学位論文要旨



No 118959
著者(漢字) 庄司,仁
著者(英字)
著者(カナ) ショウジ,タダシ
標題(和) 異なる電子受容体を用いた生物学的窒素・リン除去プロセスにおける処理特性および細菌群集に関する研究
標題(洋)
報告番号 118959
報告番号 甲18959
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5691号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

下水処理における生物学的窒素は,アンモニア性窒素を硝酸性窒素へと酸化する硝化反応と,硝酸性窒素を窒素ガスへと還元する脱窒反応から構成される。前者は独立栄養細菌である硝化細菌が,後者は従属栄養細菌である脱窒細菌が担っている。一方,生物学的リン除去は,従属栄養細菌であるポリリン酸蓄積細菌(PAOs)が担っている。脱窒細菌とPAOsがともに従属栄養であるために,窒素除去(脱窒)とリン除去は,炭素源としての有機物について競合関係にある。したがって,我が国のように窒素やリンに比べて有機物の少ない下水を処理する場合には,有機物の量が制限因子となって窒素・リン除去が十分に機能しない。

窒素・リン除去が構造的に抱える有機物不足という課題に対して,リン除去を担うPAOsと電子受容体との関係(利用特性)が注目を集めている。当初,従属栄養細菌であるPAOsが摂取した有機物を酸化分解する際には,電子受容体として酸素を使うものと考えらていた。しかし最近の研究から,PAOsが利用できる電子受容体には,硝酸や亜硝酸も含まれることが明らかになった。硝酸や亜硝酸を電子受容体としてリン除去を行うということは,摂取した有機物を脱窒とリン除去とに重複して利用することを意味する。このような能力を持つ細菌(脱窒性PAOs)を活用して,限られた有機物を効率よく利用した窒素・リン除去に関する研究が進められている。

本研究では,酸素,硝酸,亜硝酸という3種類の電子受容体を与えて,実下水を基質とする回分式リアクターで活性汚泥を馴致した。リアクターの運転条件としては,PAOsの集積を意図して,嫌気状態(電子受容体の存在しない状態)で基質(実下水)を与えて十分に反応させた後に,電子受容体を与えてさらに反応を進めた。電子受容体が酸素のときは曝気によって好気状態(電子受容体として酸素が存在する状態)を設定して,硝酸や亜硝酸の時にはそれぞれの塩の水溶液を添加して無酸素条件(電子受容体として硝酸か亜硝酸が存在する状態)を設定した。前者の運転方法を嫌気好気法,後者を嫌気無酸素法と呼び,両者を組み合わせた嫌気無酸素好気法などもある。

嫌気好気法でリアクターの運転を始めて,嫌気無酸素好気法,嫌気無酸素法と,電子受容体を酸素から硝酸へと置き換えてゆく過程では,PAOsの利用できる電子受容体にも変化が見られた。嫌気好気法では硝酸をほとんど利用できなかったが,嫌気無酸素好気法以降では硝酸の利用能力を獲得した。細菌群集に対応させた言い方をすれば,酸素だけを利用する好気性のPAOsが減少するのにともなって,脱窒性PAOsが増加していることになる。本研究では,リン摂取活性の測定結果からみて,硝酸の添加を始めた際(嫌気無酸素好気法にした時)に脱窒性PAOsが増加し,酸素の供給をやめた際(嫌気無酸素法にした時)に好気性PAOsが減少していた。

汚泥の持つリン除去・電子受容体の利用特性が変化したことが,単なる環境への順応の結果なのか,それとも細菌群集レベルでの入れ替わりがあったのかを確認するために,分子生物学的な群集解析を行った。採用した方法はPCR-DGGE-Sequencing法で,細菌の遺伝子を抽出して,増幅(PCR反応)した後,ゲル電気泳動で分離(DGGE法)する。このとき,それぞれの遺伝子がゲル上にバンドを形成するので,その強度の変化から生物量の変化が推定できる。さらに,分離されたバンドの塩基配列を解析(Sequencing)することで,対応する細菌もしくはその近縁種に関する情報が得られる。

群集解析(DGGE)の結果として,硝酸の添加をきっかけに新しく出現したバンド(細菌)が多数観察された。これらは,電子受容体として硝酸を利用できる可能性が高く,またその一部には脱窒性PAOsも含まれるはずである。塩基配列を解読したところ,紅色細菌(Proteobacteria)のβサブクラスに分類されるAquaspirillumに近縁な配列,同じくδサブクラスに属するPolyangiumに近縁な配列,同じくγサブクラスのThiothrixに近縁な配列などが見つかった。逆に酸素を好む傾向のあったバンド(細菌)としては,緑色非硫黄細菌に近縁なもの,Actinobacteriaに分類されるものなどが検出された。PAOsに関する既存の研究ではRhodocyclus近縁種(Proteobacteria/βサブクラス)の報告例が多数を占めるが,電子受容体として硝酸を与えることにより,脱窒性PAOsの候補を新たに提案することができた。

ここまで述べてきた解析は,すべての細菌が持っている遺伝子(リボソームRNAをコードするrDNA)を標的としたものである。本研究では,脱窒能力を持つ細菌を特異的に検出・解析するために,脱窒酵素をコードする遺伝子を標的とする群集解析も行った。結果としては,rDNAにもとづく解析と同様に,電子受容体の変化にともなうバンドパターンの推移が観察された。それぞれの塩基配列を解析するという成果も得られたが,近縁種に関するデータベースが少ないために,rDNAのように具体的な名前を挙げて分類・整理することができなかった。逆に言うと,脱窒遺伝子による群集解析の現在における課題-データベースの必要性-が浮き彫りになった。

硝酸による嫌気無酸素法の後,亜硝酸による嫌気無酸素法の運転も行った。亜硝酸経由の硝化脱窒は低コストな窒素除去方法として注目を集めているが,リン除去まで考慮する場合には,亜硝酸の毒性がPAOsに与える悪影響が懸念されていた。最近になって,亜硝酸を一時的に与えてるならば,PAOsが電子受容体として利用できることが判明したが,亜硝酸を長期的に与えてPAOsを馴致したのは本研究が初めての試みである。

その結果,リアクターの処理能力としてはあまり高くなかったが,汚泥のリン含有率などのPAOsの指標から,亜硝酸でもPAOsが集積できることを確認した。この亜硝酸で馴致された汚泥の特性を詳しく検討したところ,亜硝酸だけでなく酸素も利用できること,硝酸も利用できるが順応のために1時間ほど必要なことが分かった。さらに,それぞれの電子受容体を用いたリン摂取の効率を測定したところ,最も効率の良い酸素に対して,硝酸や亜硝酸は6割程度の値を示した。これまでも,硝酸を電子受容体とすると同じように効率の低下が見られるという報告は存在したが,PAOsを対象に,亜硝酸でも同程度の低下であることが確認されたことになる。これは,亜硝酸で馴致された汚泥に対しては,毒性の高さから予想される効率の低下がそれほどないということを意味する。したがって,亜硝酸経由の窒素除去とPAOsによるリン除去との組み合わせは,少なくともPAOsの立場からは問題なく実現できることが分かった。

汚泥の細菌群集を見る視点として,種レベルの同定や定量を試みるミクロなものだけでなく,脱窒細菌やPAOsといったマクロな枠組みでとらえる考え方もある。特に実際の処理特性を表現するためには,代謝の特徴に応じた細菌群集の分類が役に立つ。本研究では,有機物を嫌気状態で摂取できるか,脱窒能力を持っているか,という2つの基準から,細菌を4つのグループに分類して,それぞれの役割を定量的に評価することを試みた。各グループの特徴は次のようになる。(1)好気性PAOs,嫌気状態での有機物摂取可能,脱窒能力なし。(2)脱窒性PAOs,嫌気状態での有機物摂取可能,脱窒能力あり。(3)好気性従属栄養細菌,嫌気状態で有機物摂取不可能,脱窒能力なし。(4)脱窒細菌,嫌気状態での有機物摂取不可能,脱窒能力あり。

このような分類にもとづいて,それぞれのグループが利用している有機物の割合を算出する手法を提案した。有機物の組成や系内で起きている反応は,国際水協会の提唱する活性汚泥モデル(ASM)を利用しながらも,実用性を意識して,できるだけ簡潔なモデルに改変した。計算の結果として,電子受容体を酸素から硝酸に変えてゆくと,有機物を利用する主役が,(1)と(3)の細菌グループから(2)と(4)の細菌グループへと変わってゆくことが定量的に説明できた。さらに,嫌気的な有機物の摂取が多かったにもかかわらずリン除去が不調な原因として,PAOs以外の嫌気的な有機物摂取を行う細菌の存在が示唆された。このような性質を持つ細菌(GAOsと呼ばれる)の存在は既知であるが,その役割を有機物摂取量の観点から定量的に説明できたことは本研究の成果である。

以上のように,異なる電子受容体を用いた生物学的窒素・リン除去プロセスに対して,処理特性の検討や群集構造の解析を行った。その結果,脱窒性PAOsや好気性PAOsの候補となる細菌を遺伝子の塩基配列情報として確認したこと,亜硝酸によるPAOsの馴致に成功してその特徴を明らかにしたこと,有機物の利用量の観点から細菌群集を定量的に評価する手法を確立したこと,といった成果が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、排水からの生物学的窒素・リン除去プロセスにおいて、リン除去能と窒素除去能を併せ持つ細菌群である「脱窒性ポリリン酸蓄積細菌」をいかに有効に利用するかを論じたものである。水域の富栄養化の原因物質として窒素とリンの除去に対する社会的要請は強まりつつある。廃水中からその両者を生物学的に除去しようとすると、リン除去に関わるリン蓄積細菌と脱窒反応に関わる脱窒細菌の双方に炭素源を供給する必要があり、炭素源が比較的少ない日本の下水を対象とする廃水処理プロセスでは、炭素源が窒素・リン除去の制約因子になってしまう可能性がある。そこで、「脱窒性ポリリン酸蓄積細菌」の利用により、炭素源に対するリン除去と窒素除去の競合を緩和する手法が注目されるようになった。本研究は、とくに窒素・リンの同時除去における電子受容体の影響を、処理能力の観点と細菌群集構造の間点から評価することを目指したものであり、「脱窒性ポリリン酸蓄積細菌」を有効に利用することにより窒素・リン除去システムのより効率的に設計・運転管理するための知見を得ることを目的としている。

本論文は8章からなる。第1章は「はじめに」であり、本研究の背景および目的を述べている。

第2章は「既存の知見」であり、本研究の前提となる既存の知見として、窒素・リン除去の概要とその解析手法についてまとめている。とくに、廃水処理プロセスで活躍する従属栄養細菌群を、活性汚泥数学モデルの考え方に基づき異なる電子受容体(酸素、硝酸・亜硝酸、電子受容体無し)における有機物摂取特性からグルーピングするための基礎情報、および「脱窒性ポリリン酸蓄積細菌」に関するこれまで得られた情報を的確に整理している。

第3章は「研究の方法」である。本研究では、東京都の下水処理場に設置した実下水を処理するパイロットプラントを対象にして検討をおこなっており、その運転方法が示されている。また、汚泥の持つ脱窒・脱リン活性の評価のためにおこなった回分実験の手法、および微生物群集解析のための分子生物学的な手法が記述されている。

第4章は「リアクターの運転結果」であり、2種類の異なる種汚泥を用いて運転した2系列のパイロットプラントにおける水質分析結果がまとめられている。運転条件を、嫌気好気法=>嫌気無酸素好気法=>嫌気無酸素法と変更し、無酸素条件(電子受容体として硝酸・亜硝酸のみが利用可能)を順次増やしていく過程での代謝活性の変化を追跡し、記述している。

第5章は「分子生物学的手法による細菌群集の解析」と題し、実下水を処理する活性汚泥パイロットプラント中の脱窒細菌群集の解析をおこなった結果を記述している。解析対象遺伝子として、16S-rRNA遺伝子(16S-rDNA)および亜硝酸還元酵素遺伝子(nir)を選び、PCR-DGGE法を用いた群集構造の追跡おこなった結果が主な内容である。運転条件を変更した際に生じた細菌群集構造の変化を追跡し、いくつか系全体の活性発現に重要と思われる遺伝子配列を検出できたとしている。

第6章は「亜硝酸馴致汚泥の代謝に関する検討」と題し、亜硝酸を特異的に利用するポリリン酸蓄積細菌を集積した系での代謝特性を回分実験により解析した結果を述べている。電子受容体として亜硝酸のみで生物学的リン除去が可能であることを示した。

第7章は「リン除去と脱窒に関わる有機物収支」である。この章では、窒素・リン除去において出現するさまざまな有機物摂取特性を持つ細菌をその電子受容体利用特性により分類し、流入水中の有機物がこれらの細菌群にどのように分配されるかを評価する手法を提案した。この方法により、処理システム自体の持つ窒素・リン除去のポテンシャルを評価できるようになった。

第8章は「総括および今後の課題」であり、以上の研究から得られた成果をまとめ、今後の短期的・長期的な課題について記している。

以上、本論文は、これまで体系的な研究の少なかった脱窒細菌とリン除去細菌の有機物に対する競合を定量的に評価する手法を提案し、それを実際のプロセスに当てはめて解析した具体例を示した。また、亜硝酸がリン除去に悪影響を与えるとの定説を覆し、将来的に亜硝酸経由の脱窒とリン除去を共存させた省エネ型の窒素・リン同時除去プロセスの構築できる可能性を示した。さらに、そのような興味深い系での微生物群集構造に関する基礎的な知見を得ることができた。その成果は、環境浄化技術としての生物学的窒素・リン除去プロセスの発展と体系化に重要な基礎を与えており、工学の発展に大きく寄与するものである。したがって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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