学位論文要旨



No 118942
著者(漢字) 原山,和也
著者(英字)
著者(カナ) ハラヤマ,カズヤ
標題(和) 建物モデルと都市気候モデルを連成した都市の温熱環境評価手法の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 118942
報告番号 甲18942
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5674号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

都市の熱環境問題のひとつにヒートアイランド現象があり、この現象は熱帯夜の増加やエネルギー消費の増大といった都市環境の問題ばかりでなく、熱中症患者の増加というような人体の健康を脅かす問題にまでに至っている。本研究では、ヒートアイランド現象のメカニズムを解明するために、CFD(Computational Fluid Dynamics)を基本とした、建物周辺の温熱環境予測手法と都市気候解析手法を連成させた新しい都市温熱環境予測手法や、より詳細に温熱環境評価が可能である非定常な屋外温熱環境予測評価手法を開発することを目的としている。更に建物周辺の温熱環境に対しては新たな指標を提案し、ヒートアイランド現象緩和効果として注目されている屋上緑化や人工排熱排出位置などについて検討している。

本研究では、近年発達のめざましいコンピュータシミュレーションを用いて、数値流体力学の各物理要素について非線形な方程式を解いている。シミュレーション手法は各種パラメータの変更が容易にできるため、多種多様な要因が影響を及ぼしている都市の温熱環境について検討する場合には極めて有効な手法である。実際、これに対応した研究もいくつか行われている。しかし、そこでは(1)ある要因に着目した手法であるために都市気候を形成する要因を総合的に評価していないこと、(2)実現象とは異なり3次元解析や非定常解析が行われていないこと、など様々な問題点や改良すべき点がある。

以上の問題に対して、本論文では建物モデルと都市気候モデルの双方の観点から検討を行い、更に両者を連成することにより、都市の温熱環境評価手法を確立することを目的としている。

先ず、建物モデルを中心としたミクロスケールの屋外温熱環境予測評価手法の開発を示している。この解析手法は従来の定常解析を非定常解析可能にした手法である。屋外空間の温熱環境は気象条件の時間変化に伴い大きく変化するため、非定常解析が必要不可欠である。また、定常解析では、蓄熱の影響は考慮されないため、CFD解析の境界条件となる地表面や建物表面の温度予測に無視し得ぬ誤差を含む場合がある。本提案手法は最終的には、3次元のCFD解析、3次元の放射解析及び1次元の熱伝導解析を相互連成させ、日変化程度の屋外温熱環境を総合的に評価する手法にすることを目指すものである。本解析手法は(1)モンテカルロ法に基づいた3次元放射計算、(2)土壌及び壁体内の非定常1次元熱伝導計算、(3)室内の空調除去熱量計算、(4)これらの結果を境界条件としたCFD解析で構成されている。これらの一連の計算を時間発展させて、得られる風向、風速、温度、湿度、MRT(Mean Radiant Temperature)の時間変化を伴った空間分布から温熱快適性指標の1つである新標準有効温度SET*(Standard Effective Temperature)や空調除去熱量等を算出する。ただし、本論文中では、計算時間短縮のため、非定常な放射伝導解析の計算後、1時刻の解析結果を対象としたCFD解析を行っている。本解析手法を用いて、以下の3つの数値解析を行った。(1)単体建物モデル周辺の屋外空間を対象とした非定常放射伝導解析、(2)均等街区モデルを用いた非定常解析手法の導入効果の検討、(3)実在する団地周辺の屋外実測を対象とした予測精度の検証。

今後の課題としては、予測精度の検証結果より、境界条件や構成部材の物性値を的確に与えることができれば本解析手法が高い予測精度を持つことを確認したので、各種計算条件の同定を行うことにより、データの整備を行う。

更に、ミクロスケールの建物周辺における温熱環境解析手法に対しては新たに評価指標も提案している。都市の暑熱環境を緩和するための屋外環境設計が重要となっており、それを十分効果のあるものとするためには、植栽、舗装面等の屋外空間を構成する多様な環境構成要素が環境形成に及ぼす影響を的確に把握することが重要となる。本研究では、室内環境解析で提案されている温熱環境形成寄与率CRI(Contribution Ratio of Indoor Climate)を屋外環境解析に適用するべく改良した屋外温熱環境形成寄与率CRO(Contribution Ratio of Outdoor Climate)を提案する。また、実際の屋外環境設計においては設計者が変更できる要素はかなり限られていることに着目して、被覆状況や排熱位置の変更を評価する指標としてNCRO(New Contribution Ratio of Outdoor Climate)を併せて提案する。

次に、ミクロスケールで検討した建物モデルを参考に都市キャノピーモデルとしてモデル化し、それを境界条件として組み込んだメソスケール気象解析手法を提案している。この都市キャノピーモデルでは建物群がメソスケール気象解析モデルに及ぼす影響として以下の5つの効果を組み込んでいる。(1)風速低減効果、(2)乱れの増大効果、(3)短波放射の伝達効果、(4)長波放射の伝達効果、(5)表面からの顕熱や潜熱放散の効果。メソスケールの解析を行う場合に、都市の建物を1つ1つ表現することは計算格子の分解能の観点から不可能であるため3D GISデータを用いて街区内の建物群を統計的にモデル化した。1メッシュ内には平均建物間隔、平均建物幅、平均建物高さの3つのパラメータで決定できる均等街区が存在すると仮定した。また、都市キャノピー内に存在する街路樹や庭木などの多様な植生群が及ぼす影響には次の4つの効果を組み込んでいる。(1)風速低減効果、(2)乱れの増大効果、(3)放射の吸収効果、(4)地表面日射吸収量の減少効果。本解析手法を利用して東京23区を中心とした領域について3段階のネスティング手法を利用した都市気候解析を行った。本モデルを利用した場合には地表面温度だけでなく、建物屋上面や樹冠など土地被覆毎に適切な表面温度を算出することができるため、都市の表面温度の解析結果と人工衛星や航空機からの熱画像との比較が可能となった。また、従来の粗度長を利用したモデルは都市キャノピー高さの上層の流速プロファイルを再現するモデルであるが、本モデルでは地表近傍の鉛直方向のメッシュ分割を細かくすることにより、都市内の人間が活動する居住域の温熱環境評価が可能となった。

今後の課題としては、今回導入した都市キャノピーモデルの放射熱伝達解析サブモデルの精度検証、建物側壁面での対流熱伝達率や植生におけるボーエン比などの各種パラメータの同定を行い、本モデルの予測精度を向上させると共に、人工排熱や空調排熱の精緻な取り扱いを行い、都市活動がヒートアイランドや都市温熱環境に及ぼす影響について各種パラメータを変更した場合のケーススタディを通して検討する。

本論文では、以上の2つの温熱環境解析手法と2つの温熱環境評価指標を提案し、全体として以下の知見を得ることができた。

首都圏のヒートアイランド現象の中心は東京湾と相模湾からの海風が衝突する東京23区北部から埼玉県南部の地域に存在する。

ヒートアイランド緩和方策として注目されている屋上緑化、建物表面の高反射塗料利用、人工排熱排出位置の変更などについての温熱環境解析を行った。屋上緑化では、地上に草地を配した地上緑化と比較すると90%も効果が低い場合があることが定量的に示された。高反射塗料利用では、建物内部の空調負荷が4割減少するという結果を得た。人工排熱位置の変更では、排熱位置直後のキャニオン空間で非常に多くの影響を受けることが示された。

以上、いくつかのヒートアイランド緩和方策に関する解析を行ったが、ここに示した結果は数少ない検討例であるため、今後の課題として本解析手法、及び評価指標を用いたケーススタディを行う必要がある。その場合、本研究全般が建築計画、都市計画を行う際の有効なツールとなる。

本論文は以下に示す7章により構成されている。

第1章は、急速に進行している都市温暖化を緩和する方策を検討するために、CFDを中心とした数値シミュレーションを行うことを述べ、本論文の背景及び目的としている。

第2章は「都市気候」の概念を示しつつ、都市の環境問題となっている「都市温暖化」や「ヒートアイランド現象」についてまとめ、各機関による既往の研究や都市温暖化緩和方策の提案を示し、更には行政による温暖化防止政策についても触れている。

第3章と第4章はミクロスケールの数値解析について示している。

前半の第3章では、従来の定常状態の連成解析手法を非定常解析可能な屋外温熱環境予測評価手法の開発について述べている。また、3つの計算事例の結果を示すことにより非定常化の効果検証と解析手法の精度検証を行っている。

後半の第4章では、街区スケールの屋外温熱環境設計を評価するための新しい指標であるCROやNCROを提案する。更に、本指標を用いて街区形状の変化、緑地の植栽位置や人工排熱排出位置が街区の温熱環境へ及ぼす影響について示している。

第5章と第6章はメソスケールの数値解析について示している。

前半の第5章では、従来の3次元メソスケール気候モデルの地表近傍の境界条件に都市キャノピーモデルを組み込むことにより、人間が活動する居住域も解析可能な新しいメソスケール解析手法の開発について述べている。

後半の第6章では、第5章で示した新しい解析手法を利用して、東京23区を中心とした熱環境解析の計算事例を示している。

最後に、第7章で本論文をまとめ、今後の更なる課題を示している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「建物モデルと都市気候モデルを連成した都市の温熱環境評価手法の開発に関する研究」と題して、ヒートアイランド現象のメカニズムを解明するために、CFD(Computational Fluid Dynamics)を基本とした、建物周辺の温熱環境予測手法と都市気候解析手法を連成させた新しい都市温熱環境予測手法や、より詳細に建物周辺の温熱環境を評価できる非定常な屋外温熱環境予測評価手法を開発することを目的としている。更に建物周辺の温熱環境に対しては新たな指標を提案し、ヒートアイランド現象緩和効果として注目されている屋上緑化や人工排熱排出位置などについて検討している。

本論文は以下のように構成されている。

第1章は、急速に進行している都市温暖化を緩和する方策を検討するために、CFDを中心とした数値シミュレーションを利用することが非常に有効であることを述べ、本論文の背景及び目的としている。

第2章は「都市気候」の概念を示しつつ、都市の環境問題となっている「都市温暖化」や「ヒートアイランド現象」についてまとめ、各機関による既往の研究や都市温暖化緩和方策の提案を示し、更には行政による温暖化防止政策についても触れている。

第3章と第4章は建物モデルを中心としたミクロスケールの数値解析について示している。

前半の第3章では、建物周辺の屋外温熱環境予測評価手法の開発を示している。この解析手法は従来の定常解析を非定常解析可能にした手法である。屋外空間の温熱環境は気象条件の時間変化に伴い大きく変化するため、非定常解析が必要不可欠である。また、定常解析では、蓄熱の影響は考慮されないため、CFD解析の境界条件となる地表面や建物表面の温度予測に無視し得ぬ誤差を含む場合がある。本提案手法は最終的には、3次元のCFD解析、3次元の放射解析及び1次元の熱伝導解析を相互連成させ、日変化程度の屋外温熱環境を総合的に評価する手法にすることを目指すものである。また、3つの計算事例の結果を示すことにより非定常化の効果検証と解析手法の精度検証を行っている。これらは(1)単体建物モデル周辺の屋外空間を対象とした非定常放射伝導解析、(2)均等街区モデルを用いた非定常解析手法の導入効果の検討、(3)実在する団地周辺の屋外実測を対象とした予測精度の検証である。

後半の第4章では、ミクロスケールの建物周辺における温熱環境解析手法に対して、新たに評価指標を提案している。室内環境解析で提案されている温熱環境形成寄与率CRI(Contribution Ratio of Indoor Climate)を屋外環境解析に適用するべく改良した屋外温熱環境形成寄与率CRO(Contribution Ratio of Outdoor Climate)や、屋外環境設計者が変更可能な被覆状況や排熱位置を評価する指標としてNCRO(New Contribution Ratio of Outdoor Climate)を併せて提案している。更に、本指標を用いて街区形状の変化、緑地の植栽位置や人工排熱排出位置が街区の温熱環境へ及ぼす影響について示している。

第5章と第6章は都市気候モデルを中心としたメソスケールの数値解析について示している。

前半の第5章では、ミクロスケールで検討した建物モデルを参考に都市キャノピーモデルとしてモデル化し、それを従来の3次元メソスケール気候モデルの地表近傍の境界条件として組み込んだ新しいメソスケール気象解析手法を提案している。この新しい都市キャノピーモデルには建物群がメソスケール気象解析モデルに及ぼす影響として以下の5つの効果を組み込んでいる。(1)風速低減効果、(2)乱れの増大効果、(3)短波放射の伝達効果、(4)長波放射の伝達効果、(5)表面からの顕熱や潜熱放散の効果。また、都市キャノピー内に存在する街路樹や庭木などの多様な植生群が及ぼす影響についても次の4つの効果を組み込んでいる。(1)風速低減効果、(2)乱れの増大効果、(3)放射の吸収効果、(4)地表面日射吸収量の減少効果。本モデルにより、従来は不可能であった人間が活動する居住域の温熱環境解析も可能な新しいメソスケール解析手法が開発された。

後半の第6章では、第5章で示した新しい解析手法を利用して、東京23区を中心とした領域について3段階のネスティング手法を利用した都市気候解析の計算事例を示している。

最後に、第7章で本論文をまとめ、今後の更なる課題を示している。

以上を要約するに、本論文は、都市の温熱環境に対して2つの温熱環境解析手法と2つの温熱環境評価指標を提案し、いくつかのヒートアイランド緩和方策に関する解析を行っている。2つの解析手法はそれぞれミクロスケールとメソスケールの温熱環境解析手法であり、それらを用いて様々なスケールの解析結果を示し、都市温暖化対策に関する興味深い結果を得ている。これらの研究成果は、異なるスケールの解析手法を組み合わせることにより、お互いの欠点を補うことができる新しい解析手法であり、近年の劣悪な都市環境を緩和する方策を検討する上で重要な研究である。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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