学位論文要旨



No 118948
著者(漢字) 周,穎
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,イン
標題(和) 看護動線に基づいた急性期病棟の建築計画に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 118948
報告番号 甲18948
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5680号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

近年、病棟建築を取り巻く状況が大きく変貌した。まず、2001年の第4次医療法の改正により、一般病床と療養病床が区分され、急性期と慢性期の患者の病状に相応しい建築環境とケアの提供を目標としている。医療施設における急性入院医療の重要性を考えて、本研究は急性期病棟を対象にした。また、急性期病棟における、入院期間の短縮に伴って、重症患者の数が増加した。増えつつある重症患者に対応するため、病棟構成の見直しによるHCU病棟が採用された。さらに、医療情報化の推進、個室化、療養環境の向上、疾病構造の変化、高齢化の進展、医療器機の進歩などによって病棟の環境は激変した。

病棟建築計画に言及した研究には、大別して、看護作業の効率に着目して看護作業環境の向上を求めるものと、患者の生活に着目して療養環境の向上を求めるものがある。特に、病院といえども救命の緊急性や仕事の能率、運営の採算性から、必然的に合理化や省力化を迫られることになるので、医療提供者の視点から、合理的で効率のよい計画のための研究は最初から多く行われてきた。また、看護動線調査に基づいた動線や平面の合理化によって、患者サービスを向上させ、職員の負担や運営費用を軽減することができるので、病棟平面設計の指針を得るため、50〜80年代に看護動線調査をもとにした病棟計画研究が多く実施されてきた。

しかし、これらの看護動線調査に基づいて作られた病棟平面設計の指針が、医療施設の再編成した後の急性期病棟にも適用可能なのかという点にも疑問がある。特に、急性期病棟の一般病棟とHCU病棟において、収容患者の状況や看護業務の実態、適切な看護単位の規模、平面計画のあり方に関してはいまだ不明な点が多い。そこで、急性期病棟における重症患者への建築的対応、看護単位の適正規模、看護拠点のあり方などは計画上の差し迫った問題となっている。さらに、「1病床あたり病棟面積の拡大は、現状の制度の下で行われている看護作業の限界に近づいている」と指摘されたので、看護作業環境の改善も病棟建築計画の研究課題の焦点となっている。このように、急性期病棟に関する看護動線調査と研究は、改めて見直さなければならない状況にあるといえよう。

以上のような背景のもと、本論文では、急性期病棟において、観察調査・アンケート調査・ヒアリング調査をとおして、看護動線の現状を把握するとともに、既往研究との比較による考察を行い、看護動線の経年変化とその原因を明らかにし、問題点を発見し、看護しやすい環境のあり方を建築計画的視点から提示していくことを目的とする。主な研究課題として(1)急性期病棟が取り扱う患者の状態を捉え、これらの患者に対して既往研究との比較的な視点を含めて看護動線の実態の把握と、看護動線への施設的対応についての考察、(2)急性期病棟における増加しつつある重症患者への建築的対応について考察、(3)入院期間の短縮や病棟面積の増加・個室化・医療IT化・新たな看護方式による看護動線への影響についての考察と問題点の発見、(4)看護環境の改善の建築的な解決策として看護拠点のあり方や看護単位の適正規模の提案と考察、を設定した。

上記の課題を踏まえ、本論文は下記の6章によって構成されている。

序章は、上記のような研究背景・研究目的・研究方法・既存の動線研究の概要・調査方法・用語の定義などを述べている。

第1章では、4つの一般病棟での看護動線観察調査と典型的な看護動線のヒアリング調査をとおして、看護作業と看護動線の実態を把握するとともに、既往研究との比較によって看護動線の変化を明らかにする。さらに、患者属性諸因子や看護方式・業務分担など諸要素による看護動線のへの影響について考察を加え、看護動線への施設的対応の問題点を発見し、計画上の示唆を探索する。

第2章では、一つのHCU病棟での看護師の行為を観察し、実態の把握や問題点の発見を行い、HCU病棟の看護動線の特性を明らかにし、いくつかの考察と示唆を提示する。また、HCU病棟は、従来のHCU病室とは異なる看護方針や空間形態を持つことから、HCU病棟が登場してきた背景・HCU病棟の管理者の考え方・HCU病棟とHCU病室の使われ方や看護作業の相違を分析する。

第3章では、看護環境や看護体制の激しい変革の背景の下で、病棟空間で展開されている看護様態により良く対応するため、アンケート調査を通して、看護スタッフという利用者の立場から病棟平面に対する評価と評価指標を得る。看護動線観察調査のデータを用いて、個室化・PHCシステム・SPDシステムを基にした分散型廊下収納方式による看護作業と動線への影響を明らかにし、アンケート調査に基づいて電子カルテシステムによる看護作業への影響を明らかにし、相対的評価を与える。

第4章では、前の三章を総括し、看護動線の経年変化の原因を解明するために、看護動線に影響を与える病棟平面的要素、患者的要素、運営的要素、看護師的要素を抽出し、客観的観察調査と主観的アンケート調査の結果を照りあうことによって、それぞれ要素の変化による看護行為と看護動線への影響を明らかにする。また、病棟平面の変遷や、 医療IT化からもたらされた病棟平面の今後の可能性について考察を行い、患者状況にふさわしく看護しやすい看護拠点のあり方を検討する。さらに、シミュレーションによって、看護単位の小規模化にもたらす看護動線の変化を明らかにする。

第5章では、以上の研究結果を踏まえ、既往研究で示された指針との比較をおこない、今後の病棟計画への提言を試みる。

以下に本論文の主な結果を総括する。

既往研究で示された指針との比較

看護動線とスタッフステーションの配置

依然として病室とスタッフステーション(以下、SS)、病室相互間の移動が激しい。SSと病室間の距離が看護師の移動距離に影響を与える重要な要素となっている。病室からSSへ移動の目的が物品・情報の授受であることから、病室の近くで物品や情報が入手できるということは、移動距離の短縮の決め手となる。IT化や医療技術の進歩が存在しても、「人の手で看護する」という最も基本的な点は変わらないという点が確認できた。そして、相変わらず、SSの位置は、患者ベッド群の重心にあることが望ましい。これらの看護動線の最も基本的な部分は既存研究と一致している。

患者の変化と個室化・IT化に対する対応

患者の高齢化や要観察患者の増加につれ、看護間接業務の増加が見られる一方、観察しやすいことや直接看護の充実が望まれる。

個室化に伴い、看護動線は長くなっており、看護観察をしにくくなっている。また、処置は病室内で行なわれるケースが多くなっているので、処置室とSSの近接の必要性が薄くなっている。

医療ITの導入は看護の間接業務の省力化に貢献できるはずであるが、逆に看護スタッフに間接業務の負担がかかってしまう場合もみられる。また、看護師の病室滞在時間の割合の増大は見られないという事実から考えると、「直接看護」の充実の問題はやはりIT化のみでは大きな改善は望めないと思われる。一方、看護拠点のあり方の改善や看護単位の小規模化は依然として「直接看護」の充実の主要手段であると考えられる。

新たな問題点

病棟面積の増加(80年代の調査病棟は1看護単位約1000m2、本調査病棟は1看護単位約1700m2)や個室化につれて、場所のわかりやすさが乏しく、全体的に観察しにくい病室が多く、物音を把握しづらいようになっているということがわかった。

要観察患者の増加に対応して、「直接看護」の充実度を示すと思われる看護師の一日の病室滞在時間の割合は既往研究より多いとは言えないことが問題である。さらに、夜勤看護師数の減少の一方で、要観察患者の割合の増加しており、病室総訪問回数と滞在時間が減っている結果となっていることも問題である。

病棟平面計画への提言

重症患者への対応

病棟における重症患者の割合の増加に対して、まず計画の初期の段階で、収容患者の状況を分析し看護への需要を配慮した上で、運営や看護の人力資源の効率性を含めて病棟の全体の仕組みを考えなければならない。一般的には従来の診療科別に症度別を導入した病棟構成は効率的だと言えよう。また、病棟にいる重症患者の割合は病棟平面の配置に左右されることになるので、平面計画にあたっては十分に配慮する必要がある。さらに、急性期のHCU病棟と一般病棟の看護単位の適正規模や看護拠点のあり方を真剣に検討すべきである。

HCU病棟・緩和ケア病棟を設置しても、内科の一般病棟では終末期患者が5〜6名いるので、一般病棟でもターミナルケアに対して十分に配慮する必要がある。

物音の把握

本調査では、物音による患者状況の把握は看護観察にとって重要であるということが分かった。SSで作業しながら物音が聞こえるのはSSの境界から15mの範囲であり、その範囲内に病室を配置することが望ましい。

看護単位内の看護環境の改善

より行きとどいた看護を目指し、看護師の負担軽減による「直接看護」の充実を図るために、SSとすべての病室の距離が短いことが望まれる。具体的に検討した結果、ついに看護拠点の分散化と看護単位の小規模化なしには、看護環境の大きな改善が望めないという結論に至った。

まず、現状の看護単位の規模の下で、看護しやすいため看護拠点のあり方についての工夫が望まれる。急性期病棟、一般病棟についても、将来に対応しやすいように、病棟平面が「病室中心」型にしたほうがよい。HCUの看護単位は小型化を進めるべきである。大規模のHCUは、「病室中心」と「分散型看護拠点」の組み合わせ型あるいは「病室中心」型平面が対応すべきであろう。

また、看護単位の小規模化は、看護動線の短縮に役立つことが明らかになった。シミュレーションでは動線上は1フロア4ユニットかつ24床1ユニットのモデルが最も能率的な平面モデルとなり、1床あたりの病棟面積はあまり変わらない。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、急性期病棟における観察・アンケート・ヒアリングの調査を通して、看護動線の現状を把握し既往研究との比較考察を行って看護動線の経年変化とその原因・問題点を明らかにし、看護しやすい病棟環境のあり方を建築計画的視点から提示することを目的としている。

本論文は、序章ならびに5章より構成される。

序章では、研究の背景・目的・方法、そして既往研究の概要、用語の定義などを述べている。

第1章では、一般の4病棟での看護動線観察調査と典型的看護動線に関するヒアリング調査を通して、看護作業と動線の実態を把握している。さらに、これらを既往研究と比較し動線の変化を考察している。また患者属性の諸因子や看護方式・業務分担など諸要素の看護動線への影響について考察を加え、その施設的対応上の問題点と計画上の示唆を行っている。

第2章では、HCUの1病棟での看護行為観察・実態把握を行い、HCU病棟の看護動線の特性を考察し、いくつかの示唆を提示している。また、HCU病棟が登場してきた背景、その管理者の考え方、ICU病棟との使われ方の相違を分析している。

第3章では、看護環境・体制の激しい変革の下で病棟で展開されている看護業務をアンケート調査を通して、看護スタッフの立場から病棟平面に対する評価とその指標を得ている。看護動線観察調査のデータを用いて、個室化・PHCシステム・SPDシステムを基にした分散型廊下収納方式導入の看護作業・動線への影響、アンケート調査に基づく電子カルテシステムの看護作業への影響を明らかにして相対的評価を与えている。

第4章では、以上の三章を総括し、看護動線の経年変化の原因を解明するために、動線に影響を与える病棟平面的、患者的、運営的、看護師的な各要素を抽出し、客観的な観察調査と主観的なアンケート調査の結果を比較することによって、それぞれ要素の変化の看護行為・動線への影響を明らかにしている。また、病棟平面の変遷や IT 化がもたらすであろう病棟平面の今後の方向性についての考察を通して、各患者の状況に合わせた看護がしやすい看護拠点のあり方を検討している。さらに、モデル平面に対するシミュレーションによって、看護単位の小規模化が看護動線にもたらす変化を明らかにしている。

第5章では、結論として、以上の研究結果に基いて既往研究で示された指針との比較を実施し、今後の病棟計画への新たな指針の提言を試みている。すなわち、看護動線とスタッフステーション(以下 SS と略)の配置については依然として相互間の移動が激しくこの距離が移動距離に大きな影響を与えること。病室の近くでの物品・情報の入手は移動距離短縮の決め手となること。IT 化や医療工学技術の進歩にも拘わらず「人の手による看護」の基本は変わらないこと。患者の高齢化重症化に伴って間接看護が増加する一方で観察の容易さや直接看護の充実が望まれること。個室化に伴い看護動線は長くなり観察を困難にしていること。病室内処置の増加で処置室と SS の近接性は薄くなったこと。間接看護の省力化に貢献するはずの医療 IT の導入は逆に看護間接業務の負担を増やしていること。看護師の病室滞在時間割合の増大は見られないことから直接看護の改善には IT 化のみでは貢献できないこと。一方で看護拠点の分散化や看護単位の小規模化は直接看護の充実の主要な手段になりうること。病棟面積の増加や個室化に伴って全体的に観察しにくい病室が増え、物音を把握することが重要性を帯びてきたこと。などである。

以上のように、本論文は現代の急性期病棟の諸問題を実態観察と分析を通して考察し, 今後の病棟計画に対する基本的な知見を示し、建築計画学の発展に大きな寄与したものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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