学位論文要旨



No 118952
著者(漢字) 葉,暁健
著者(英字)
著者(カナ) ヨウ,ギョウケン
標題(和) 西インドのハヴェリーにおけるオープンスペースネットワークの構成に関する研究
標題(洋) A Study on the Formation of the Open-Space Network of Havelis in Western India
報告番号 118952
報告番号 甲18952
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5684号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 加藤,道夫
 東京大学 教授 藤井,明
 東北文化学園大学 教授 武澤,秀一
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、インド西部の砂漠都市に建設された、伝統的な中庭住宅−ハヴェリーにおけるオープンスペースネットワークの構成に関する研究である。全体の構成は以下の通りである。

概要:研究の背景、目的、対象、基本概念と方法

インド建築に最初に注目したのは、インドを代表する建築家チャールズ・コレアの建築におけるオープンスペースに関する研究である。チャールズ・コレアが、さまざまな創作の中で現代建築思想とマンダラという伝統文化、宇宙観を融合することにより、新しいインド現代建築を作り上げることに感銘を受けた。

今まで、インドの古典的、記念碑的な建築の形態、構成に関する研究は数も多い。しかし、住宅の空間構成に関する研究はあまりなされていない。住宅のオープンスペースに着目すると、インド人の生活様式や社会の伝統的な構造が直接反映していることが認識でき、都市形態の構成との間に関係づけるところを研究動機としている。

本研究では、オープンスペースの特徴から、社会的な側面に至るまで、総合的にハヴェリーを考察し、オープンスペースネットワークの構成を明らかにすることが目的である。

ハヴェリーは、インドの伝統的な中庭住宅である。古くは、中世商人の邸宅であったが、その後、地元の官僚、中産階層の邸宅として普及し、現在では一般庶民に至るまでインド、パキスタン内で、幅広く存在している。

本論の研究対象になるハヴェリーでは、ラジャスタン州の都市ジャイサルメル、ジャイプル、ビーカーネル、ブンディ、シェカワティ地域に1705年から1898年までに建設されたハヴェリー15例を主対象として、研究分析した。研究地域はインド西部、ターラ砂漠区域の都市とし、ラジャスタン州、グジャラート州とパンジャーブ州の一部をカバーし、パキスタンへと伸び、インド建築を代表する区域である。

ハヴェリーのオープンスペースの分析に際し、空間的な特性と形式、社会的な特性、物理的な特性を考慮した上で、ハヴェリーの中で空間組織と社会機能における重要な意味を有するメインオープンスペース特性、外部と内部の間の過渡的な空間であるセミオープンスペース特性、内部空間と外部空間を直接に繋ぐサブオープンスペース特性という概念を提示、使用した。また、ハヴェリーのオープンスペースを分析するため、部分的な構成要素から始める。

ヴァストゥパラダイムから見るインド伝統的な建築空間構成

第二章では、インドの伝統的な建築空間理念を反映するヴァゥトゥプルシャ・マンダラから、インドでの建築形成における深層的な構造を理解する。ヴァゥトゥプルシャ・マンダラは人(ブラフマー)を中心とするインドの伝統的な建築空間理念を反映しており、インドでは都市構成から、寺院、住宅に至るまで、ダイヤグラム固有の特性に従って空間をマンダラと呼応させながら配置してきた。

次に、インドの都市発展に大きな影響を与えたインダス文明の中で、モヘンジョ・ダロの住宅を考察する。現在パキスタン領内でインド都市の原点と見られるモヘンジョ・ダロからは、インド中庭住宅の原型を見出すことができる。今日のインド住宅と同じように、中庭を中心とした居住空間を確保する。しかし、都市全体として見て、共通の広場などの公共空間が作られなかったことから、住宅は社会とのつながりが希薄であったと言える。中庭は家族の閉鎖的なアクティヴィティにとって重要な空間である。

エレメントスケール:ハヴェリー建築空間の構成

“エレメントスケール”では、ハヴェリーのオープンスペースネットワークの形成に関する重要な構成空間の特性と意義におけるオトラ、ポリ、ドルヒ、チョックとジャロカーなど重要な構成要素の空間特性と形態による分類して分析した。

メインオープンスペース特性は、チョック・中庭空間である。ハヴェリーの中心であるメインチョック、屋上テラスと連接するアップチョック、裏でサービス機能を有するリアチョックに分類できる。またマハール・ホールの吹き抜け空間のような内部空間は、メインオープンスペース特有の性格であり、インターナルチョックと分類した。

セミオープンスペース特性は、ジャロカー(張り出し窓)、バルコニーなど部屋と連続している空間と、チョックに接する廊下、回廊などの部分的な開放空間がある。

サブオープンスペース特性は、ハヴェリーの内部と外部を直接繋ぐ空間で、オトラという玄関前に設けられるプラットホーム状の空間である。ハヴェリーの住人にとっては座る場所、休憩する場所、友人と会話する場所になる。ここは重要な屋外活動の場所として、社会とのコミュニケーションを強調する。

ポリはオトラからチョックに入る前に、セミオープンスペース特有の過渡空間であり、外部と内部をつなぐ空間である。ラジャスタンでは、メインエントランスがドルヒと言われており、内部に進入する概念を強調することが分かった。

ハヴェリーでは、生活習慣に応じて様々な部屋があり、主に男性用の部屋(マハル・ホールなど)、女性用の部屋(ゼナーナ)で分けられる。ゼナーナはイスラム建築を通じてインド建築に影響を与え、宮殿中で女性専用の領域を形成し、ハヴェリーでは既存の女性専用領域をさらに強化した。

ユニットスケール:ハヴェリーオープンスペースネットワークの形成

ユニットスケールでは、ハヴェリーのオープンスペースネットワークの形成を明らかにする。分析方法は、CGにより各空間要素を表現した三次元的なコンセプト空間模型と、各空間要素に具体的な機能を付加したインタラクションマップである。

三次元的なコンセプト空間模型は、空間要素の中でオトラ・サブオープンスペース、チョーク・メインオープンスペース、ジャロカー、回廊(廊下)・セミオープンスペースという要素をハヴェリー全体の中に位置づけることに重点を置いて作成し、オープンスペース全体との関係を考察した。

インタラクションマップは、コンセプト空間模型による空間要素と合わせて、ハヴェリーのオープンスペースの全体的な空間構成を解明する。ドメインとセル、エントランスとノード、パスと方向性といったエレメントを表示する。ドメインは質的な限定を受けた区域である。そのドメインの中で空間キャラクターが相違している区域、ジャロカー、インターナルチョックなどを、セルと設定する。パスは、各ドメインを連結する動線である。これは、各要素間の内部的な動線でもあり、外部からのアクセスでもある。方向性は、階段を登る時、ハヴェリー外部から内部に進入する時に表示した。

エントランスは、動線から各ドメインに進入できるという意味でノードとして表示する。ドメイン内部にセルが存在する場合は、パスを延長し、新しいノードが形成される。

その構成を見ると、チョックは、プライバシーを保護することが中心的な役割であり、動線空間のコアとしても利用されている。グラウンド・フロアでの動線は、入口からチョックを中心として展開し、上層へ行くと回廊によって各部分領域に進入する発散的構成と、部屋の内部連絡をする求心的構成が見られる。これは、個人、社会、労働のための要求に対する空間の性格を示す一方、プライバシーに関連して、フロントゾーンとリアゾーンとを分ける社会的な意味を持つことが分かる。

ディストリクト・スケール

ディストリクト・スケールでは、ラジャスタン代表的な都市、ヒンドゥー教の都市理念により計画されたジャイプルと自然発生的に形成されたジャイサルメルを分析対象とする。ジャイプルの街並み、ジャイサルメル城塞内のロイヤル・スクェアと城下街内のパトウストリートにおけるハヴェリーのオープンスペースネットワークをディストリクト・スケールで展開して分析する。

ジャイサルメルでは、チョックという開放空間、公共的な広場が点在し、これが道路と連接することで、自然発生的に街路空間が形成された。ジャイサルメルの城塞の中心ロイヤル・スクェアは、社会の活動と市民の活動の主要な場所になっており、キングパレス、ゼナーナ宮殿、お寺など、それぞれの性格と機能を持つ建築と接する。その際、ジャロカー、オトラなどの境界空間を介して、ハヴェリーのオープンスペースの構成と似た都市形態を形成した。

ロイヤル・スクェアは、城塞全体のスケール見れば内部のメインチョックであり、各周辺宮殿、ハヴェリーから見ると、外部で共有する都市広場(チョック)である。これは、ハヴェリーのチョックとは違う段階でヒエラルキー的なネットワークを形成する。

パトウハヴェリーが位置するパトウストリートは、ジャイサルメルの代表的な通りである。オトラとジャロカーは、ハヴェリーと外部を連接する境界空間として機能し、公共領域での豊かなコミュニケーション空間となって、内部領域が外部に拡張していくという構成上の特徴がある。街は、外部共有するオープンスペースになって、都市空間を形成する基本的な要素になる。

ジャイプルは、グリッド状の街路パターンで構成される。主要通りの交差部分都市的なチョックは、公共的な休憩、初祭の場所として、人々の都市活動の核空間である。ジャイプルの住宅の基本型は、中庭式住居-ハヴェリーである。ハヴェリーの空間構成は、チョックを中心とする水平と垂直的に展開し、グランドフロアの街に面する部分では、売店、工房として併用される。

その上、大通りから展開している小通りの両側にも、同じようなチョックを有する中庭住宅が配されている。そのようなチョックを中心とする厳密に複雑な多層構造の空間は、ジャイプルのオープンスペースネットワークの重要な特徴であることを明らかにする。

結論

以上の分析により、ハヴェリー内のオープンスペースの構成における特徴が明らかになった。ハヴェリーのオープンスペースは水平的、垂直的、または水平垂直的に空間を変化させている。チョック性を有する多様的なメインオープンスペースは空間構成の中心である。

ハヴェリーのオープンスペースは三層構成であり、男性が主に利用するフロントゾーン、女性が主に利用するリアゾーン、それらの間に位置するチョックの連接空間から構成される。フロントゾーンとリアゾーンは動線的には分かれていても、ジャロカー・セミオープンスペースを介して、空間的に連続していることが明らかになった。

ハヴェリーのオープンスペースネットワークはプライバシーの概念に基づき、チョックを構成の中心として、またジャロカー・セミオープンスペースを空間的境界として位置づけ、フロントゾーンとリアゾーンを総合的に配置した空間構成であることが明らかになった。また、ハヴェリーのオープンスペースネットワークの構成は、インド西部の砂漠都市レベルに至るまで、空間構成上の共通性を見られることが明らかになった。

(左).コンセプト空間模型

(右).インタラクションマップ

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、インド西部の砂漠都市に建設された伝統的な中庭住宅ーハヴェリーの空間構成において、屋外的な場所であるオープンスペースがはたす主導的な役割を解明しようとするものである。

論文は 6つの章から構成される。

第1章では研究の概要と背景、目的、対象、研究方法などを述べている。ハヴェリーはインド国内で広く分布している伝統的な中庭式住宅であるが、いまだ未解明なことが少なくない。また、インドの現代建築において重要な役割をはたしているオープンスペースが、ハヴェリーにおいてもインドの伝統的な生活様式や社会慣習を反映し、空間構成上も重要な役割をになっているように思われること、さらにそれが伝統的なインドの世界観を反映し、伝統的都市の構成にも共通しているように思われることなどを研究の背景として挙げている。この論文ではインド西部、ターラ砂漠の都市から15例のハヴェリーと二つの都市を選択し、そこに見られるオープンスペースの構成と意味を明らかにしょうとしている。分析方法としては、オープンスペースの形態と特性からその基本的な単位を抽出した上で、それらの相互関係を表すコンセプト空間模型ならびにインタラクションマップを作り、その意味を解釈する手順が説明される。特に重要な特性としてメインとセミ、サブの三つのオープンスペースを分類している。

第2章ではインドの伝統的な建築における空間構成とヴァストゥプルシャマンダラとの関係を見る。また、インドの中庭住宅の原型としてモヘンジョーダロの住居が存在すること、そこでは建築の構成と都市の構成の関係が希薄であったことを指摘する。また、研究対象となつた地域の歴史を概観している。

第3章ではハヴェリーの中に見られるオープンスペースを形態と特性から分析し、基本的なまとまり、オープンスペースの単位を抽出する。オープンスペースには住宅の基本となるような場所であるメインオープンスペース、室内と中庭(チョック)を媒介するサブオープンスペース、住宅内外を媒介するセミオープンスペースがある。メインオープンスペースとしてフロントチョック、アツプチョック、リアチョック、マハルホール、ゼナーナなどのインターナルチョック、サブオープンスペースとしてジャロカー、バルコニー、廊下、回廊、セミオープンスペースとしてオトラ、ポリなどが分類される。

第4章ではハヴェリー全体の中で、前章で得られたオープンスペース単位の構成と関係を分析し、さらにそれが担う役割を機能的、社会・文化的意味から考察している。手順としてはオープンスペース単位の三次元的な布置を示す空間模型を作成し、次いでインタラクションマップを作る。マップは、ドメインと呼ばれる基本的な空間分節、ドメインの中の特性が差別化されたセル、各部屋の機能、動線(アクセス)に関わるノードとパス、入り口や垂直動線など主要な移動を示す方向性などを各階毎にダイアグラムにまとめ、それらを垂直方向に積層したものである。これらの分析図によって、チョックからなるメインオープンスペースが主導的な役割をはたしつつ、セミおよびサブのオープンスペースが介在することによって、フロントとリアのゾーンなど各部の機能や性格、プライバシーの程度、都市空間との関係条件などに応じ建物全体を調整し組織立ていることが明らかにされる。

第5章ではラジャスタンの代表的な都市、ジャイサルメル、ジャイプルの都市空間の構成を見ている。ジャイサルメルでは、公共的な広場と道路、寺院や王宮などの公共建築内のオープンスペースが、ハヴェリと同様なオープンスペースのネットワークを形成していること、ジャイプールでは、都市の構成単位である個々のハヴェリーから主要な広場、街路にいたるまで、多層に組み立てられたオープンスペースのネットワークが存在することが明らかにされる。

第6章では、結論として、ハヴェリー内でオープンスペースネットワークが果す役割をまとめている。ハヴェリーにおいてはフロントゾーン、リアゾーン、それにチョックからなる三層構成が存在すること、フロントとリアを分け、同時に連結するものとして、オープンスペースのネットワークが機能していることを明らかにする。またラジャスタンの二つの都市において同様なオープンスペースのネットワークが都市の構成を組織立てていることを指摘している。

以上のように、この論文は、西インドのハヴェリーにおいて、オープンスペースのネットワークが機能的な意味のみならず、インドの伝統的な家族関係、社会慣習などに対応し建築内のそれぞれの場所のあり方を調整し統合していること、ハヴェリーで見い出されたものと同型のオープンスペースネットワークが都市の構成にも反映していること、さらにそれがインドの伝統的な世界観と関係していることなどを明らかにした。

このように、本論文は、これまで研究の進んでいなかった西インドのハヴェリーの空間構成、ハヴェリーと砂漠都市との関係を明らかにし、インド建築においてオープンスペースの果す主導的な役割を解明するとともに、住宅という文化的背景の違いを越え共通性の高い建築的課題において、オープンスペースという一義的に定義されえない空間が建物全体を組織立てる手段となりうることを示唆することによって、機能分節に対応した空間設定を重視するこれまでの発想に代わる建築設計のための基礎的知見を示すものとして、建築設計学の展開に寄与した。

よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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