特定の崩壊モードを考慮するだけでは、この種の影響による崩壊状況を見落としてしまう危険がある。本解析手法のように、塑性崩壊面モデルを多次元的に扱うことで、複数の崩壊モードと崩壊荷重状況を適切に考慮し、偏心立体架構に対する非線形動的解析手法の大幅な省略化の可能性を示している。

“結論”では、各章で得られた知見を要約することで本研究の結論とし、今後の研究課題を展望している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、簡略化塑性崩壊面モデルによる鋼構造骨組の終局地震荷重効果評価手法に関する研究と題する和文の論文であり、鋼構造骨組に対する終局地震荷重効果を動的地震応答解析によって評価する設計計算手法を、大局的な骨組応答を把握するという観点から大幅に簡略化する手法について提案することを目的としている。本論文は、本文6章ならびに図表から構成されている。

第1章“序論”では、本論文の目的・背景を記述し、既往の耐震性能評価手法を概観している。本論文の研究目的を非線形動的解析の簡略化に焦点をおくこと、また、その必要性と有用性について論じている。

第2章“骨組構造物の弾性荷重効果に基づく等価静的水平力モデル”では、地震応答中骨組に作用する実際には動的に変動する荷重を、等価静的な水平力モデルで近似する方法について論述している。これは、骨組の弾塑性挙動を表す簡略化塑性崩壊面モデルを構築する際の予備解析に用いるもので、弾性荷重効果に基づき、古典的規準モードの荷重基底ベクトルにランダム変数を乗じ、線形結合したランダム複合荷重モデルを設定している。

第3章“弾塑性骨組構造物の簡略化塑性崩壊面モデル”では、骨組構造物の膨大な崩壊モードから構成される降伏凸多面体を、非常に単純化された塑性崩壊面モデルに近似する解析手法を提案している。まず凸集合理論に基づいて安全領域を抽出する精算解析手法について考察しており、骨組の規模が大きくなると膨大な演算数となることを指摘している。

次に実用的な方法として、実際には膨大な数の崩壊モードが起こりうる骨組の崩壊面に対し、1)近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、生起しやすい重要な崩壊モードを抽出し、崩壊モード数を低減した降伏凸多面体モデルと、2)比例載荷による極限解析を行い、未知の崩壊面上の荷重点を具体的に求め、安全領域を降伏(超)楕円体・平行四辺形で近似するモデルの2種類を提案している。

第4章“平面骨組架構の簡略化塑性崩壊面モデルによる非線形動的解析”では、2次元の平面架構に関し、塑性崩壊面モデルに基づいて弾塑性地震応答を追跡する本簡略化解析手法の適用性ならびにその有効性を実証的に検討している。2層鉄骨ラーメン骨組に対するオンライン地震応答実験結果との相互比較を行い、適用性を実証的に検討している。次に、9層3スパン鉄骨ラーメン骨組に対し、部材レベルの詳細な地震応答解析を行い、本簡略化解析との相互比較も行っている。

これらの比較を通じて、塑性崩壊面モデルの内部では弾性挙動を仮定しているため、局所的な塑性化に起因する早期の履歴減衰付加が考慮されず、地震応答が若干大きくなる傾向があること等の提案手法の欠点を指摘している。しかしながら本簡略化解析によって、試験構造物の実際の地震応答実験結果、中層鉄骨ラーメン骨組の部材レベルの詳細な応答解析結果を、実用的に十分な精度で追跡することが可能であることを確認している。

第5章“偏心鉄骨建物の簡略化塑性崩壊面モデルによる非線形動的解析”では、本研究で提案する非線形動的解析の簡略化解析手法を、偏心を有する3次元立体骨組が任意一方向に地震入力を受ける場合への拡張を試みている。まず近似信頼性解析に基づく確率極限解析を行い、崩壊モード数を低減した降伏凸多面体モデルを作成している。一方、比例載荷により求めた崩壊面上の参照点から降伏楕円・平行四辺形モデルを作成している。これらの2種類のモデルに基づく簡略化応答解析を行い、塑性化部位を弾塑性ジョイントモデルで近似した詳細応答解析結果との比較を行っている。

並進振動のみが卓越する入力方向の応答に関しては、従来から提案されている等価1自由度系モデルなどの適用も有効であるが、並進振動とねじれ振動との双方が卓越する場合では、単一の振動モードや特定の崩壊モードを考慮するだけでは、崩壊状況の予測に問題が生じる恐れがあることを指摘している。

第6章“結論”では、以上の各章で得られた成果を要約し、今後の研究課題を展望している。

以上のように、本論文においては、従来の部材レベルの弾塑性挙動モデルに基づく弾塑性骨組地震応答解析を、大局的な骨組応答に注目するという観点から大幅に簡素化する方法が提案されている。この計算手法は、鋼構造建築物の今後の性能設計法の展開において、新しい有用な荷重効果評価ツールを提供している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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