学位論文要旨



No 118962
著者(漢字) 李,美京
著者(英字)
著者(カナ) イ,ミキョン
標題(和) 都市下水および合成下水を処理する生物学的リン除去活性汚泥のPCR-DGGE法とFISH法を用いた微生物群集解析
標題(洋) Microbial community analysis by PCR-DGGE and FISH methods in enhanced biological phosphorus removal processes treating domestic sewage and synthetic wastewater
報告番号 118962
報告番号 甲18962
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5694号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 講師 中島,典之
 東京大学 講師 栗栖,太
内容要旨 要旨を表示する

窒素・リンなどの栄養塩の流入による閉鎖水域の富栄養化が問題となっており、下水処理における栄養塩除去の必要性が叫ばれている。しかし、栄養塩除去に広く使用されている生物学的リン除去プロセス(Enhanced Biological Phosphorus Removal、EBPR)における効率的な運転管理手法や影響因子、さらにリン除去に関与する微生物群集に関しては依然として明らかになっていない部分が多い。安定な生物学的リン除去を行うためには、処理プロセス内における様々な影響因子とその因子による微生物群集構造の変化に関する研究が必要である。

従来の生物学的リン除去に関する研究は、酢酸あるいはプロピオン酸などの人工下水を基質とした系におけるものが主であり、実験室レベルの人工下水における生物学的リン除去機構はある程度明らかになってきているが、遅分解基質である懸濁性有機物を多く含んでいる実下水におけるリン除去特性については十分に検討されていない。また、リン除去に寄与する微生物群集の解析という点では、分子生物学的手法の開発・発展によりここ数年で新たな知見が蓄積されてきているが、進められてきた研究の多くが人工下水を用いた実験系における微生物群集を対象としており、実下水を用いてその群集構造とリン除去能の変化を調べた例は少ない。近年、分子生物学的手法を用いることによって、Rhodocyclus近縁種がPAO (polyphosphate accumulating organism)として重要な細菌であるという知見が多く得られつつある。しかしながら、様々な有機物を含む実下水を処理する場合にEBPRを担う微生物としてRhodocyclus近縁種が本当に重要であると統一的に解釈する見解はいまだにない。また、PAOは単一細菌種ではなく複数の種が機能していることも指摘され、その可能性も高いと考えられる。今までの実験が酢酸を使った実験系での知見が多く、また、リン蓄積細菌がポリリン酸を蓄積する際に酢酸が好まれると考えられているが、実際の下水には様々な溶存性有機物や懸濁性有機物(POM)が含まれており、実下水を処理する場合のEBPRにおける微生物群集構造に関する知見が不足している。

そこで本研究では酢酸と実下水を処理するEBPRにおけるリン除去性能および重要な役割を担う微生物及び微生物群集構造の変化を多角的に解析するために、 PCR-DGGE法などの複数の分子生物学的手法を組み合わせて微生物群集を解析した。さらに、リン蓄積細菌として報告されているRhodocyclus 近縁種の探索を行った。

恒温実験室(20℃の条件)において、炭素源としてそれぞれ酢酸 (Run-A)、都市下水 (Run-S)を投入してリン除去が安定した活性汚泥処理系を構築した。そして、その時点を初日として、Run-AとRun-Sに加えて、都市下水を投入した系の活性汚泥を分取して、都市下水に下水由来の懸濁性有機物(POM)を徐々に添加した処理系 (Run-SP)を63日間にわたり運転した。なお、Run-SPに投与したPOMは、1μmナイロンシートを用いて下水処理場の最初沈殿池越流水から回収したものである。

それぞれ異なる有機物を処理する3系列のEBPRについて、リン摂取やリン含有率などのリン除去性能の評価を行った。酢酸を炭素源とするRun-Aは実験期間を通じて安定してリン除去活性が見られた.下水のみのRun-Sおよび下水にPOMを添加したRun-SPも、安定なリン除去が見られた.Run-SとRun-SPにおいては、例外的に42日目のみリン吐き出しと取り込みが観察されなかったが、その原因としては、年末年始で平常より流入下水の有機物濃度が低くさらに前日に大雨が降ったために、非常に希釈された下水が流入した結果、一時的に1サイクルのリン放出や取り込みが観察されなかったという可能性が考えられた.PAOが摂取可能な有機物が一時的に足りなかったためにリンを吐き出さなかったと考えられる.リアクター運転期間中の汚泥の平均リン含有率はRun-Aが8.3%、Run-Sは5.4%であり、Run-SPはPhase I-5.6%、Phase II-4.8%、Phase III-3.2%である.このようにどのRunにおいても実験終了時(63日目)にはほぼ安定したリン除去能を示していたと考えられる.

3系列の汚泥サンプルについて視覚的に微生物群集構造を解析するため、グループ特異的なプローブおよびPAOmixプローブ(Rhodocyclus近縁種の検出用)を用いてFISH法による微生物群集構造解析を行った。そして、高濃度DAPIによるポリリン酸染色およびFISH法を組み合わせて用いることで、新たなPAOの探索を行った。

系内に優占化した微生物群を調べるために、細菌全体を蛍光染色できるEUBmixプローブと各微生物群(α-, β-, γ- Proteobacteria, CF, HGCグループ)を蛍光染色できるプローブを組み合わせたFISH法を用いて群集解析を実施した。その結果、3系列ともProteobacteria β群が最も優占した結果が観察された。次に、近年EBPRを担う有力なPAOとされてきているRhodocyclus近縁種がRun-Aは平均60%であり、Run-SおよびRun-SPにも平均10%以上優占していることが視覚的に確認できた。高濃度DAPI染色を用いて細胞内のポリリン酸グラニュールを染色した結果、Run-Aで検出されたRhodocyclus近縁種はほとんどポリリン酸グラニュールを蓄積された細菌であることが確認された。しかし、一方でRun-Sおよび Run-SPにおいてはRhodocyclus近縁種がポリリン酸を蓄積していることが観察されるとともに、PAOmixプローブでは染色されず高濃度DAPI染色で染色された他の細菌が存在することが明らかとなった。これは、Rhodocyclus近縁種だけでなく、その他の細菌もリン除去を担っている可能性が示唆するものと判断した。そこで、さらに各グループに特異的なプローブを用いたFISH法および高濃度DAPI染色を用いて新たなPAOの探索を行った。Run-SにおいてはHGC群で蛍光を発し、Run-SPにおいてはProteobacteria γ群で蛍光を発し、また、ポリリン酸を蓄積している細菌が存在することが確認された。

PCR-DGGEおよびcloning sequencing法を用いて3系列の汚泥サンプルから検出されたバンドの16S rDNAのV3領域を含む約200bpの塩基配列解読を行った。Run-Aで検出された11本のバンド中で特にバンドA-2はRhodocyclus近縁種の塩基配列に最も類似していた。Run-Sで検出された22個バンドの中で塩基配列解読に成功したものは15本であった。バンドS-3、S-7およびS-9はProteobacteria β群に属する菌であり、バンドS-5、S-6およびS-16はProteobacteria δ群に属する菌であった。バンドS-10およびS-14はProteobacteria γ群に属する菌であり、バンドS-12およびS-22はHGC群に属することが分かった。Run-SPで検出された21本のバンドの中で塩基配列解読に成功したものは12本であった。バンドSP-3、SP-7、SP-9、SP-11およびSP-14はProteobacteria β群に属する菌であり、バンドSP-18はProteobacteria γ群に属する菌で、SP-13およびSP-15はHGCに属する菌であった。Run-SおよびRun-SPで検出されたDNAバンドの中で塩基配列解析に成功したバンドにはRhodocyclus近縁種は見つからなかった。しかし、FISHを用いて微生物群集構造を解析した結果、Run-SおよびRun-SPにはRhodocyclus近縁種が平均10%以上優占していることが視覚的に確認できた。

3系列の汚泥サンプルのFISH結果から、ポリリン酸グラニュールを蓄積されたRhodocyclus近縁種、HGC群およびProteobacteria γ群に属する近縁種を探すため、3系列の63日目の汚泥サンプルから抽出したrDNAをPCR-cloning-sequencing法により解析した。さらに、PCR-DGGE法を用いて検出されたバンドの塩基配列解読に成功したバンドのうち、Rhodocyclus近縁種、HGC群およびProteobacteria γ群に属する塩基配列を最も近い塩基配列をもつバンド(A-2,S-12,S-22およびSP-18)に注目した。Cloning結果、Run-Aから40clone、Run-Sから105clone、Run-SPから155cloneを採取して、約200bpまでpartial DNA sequenceを行った.解読した塩基配列によってclone libraryを作成した。

酢酸基質で運転したRun-Aでは非常にシンプルなグループのclone libraryが作成できて、Proteobacteria γ群およびProteobacteria β群が優占した菌群であり、リン蓄積細菌の一つで報告されたRhodocyclus 近縁種は3cloneが回収された。都市下水を流入したRun-Sのclone libraryではProteobacteria γ群およびProteobacteria β群が優占した菌群であり、Proteobacteria β群に属するcloneの中でRhodocyclus近縁種に最も近い塩基配列を持つ3cloneが回収された。しかし、HGC群に近縁しているcloneは出来なかった。Run-SPのclone libraryではCytophagaes群、Proteobacteria γ群、Proteobacteria β群が優占した菌群であり、Proteobacteria γ群に属するバンドSP-18と同じ塩基配列を持つcloneが回収された。さらに、Rhodocyclus近縁種と最も近い塩基配列を持つ1cloneが回収された。

Run-SPのFISH結果からポリリン酸グラニュールを蓄積したProteobacteria γ群に着目して、Proteobacteria γ群に属するバンドSP-18およびclone library情報からRNAプローブを設計しFISH法を用いて新規PAOを定量的・空間的に把握した。

採集したcloneからバンドSP-18の塩基配列と最も近い塩基配列を持つ2cloneを選んだ。ARBプログラムを用いてバンドSP-18を目的種とするPAOと想定される新たなProteobacteria γ群に特異的に反応するプローブ(GAM61, 181, 805 and 805b)を設計した。確実にバンドSP-18と類似のシーケンスを有する微生物を安定的に検出するために、4つのプローブを混合(GAMPAOmix)して用いて、63日目のRun-SPサンプルのPAOと想定される新規のProteobacteria γ群を検出した結果、全菌に対して13±14 %の菌が検出された。さらに、GAMPAOmixプローブに検出される菌群がリン蓄積しているかどうかを高濃度DAPI染色で確認した。その結果、すべてではないものの、一部この新規Proteobacteria γ群がポリリン酸を蓄積していることが確認できた。GAMPAOmixプローブにより検出される菌の中にポリリン酸を蓄積する能力を持つものが観察されたことから、様々な有機物を含む実下水を処理するEBPRの活性汚泥には、Rhodocyclus近縁種とは全く異なる新規のPAOがProteobacteria γ群に存在しており、その一つとしてGAMPAOmixプローブにより検出される可能性が高いと考えられる。しかしながら、今回設計したGAMPAOmixプローブのこの新規PAO検出の選択性は必ずしも高くないため、今後さらに2clone(SP-C47およびSP-C122)の他にProteobacteria γ群に属するclone (SP-18と同じ塩基配列を持つ18clone)に注目して詳細な検討する必要がある。

本研究では、都市下水を処理する生物学的リン除去プロセス(EBPR)にはRhodocyclus近縁種だけでなく、その他の細菌(HGCグループおよびProteobacteria γ群)もリン除去を担っている結果を得た。そこで、二つのグループに注目してfull scale EBPRのリン蓄積細菌および微生物群集を深く解析する必要がある。さらに、本研究で設計したGAMPAOmixを用いてfull scale EBPRの汚泥サンプルを調べる必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,酢酸と実下水を処理する嫌気好気活性汚泥プロセスにおけるリン除去性能および重要な役割を担う微生物の群集構造変化を多角的に解析するために,複数の分子生物学的分析手法(PCR-DGGE,Cloning Sequencingおよび FISH)を用いた研究を行ったものである.そして,リン蓄積細菌として報告されているRhodocyclus 近縁種が都市下水を処理する活性汚泥中に存在するかどうかの確認と新規のリン酸蓄積細菌の探索に関する研究成果をまとめている.論文は,8章より構成されている.

第1章では,研究の背景と目的,および論文の構成を述べている.

第2章では,既存の研究として,嫌気好気活性汚泥プロセスにおけるリン除去性能の概説,活性汚泥中の微生物群集構造解析に用いられてきている種々な分子生物学的手法,過去のリン蓄積細菌の探索結果,さらには下水中の有機物組成やその特性についての内容を整理している.

第3章では,嫌気好気回分式活性汚泥法の実験装置及びその運転条件,実験装置への流入原水について説明している.また,水質と汚泥の分析法,活性汚泥の微生物群集構造を解析する分子生物学的手法の手順及びポリリン酸染色手順などを記述している.

第4章では,炭素源としてそれぞれ酢酸 (Run−A),都市下水 (Run−S)を投入してリン除去が安定した活性汚泥処理系を20℃の条件において構築した結果と,Run−Sの活性汚泥を分取して,都市下水に下水由来の懸濁性有機物(POM)を徐々に添加した処理系 (Run−SP)を運転した実験結果を示している.なお,Run−SPに投与したPOMは,1μmナイロンシートを用いて最初沈殿池越流水から回収したものである.そして,Run-Aだけでなく,都市下水を処理するRun-Sでも安定なリン除去が見られたこと,さらにPOM添加率を増加させたRun−SPでも実験終了時(63日目)まで安定したリン除去能を示したことを報告している.

第5章では,3つの異なる流入水を処理する生物学的リン除去(EBPR)活性汚泥の微生物群集構造を解析するため,各微生物群(α-, β-, γ-Proteobacteria, CF, HGCグループ)に特異的なプローブやRhodocyclus近縁種検出用のPAOmixプローブを用いたFISH法の適用と,FISH法と併せて高濃度DAPIによるポリリン酸グラニュールの同時染色を行っている.その結果,3系列ともβ-Proteobacteria群が最も優占していること,Run-AではPAOmixプローブで検出されるRhodocyclus近縁種のほとんどはポリリン酸の蓄積が見られた一方で,Run-Sおよび Run-SPにおいてはRhodocyclus近縁種だけでなく,PAOmixプローブでは染色されずポリリン酸を蓄積している細菌が存在すること,を明らかにしている.そこで,各微生物群に特異的なプローブを用いたFISH法および高濃度DAPI染色を用いて新たなPAOの探索を行ったところ,Run-SにおいてはHGC群で,Run-SPにおいてはγ-Proteobacteria群で,ポリリン酸を蓄積している細菌が存在することが確認された.

第6章では,処理が安定したRun-A,Run-S,Run-SPの3系列におけるDGGEバンド数は,それぞれ11, 19, 16本となり,検出バンドの泳動位置から判断して,3系列に共通のバンドが3本,Run-AとRun-Sのみの共通バンドが1本,Run-AとRun-SPのみの共通バンドが1本,Run-SおよびRun-SPのみの共通バンドは11本であったことを示している.この結果から酢酸を処理する系列は都市下水を処理する系列と大きく異なる微生物群集構造を持つこと,都市下水にPOMを添加することによっては,微生物群集構造の大きな変化は見られないことを報告している.

検出されたバンドの16S rDNAの V3領域の塩基配列解読を行ったところ,Run-SおよびRun-SPで塩基配列解析に成功したバンドにはRhodocyclus近縁種は見つからなかった.また,共通バンドの解読塩基配列を比較した結果,必ずしも同一の塩基配列が得られるとは限らないケースもあり,バンド位置のみに基づいて微生物群集構造解析を行うことに留意が必要であることが確認された.

第7章では,Run-SPで検出されたγ-Proteobacteriaに属する新規PAOと考えられる細菌を定量的に把握するために,FISHプローブの作成を行っている.Run-SPサンプルから採集した155cloneに357fGCおよび518rプライマーを用いたPCR-DGGEを適用することで,DGGEで唯一γ-Proteobacteriaに属するバンドSP-18に対応するcloneを見出し,約1.5kbpの塩基配列を解読した.そして,ARBプログラムを用いてSP-18に対応する特異的な塩基配列を4種類設計し,バンドSP-18に相当する微生物を確実に検出するためにこの4種類を混合したプローブ(GAMPAOmix)を作成した.そのプローブの特異性を検討するために,Ribosomal Database Project IIのプローブチェックを行うとともに,GAMPAOmixプローブでは検出されないはずの純菌を用いてホルムアルデヒド濃度条件を段階的に変えてnegative control を行った.その結果,低濃度では非特異的結合が観察されたため,実際の活性汚泥への適用では35%の濃度条件を採用する必要があることを明らかにしている.

Run-SP試料に対して,GAMPAOmixプローブを用いたFISH法を適用した結果,全菌に対して13-14 %の菌が検出された.さらに,高濃度DAPIで同時染色した結果,このプローブにより検出される細菌の中にポリリン酸を蓄積する能力を持つものが観察されたことから,都市下水を処理するEBPR活性汚泥には,Rhodocyclus近縁種とは全く異なる新規のPAOがγ-Proteobacteriaに存在しており,特異性は高くないもののGAMPAOmixプローブにより検出できることを示している.

第8章では,上記の研究成果から導かれる結論と今後の課題や展望が述べられている.

以上の成果は,酢酸という人工下水だけではなく,実際の都市下水を用いた処理実験を長期間行い,PCR-DGGE法,Cloning Sequencingおよび FISH法,さらには高濃度DAPI法を用いて活性汚泥中の微生物群集構造を比較したものである.そして,従来PAOとして報告されているRhodocyclus 近縁種以外に新規のPAOが存在する可能性を示すだけでなく,新規PAOを検出するDNAプローブの試作・適用を行って検出に成功している点は高く評価できる.これらの成果は,実下水処理場において生物学的脱リンに寄与する細菌群を調べたり,生物学的リン除去機能を評価したり,さらには安定した処理運転法を検討する上で非常に有用なデータや知見を提供しており,都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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