学位論文要旨



No 118941
著者(漢字) 垣野,義典
著者(英字)
著者(カナ) カキノ,ヨシノリ
標題(和) フリースクールの建築計画に関する研究
標題(洋)
報告番号 118941
報告番号 甲18941
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5673号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 難波,和彦
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
内容要旨 要旨を表示する

今日、新たな学校教育のあり方が模索され続けている。同時に、民間から、学校で行われる公教育を問い直し、それとは異なる教育のあり方を唱える動きが活発化している。学校とならぶ「子どもの学びの場」の一例として、フリースクールがあげられる。フリースクールは、学校のように全員が同じ進度で学ぶのではなく、子ども一人一人の個性や意志を尊重し、そこに通う子ども自らが、自分の関心事にそって自由に活動できる環境である。フリースクールは、未だに公から教育の場としての認知を受けてはいない。しかし、民間主導の、制度に縛られない子どもの学びの場は、公教育とは異なる斬新な教育を実践でき、今後も子どもを取り巻く学びの環境として、重要な存在であり続けるだろう。本研究は、建築計画的観点からの研究がほとんど成されていないフリースクールの建築計画に関するものである。そして研究目的は、フリースクールという学びの場を構成している人的、社会的、空間的要素を整理し、今後計画する上での指針を得ることである。そして同時に、本研究から、未だ絶対的価値として認識され続けている学校教育やそこでの子どもの活動を、相対化することを目指している。

本論文は、7章より構成される。

第1章では、学校教育の現状と、これからの子どもにとっての学びのあり方をとらえる。そして、施設として、子どもの学びの場として、フリースクール研究を行う意義について述べる。

第2章では、フリースクールが、一般に具体的な認知度が低く、建築計画的観点からの研究がほとんどなされていないことを受け、子どもの日常における校舎内での自主活動の実態を、スペースの使用状況とあわせて明らかにし、建築計画上の課題を抽出した。以下にその課題を記す。

子どもが活動している時間帯内では、登下校の時間は各自自由である。登校ペースは、子どもによってまちまちであり、校舎内で活動する人数は、その時間帯、日によって異なる。さらに、子ども達の一日の活動は、それ自体で完結するものではなく、子どもやスタッフ含めた他者との関係の中で、互いに影響を及ぼしながら行われる。よって、様々な時間帯において、その時の状況、つまり誰と誰がどこでどのような活動を行っているかをふまえた上で、一人一人の子どもの活動を捉える必要がある。

通常、一日の子どもの活動は、自由時間が大半をしめる。各フリースクールは、自由時間、プログラム時間おのおのに対応した場所を提供しており、その活動内容に特徴がある。例えば、「パソコン・TVゲーム」を活動の中心とするもの、「読書」「会話」を中心、「体を動かす活動」を中心とするものなどである。しかし同時に、こういった特徴は、校舎の面積的、空間的な制約も考慮する必要がある。各フリースクールは、校舎空間を最大限有効に利用しようと、試行錯誤して使用しているからである。今後フリースクール建築を計画する際の指針として、どのような面積の空間が必要か、整理が必要である。

各フリースクールは、複数人で活動できるスペース、複数人の中で一人で過ごせるスペース、1人静かに過ごせるスペースを提供している。しかし、これらのスペースが、どのような要素をそなえたものなのか、その空間的性質を捉えられてはいない。また、1)でふれたように、子ども達はその時の状況に応じて活動しており、その様々に変化する状況と建築空間との関係を捉えることが必要である。

第3章では、フリースクール空間が、どのような面積の部屋、家具、コーナーを備えているか検討する。そして、これらの部屋やコーナーと子ども達の一日の活動の対応関係をとらえ、どのような空間構成要素が求められるか考察する。

人々にとって「公共の世界から切り分けられたプライベートな場所」を持つこと、そしてその場所に対して緊密な愛着やきずなを持ち、根付くことは重要である。なぜなら、ある場所に根付くことによって、人は世の中を見る土台を得、世の中での自分の位置を確認することができるからである。フリースクールに通う子どもにとって、会いたい時や必要な時にいつでも会える他者(常勤スタッフ)と、公民館のようにその都度借りる場所ではなく、自分が安定的に属すことができ、好きな時に訪れることのできる場所(校舎空間)が重要である。使用する子どもが異なっても、各フリースクールは、いくつかの共通する空間的要素を備えている。つまり、(1)静かな活動を行う時や落ち着いた雰囲気が必要なときに使用する、10〜15m2程度のスケールをもつ閉鎖的な空間(2)設備としてではなく、コミュニケーションのきっかけとしてのパソコン(3)活動のより所となる家具(4)スタッフルームの4種である。延べ床50m2程度の空間を構成するのは、最も基本的な空間要素である、上記4点である。スタッフのための部屋を確保することは難しく、スタッフ自身の居場所と子どもが使用する空間は重なる。延べ床200m2程度の空間を構成する要素は、50m2の場合同様(1)静かに活動が行える閉鎖的空間、(2)多様な活動を受け止める100m2程度の大空間、(3)その大空間の中で子どもの活動のよりどころとなる家具コーナー、(4)設備を配置したコーナー、(5)(1)よりも閉鎖性が低く、様々な活動にフレキシブルに対応可能な30m2未満の空間、(6)スタッフルームの6種類である。延べ床400m2程度の空間では、延べ床200m2における(1)、(2)、(3)、(5)、(6)は同様であるが、(4)が異なる。つまり、ピアノの音などの問題を解消するべく、その設備のために専用の部屋を割り当てることが可能となる。

第4章では、フリースクールという、時々刻々スペースの使用状況が変化し、しかも異年齢の子ども達自身の手で作られ、自由に活動できる環境にあって(1)子ども達はどのような関係を築いているか(2)この子ども同士の関係は、建築空間とどのような関係にあるか、の2点から、子ども同士の関係と空間の関係を明らかにする。まず、子ども一人一人が他の子どもとどのような関係を築いているか、その様子を、一日の活動の流れの中でとらえることに焦点をあてる。そして、子ども同士の関係からみたフリースクールという場の構造と、第2、3章で導いたスペースに関する知見との関係を明らかにする。子ども同士の交流様態は、大きくは4種、細かく9種に分類できる。また、各交流様態によって、他の子どもへの関心度が異なるため、その関心度によって、1人で活動する場合も、関わる場が異なる。各交流様態からみた場と場がどのような関係をもち、全体としてどのような構造となっているか示した。また、フリースクールには、他者との関わりよりも自分の関心事を中心に、1人もしくはグループを形成して過ごす子ども、他者との関わりを求めて登校してくる子どもがいる。ここでは、子ども達が何を求めてフリースクールに通ってくるかその一端も明らかになる。

第5章では、「子どもの居方」という概念の構築を行う。「子どもの居方」は、子どもとその活動、その活動場所、その時間における周囲環境との関係の総体を表す。そして、この概念は、具体的には、第4章で明らかにした各交流様態の子どもが、活動する際の特徴的な場面を分析し、「子どもの居方」を抽出した。子どもの居方は、他者が大勢いる空間から離れて、周囲の雰囲気が全く伝わってこない場所で活動する「独立型」や、他者の活動の起点になる「起点型」など、8種に分類できる。さらにこの8種は、6種の居方意識モデルと対応している。最終的に、「子どもの居方」概念は、いかに空間を間仕切り、コーナーを設定するか、その指標になると考える。

第6章では、フリースクールという、子どもが自主的に活動する環境下で、スタッフ達が子どもとどのように関わり、その際どのように居場所を選択しているか明らかにする。同時に、スタッフ同士がどのように連携をとって子どもと関わっているか、各スタッフの居場所や活動内容との関係も明らかにする。結果は、下記の4点にまとめられる。

スタッフが子どもと直接関わることは、互いの理解を深め、信頼関係を築く上で重要である。しかし、スタッフが子どもと直接関わらない場合も、子どもは、その存在や居所が感じ取れることで、安心して自分の活動が行える。

スタッフは、子ども側の要因、スタッフ側の要因、その時間帯の状況、物理空間の4種から、各時間帯に自分の居場所を決定している。

スタッフは、校舎内の子どもの活動に細かく気を配り、日々の子どものの関心事やその変化を把握しようと努めている。しかし、子どもには、スタッフの目から離れ、自分達だけの世界を形成する時間がある。この空間に対しては、スタッフは、最低限の配慮のみにとどめている。つまり、スタッフから目の届きにくいスペースも確保する必要がある。

スタッフが多くの仕事を抱えている場合、事務作業に追われる。しかし同時に、日によって異なる子ども達の活動に対応し、子どもから求められる関わりも重要である。よって、スタッフルームやそれに隣接するスペースで事務作業をしている時も、子どもからスタッフの存在が容易に感じ取れるよう、スタッフルームやその隣接空間の配置を考える必要がある。

スタッフは、直接子どもと関わらない場合も、子どもから関わりを求めやすいような状況作りを行っている。この状況作りが成されやすい環境の整備が重要である。

第7章では、第2章から第6章までのまとめと、フリースクールのこれからについて述べる。フリースクール建築空間は、(1)機能に対応した空間/常に必要とされる空間(2)家具を用いてしつらえた可変性のある空間の双方を備えている。そして、これらの空間を手がかりとして、子どもやその活動、子ども同士の関係、子どもとスタッフの関係の編み目の中で、様々な場が形成される。

どのような場を重視するかは、各フリースクールの子どもやスタッフが、その時々の状況、つまり子どもの登校人数、年齢層、関心事等に応じて決定し、空間に対応させるのである。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、学校で行われる公的教育に対して、それとは異なる教育のあり方を模索する動きが活発化する中で近年注目されているフリースクールを対象にして、その場を構成している人間的・社会的・空間的要素を分析し、今後同様な教育環境を計画する上での指針を得ることを目的としている。

本論文は、7章より構成される。

第1章では、学校教育の現状と子どもにとってのこれからの学びのあり方をとらえ、子どもの学びの場の一形態を代表する施設としてのフリースクールの研究を行う意義について述べている。

第2章では、一般に必ずしも具体的に認知されていないフリースクールについて、特に建築計画的観点からの研究がほとんどなされていないことを確認し、日常の子どもの自主活動の実態をスペースの使用状況とあわせて分析し、建築計画上の課題として、1)登下校時間は各自自由であるため、活動人数は毎日時間帯によって異なり,その活動は他の子どもやスタッフとの相互の関係で影響を受けるため、その時の状況に応じた活動を捉える必要性があること、2)自由時間が大半をしめる活動は、時間・プログラムに対応した場所が必要で、面積的・空間的な制約を考慮する必要があること、3)複数活動、複数内での一人で過ごす行動、1人静かに過ごす行動にそれぞれ対応したスペースが必要で、これらがどのような性格の空間であるかをとらえること、の3点を抽出している。

第3章では、現状のフリースクールが、どのような面積の部屋、家具、コーナーを備えているか調査・検討し、これらの部屋やコーナーと子ども達の一日の活動の対応関係をとらえ、どのような空間構成要素が求められるのかを考察している。

第4章では、時々刻々スペースの使用状況が変化し、異年齢の子ども達自身の手で作られ自由に活動できる環境にあって、(1)彼らが築いている関係、(2)この関係の建築空間との関連、の2点から、子ども同士の関係と空間との関係を明らかにしている。また子ども同士の交流様態は、大きくは4種、細かくは9種に分類でき、各交流様態によって、他への関心度が異なるため、1人で活動する場合でも関わる場が異なること、また各交流様態からみた場と場との関係、そして全体として構造を示している。

第5章では、子どもとその活動・場所・時間における周辺環境との関係の総体を表す「子どもの居方」という概念の構築を行っている。具体的には、第4章で明らかにした各交流様態を示す子どもが、活動する際の特徴的な場面を分析し、「子どもの居方」を抽出している。そして、これらは大勢の他者がいる空間から離れて雰囲気が全く伝わらない場所で活動する「独立型」や、他者の活動の起点になる「起点型」など、8種に分類でき、さらにこの8種は、6種の居方意識モデルと対応していることを示している。

第6章では、自主的に活動する環境下でスタッフ達が子どもとどのように関わり、ように居場所を選択しているか明らかにしている。同時に、スタッフ同士の連携の様態、その居場所や活動内容との関係を明らかにしている。そしてその結果を4点にまとめている。

第7章では、以上第2章から第6章までの各々のまとめと、フリースクールの今後のあり方これからについて述べている。すなわちフリースクール建築空間は、(1)機能に対応した空間/常に必要とされる空間、(2)家具を用いてしつらえた可変性のある空間の双方を備えており、そして、これらの空間を手がかりとして、子どもやその活動、子ども同士の関係、子どもとスタッフの関係の編み目の中で、様々な場が形成されていることを解明している。言い換えればどのような場を提供するかは、各フリースクールの子どもやスタッフが、その時々の状況、つまり子どもの登校人数、年齢層、関心事等に応じて決定し、空間に対応させるているのである。

以上のように、本論文はフリースクールという今日的な課題の実態観察と分析を通して考察し,今後のこの種の教育環境に対する基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与したものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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