学位論文要旨



No 118940
著者(漢字) 遠藤,智行
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,トモユキ
標題(和) 通風の力学的相似性に基づく高精度型通風量予測モデルに関する研究
標題(洋)
報告番号 118940
報告番号 甲18940
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5672号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 佐久間,哲哉
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

日本を含むアジアの蒸暑地域において,未利用エネルギーである通風は蒸暑室内の温熱環境改善手段として非常に有効であり,近年においては省エネルギー推進のための重要な技術としても大きな関心を集めている。住宅レベルでの夏期の早朝や夜間,中間期における通風の有効利用に関する研究は従来から多く行われているが,その有効性は定性的に唱えられているにすぎず,具体的な効果を説明できるには至らないのが現状である。近年では夜間通風による建物矩体の冷却効果に関する研究も盛んに行われているが,現状では実用化において,まずは防犯・プライバシー保護との両立に不安を残す。また,ハイブリッドベンチレーションに代表されるように,商業ビルにも自然換気を取り入れようという試みも世界規模で行われはじめている。しかし,自然換気の利用範囲の拡大とその効果的な利用法を確立していくためには,自然換気のメカニズムに関する十分な理解が必要であるものの現状では十分とはいえないことは確かである。

建築環境学における通風研究は40年に及ぶ難題であり,未だにその全容は明らかとされていない。その問題解明の妨げとなっている要因の一つが,風向角度による流量係数変化である。風圧係数と通風量を結び付ける流量係数の風向角依存問題は,古くから風洞模型実験により指摘されていたが,近年では大型風洞による実大建物モデルを用いた実験でも確認されている。しかし,流量係数がいかに変化するかを合理的に説明するモデルはこれまでのところ提示されていない。

通風は開口部付近での流れの著しい変形に伴い,動圧と静圧間でエネルギーの可逆的・非可逆的変化が生じる複雑な乱流現象であるが,通風気流の圧力や風速の詳細な空間分布を実験的に把握することは困難であり,これらは問題解明の障害の大きな要因となっていた。しかし,近年の計算機能力の向上に伴い,CFD(数値流体力学)を用いた建物内外の気流解析が盛んに行われるようになり,その成果も着実にできつつある。特に,最近では大学研究室レベルまで大型計算機利用の門戸が開かれたために,計算負荷の大きなLESによる解析検討が比較的容易に可能となり,今後の通風現象解明に大きな期待が寄せられている。

本研究では,風洞模型実験とCFD(LES)を併用することによって,通風時の開口部周辺における圧力場の詳細な検討を行い,流量係数変化を包括的に説明するモデルを提案する。また,CFDによる圧力・気流場の解析により流入側開口部・流出側開口部における流量係数変化の原因について検討する。

以下に,本論文の構成を記す。

第1章は序論として研究の背景,目的,研究の意義について述べる。

第2章では既往研究より得られた通風現象の特徴について述べるとともに,通風時の流量係数・圧力損失係数についての説明を行う。既往のLESの結果によると,単純形状建物の壁面中央にある単純開口において,通風気流は開口部到達までは全圧損失が小さく,開口部上流側にある壁面上を沿って流れ,室内へ流入することが知られている。このことから,通風気流の全圧・風圧は開口部位置によって概ね決定されることが推測できる。後半では,流量係数変化の把握のために通風模型による風洞実験を行った。その結果,流量係数は開口部位置・風向角度・通風量のいずれによっても変化するため,このいずれかを用いて流量係数変化を説明することは妥当ではなく,全てを勘案したモデルが必要であることを示した。

第3章では単純形状建物を対象に開口部位置を変化させたLESによる解析を行い,剥離の生じない領域においては,開口部位置が変化しても通風気流の開口部到達全圧は概ね保持される知見を得た。また,全圧管を用いた通風気流の動圧測定について述べ,一般に測定される風圧との差を算出することにより,基準静圧の影響を除去した全圧と風圧の差が得られ,それが通風の行われていない時の壁面接線方向動圧と近似的に等しい考えを示した。このことから,壁面接線方向動圧を基準とする無次元換気駆動力PR*という新しいパラメータを提案し,無次元換気駆動力PR*で通風現象を整理することにより,通風現象は開口部周辺での流れ場が力学的に相似であれば,開口部の大きさや開口部位置・風向角度によらずに通風現象も相似となることを風洞実験・LESの結果に適用することにより確認した。この考え方(以降,「局所相似モデル」とする)によれば,流量係数・流入角は無次元換気駆動力PR*が決定すれば一意的に決定されるため,単純開口部における流量係数と無次元換気駆動力PR*の関係式を導き,通風模型による風洞実験結果との比較により妥当性を確認した。

第4章では壁面接線方向動圧の測定手法について述べる。第3章では局所相似モデルの基準圧力となる壁面接線方向動圧に全圧と風圧の差圧を用いたが,全圧管を用いて通風気流の全圧を測定するためには,開口部位置が予め決定されている必要がある。しかし,最適な開口部位置を設計する段階においては,予測を行う毎に新たな模型を用意しなければならず非効率である。そこで,開口部のない建物模型で壁面接線方向動圧を測定する手法を検討した。測定は一般的な風洞設備において可能であるように,熱線風速計(I型プローブ)を用いて行った。壁面の鉛直方向に壁面接線方向の風速プロファイルを作成し,外挿することにより壁面上に相当する風速値を推定し,第3章で測定した全圧と風圧の差圧と比較検討し良好な結果を得た。

第5章では局所相似モデルを応用した開口部通風性能評価法について述べる。風洞模型実験・CFDのいずれにおいても,建物に開口部が設置されている状況での開口部周辺における通風現象の検討には多大な時間と労力を要する。特に,風洞模型実験の場合には実物開口やディテールが複雑な開口部を評価する際には,必然的に大きな開口部による検討が必要となる。そのために建物模型も大きくなり,閉塞効果の影響により正確な通風現象を再現できないという問題がある。しかし,これまでの検討により開口部周辺での力学的相似条件が一致する状況では,開口部位置などの諸条件が異なる場合でも,開口部における通風現象は相似であることがわかっている。そこで,開口部のみを用いて開口部周辺の通風現象を再現する手法を提案した。風洞模型実験によりその妥当性を検討したうえで,複雑なディテールを持つ実物開口部に本手法を適用し良好な結果を得た。また,本手法を利用して流出側開口部における通風性能評価を行い,流出側開口部特有の問題点について検討した。本手法の最大の特徴は,建物模型を用いずに開口部のみを用いてその開口部の通風性能評価が可能なことである。

第6章ではLESにより流量係数減少のメカニズムについて検討する。第5章で述べた開口部通風性能評価法と同様のLESによる解析を行い,流入側開口部において壁面接線方向動圧が通風現象に及ぼす影響について検討した。また,流管解析により通風気流が開口部を通過する際の圧力変化についての詳細な検討を行い,縮流による静圧から動圧への転化,乱流エネルギー生産に使用されるための圧力損失についての知見を得た。また,流出側開口部についての検討を行い,流出側開口部においては外部気流との合流の仕方によって異なる圧力変化が生じること,外部気流により流出気流の流路が狭められることが流量係数減少の大きな要因であることの知見を得た。また,流出側についての検討の際に問題となる流入気流の動圧残存が,流量係数・換気駆動力に及ぼす影響について検討した。

第7章では実測により流量係数変化の実態を捉えるとともに,無次元換気駆動力PR*の発生頻度について検討した。実測においては圧力測定用チューブを長くする必要があること,自然環境の気流は非定常状態のため,変動成分により測定用チューブ内での共振現象が生じる可能性のあることから,チューブ長さやジョイントコネクタなどの有無による時間遅れ,および変動成分の圧力測定値への影響に関する検討を行った。今回の実測においては,基準静圧が比較的に安定していたことからチューブ長さによる影響はないこと,および実測で得られた風圧の周波数解析結果より,変動成分による影響を考慮しなくてよいことを確認した。また,流入側開口部における検討の際には流入気流の全圧と風圧の差を用いて基準化することとしたため,自然気流の全圧測定用に吸引型全圧測定装置を開発した。実測では開口部に対する風向角度が一定ではないため,一般に利用されている測定孔が半球型のピトー管では測定が困難である。しかし,新たに作成した吸引型全圧管は外部気流が4[m/s]程度以下では,風向角度±70度の範囲において全圧の減衰率が約1.7[%]程度であることから,この吸引型全圧管を用いることにより流入気流の全圧が概ね測定可能であることを示した。無次元換気駆動力PR*の発生頻度測定の結果,流入側開口部においては流量係数が減少する領域の発生頻度が約50[%]程度を占め,流出側開口部においては流量係数が減少する領域での現象は稀であることを確認した。

第8章では本論文で得られた成果を総括するとともに,今後の課題について述べる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「通風の力学的相似性に基づく高精度型通風量予測モデルに関する研究」と題し、従来の通風に関する研究で問題にされながら、その解明がなされていなかった風圧係数と通風量を結びつける流量係数が、建物に当たる風の向きなどによって変化する現象を、合理的に説明するモデルを提案したものである。

日本を含むアジアの蒸暑地域において、エネルギーを用いず蒸暑室内の温熱環境を改善する手法である通風は、近年省エネルギー推進のための重要な技術として位置づけられるようになってきており、住宅だけでなく、商業ビルでも採用される傾向にある。この通風に関する研究は、極めて古くから行われてきたが、その多くが定性的な効果を論じたものであり、定量的な扱いがなされていないのが現状である。その原因の一つとして、風圧係数と通風量を結びつける流量係数が、建物に当たる風の向きなどによって変化する現象を合理的に説明するモデルが示されなかったことが挙げられる。

論文提出者は、風洞模型実験およびCFDを併用し、通風時の開口部周辺における圧力場の詳細な検討を行い、流量係数変化を包括的に説明するモデルを提案することを主目的とし、以下の8章からなる論文を提出した。

第1章では、研究の背景・目的および研究の意義について述べている。

第2章では、前半で通風時の流量係数・圧力損失係数を概説し、後半で流量係数変化の要因把握のために行った風洞模型実験結果について述べている。結果として、流量係数は開口部位置・風向角度・通風量のいずれによっても変化することから、新たなパラメータに基づいた、包括的に流量係数変化を著すモデルが必要なことを述べている。

第3章では、既往研究に基づき通風現象の特徴について述べるとともに、流量係数変化に対応可能な新たなモデルを提案している。既往研究から、通風気流は開口部到達まで全圧損失が小さく、開口部上流側の壁面上に沿って流れることを見いだし、通風気流の全圧・風圧は開口部位置によって概ね決定されるとの推測をし、さらに、LESによる解析を行い、開口部が建物が引き起こす剥離領域にない限り、位置によらず到達全圧はほぼ保持されることを示している。また、全圧管を用いた通風気流の動圧測定について述べ、一般に測定される風圧との差をとることにより、基準静圧の影響のない全圧と風圧の差が得られ、それが通風がない場合の壁面接線方向動圧と近似的に等しいという考え方を示している。以上より、壁面接線方向動圧を基準とする無次元換気駆動力PR*という新たなパラメータを提案し、このPR*で整理することにより、通風現象は開口部周辺での流れ場が力学的に相似であれば、開口部の大きさ・位置および風向角度によらず相似になるという考え方・局所相似モデルを構築し、風洞実験・LESによる解析から妥当性を検証している。

第4章では、局所相似モデルの実用化に必要となる壁面接線方向動圧の測定手法を述べており、開口部のない建物模型を用いた風洞実験において、壁面鉛直方向の風速プロファイルをI型プローブの熱線風速計で測定し、その結果を外挿することにより求められることを、第3章の測定結果と比較し示している。

第5章では、局所相似モデルを応用した開口部通風性能評価方法について述べている。局所相似モデルによれば、開口部周辺での流れ場が力学的に相似であれば、開口部での通風現象は、開口部の大きさ・位置および風向角度によらず相似になる。この考え方を応用すれば、開口部および吸引チャンバーを平板に取り付けたものを風洞内に水平設置し、吸引量を変化させた実験を行うことにより通風現象が再現でき、開口部の通風性能評価ができることになる。まず単純な開口部で妥当性を検討した上で、複雑なディテールの実開口部にも適用し、良好な結果が得られることを示している。また、本手法を利用して流出開口部における通風性能評価を行い、流出側特有の問題点について検討している。

第6章では、LES解析に基づく流量係数変化のメカニズムについての検討結果を述べており、通風気流が開口部を通過する際の縮流による静圧から動圧への転化、乱流エネルギー生産に使用されるための圧力損失などについて得られた知見を示している。また、流出側開口部においては、外部気流により流出気流の流路が狭められることが流量係数減少の大きな要因になっていることを示すとともに、流入気流の残存動圧が流量係数に及ぼす影響などについても考察している。

第7章では、実測により無次元換気駆動力PR*の発生頻度について検討した結果を述べている。実測結果では、流量係数が減少する領域のPR*の発生頻度が50%を超えており、本研究が実用上有益なものであることが示されている。測定に使用した新たに開発した吸引型全圧測定装置の有効性についても検討している。

第8章では、研究成果を総括するとともに、今後の課題を述べている。

以上のように、本論文は、通風量予測で問題となっていた流量係数の変化について、主として風洞実験・CFD解析から検討し、その変化を、統一的に扱える新たなパラメータを提案するとともに、その考え方を応用した、容易に開口部の通風性能評価ができる手法を提案したものである。流出側開口部の扱いについて一部問題を残すものの、建築内環境改善に寄与するところが極めて大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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