学位論文要旨



No 118958
著者(漢字) 小松,一弘
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,カズヒロ
標題(和) モデル凝集フロックへの吸着試験による水道原水中溶存有機物の特性評価
標題(洋)
報告番号 118958
報告番号 甲18958
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5690号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 国包,章一
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

我が国における水道水源では、異臭味、トリハロメタン(Trihalomethane: THM)前駆物質の増加などを引き起こす溶存態有機物(Dissolved organic matter: DOM)の問題が顕在化しているため、DOM処理を目的とした技術の一つとして強化凝集法と呼ばれる処理法が注目されてきている。これは凝集処理を最適化することで、濁質だけではなくDOMも同時に除去することを目的とした処理法であるが、研究例は少なく、これまでは経験的に凝集助剤の投入やpHを調整することにより溶存態有機物の除去を図ってきた。今後は強化凝集法によるDOM除去の最適化を目的として、凝集処理過程におけるDOMの挙動を科学的に解明する必要がある。

そのため本研究では、様々な組成を持つ有機物の集合体であるDOMの特性について、処理性という視点から評価することを大きな目的とした。つまり凝集処理によるDOMの除去機構について調査した上で、それぞれの除去機構による除去性/非除去性に基づいてDOMを評価した。具体的には、凝集処理によるDOMの除去は主に凝集フロック表面への吸着を経て、凝集フロックと共に重力沈降することで成立することから、凝集フロック表面への吸着原理に着目し、それぞれの原理による吸着性/非吸着性からDOMの特性評価を行った。

吸着原理は、現在主に提唱されているものとして、配位子交換作用、荷電中和作用、架橋作用の3種類がある。本研究では以上の3つの原理に基づいて、DOMを「配位子交換除去性DOM」、「荷電中和除去性DOM」、「架橋作用除去性DOM」と分類することで、新たなDOM評価手法を確立すること、その手法の意義付け、実湖沼水への適用を行った。

まず手法の確立を行うため、ある特異的な原理しか働かないと考えられるモデル凝集フロックを選定し、それをDOM試料に添加することで、DOMに作用しやすい吸着原理を確かめることとした。モデル凝集フロックとして選定したのは、pH9.5条件下の酸化第二鉄(以下Fe9.5)、pH6.5条件下の酸化第二鉄(以下Fe6.5)、シリカ+CPAM(Cationic Polyacrylamide)(以下Si+C)である。

Fe9.5では配位子交換作用によりDOMが吸着されるため、Fe9.5において吸着されるDOMは、配位子交換吸着性DOMと分類できる。またFe6.5では配位子交換作用もしくは荷電中和によりDOMが吸着されるため、Fe6.5において吸着されるDOMは、配位子交換性DOMと荷電中和吸着性DOMを含んでいると考えられる。さらにSi+Cにおいて吸着されたDOMは「架橋作用吸着性DOM」であると考えられる。以上の様にDOM試料にモデルフロックを添加し、それぞれの試験条件における吸着特性から、各原理による吸着性/非吸着性に基づいたDOMの分類を行うことができる。本研究では提案した手法について、添加フロック濃度、攪拌時間などを設定するための予備実験を施し、さらにデータの再現性について確認を行った。

次に確立したDOM評価手法を意義付けるため、様々なDOM標準試料を対象に吸着試験を施した。その結果、分子量が数百レベルのDOMを対象とした場合、DOMが持つ構造に関わらずいずれの吸着作用も働かなかった。そこで分子量の異なる2種類のアミロースを対象とした吸着試験を行ったところ、分子量2800の場合、吸着作用が見られなかった一方で、分子量15000の場合ではFe9.5とFe6.5で吸着作用が見られた。さらにアミロースより分子量の大きいデンプンを対象に同様の試験を行った結果から、多糖類は架橋作用による吸着作用が他の作用と比較して働きにくいDOMであると分類できた。

タンパク質のアルブミンを対象試料として使用した場合、本研究で提案したいずれの吸着作用によっても吸着されやすい有機物であること、リグニンを対象とした場合、荷電中和や架橋作用などによる吸着作用の影響を受けやすく、アミロースやデンプンとは異なる傾向を示していた。

このように高分子DOMを対象とした場合、その吸着特性には対象とするDOMの種類により差異が見られた。その支配要因を探るため、DOMが有する荷電量の影響に着目し、測定を行った。その結果、負の荷電量が大きいDOMほど荷電中和や架橋作用など電気的吸着の影響を受けやすいことが示唆された。

次に確立した手法を、実湖沼水に含まれるDOMに対して適用した。湖沼水は標準物質と違い、複雑な組成を持っているためTHM前駆物質量の割合や、熱分解GC/MSのピーク組成の変化、という形でDOMのモデルフロックへの吸着に伴う組成変化も確認した。また湖沼水と同様に複雑な構造を含んでいると考えられるリグニン、フミン酸も対象にした。

THM前駆物質量の割合は吸着前後で変化がないものの、E260発現物質の割合は大きな変化が見られなかった。つまりTHM前駆物質全てがE260を発現するわけではなく、吸着された有機物に比べて、残存しているTHM前駆物質にはE260非発現性の物質がより多く含まれていることが示唆された。

py-GC/MSによる解析により、吸着試験前のリグニンと湖沼水には殆ど共通したフラグメントが見られないことが分かった。また吸着試験前後におけるフラグメントの成分について解析を行うことで、リグニンに見られた特異的な構造を有するF14は荷電中和吸着性DOMを特徴付けるものであり、F8は架橋作用吸着性DOMを特徴付けていることが明らかとなった。さらにCarbamic acid, phenyl esterはリグニンと湖沼水で唯一共通して見られたフラグメントであるが、どのDOMに含まれるかによって、吸着性に違いが見られた。以上の様に、同じフラグメントであっても、モデルフロックへの吸着性という観点から見ると、どの物質に含まれているかによって挙動が異なることがうかがえた。これはそうしたフラグメントがDOMの表面上に含まれているかいないかによって異なるためであると推測される。すなわち、凝集フロックへの吸着作用はDOM表面において働きやすいものであり、DOM内部の構造までには影響を及ぼさないのではないかと考えられる。

最後にSAT(Sequential Adsorption Test)を通じて各吸着性DOMの包含関係を調べ、そこから湖沼水のDOMについて評価を行った。SATとは、まず予備操作として、Fe9.5、Si+Cによる吸着を行った後、残存したDOMに対して再びFe9.5、Fe6.5、Si+Cの各モデルフロックを添加する試験法である。

例えば予備操作でFe9.5を行った系での処理水には、「Fe9.5で吸着させて残存したDOM成分」すなわち、「配位子交換非吸着性DOM」が含まれていることになる。そのため、この処理水に再びモデルフロックを添加することで、「配位子交換非吸着性DOM」が、他のモデルフロック条件下で吸着されるのかどうかを確かめることができる。仮に「配位子交換非吸着性DOM」に対し、Si+Cによる吸着が確認できなかったとすれば、「配位子交換で吸着されなかったDOMは架橋作用によっても吸着されない」ということになり、それぞれの吸着性DOMについて複合性や包含関係が明らかとなる。

SATの結果、リグニンと湖沼水において架橋作用吸着性⊇配位子交換吸着性、架橋作用吸着性⊇荷電中和吸着性であることが確認された。一方でデンプンでは配位子交換吸着性⊇架橋作用吸着性、荷電中和吸着性⊇架橋作用吸着性であり、全く逆の挙動を示していた。それらの各画分に、それぞれの試験条件において消失した熱分解フラグメントを当てはめたところ、リグニンでは電気的吸着(荷電中和、架橋作用)によって検出限界以下となるフラグメントが多岐に渡っていたが、湖沼水では化学的吸着(配位子交換)により検出限界以下となるフラグメントが多岐に渡っており、リグニンと湖沼水とで挙動に大きな違いが見られた。この違いは、吸着試験前におけるリグニンと湖沼水に含まれるDOMのフラグメント組成に大きな差異があったことに起因すると考えられる。すなわち、リグニンのような芳香族フラグメントを多く物質に対しては、電気的吸着が構造非特異的に働き様々なフラグメントを含むDOMを吸着する一方で、湖沼水のような窒素を含むフラグメントが優占していた物質群に対しては、化学的吸着が構造非特異的に吸着したためであると考えられる。以上の様に、SATを通して、各吸着作用の包含関係が明らかとなった。またそれぞれの吸着性DOMに熱分解フラグメントを当てはめることで、DOMに対して働く吸着作用の構造特異性の違いに関して議論することができた。

本研究では吸着試験に基づく新しいDOM評価手法の提案、標準試料測定による手法の意義付けを通して、DOMの分子量、荷電量が吸着特性に与える影響を明らかにした。また、湖沼水への手法の適用を通じて、吸着原理が影響を及ぼすDOMの構造部位、各吸着原理の複合性や包含関係について議論することに成功した。

今後、水源として利用されている様々な湖沼水、河川水に対し同手法によるDOM評価を行うことで、DOM除去対策として最適な凝集操作方法の提案を行うことができると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,水道原水の水質悪化の背景を受けて,藻類由来有機物などを含む溶存態有機物(Dissolved organic matter: DOM)の強化凝集法による除去の最適化を最終的な目的として,凝集処理過程におけるDOMの凝集フロックへの吸着除去特性を解明しようとしたものである.浄水過程の一つである凝集沈澱処理によるDOMの除去機構について文献調査した上で,凝集フロック表面への吸着原理に着目し,各機構による吸着性/非吸着性という視点からDOMの特性評価を行った研究成果をまとめている.論文は,8章より構成されている.

第1章では,研究の背景と目的,および論文の構成を述べている.

第2章では,既存の研究として,水道水質として障害を引き起こすDOMの問題やDOMの評価手法,さらには凝集処理におけるDOM除去機構に関する文献調査結果を整理している.そして,その吸着原理として,(1)凝集フロック上の金属酸化物に配位しているヒドロキシル基とDOM表面上に配位しているカルボキシル基との配位子交換作用,(2)正に帯電した凝集フロックと負に帯電しているDOMの間の荷電中和作用,(3)負の吸着サイトを有する凝集フロックとDOMの間を正荷電の高分子ポリマーが電気的に架橋する作用,の三つを想定することが重要であることを示している.

第3章では,DOMの測定方法や,DOMの化学的特性や組成を評価する手段として,荷電量測定,励起蛍光スペクトル分析,GPC,さらには熱分解GC/MSなどの分析手法を整理している.

第4章では,三つの吸着原理に基づいて,DOMを「配位子交換除去性」,「荷電中和除去性」,「架橋作用除去性」から分類することを目的とした試験方法について説明している.それぞれの除去性を調べるために,モデル凝集フロックとして,pH9.5条件下の酸化第二鉄(以下Fe9.5),pH6.5条件下の酸化第二鉄(以下Fe6.5),シリカ+カチオンポリマー(以下Si+C)を選定している.そして,DOM試料やモデル凝集フロックの調整方法,モデルフロック設定濃度やカチオンポリマーの添加濃度の最適条件を決定している.また,試験結果に再現性があることも確認している.

第5章では,様々なDOM標準試料を対象に,モデル凝集フロックを用いた吸着試験の結果をまとめている.低分子DOMを対象とした場合いずれの吸着作用も働かないこと,糖類の一つであるアミロース(分子量15000)の場合ではFe9.5とFe6.5で吸着作用が見られたこと,さらに分子量の大きいデンプンでは架橋作用による吸着作用が働きにくいことなどを明らかにしている.そして,タンパク質のアルブミンは,いずれの吸着作用でも除去されやすいこと,リグニンは荷電中和や架橋作用などによる吸着作用の影響を受けやすく,アミロースやデンプンとは違う傾向を示すことなど,様々な有機物について凝集除去性を体系立てて整理している.また,高分子DOMの吸着特性の差異をDOMが有する荷電量と関連づけて考察した結果,両者に一定の関係が示唆されることも見出している.

第6章では,実際の湖沼水DOMへの吸着試験の適用を試みている.そして,試験前後でのDOM組成変化を調べるために,分子量分布,単位DOC当りのTHM前駆物質量,3次元励起蛍光スペクトル(Excitation Emission Matrix: EEM)におけるピークの変化,熱分解GC/MSのピーク組成の変化を調べている.その結果,低分子量領域の吸着率が低いこと,単位DOC当りのTHM前駆物質量は吸着前後で変化がないものの,260nmでの紫外吸光度発現物質量には変化が見られたことを明らかにした.

またEEM上ではフミン酸,リグニン,湖沼水でそれぞれ2つのピークが見られ,共通した一つのピーク(フミン/フルボ由来)の強度はいずれのDOMでも吸着作用により減少したこと,さらに,熱分解GC/MSによる解析から,リグニンに関してFe9.5とFe6.5の吸着性の差異やSi+Cの吸着性を特徴付けるフラグメントを見出している.

第7章では,予備吸着試験後に残存したDOMを得た後,再びフロックを添加してDOMの濃度変化を追う手法であるSAT(Sequential Adsorption Test)を実施して,各モデルフロックに吸着されるDOMの包含関係を調べ,湖沼水のDOMについてその吸着除去特性を評価している.本研究では予備操作においてFe9.5,Si+Cによる吸着を行い,その処理水に対してFe9.5,Fe6.5,Si+Cの各モデルフロックを添加した試験について考察を行なっている.この結果,リグニンとフミン酸において,DOMの包含関係は,Si+C吸着性⊇Fe9.5吸着性,Si+C吸着性⊇Fe6.5吸着性となった一方で,デンプンではFe9.5吸着性⊇Si+C吸着性,Fe6.5吸着性⊇Si+C吸着性であり,全く逆の傾向を示していたことを明らかにした.そして,リグニンと湖沼水に関する吸着試験前後の熱分解フラグメントを調べたところ,それぞれ電気的吸着(荷電中和,架橋作用)後と化学的吸着(配位子交換)後に検出限界以下となるフラグメントが多い点を指摘している.以上のことから,SATを通して,湖沼水などの水道原水の凝集処理におけるDOMの各吸着性の包含関係が明らかにすることが可能であることを示している.

第8章では,上記の研究成果から導かれる結論と今後の課題や展望が述べられている.

以上の成果では,凝集フロック表面へのDOMの吸着原理に着目して,モデル凝集フロックを利用した吸着試験やその試験を逐次的に行なう試験法の提案を行ない,吸着試験前後のDOM試料について多様なDOM分析手法を組み合わせて解析することを通じてDOMの特性を評価する手法を確立している.そして,水道原水となる湖沼水中のDOMについて,その凝集処理性を詳細に解析して有用な知見を与えている.これらの知見は,水道原水中のDOMの特性を凝集処理という観点から把握するのに役立つだけでなく,強化凝集処理の最適化を検討する上で非常に有用なデータや知見を提供しており,都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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