学位論文要旨



No 118956
著者(漢字) 今泉,圭隆
著者(英字)
著者(カナ) イマイズミ,ヨシタカ
標題(和) 光触媒担持膜における水質変換特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 118956
報告番号 甲18956
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5688号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 講師 片山,浩之
内容要旨 要旨を表示する

浄水場において処理すべき物質は年々多様化している。発癌性を有する難分解性の有機物質や内分泌撹乱物質など、化学物質の新たな健康影響が解明され、環境中での挙動が明らかになるに従い処理技術も柔軟に対応していく必要がある。光触媒技術は、その強力な酸化還元力により様々な難分解性有機物を無機化することができるため、新たな水処理技術として期待されている。しかし、光が照射された触媒表面近傍でのみ反応が起きるという特徴のために、光触媒で大量の物質を処理するには限界があり、新たな技術開発が必要とされている。

本研究では、光触媒技術を実処理へ適用するために、平膜状のガラス繊維濾紙上に二酸化チタンの層を形成させ、300℃で焼成した光触媒担持膜を新たに開発した。この光触媒担持膜は、広い固液界面を有し、光を効率的に利用でき、すべての処理水が光触媒近傍を透過するという特徴を有しており、膜分離機能という付加価値を持った効率的な光触媒として期待される。

本論文は8つの章から構成されている。第1章は、研究の目的と背景である。第2章は、既存の研究のとりまとめである。第3章は、実験方法である。第4章は、光触媒担持膜の性状と諸特性の検討である。

5種類の二酸化チタン粉末を使い作成した光触媒担持膜の表面形状を走査型電子顕微鏡によって観察した。光触媒層は、厚さ約40μm、一辺300μm〜400μm(二酸化チタンP-25のみ50μm〜100μm)の断片が密集している形状を有していることを明らかにした。

この光触媒担持膜に河川水を透過し、暗条件下で上昇した膜間差圧が、光照射後に低下することを確認した。膜間差圧上昇の原因である閉塞した有機物が光触媒反応によって分解されたためと考えられる。分離膜と光触媒を組み合わせたことによる新たな効果で、光触媒担持膜の膜としての有用性を示す結果といえる。

第5章は、フェノールの酸化分解反応に関する検討である。

光触媒担持膜の見かけの一次反応速度係数は、薄膜固定化光触媒より1.9〜2.7倍、懸濁系光触媒より1.4〜1.9倍、高いことを明らかにした。

連続流入式の光触媒担持膜装置を用いて、段階的に設定した光強度条件下で流入フェノール濃度と反応速度の関係を調べ、Langmuir-Hinshelwood式(L-H式)を利用してフェノール酸化反応の反応速度を定量的に解析した。5種類の二酸化チタンに関して、反応速度係数(k)は光強度に比例し、吸着係数(K)は光強度2000 μW cm−2 以上の範囲でほぼ一定の値であることを明らかにした。

5種類の二酸化チタンを用いて作成した担持膜に関して、それぞれが示す反応速度を比較した。光強度3600 μW cm−2 におけるkおよびKの値を5種の担持膜の間で比較すると、kは2〜7 nmol min−1 cm−2、Kは0.04〜0.08 μM−1 の範囲であることを明らかにした。低フェノール濃度条件における擬似一次反応速度係数を意味するk×Kの大小関係を比較すると、光強度3600 μW cm−2 以下の範囲において、アナターゼ型とルチル型の結晶型が混在している二酸化チタンP-25が、アナターゼ型である他の4種類の二酸化チタンに比べ、約3倍大きな値を示すことを明らかにした。

第6章は、臭素酸イオンの還元反応に関する検討である。

段階的に設定した光強度条件下で臭素酸イオン濃度と反応速度の関係を調べ、L-H式を利用して臭素酸イオン還元反応の反応速度を解析した。反応速度係数(k)は光強度に対して上に凸の飽和関数の関係であり、吸着係数(K)は光強度と比例関係であることを明らかにし、フェノール酸化反応と臭素酸イオン還元反応では反応速度式の光強度依存性が異なることを示した。

臭素酸イオン還元反応に対する共存有機物(メタノール、フェノール)の影響を考察した。

臭素酸イオン還元量約1 nmol min−1 cm−2 以下(生成物の臭化物イオン濃度約5μM以下)のとき、メタノールが共存することにより臭素酸イオン還元量が低下することを明らかにした。しかし、臭素酸イオン還元量約1 nmol min−1 cm−2 以上のときは、共存メタノール濃度の増加に伴い臭素酸イオン還元量が増加することを明らかにした。メタノールが臭素酸イオン還元反応を促進するこの現象は、メタノールがホールスカベンジャーとして働くことにより、電子・正孔対の再結合を抑制するためだと考えられる。そのため、光強度が高いほど促進作用が顕著に表れたと考えられる。また、暗条件下にて、メタノールは臭素酸イオン吸着量に影響を及ぼさないことを明らかにした。従って、臭素酸イオン還元反応に対するメタノールの阻害作用は吸着競合ではないことを明らかにした。

一方、フェノールは臭素酸イオンの還元反応を阻害することを明らかにした。フェノールは光触媒表面にてフェノラートとしてチタン原子と化学吸着することが知られており、フェノラートが表面を被覆することにより、臭素酸イオンの還元反応が阻害されたと考えられる。暗条件下ではフェノールの臭素酸イオン吸着に対する阻害作用は弱い(吸着量の減少率は5%未満)ことから、光照射下においてフェノールの吸着量が変化する可能性があることを明らかにした。

第7章は、表面反応モデルの構築である。

光触媒担持膜の表面反応モデルを構築した。このモデルは酸化反応と還元反応を共に組み込んでおり、中間生成物と吸着競合物質の反応への影響を含めた複合的なモデルである。このモデルにより第5章と第6章で得た実験結果を統一的に説明できた。特に、第5章のフェノール分解実験の結果に関しては、中間生成物の影響をモデルに組み込むことにより高精度に反応量を予測できることを示した。

第8章は総括である。新しく開発した光触媒担持膜の水処理装置としての水質変換特性と、反応速度解析のためのデバイスとしての有用性をとりまとめて示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「光触媒担持膜における水質変換特性に関する研究」と題し、光触媒技術の水処理への適用を考察するために、平膜状のガラス繊維濾紙上に二酸化チタンの層を形成させ、300℃で焼成した光触媒担持膜を新たに開発している。この光触媒担持膜は膜分離機能を持った光触媒として、広い固液界面を有し、光を効率的に利用でき、処理水が光触媒近傍を必ず透過するという特徴を有している。

本論文は8つの章から構成されている。第1章は、研究の目的と背景である。第2章は、既存の研究をとりまとめて示している。第3章は、研究で用いた実験方法についての説明である。第4章は、光触媒担持膜の性状と諸特性について検討した成果である。

5種類の二酸化チタン粉末を用いた5種の光触媒担持膜の表面形状を走査型電子顕微鏡によって観察し、光触媒層は、一辺300〜400マイクロメータ(二酸化チタンP-25のみ50〜100マイクロメータ)の断片が密集している形状を有していることを明らかにしている。

この光触媒担持膜に河川水を透過し、暗条件下で上昇した膜間差圧が、光照射後に低下することを確認している。膜間差圧上昇の原因である閉塞した有機物が光触媒反応によって分解されたためと考え、光触媒担持膜の膜としての有用性を示す結果であるとしている。

第5章は、フェノールの酸化分解反応に関する成果である。

連続流入式の光触媒担持膜装置を用いて、段階的に設定した光強度条件下で流入フェノール濃度と反応速度の関係を調べ、Langmuir-Hinshelwood式(L-H式)を利用してフェノール酸化反応の反応速度を定量的に解析している。5種類の二酸化チタンに関して、見かけの反応速度係数(k)は光強度に比例し、吸着係数(K)は光強度2 mW cm−2 以上の範囲でほぼ一定の値であることを明らかにしている。

5種類の二酸化チタンを用いて作成した担持膜に関して、それぞれが示す反応速度を比較している。低フェノール濃度条件における擬似一次反応速度係数を意味するk×Kの大小関係を比較すると、光強度3.6 mW cm−2 以下の範囲において、アナターゼ型とルチル型の結晶型が混在している二酸化チタンP-25が、アナターゼ型である他の4種類の二酸化チタンに比べ、約3倍大きな値を示すことを明らかにしている。

第6章は、臭素酸イオンの還元反応に関する成果である。

段階的に設定した光強度条件下で臭素酸イオン濃度と反応速度の関係を調べ、L-H式を利用して臭素酸イオン還元反応の反応速度を解析している。フェノール酸化反応と臭素酸イオン還元反応では反応速度式の光強度依存性が異なることを明らかにしている。また、臭素酸イオン還元反応に対する共存有機物(メタノール、フェノール)の影響を考察し、臭素酸イオン還元反応に対するメタノールの阻害作用は吸着競合ではないとしている。

一方、フェノールは臭素酸イオンの還元反応を阻害することを明らかにしている。フェノールは光触媒表面にてフェノラートとしてチタン原子と化学吸着することが知られており、フェノラートが表面を被覆することにより、臭素酸イオンの還元反応が阻害されたとしている。

第7章は、表面反応モデルの構築に関する考察である。

酸化反応と還元反応を共にモデルに組み込んだ光触媒担持膜の表面反応モデルを構築している。中間生成物と吸着競合物質の反応への影響を含めた複合的なモデルである。このモデルにより第5章と第6章で得た実験結果を統一的に説明できるとしている。特に、第5章のフェノール分解実験の結果に関しては、中間生成物の影響をモデルに組み込むことにより、高精度に反応量を予測することに成功している。

第8章は総括である。

このように、本論文は、光触媒担持膜の水処理装置としての水質変換特性と反応速度解析のためのデバイスとしての有用性を明らかにした研究成果であり、都市環境工学の学術分野の進展に大いに貢献するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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