学位論文要旨



No 118944
著者(漢字) 翁,佳樑
著者(英字)
著者(カナ) オウ,カリョウ
標題(和) 既存建物の資源蓄積量及び今後の解体材発生量の推定手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 118944
報告番号 甲18944
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5676号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 助教授 清家,剛
 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 助教授 大岡,龍三
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

我々が生活している現在の都市では、豊かな生活を支えるために建築物や道路などの都市構造物を整備・維持すべく膨大な量の建設資材が投入されている。日本開発銀行によると、日本の1990年における総資源投入量は22.8億トンと推計され、そのうち11.0億トンは建設資材であった。また、投入資源のうちの13.0億トンが建造物や製品の形で蓄積されたが、その相当部分は都市内の建築物として蓄積されている。近い将来、高度成長期に大量に建設されてきた建物の老朽化に伴い、大量な解体材の排出が新たなフローを引き起こすことが予想される。建築物から発生する解体材は、廃棄物と認識されてきた一方、考え方を変えれば「資源」と見なすこともできる。もし都市を巨大な資源のストックとみれば、都市に存在する膨大な資源が固定されている既存建物ストックの解体は、廃棄物の排出源としてだけでなく、良質な資材供給源とも見なしうる。しかしながら、このビジョンを支える基盤となる産業は未だに整備されていないのが実状である。

一方、建設リサイクル法が施行され、建築解体材の適正処理が義務づけられている。各自治体が独自の産業廃棄物処理計画やリサイクル推進施策立案に取り組む際に、そうした活動を支える、各地域の特性に配慮したより正確な建築系解体材の発生量予測手法が期待されている。また、静脈物流関連産業についても、新たに中間処理業者を設置する際の設立時点並びに設置場所なども、各近隣周辺の自治体の今後の解体材の発生量及びその需給関係の把握がなければ判断しづらいと考えられる。

以上の社会状況から、地域に適している資源蓄積・解体材発生量の推定手法が経済面・政策面から需要があり、重要であることが示唆される。しがしながら、現在全国レベルで建築系廃棄物の発生量の将来予測は数多く行なわれているが、地域的な推定手法を考案する既往研究はまだ稀である。

例えば、建築解体材の発生量予測に必要となる建築の寿命分布関数に関して、小松らが地域、床面積、構造種類などによって建物の寿命が異なることを明らかにしている。既往研究で得られた各構造別の寿命パラメーターがよく使われているが、使用者が利用する際にその地域に適切な値が得られているのかどうかは疑問が残る。

また、解体材発生原単位に関しては、様々な機関で調査が行われているが、それぞれ調査の方法と使用目的などが異なるため利用する際に十分吟味しなければ適用できない可能性がある。さらに、地域性及び時間ファクター(建設年別)の原単位への影響も考慮されていないのが現状である。

以上の背景を踏まえ、本研究では「地域特性を配慮した既存建物の資源蓄積量及び解体材発生量の手法の開発」を研究の目的とする。

資源蓄積量及び解体材発生量の推定手法の理論(第2章)

第2章では、本研究で開発する推定手法の基本となる理論に関して考察する。ここでは現在既存の資源蓄積量・解体材発生量の推定手法をはじめ、解体材発生量の予測に必要となる建物寿命分布パラメーターの推定方法の理論を考察した。

まず、既存建物の資源蓄積量の推定について、現時点では二つの推定方法があると考えられる。まず、簡易な推定方法としては、建物現存量の数量がもっとも正確に把握されている、総務省「固定資産の価格等の概要調書」を用いて、各構造別建物の現存量を各構造別の資材投入原単位に掛け合わせば、現時点での資源蓄積量が概算できる。しかしながら、この概要調書は、総量だけが把握され、建物の建設年別などのデーターが不明となっている。よって、ストックの質がわからずに総量だけで資源蓄積量を推算するため、結果的には正確な算定結果が得られないこととなる。一方、過去のフロー(着工量)から建物の寿命パラメーターを利用し、ストックの建設年別の構成などもある程度推算できる。しかしながら、この方式では全建物を一つの集団と見なす場合には、推算したストック総量が現存量に比較的に合致しているが、構造別で推算した場合は総量的にかなりの誤差が生じると考えられる。本研究はここで、野城が提案している現存量と新規建設量に基づく建物寿命の推算方式を基礎理論として、各構造別で、推定総量が現存量と可能な限り一致するときの寿命パラメーターを逆算し、それを用いて建設年別建築ストックを推定し資源蓄積量並びに解体材発生量を推定する。

推定手法の関連要因の考察(第3章)

第3章では、本研究で提案した推定手法の概要を述べ、その関連要因について論じる。3章の冒頭に、2章で考察した結果を踏まえて、本研究で提案した手法の概要を示した。その後、推定過程の中の三つの関連要因について、それぞれ本研究の推定手法に対する影響度を考察した。

まずは第一要因の建築寿命パラメーターについて、野城が提案した現存量(固定資産税把握対象量)と新規建設量(建築着工統計の着工量)の比較に基づく寿命推定手法を用い、4つの構造別にケーススターディ対象となる五つの地域に対し、それぞれの最適寿命分布パラメーターを推定した。分析には、コンピュータプログラミングを組み込んで解析を行った。その結果、木造建物の寿命には地域特性が観察された。特に、東京都の40.27年と福岡県の57.20年が、萩島らの調査結果とほぼ一致していることは本手法の有効性を示している。

また、RC造及びSRC造では算出できないケースがあり、本手法のモデル設定の部分に、多くの課題が残されていることを示唆している。さらに、本研究による寿命モデルでの推定値と2002年時点での固定資産税総量との誤差は、既往研究の寿命モデルを用いた場合の誤差よりも合計で82%削減された。この点も、本手法の有効性を示している。

二番目の要因は、原単位に関する検討である。ここでは、よく引用される資源投入系・廃棄物発生系原単位を比較した上で、唯一地域性かつ時系列原単位の変化の考慮がある国土交通省「建設資材・労働力の需要実態調査」データベースを選定することとした。また、原単位の時間及び地域による変化の考慮の効果を、1945年から2002年まで、ケーススターディ地域の躯体材料使用量の算定を通じて検証した。その結果、日本全国レベルで考えた場合、1985年以前で20%〜40%(コンクリート・鋼材)、-10%(木材)前後の変化率誤差があることがわかった。また、地域特性の影響については、北海道を例として、全国値と北海道の数値をそれぞれ代入し、木材については相違がわずかであるものの、コンクリートは1945年から1978年の間に最大で55%、平均的に40%前後の値を保ち、かなり大きな差がみられた。また鋼材についても、1978年以前には常に30%〜40%前後の差異量があると読み取れる。これにより、地域特性が躯体資材使用量にもたらす影響が大きいと考えられる。

三番目の要因は、将来着工量の仮定である。ここで、人口統計データーベースを元に、将来推定人口数と1人当たり床面積を掛け合わせ、得られた床面積を将来必要となる住宅ストックとし、さらに前後のストックの差と除却量の関係で未来着工量モデルAを仮定した。ここで住宅水準については、伊香賀が提案した「2010年までに欧州水準(41.33m2/人)に到達し、その後安定化する」という設定を採用した。このモデルAと3つの簡易な推定法の計4つの仮定モデルを設定した。その4つのモデルで、上記の条件が同じであるときの、それぞれの資源蓄積量、解体材発生量の比較を行った。その結果として、未来の資源蓄積量について、2010年までに着工量が他の3つのモデルより上昇が激しいモデルA、着工量は当然即ストック量として反応するが、解体材発生量方面は2030年までに、すべてのモデルがほぼ同じ状況であることがわかった。これにより、短・中期(5〜30年)の解体材発生量予測には、将来着工量の影響が少ないため、簡易の着工量設定でよいと示唆される。

第3章の最後に、本研究で提案する推定手法を以上の三つの要因から考察した上で、この手法の推定ステップを改めて整理した。本推定手法は、「建築着工統計」や「固定資産の価格などの概要調書」の公表資料データベースから得られる各地域における基本データに基づき、各地域の寿命を推定した上で、建設年別の建物ストック構成を推定し、時間・地域性の特性に考慮した原単位データベースを利用して既存建物の資源蓄積量・解体材発生量を推定する。

地域別資源蓄積量・解体材発生量の推定及びその応用(第4章)

第4章では、第3章で開発した推定手法を用い、ケーススターディの対象となる五つの地域(日本全国、東京都、大阪府、福岡県、北海道)に対し、それぞれの資源蓄積量及び解体材発生量を2030年まで予測した。ここで、分析した結果を総合的に検討し、本研究の手法の有効性を再び検証した。また、各地域に対する個別の討論や、地域ブロックの検討なども、資源循環型社会に向けて非常に意義があると考えられる。また、ここで得られた成果は、将来各地域のリサイクルプラン、施策の制定する際の参考になると考えられる。

第4章の後半に、建設時期による解体材の品質についてもコンクリートの再生骨材への利用を例として述べた。粗骨材の中の砂利・砕石構成比率を一つのインデックスとして、解体後、再生骨材にするときの容易度を表す可能性を提案した。最後に、この推定手法の応用について、いくつかの可能性を提案した。

結論(第5章)

第5章はこの研究の一連の討論及び成果をまとめた。また、今後の課題としては、公表資料を用いて統計的な手法で各地域における寿命分布パラメーターを推定する手法の開発、現実に適している将来着工量の仮定、解体材発生時の品質までも把握できる推定方法の改良など、様々な課題があげられる。

審査要旨 要旨を表示する

重量換算すると建築生産に伴って使用される資源量は、一国で使用される資源量の約半分を工業国では占めている。また、一国で一年間に蓄積される資源の半分は建築としてストックされる。以上のようなことから、建物が「都市森林」「都市鉱山」の中核的な存在であり、そこにストックされた資源を有効に使うか否かが、一国の資源生産性を大きく左右する。従って、既存建物にストックされた資源を有効に活用するための俯瞰的・包括的な戦略を策定する必要があるが、そのためには、既存建物の資源蓄積量、および今後のそれらの除却にともなって発生する解体材発生量を精度高く予測することが不可欠である。このような問題意識から、本論文は、既存建物の資源蓄積量および今後の解体材発生量の推定手法を開発することを目的としたものである。

このような意図をもった予測研究は既に既往例があるが、本論文は以下の点で既往研究にはみられない成果を挙げている。

第一に、現在全国レベルでの建築系廃棄物の発生量の将来予測は数多く行なわれてきたが、これを地域的なレベルで推定する手法は確立していなかった。本論文は、地域別の資源ストック量、及び除却に伴う解体材発生量を推定する手法の開発を試みている。具体的には、建築寿命パラメーターについて、野城が既往研究で提案した現存量(固定資産税把握対象量)と新規建設量(建築着工統計の着工量)の比較に基づいて寿命推定手法を用い、四種の建築構造別・五つの地域別(日本全国、東京都、大阪府、福岡県、北海道)に寿命分布パラメーターを推定している。得られたパラメーターは、現実のストック量の推移を説明しており、パラメーター推定方法の精度の高さを示唆している。

第二に、本論文は、資源投入量原単位や、膨大な統計データを収集しその矛盾点・整合性を精査し、そのうえで資源投入量原単位の推定を試みている。このような粘り強い分析・推定作業は、その結果に対して高い信頼性を与えている

第三に、本論文は推定した手法を用いて、五つの地域別(日本全国、東京都、大阪府、福岡県、北海道)に、ストック量及び解体材発生量を試算をしている。このような試算結果は、既往研究には類似例がなく、地域別の資源のマクロバランスを検討するうえでの貴重な知見を提供している。特に、コンクリート骨材の長期的な需給見通しについての検討は秀逸であり、

本論文は以上のように、重要でありながら、高い予測精度が得られなかった課題について、データの整合性・矛盾に着目しながら推定を進めた労作であり、本研究で開発された、資源ストック量と将来の解体材発生の予測モデル・手法はさまざまな地域での応用・適用が可能であると考えられる。よって、その学術的意義の高さと、社会的意義に鑑みて、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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