学位論文要旨



No 118943
著者(漢字) 宮坂,雅子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤサカ,マサコ
標題(和) 建築における地球環境配慮についてのひとびとのとらえかた
標題(洋)
報告番号 118943
報告番号 甲18943
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5675号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 助教授 清家,剛
内容要旨 要旨を表示する

目的

近年の世界各地での温暖化や異常気象は地球規模の変化を示し、その原因は人間活動に起因する二酸化炭素排出であることが人々の共通認識となりつつある。二酸化炭素排出削減に関しては、世界的には1997年12月11日の国連気候変動枠組条約第三回締結国会議により、削減数値目標を設定することが合意され、(京都議定書)、目標値があげられ、毎年合意形成がはかられているが、現実には、日本国内では二酸化炭素排出は削減されてはいず、増加傾向にあるという問題を抱える。

こうした中で、建築関連では、法令も制定施行されはじめ、計画・設備・材料・構造の各分野で、地球環境に配慮した方法に関する研究は始まっているが、総体的に見た、また、ひとびと(消費者と設計者)のそれらの認識について見た研究はまだ、あらわれていない。日本は世界のCO2排出量10%を排出し、その1/3は建築関連から排出されるので、全世界のCO2排出量64.1億t-C (炭素換算 1995年) のうち3.3%の2.1億t-Cをわが国の建築関連から排出していることになる。問題解決を急ぐべきである。

本研究ではこれからの建築での地球環境配慮の方向性を明らかにするために「建築における地球環境配慮についてのひとびとのとらえかた」を解明しようとした。建築での地球環境配慮には、どのような方法があり、ひとびとはどのようにとらえており、どのような方法がとりあげられやすいか。また、一般の人々のとらえかたに対して、建築の専門家はどのように情報や刺激を与えることが望ましいか、などを明らかにしたい。同時に、人間の距離軸と距離軸の把握の限界の中で「地球環境」をどのように予測、行動、意志決定できるのかもとらえたい。

方法

ひとびとがどのように地球環境配慮をとらえているかを明らかにするために「一般消費者」へ、アンケート調査を行った。

比較するために「ある高性能工法で木造住宅を建てた消費者」と「ある高性能工法を採用している設計者」にアンケート調査をした。

また、現在の「設計者」のとらえかたを明らかにするために、2002年11月号から2003年6月号の建築専門誌に掲載のあった建築などの設計者にアンケート調査をおこなった。

それ以前に、建築における地球環境配慮のさまざまな論点を示し、現在ある「建築における地球環境配慮の方法」を整理した。また「太陽光発電システム」と「複層ガラス」に焦点を絞り、設計者のとらえかたなどについてのアンケート調査を行った。

最後に、地球環境配慮について、ひとびとは地球上の遠い地点の事象までも「とらえ」るのか、ひとびとは将来のことをどの程度「見とおす」ことができるのかを明らかにするために、ヒアリングを行った。

第1章 本研究の背景と目的についてのべた。

第2章 本研究の方法についてのべた。また、用語の定義、本論の構成などをのべた。

第3章 地球環境配慮のとらえかたを、多角的に把握しようとした。国連、わが国、そして建築分野での地球環境についてのとらえかたと対策の変遷、そして、地球環境配慮についてのさまざまな側面、たとえば制度と技術、効率との関係などからのとらえかたを展望した。さらに、既往研究を概観した。

第4章 建築における地球環境に配慮した方法をあげ、182の方法について、多様な側面から整理を試みた。

第5章 上記のさまざま方法から、100%の普及が期待される「複層ガラス」と先端的技術で、普及の可能性のある「太陽光発電システム」に焦点を絞り、これらを使用した建築の設計者への調査票による調査により、採用決定時点と採用後のそれぞれの方法のひとびとのとらえかたを中心にみた。

第6章 現在ある地球環境に配慮した建築の方法についての一般の消費者と設計者などのとらえ方を、調査より把握し分析した。

第7章 地球環境配慮についての一般の消費者などのとらえかたを、住宅についての3調査をもとに分析した。

第8章 建築全般について、とくに地球環境配慮についての設計者のとらえかたについて調査をもとに分析した。

第9章 消費者や設計者の距離軸、時間軸の環境と建築・住宅のとらえ方の中で、地球環境配慮がどのようにとらえられているか、ヒアリング調査をもとに明らかにした。

第10章 各章のまとめを提示し、本論全体の結論をのべた。

結果

本論での調査とヒアリングからつぎのような結果がみちびかれた。

建築運用と建築建設からの二酸化炭素排出を抑制する

建築の運用(冷暖房、照明など)由来のCO2排出量は建築関連の2/3を、建設由来のCO2排出量は建築関連の1/3をしめ、これらを削減する方法の採用が重要である。

建築計画段階で必須な通気採光計画

ひとびとの使用したい「地球環境に配慮した建築の方法」

「地球環境に配慮した建築の方法の整理」を行った結果、建築計画段階で必須なのは後の付加や改変がしにくい、通風、採光の配慮」、「経年変化に対応できる余裕を持った面積、容積、階高、設計床荷重」であるとよみとれた。

「太陽光発電システム」「複層ガラス」でみた「方法の魅力」と「関連部品」の重要性

両者とも導入時のコストが普及阻害原因となっていた。「太陽光発電システム」では、自然エネルギー利用、環境教育効果、社会的アピール性が魅力ととらえられていた。技術的に不明な点は採用経験すると解消されていた。「複層ガラス」では、2/3が「複層ガラスや遮光装置を使った上でガラス面の広い建築を設計したい」としていたが、別の設計者への設問からは、20-40才の設計者は上の世代より、広いガラス面への志向は弱かった。導入コストと共に運用コストを考慮されるとこれらの方法の採用の状況は変化するだろう。複層ガラス用のサッシの整備、断熱サッシの使用がこれからの課題であることがわかった。

ひとびとの使用したい「地球環境に配慮した建築の方法」

「地球環境に配慮した建築の方法」として、182の方法をあげ、その中からひとびとのとらえかたをたずねた。Fig.1は多くのひとびとが「使用してみたい」ととらえている方法で、採用に移行させやすいと考えられる。これを見ると、一般の消費者が関心をもち、使用したい、としている方法としては、断熱強化の方法が多く見られる。つまり、断熱サッシ、二重サッシ、屋上断熱、屋上緑化があげられていた。

「自然の方法」か「人工の方法」か

「自然の力や流れを重視する方法への志向」が強かったが、地球環境に配慮した方法を断熱性能のいくつかの方法のセットや長期的使用など多面的にとらえている「高性能工法の設計者」は、「自然の方法」とともに「人工の方法を重視する方法」も志向し、(Fig.2) 両者とも重視すべきと考えられた。

地球環境配慮のとらえかた-セットでのとらえ方(多岐にわたる方法の周知は課題)

「地球環境に配慮した建築の方法」を単一の方法でなく、セットでとらえられると、単一の方法の採用より効果的であると考えられる。

「41-90才のグループ」は「20-40才のグループ」より地球環境配慮型

若いグループは全般に地球環境配慮に関する関心や配慮が低く、教育と浸透が必要である。また、設計者の提案は建築での「地球環境に配慮の方法」の決定に大きく関与するので、設計者がこれらの方法を知ることは重要である。

地球環境配慮は住宅についての「とらえかた」の中では重要度の第2グループにある

住宅についての「とらえかた」の中で、「地球環境配慮」は最も重要視される要素ではないが、次に重要視される要素ととらえられている。つまり「断熱、防音、健康ライフスタイル、庭・菜園」に次ぎ、「採光、コスト、運用コスト、部屋の広さ・高さ、間取り、バリアフリー、子どものこと」と同じくらいの重要度ととらえているようだった。

ひとびとのとらえる範囲と地球環境の関係

ヒアリングから、消費者や設計者のとらえる範囲は距離軸でも時間軸でも限られ、地球環境の異常な変化を危惧しているが、日常の生活に結びつかない状況がききとれた。全体を見、人々に示唆を与える何か必要性を感じた。その「何かの」とは、情報であり、人であり、法令であるだろう。

地球環境を配慮した方法の志向

結論

ひとびとは「地球環境に配慮した方法」を重視しながらも、コストや生活の習慣も重視し、とらえかたには「ゆれ」がみられた。

ひとびとは「自然の方法」を好んでいたが、関心を持つ「人工の方法」もある。知られていない方法はひとびとに情報として伝わることが必要である。

志向による「建築での地球環境に配慮した方法」の選択についての傾向があるので試みに示した。

地球環境配慮へのひとびとの「合意形成」と「教育」はこれからの課題である。

「建築の地球環境配慮」の推進には法令などの誘導が必要である。

今後の課題

「地球環境に配慮した建築の方法」については、ひとつひとつの方法の開発とデータの集積とはむろん必要だが、ひとびとのとらえかた(人間の認識のしかたや心理)を基礎とし、論拠とした「方法の選択」や、地球環境配慮行動をひきおこす「ひとびとのとらえかた」そのものが重要と思われるので、「地球環境に配慮した建築の方法」についての人間の認識や心理にかかわる研究がこれから多くおこなわれることが望ましいのではないだろうか。

Fig.1 「技術の内容はよく知っている。使用して設計してみたい方法」の上位6位

Fig.2 「地球環境を配慮した方法の志向」

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、これからの建築における地球環境配慮の方向性を明らかにするために、どのような方法があり、ひとびとはどのようにとらえており、どのような方法がとりあげられやすいか。また、ひとびとのとらえかたに対して建築の専門家はどのように情報や刺激を与えることが望ましいかを明らかにすることを目的としている。同時に、人間の距離軸と時間軸の把握の限界の中で、地球環境をどのように予測、行動、意志決定できるのかについてもとらえようとしている。

その目的のために「一般消費者」、「ある高性能工法で木造住宅を建てた消費者」と「ある高性能工法を採用している設計者」、「設計者」へのアンケートおよびヒアリング調査を行った。

本論文は10章からなる。

第1章では背景と目的、第2章では、方法、用語の定義、本論の構成、第3章では、地球環境配慮のとらえかたを展望し、既往研究を概観している。

第4章では、建築における地球環境に配慮した182の方法について多様な側面から整理を試みた。

第5章では、上記の方法のうち100%の普及が期待される「複層ガラス」と先端的技術で、普及の可能性のある「太陽光発電システム」に焦点を絞り、これらを使用した設計者への調査により、採用決定時点と採用後のそれぞれの方法のとらえかたを中心にみた。

第6章では、現在ある地球環境に配慮した建築の方法についてのとらえ方を、調査より把握し分析した。

第7章では、地球環境配慮についてのひとびとのとらえかたを、住宅についての調査をもとに分析した。

第8章では、建築全般について、とくに地球環境配慮についての設計者のとらえかたについて分析した。

第9章では、ひとびとの環境、建築、住宅についての距離軸、時間軸でのとらえ方の中で、地球環境配慮がどのようにとらえられているか、ヒアリング調査をもとに明らかにした。

第10章では本論全体の結論を述べている。

結果として次のような結論を導き出している。a.建築の運用由来のCO2排出量は建築関連の2/3を、建設由来のCO2排出量は建築関連の1/3をしめ、これらを削減する方法の採用が重要である。b.建築計画段階で必須なのは後の付加や改変がしにくい、「通風、採光の配慮」、「経年変化に対応できる余裕を持った面積、容積、階高、設計床荷重」である。c. 「太陽光発電システム」「複層ガラス」両者とも導入時のコストが普及阻害原因となっていた。「太陽光発電システム」では、自然エネルギー利用、環境教育効果、社会的アピール性が魅力ととらえられていた。d.「地球環境に配慮した建築の方法」のうち、多くのひとびとが「使用してみたい」ととらえている方法は、採用に移行させやすいと考えられる。e.「自然の力や流れを重視する方法への志向」が強かったが、地球環境に配慮した方法を断熱性能のいくつかの方法のセットや長期的使用など多面的にとらえている「高性能工法の設計者」は、「自然の方法」とともに「人工の方法を重視する方法」も志向し、両者とも重視すべきと考えている。f.「地球環境に配慮した建築の方法」をセットでとらえられると、単一の方法の採用より効果的である。g.若いグループは全般に地球環境配慮に関する関心や配慮が低く、教育と浸透が必要である。また、設計者の提案は大きく関与するので、設計者がこれらの方法を知ることは重要である。h.住宅についての「とらえかた」の中で、「地球環境配慮」は最も重要視される要素ではないが、2番目に重要視される要素ととらえられている。i.ひとびとのとらえる範囲は距離軸でも時間軸でも限られ、地球環境を危惧しているが、日常の生活に結びつかない状況がききとれた。全体を見、人々に示唆を与える情報、人、法令などの必要性を感じた。

以上はさらに以下の5点にまとめられる。1. ひとびとは「地球環境に配慮した方法」を重視しながらも、コストや生活の習慣も重視している。2. ひとびとは「自然の方法」を好んでいるが、関心を持つ「人工の方法」もある。知られていない方法はひとびとに情報として伝わることが必要である。3. 地球環境配慮へのひとびとの「合意形成」と「教育」はこれからの課題である。4. 志向による「建築での地球環境に配慮した方法」の選択についての傾向がある。5.「建築の地球環境配慮」の推進には法令などの誘導が必要である。

「地球環境に配慮した建築の方法」については、ひとつひとつの方法の開発とデータの集積は必要だが、ひとびとのとらえかたを基礎とし、論拠とした「方法の選択」や、地球環境配慮行動をひきおこす「ひとびとのとらえかた」そのものが重要と思われるので、人間の認識や心理にかかわる研究がこれから多くおこなわれることが望ましいとした。

以上のように本論文は、建築における地球環境配慮についてのひとびとのとらえかたを実証的に解明し、今後の建築における地球環境配慮の方向性を見いだすことに成功した。

急務とされる地球環境配慮の要請に対応した建築計画学の一つのあり方を提示し、建築計画学の発展に大いなる寄与を行うものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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