学位論文要旨



No 118951
著者(漢字) 白,龍雲
著者(英字)
著者(カナ) ベク,ヨンウン
標題(和) ショッピングモールにおける回遊性の変容過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 118951
報告番号 甲18951
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5683号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 助教授 千葉,学
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
内容要旨 要旨を表示する

20世紀中盤からの商業施設の数 、または型の展開する早さは過去には前例がなかったように思われる。しかしこのような驚異的な成長と、実生活の中で建物に接する機会が多く与えられる実態にもかかわらず、あまり人々の注意を喚起しなかった。一方、そのように接する機会の多い商業施設の中で、アメリカで50年代中盤以後から作られてきたモールの多様性や、新しい展開とデザイン傾向は商業施設の中でも研究の価値があると思われる。さらに、早い時期から買物客が回遊することが計画されてきたモール空間の多様な変容を把握することにより、近年、重要視され始めた余暇時間を楽しめるような条件を満たす商業空間計画に対しての重要な示唆を与えると考えられる。

研究の目的

ショッピングモールの考案者とも言われているビクター.グルーエンは周囲と分離する手法をモール計画に用いる。グルーエンは水平分離されたモール内部で、顧客が目的とする核店舗が作り出す徒歩の流れの中に、必ずしも目的としない専門店をおくことにより、モール内の場所に関係なく専門店に引きよせられるように核店鋪と専門店を配置計画し、顧客がモール空間をできるだけくまなく歩いてもらうための回遊性の平均化を計画した。

一方、そのような原則により計画されたモールについては早い段階から閉鎖的な空間だという批判も強かった。このような批判に答えるかのように、グルーエンが打ち出したモール計画と違うオープンモールが計画された。また、そのようなモール空間の変容は、それと関係して計画された回遊性の変容ももたらしたと推測できる。

しかし、モールについての先行の研究の主な内容は立地条件により郊外の閉鎖的なモールが都市に移植されるにつれ、周辺と関係をもつ開放的なモールに変容したとする説明であり、モール空間の変化と関係する回遊性の変容についてはふれていない。そこで本論文の目的は、グルーエンにより打ち出された回遊性の平均化手法がその後、どのように変容したかを追跡し、その意味を問うこととする。

また、そのような一連のモール空間の変容を把握することにより、ヴェンチューリ以後、定義される外部のイメージの多様性が求められる商業空間についても考えることにする。

論文の構成

論文の構成は全4章として構成され、各章の内容は、

第1章では研究の目的、背景、本研究と関わる商業空間、モールの発生過程、論文の構成、研究対象を記述する。

その中、本論文と関わる商業空間の事例では、ローマ時代の商業空間であったフォールムの空間変容の一部を引用し、モール空間の回遊性の変容と関係し、あるいは既存の商業空間に求められる外部イメージが持つ「多様性」の追求が実際に商業空間に「多様性」をもたらしたかを考察するための判断資料とする。

モールの発生過程ではしばしば、モールがアーケード(ガレリア)と空間特徴が類似していると指摘されることからアーケードに対して行われた先行の研究内容と照らしてみて、モールがアーケードとは違う計画原理を持っていることを指摘するとともに、最初の屋根付きモールである1956年のサウスデール以後の展開を簡略に記述した。

また、研究対象ではグルーエンにより提案されたモール計画手法-周辺環境からの水平分離、核店鋪と専門店の2つの要素で構成、核店鋪と専門店の配置計画-の中、モールを核店鋪と専門店という2つの要素で構成する手法に注目し、核店鋪と専門店で集積された単体の商業空間をモールと定義し、研究対象選定の基準を明記した。

第2章では。先行のモール研究が指摘するように郊外とか都心という立地条件により、モールが変容したとする原因ではなく、モールの変容が人の遭遇あるいは回遊と関係するものであったことを突き止めるために、空間における人の遭遇あるいは回遊を究明する手法としてBill Hillerらにより提案されたSpace Syntax理論を利用した。

特にSpace Syntax理論の中、建物はアクセスと、空間同士の連結程度の組み合わせとしてとらえられるContinuum 仮定によれば、この時奥行という概念が生まれ、遭遇あるいは回遊を記述することができると指摘したことから、本研究でも、このContinuum仮定を応用するために、アクセスと連結程度を2つの軸としてモール空間を8つに類型化する。

一方、類型化された8つのモール空間を奥行概念と照らしてみれば、変容過程の最初の段階から現われる周囲と水平分離されたモール空間が奥行が深くなる類型で、その次の段階に確認されるオープンモールは奥行が浅くなる空間と言うことができ、モール空間の変容が人々の遭遇あるいは回遊と関係し、行われたことが推測できる。

しかし、浅い奥行を示すオープンモール以後もある程度閉鎖的で、またある程度奥行を持つモール空間が展開されることについては、説明できないことから、次の分析段階を設け、その理由を考えることにする。

第3章では2章で究明したモール空間の変容原因である回遊と関係し、いろんな建築理論家から人の歩くことと関係し定義された空間を把握し、把握された空間を球心型、遠心型、並列型、複合型の4つの回遊空間として類型化する。

さらに、類型化された回遊空間を2章で整理した8つのモール空間と比較し、時間の流れと共にモール空間が回遊空間としては求心型から遠心型、並列型、複合型の変容過程を辿ったことを考察する。

また、そのように把握された回遊空間としてのモールの変容過程をRomedi Passiniが著「Wayfinding in Architecture」で定義する空間から得られる3つの知識-建物への直接的なアクセスと関係し確実性を与える感覚知識、外部に入口がすくない建物のようにその空間に対して以前経験の有無と関係する記憶知識、記憶知識と感覚知識の両知識を同時に活用される空間から得られる推論知識-とそのような知識で人々を楽しませる探検的な空間を創造するという概念を利用し、モール空間の変容が持つ意味を解釈することを試みる。

つまり、2章と3章で行う一連の分析過程を通じて、水平分離されて奥行が深いモールから1970年代から見られる奥行が浅いオープンモールへの展開が人々にもっと自由に回遊できる空間を創造する変容過程だったと指摘できるならば、オープンモール以後展開されるある程度閉鎖的なまたはある程度奥行を持つモール空間の現われが人々に回遊は勿論、空間を探検させる楽しみを与えるための変容過程であったことが指摘できる。

第4章では3章までに分析したモールの変容過程とその変容が持つ意味をもとに、ヴェンチューリがラスヴェガスのサイン化した看板建築を観察して以来定義された「建物の外部はシンボル性を、内部は機能性を担う」という概念が、実際に商業建築計画に応用され、商業空間計画に多様性をもたらしたかということについて一連のモール空間の変容過程に照らし合わせて考える。

それは、グルエンにより提案された周囲と分離された外部が無表情なモールはもちろん、モール空間の変容過程で見られる来客の注意を引き寄せるために外部を最大限拡大された店先で計画し、来客に歩行路が容易に把握されるオープンモール、あるいは人々に空間を楽しめるようにさせるモール空間が、モールの外部をシンボル性のために計画されたとは思われないことから、ヴェンチューリ以後定義される概念が必ずしも全ての商業建築の計画には応用されてはないことが指摘できるからである。

一方、ノルベルグ・シュルツが定義する作品化の定義(setting-into-work)-空間の祖型が同一性を失わずに組み合わさり、相互作用を含んで変型する過程-に照らしてみても解釈できる回遊空間としてのモールの変容過程はローマ時代の商業空間であるフォールムの一連の変容過程からも確認出来ることから、モール空間で見られる変容過程が、実は商業空間においては一般的に見られる変容過程である可能性もあることを指摘する。

結論

本研究では周辺と水平分離された閉鎖的なモールが、その後どのような変容過程を辿ったかを追跡した。その変容過程は回遊を規定する空間から人を回遊させる空間へと変容する過程であったとも言えるし、また人々に探検を促す空間への変容過程だったとも言える。

それは、単純に郊外だとか都市部といった立地条件に合わせモールが変容してきたとする先行研究の主張とも異なったし、また、商業建築の外部を観察し、モダニズム以後その力が弱くなった外部領域でのシンボルが持つ重要性を回復させるとする一連の試みとも違った。すなわち、モールの変容過程では建物の内・外部で、シンボル性とか機能性というようにその役割が分けられることを示さない。

また、このようなモール空間の変容過程から見られる商業空間が持つ特徴こそ、むさ苦しい正面を持つ商業建物とは違って、歩行者が回遊しながらショッピングを楽しんだり、アメニティ豊かな商業空間を創出する要因になるとも指摘できるかも知れない。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、20世紀に劇的な発展を示した商業施設の中で、ことに一般人が利用、滞在する機会が多く公共性の高いショッピングモールに注目し、その空間構成が1950年代以降半世紀にわたって遂げた変容の実態とその要因を明らかにしようとするものである。

論文は 序および4つの章から構成される。

序では研究の背景と目的、研究方法と論文の概要などを述べている。

第1章では研究に関連する商業施設を歴史的に概括し、古典古代のアゴラ、フォールム、19世紀以降発展したアーケード、デパート、モールについてそれぞれの建築的特徴をまとめている。また、研究の対象となるモールの事例の選択基準とリストを示す。

第2章ではモールに関する既往研究を概観し、問題点を指摘した上で、新たにモールの変容過程を十全に説明するための分析方法を提案、事例分析の結果を明らかにする。

モールの変容に関する既往研究では、その原因として郊外から都市部へ立地が変化したことを挙げる説、モールの内部構成に見られる基本形が複合化する過程と捉える解釈などがある。こうした説では、郊外モールのオープン化、モール外部のアクセスの違いなど重要な変化を説明できないとする。代わって、外部からのアクセスと内部における空間単位相互の連結の方式、連結程度が回遊性を規定する上で重要と考える立場から、アクセス形式と連結程度によってモール空間の類型を整理する。結果、四つのアクセス形式と三つの連結程度が確認でき、それらを組み合わせた12通りのうち8つの類型が実際に存在することが確認する。

つぎに、奥行概念によって利用者の遭遇程度を検討し、50年代以降のオープンモール化の過程が、利用者の遭遇あるいは回遊と関連する、建物と周辺の関係というファクターに対応していることを明らかにする。

第3章では、前章で論じた周辺との関係に基づいた変容過程の説明では不十分な事例があることから、既往研究を踏まえ回遊空間の4つの形式を整理し、モールの変容が求心型から遠心型、並列型、複合型へと変化する過程であることを明らかにする。

さらに Passini の環境知識の分類ならびに Shurtz の作品化の概念に基づき、モールの変容過程が探検的空間を創造する行為であるとともに、作品化の過程として解釈できることを示した。

これと合わせ、商業施設が Venturi 以後一般化した外部のシンボル性を回復するような変容を遂げた過程とは異なる変容過程であったことを指摘している。

第4章では、上記の分析を考察した結論として、20世紀後半に遂げたモールの劇的な変容が、回遊を規定する空間から利用者が積極的に回遊できるような空間への変容であったこと、モールが他の公共的な施設と異なる内外部の編成形式を備えた独自の建築型となったことを明らかにした。

以上のように、この論文は、商業施設としてのショッピングモールが一般市民の生活の中に定着し、空間の回遊を通し他者との遭遇を日常的に可能とする開かれた公共の場へと変貌してきたことを実証するとともに、今後の公共的な空間の計画・設計のための一つの指針を示した。また、人の回遊と遭遇、探索行動を評価する既存の方法を、改良、総合し、商業建築という限定はあるものの建築の実態に即した分析、評価が可能となる方法を提案し、その適用可能性を実証した。このように、本論文は、建築の設計論において新しい知見を示し、さらに計画学的な研究方法の改良を行なったものとして、この分野における発展に寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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