学位論文要旨



No 118953
著者(漢字)
著者(英字) LEHNER,DANIELA
著者(カナ) レーナ,ダニエーラ
標題(和) 建築、舞踊、音楽の言語 : 言語の翻訳としての既知から創造へのデザインプロセスに対する構文的アプローチに関する研究
標題(洋) THE LANGUAGE OF ARCHITECTURE, DANCE AND MUSIC : A Syntactical Approach to the Designing Process from Known to New as a Translation of Language
報告番号 118953
報告番号 甲18953
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5685号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 鈴木,博之
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 助教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

建築、舞踊、音楽の言語とそれらの関係性

序章

コミュニケーションは芸術の最も古い機能の一つである。芸術は古代には主として超自然的存在との意思疎通のために、後には芸術家と観客がコミュニケーションするための道具として個別化していった。これらは、コミュニケーションは主に自然言語に関係しつつ、私達が言語だけでなくボディーランゲージ、ジェスチャーを使って会話もする様に、実際はその他様々な表現手段を取り入れていることを示している。

コミュニケーションの要素である話し言葉、ジェスチャー・姿、時間と空間に現れる現象は、聴覚の芸術、運動の芸術、視覚の芸術という3つの種類に分割される。ある時代と場所において、全ての芸術はその基底に同じ構造を持つ。適切に定義された要素はある一つの芸術の組成を担う。個々の芸術の形は、外界とコミュニケートする為、また想像力を表現する為に包括的な規則に従ったシステムを創り出す。つまりそれは、現代芸術の3つの原則的要素である、表現、想像、抽象を結合させるといえる。そしてその結合が私が「真の芸術」と呼ぶものを創り出す。ここで「真の芸術」とは外界より影響を受け、内なる情感・アイディアを現実化するユニバーサルな天才の成果をいう。

建築、舞踊、音楽の関係性

世界的な天才によって想像された普遍的な芸術品(Gesamtkunstwerk)は、特異な例ではあるが、異なる芸術が一つに融合されたものと定義される。この融合が可能である為には、全ての芸術がその根底に同じ構造システムを持つことが必要であり、それは私達が今まで外界からの影響の自然な結果とみなしてきたものである。

言い換えれば、その媒体・要素はそれぞれの芸術により異なるが、組成の規則は同じである。つまり、私たちが芸術作品を分析するということは、その芸術家の言語の文法を分析しているといえるであろう。

建築、舞踊、音楽の間には体系的に調査できる多くの関係がある。研究により、主な関係点は(1)数字と数学に基づく調和の比率 (2)内部の組織と構造 (3)共感覚 (4)時間と空間の関係 という4つのグループに分けられる。

この区分は一方で数学、科学的な観点から、そしてもう一方で詩的、共感覚的な観点から西洋文化を探るという古くからの方法と一致する。

音楽と建築両方に当てはまる調和した比率と、人体と建築の比率の関係への古典的アプローチは純粋に算術−幾何学的である。存在は数学的考察と建築物の寸法によって簡単に証明できる。算術、幾何学、調和という3つの方法は、数字として、音程を表現し、また建築では寸法として当てはめられる。それは、建築のデザインや音楽の組み立てとは独立した、純粋に数学的な一致である。人体と建築の関係は、数字の置き換えにより数学的に遂行されるだけでなく、実際の体を建築物の輪郭に当てはめるという幾何学的な方法によっても遂行される。

このことから、基本のアイディアやコンセプトを表現するのは内部組織である、という全ての芸術におけるデザインの核心が導かれる。内部組織は一つの芸術作品の要素、視覚、聴覚の編集を確立し、それが基底の構造となる。それゆえ、基底の構造は内部組織の具体化である。建築においてそれは構造によって具体化される。例えば建築物の構造は建物の耐負荷部分も含んでいる。舞踊の場合は、建築構造は人体の構造と一致し、音楽の場合は、基底の構造と音楽そのものの構造は一つに混ざ

この共感覚的能力は、芸術の間にある詩的-共感覚的な世界へと導き、それはいつも理想的な論議をうむ。神経現象としての共感覚は証明することが難しく、実験調査に基づいている。意図的な芸術への応用には文化的制約があり個人的過ぎるように思われる。しかし医学的な調査によれば、一部の人々にとって共感覚は、変えることの出来ない、世界を知覚する一つの方法なのだ。これは個々人内で行われることであるが、音、色、気分などの間には共感覚的関係性に類似する一般的な共通性があるといえる。

最後に、芸術の、時間、空間的な側面は、物理、数学、心理学、形而上学、哲学など数多くの科学と関連する。歴史は、芸術を、視覚的な空間の芸術と時間の芸術である音楽に分けた。通例のとおり、両方を備える芸術である舞踊は無視された。今日、全ての芸術は時間と空間の面をもっているというのは共通の認識である。前述した科学との関連の研究のより、建築、舞踊、音楽など全ての芸術において次元とは、通常の次元とは関連せず、柔軟であることがわかった。それゆえ、線で構成されている音楽を3次元の建築に置き換えることが可能なのである。音楽に潜在的に存在する空間は舞踊によって目に見えるようになる。そしてその動作は空間的構成を作り出し、それは建築と直接関連している。つまり音によって表現される音楽中の時間の構造は、舞踊における動作の構造と一致し、建築における空間の構造と関連している。

しかし、注釈的な例は、一つの媒体から他の媒体への変容は完璧にはできないことを示している。それゆえ、ある芸術から他の芸術への変容は単なる導入ではなく、創造力を多大に必要とする。芸術家は最初の芸術の色々な段階に反応し、沸き起こる像を新しい芸術へと発展させる。心の中にある像、精神的なイメージは必ずしも絵のようなものでなくてもよい。音楽的、言葉、感覚、もしくはもっと抽象的なものであるかもしれないが、それがオリジナルの芸術に基づいた新しい作品を創造する基礎となる。そうして作られた作品、”訳された芸術”は、いくつもの芸術が分かちがたく統合された”Gesamtkunstwerk”、の発展形の純粋な表現である。そのような個々の芸術は混ざり合っている。芸術が近く結びつき合っていればいるほど、個々の芸術は分かちがたい。これによって、ひとつの”訳された芸術”を通していくつもの芸術の層が透けて見える状態へと到達するのである。

建築、舞踊、音楽の言語

「コミュニケーションはあらゆる種類のサインの交換である」という定義に基づく現代言語学が、芸術がコミュニケーションの手段として使用できる言語学的な構造であると見なす基礎を作った。異なる芸術の言語は、私たちが「様式」という呼ぶものの中にそれぞれの表現方法を見つけた。この様々な個々の「様式」がそれぞれ我々の社会を表現しているのであり、一つの統合された様式を求めるのは全く間違っているが、幾つもの統合された様式の創造が、芸術の中により強い声を呼び戻すことができるのである。総合的なアプローチを経て、創造過程で適用された綿密な規則が芸術家に強力な手段をもたらすのだ。分析的処理が適用されることにより、文法も、審美的性質の芸術を分析し、解釈し、評価するときにしばしば要求される客観的なアプローチと性質をもたらす。ここで個々の芸術作品は言語学的な文章と比較できる。

この3つの芸術を意味論と構文論の観点から研究すると、複数の方法によるはっきりした順序が現れる。研究の初めから終わりまで、建築と音楽はその性質の評価基準毎にアンチテーゼを作り、その中間に、統合として舞踊がある。つまり、舞踊は建築と音楽という正反対の2つの芸術の間にあり、第一の連結なのだ。

予備的に、ある芸術に一つの基礎を与えるよう創られる“動作の要素”に関して、私たちは自然と、一方に空間的芸術として建築を、その反対側に時間的な芸術として音楽を見出す。舞踊は、空間と時間の芸術として、その2つを結びつけるのだ。

片方が構文論で反対の側が意味論である目盛の上では、圧倒的な構文論と意味論のちょうど間に舞踊が位置している。

建築の中の意味論と構文論を比較することは、象徴主義と機能主義という2つの対極に基づいている。建築の意味に関して、私たちは機能的な、つまりは構文的な個所を好む必要があるといえる。もし、象徴的な個所ばかりになると、建築はその基本的な意味である、建築としての使用ができなくなるからである。これと反対に、音楽の場合は象徴主義からくる抽象的な性質によって、より生き生きとする。

音楽は音楽以外のところで何かを表すことができないため、その意味は、主に、それが作り出す感情的反応の段階によって評価される。建築がより確固たる性質を持っているというところに戻ると、使用者からの更に合理的な反応が得られる。舞踊の動作はとても表示的であるが、重力の影響という最小限のところで確かな規則に縛られている。

意図的に文法を創ることにより、他のすべての要素が作り出される最初の一つの要素まで絞ることができる。例えばここで、建築の要素はレンガに、舞踊の動作はしゃがんだ静かな姿勢にまで減少できる。平行移動、回転、尺度、鏡のイメージというユークリッドの4つの変化を当てはめると、私たちは更なる建築要素や舞踊の動作を導き出すことができる。

反対に音楽は空間の中にある。一番小さな要素である一つの音符は私たちの仕事には何の役にも立たない。しかし、次に大きな要素であるモチーフは、この4つの変化に当てはまり、更なる要素である変化を導き出すことができる。それゆえ、これらの3つの芸術の組織は、4つの基本が変化するという規則から推定できるのだ。

芸術の翻訳のための文法の発展

芸術の翻訳のための文法の発展

「形」の文法は、既存のデザイン・または新しいデザインの生成、その両者を分析する有力なツールである。既存のデザインに存在する発展した文法は、そのデザインの基底にある構造を定義づけている。ある基本の形にこの文法を適用することによって数多くの新しいデザインがうまれ、またそれらは全て元の基本形と関係性を持つ。つまりそれら全ては同じ文法においての節であり、芸術的観点からいえば、全ては同じ“スタイル”に属するのである。また“スタイル”の変化は文法の変容と定義できる。

そして異なる芸術間の翻訳は“スタイル”の変容の過程と同じものとみなせるだろう。しかし一つの芸術が別の芸術に変容するとき、変化したデザインはもはや同じタイプの芸術ではなく、それぞれ異なる芸術に属する。

この変容は3つの段階、プラス、新しい文法の適用を経ておこると言える。

まず始めに、既存のデザインの分析により「形」の法則の基本のセットが定義される。第二に、翻訳のパラメーターを決定づける“形の変換法則”であるセットAが定義される。これらのパラメーターは一つの芸術に属するデザインのソースと、それらからうまれ、異なる芸術に属するものとなる最終的なデザインとの関係性を表す。第三に、この“形の変換法則”の適用により、数々の新しいデザイン言語を生む完全な翻訳であるTが創り出される。その適用においては「翻訳の文法」が基の芸術とは異なる芸術に属する新しいデザインの数々をつくり出すのである。なぜなら基の組織を決定づける文法は全ての翻訳の過程において変化することはなく、ただ内部組織の変化を定義する要素のみが変化し、基のデザインであれ新規のデザインであれ、全てのデザインは同じスタイルに属するからである。

翻訳文法の段階的応用

以上の芸術間の関係性・対比性にもとづき、翻訳文法を用いることで、具体的に音楽から建築への段階的翻訳を試みた。

結論と今後の課題

これまでの結論をまとめると同時に、本研究で用いた手法の限界と今後の課題を述べることで、本論文の締めくくりとした。

審査要旨 要旨を表示する

この論文は、建築,舞踊,音楽という芸術を言語の体系として構文的な視点から比較考察し、これまで人類が育み、所有してきた芸術・知識から今後新しいものをつくり出すアプローチを策定する目的を持つものである。

本論文は、序章ならびに二部6章より構成される。

序章では、和文・英文の梗概のほか、研究の目的・方法を述べている。

第一部では、建築、舞踊、音楽の言語とそれらの関係性をあつかっている。

第1章では、研究の背景、つまり芸術の最も古い機能の一つはコミュニケーションであり、古代には主に超自然的存在との意思疎通、後世では芸術家と観客との意思疎通の道具として聴覚の芸術、運動の芸術、視覚の芸術という3つの種類に分割個別化してったが、今この3つを比較し結合することにより「真の芸術」と呼ぶものを創り出す可能性を論じている。。

第2章では、様々な芸術における類似性と相違性を提示し、それら間の翻訳の可能性を論じている。とくに建築、舞踊、音楽の間にはこれまでの研究・考察により、数字と数学に基づく調和の比率、組織と構造、共感覚、時間と空間の関係という4つのグループに分けられると述べて、それぞれの考察を行い、そしていくつかの建築作品について実例分析を行っている。

第3章では、コミュニケーションをはかる道具として、建築、舞踊、音楽の言語について論じている。特にSaussure とchomskyの紹介を通して自然言語と人工言語との比較を行い、この3つの芸術を意味的(semantics)と構文的(Syntax)観点から、建築と音楽はその評価基準毎にアンチテーゼを作り、その中間に統合として舞踊があるとしている。舞踊を空間と時間の芸術として、その2つを結びつけるものとして位置付け、建築、舞踊、音楽それぞれのと的な視点からの比較を行っている。

第二部では、既知から未知へ:言語間の翻訳についてあつかっている。

第4章では、第一部で考察した芸術の言語性から、より具体的な言語間の翻訳を試みている。特にデザイン言語の分析・生成する道具としてStinyとGipsが発案した Shape Grammarsについて延べている。つまり、抽象化の方法、Shape Grammarsへの疑問点、利点と欠点について考察し翻訳文法を提案している。

第5章では、以上の論議された芸術間の関係性・対比性をを基盤にした翻訳文法を用いて、具体的に音楽から建築への翻訳を試みている。まず段階的に、ステップ1として音から形へ、ステップ2として形態変換規則、ステップ3として、全体翻訳の完成段階を示している。

第6章では、これまでの各章のまとめとしての結論と本研究の限界と今後のの方向性について述べている

以上のように、本論文は視覚芸術の代表としての建築、運動芸術の代表としての舞踊、聴覚芸術の代表としての音楽における新しい芸術の創造を目的として芸術言語間の翻訳文法の提案をしたものであり、哲学を含めた多方面の既存の知識体系を統括して、各種芸術間の関係性を建築を中心に考察したもので、建築学の基本的な知見を示し、その発展に大きな寄与したものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク