学位論文要旨



No 118964
著者(漢字) 崔,宰熏
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ジェフン
標題(和) 都市における下水の高度利用のためのナノ濾過メンブレンバイオリアクターの開発
標題(洋) DEVELOPMENT OF NANOFILTRATION MEMBRANE BIOREACTOR(NFMBR) FOR WASTE WATER RECLAMATION AND REUSE IN URBAN AREA
報告番号 118964
報告番号 甲18964
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5696号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 福士,謙介
内容要旨 要旨を表示する

 膜分離活性汚泥法(Membrane Bioreactors:MBRs)とは、活性汚泥法と精密濾過膜(Micromtration:MF)または限外濾過膜(Ultrasltration;UF)を組み合わせたプロセスの事を称する。膜分離活性汚泥法は膜により汚泥流出が阻止されることにより、バイオリアクターの生物濃度を高められることにより、装置の小型化が可能であることや余剰汚泥の生成量が少ないこと等が利点である。特に膜分離により、汚泥の沈降性に処理水質が全く影響されないという大きな長所を有する。

 一方、近年UF膜と逆浸透(ReverseOsmosis;RO)膜との中間領域の阻止性能を持つナノ濾過(NanoHltration;NF)膜の開発が進められている。最近の水処理分野では複雑な分離、特にフミン質、難分解性有機汚染物質(Persistem Organic Ponutants、POPs)、重金属イオン、内分泌撹乱物質(Endocrine Disrupting Chemicals、EDCs)等の分離除去への要望が多いので、この問題に対応できるものとしてNF膜の応用が注目されている。さらに、今後NF膜は下水の高度利用のための高度下水処理に利用されると予想されている。 上記の意義を持ちながら、本研究は人工下水及び実下水を対象原水として実験を行った。つまり、実下水を処理するに先立ち、人工下水を原水として、中空糸型の2酢酸セルロース(CDA)ナノ濾過膜を浸漬ナノ濾過膜分離活性汚泥法に初めて適用した。ナノ濾過膜の膜表面積当り透過流量と膜間差圧の変化からみると、約60日の運転期間中、約30kPaの膜間差圧下で膜の流量は平均0.00I m旧を若干上回ったが、20日以降は膜間差圧及び濾過水量は大きく変化が起こった。この現象の原因としては膜の荷電性の変化による浸透圧の減少、膜構造の劣化等が考えられる。ナノ濾過膜分離活性汚泥法の処理水の有機物濃度は60日間2.5mg/L程度の良質の処理水が約得られた。ナノ濾過膜の塩阻止率は2価イオンの場合、運転開始後約20日までは20%だったが、その以降は上澄み水と処理水の濃度差はあまり見えなかった。窒素の場合は充分な曝気によって窒酸化が進行されていたが、時間経過に従って逆に硝酸性窒素及び全窒素の濃度が徐々に低くなってしまった。この結果は膜モジュールの中に汚泥が蓄積されて空気がモジュールの中まで伝達され難く、徐々に無酸素の状態になって脱窒化が進行されたと考えられる。膜の構造変化を確認するため、AFM(AtomicForceMicroscopy)で膜表面のイメージを取った。その結果、膜の運転開始後の経過日数が多いほど、膜の劣化程度(微生物分解程度)が大きかったことが分かった。

 この実験の結果を基にし、実下水を処理対象として浸漬ナノ濾過膜分離活性汚泥法の長期運転を試みた。つまり、本研究では2酢酸セルロース膜の問題点である経時変化による膜構造の劣化を防止する為、3酢酸セルロース膜及びポリアミドナノ濾過膜を用いて2系列で運転を行った。3酢酸セルロース(CA)ナノ濾過膜を用いた運転において膜表面積当り透過流量及び膜間差圧の変化は約250日間にわたってCDA膜とほぼ同じ傾向が見られた。CA膜の塩阻止率はCDA膜より高いという原因によって初期膜間差圧が80kPa程度で相当高かったが、膜の荷電性の変化が起こり、膜透過流量は徐々に上がったことが分かった。膜濾過水のDOC濃度の経時変化は、運転初期の約100日までは1.Omg/Lを下回ったが、膜劣化によって徐々に上がって3.O mg/L前後の濃度を見られた。膜透過水量及び透過水.質の観点から見ると、CA#1を除いた膜モジュールにおいては深刻なトラブルの無い状態で安定的な運転結果が得られたのはナノ濾過膜分離活性汚泥法の実用化が一層迫っていることが言える。kmD、EEM及び熱分解GC/MS等を用いた瞬慮過水内の溶存有機物質を分析した結果、時間変化によってDOC濃度の増加に伴って溶存成分の相違も見られた。この原因としては膜の劣化によって膜表面の荷電性質が消失したことに起因していると考えられる。窒素及びリンの除去の場合、荷電性を持つ硝酸性窒素とリン酸塩イオンの阻止率が運転初期においては相当高かったが、膜の荷電性が次第に弱くなるに伴ってこれらの除去率も低くなった。膜の劣化程度を調査する為、AFM分析を行った。その結果、CDA膜の方より劣化程度が深刻でないと考えられる。これはCA膜の構造がCDA膜よりタイト構造を持つこと、ナイロンストッキングによる微生物の膜モジュールへの侵入がある程度抑制されたこと等が理由として挙げられる。従って、膜濾過水のDOC濃度が約250日間で3.Omg/L以下で安定していることが理解できる。結論的にCA膜を使用する場合は膜の劣化を長期間抑制できる方法を考えるべきである。

 微生物による膜劣化の可能性が高いと言及される3酢酸セルロース膜のデメリットを克服するため、ポリアミド(PA)系の中空糸型ナノ濾過膜を用いた運転を同時に行った。PAの場合は膜間差圧及び透過水量は大きな変化せず、一定の透過水量が70-80kPaの差圧によって生産された。膜濾過水の有機物濃度の場合、運転初期においては2.Omg DOC/L以下で、そして経時変化につれて水質がより安定され、約150日目以降は1.Omg/Lを下回るほど良い濾過水が得られた。膜濾過水を対象とした∬D、EEM及び熱分解GC/MSの分析結果によると、CA膜濾過水に反してPA膜濾過水の場合は経時変化に伴うDOC成分の変化は見られなかった。これは、運転期間中、PA膜品質が変わらなく一定の品質を維持した結果である。下水中の栄養物質である窒素の除去は膜への親和性等によって硝酸性窒素の阻止率が相当低かったが、りんの阻止は3価のリン酸塩イオンの阻止率が一定に保持された。しかしながら、阻止されたリンは反応槽に蓄積されてf澄水の濃度が高くなり、膜濾過水中のリン濃度は随分高かった。PA膜の汚染物質の付着程度を調べるためAFM分析を行った。その結果、経時変化につれて膜表面に付着した汚染物質の量も増えていることが分かった。CA膜の劣化及び濃度分極現象を抑える自的として導入したナイロン布及び水道水洗浄法の効果はあまり見られなかったが、微生物の膜モジュールへの侵入等はある程度抑制されたと考えられる。CA及びPA膜の膜濾過水を水質の面から、下水再利用のための地下水への注入を目的とした実規模の高度下水処理システムの処理水(RO膜濾過水)との比べると、匹敵できる処理水が得られることが明らかになった。このように、ポリアミド膜は酢酸セルロース膜の代案としてナノ濾過メンブレンバイオリアクターに導入する必要性は高いと考えられる。但し、低い塩阻止率を持つPA膜の製造が要望される。

 CA及びPA膜のバイオリアクターの運転挙動を既存のMF膜のリアクターとの比較により、その相違点を調べてみた。PA膜リアクターの場合、リン濃度/MLSS濃度の比がほかのリアクターより高かった。その原因としてはPA膜の塩阻止による上澄水内のリン酸塩イオンの蓄積及び流入粒子等の相対的な少量に起因したことと考えられる。反応槽内の滞留時間(Hm])が短いCA膜リアクターが一番大きい活性汚泥のフロック径を持っていることが分かった。酸素消費速度(OUR)は運転初期においてはMF膜リアクターが大きかったが、約l50日後はCA膜リアクターの方がより大きくなった。これはCA膜リアクターのHRTが2.0日から1.5日への縮小により、活動が活発な微生物がより多く供給されたことからと考えられる。各々のリアクター内の細胞外成分(EPS)は大きな相違が見られなかった。

 浸漬中空糸膜モジュール設計の提案の為、膜糸の密集度と圧力の低下との関係に関してシムレーションを行った。その結果、実用化のため、本研究で使用された膜モジューノレの膜糸の数より多い糸(2倍程度)を詰めても、糸の密集度による圧力低下は殆どないと考えられる。

 上記の浸漬ナノ濾過メンブレンバイオリアクターの実用化の妥当性を評価するため行った本研究結果から見ると、このシステムは十分に実用化できるものと考えられる。

 但し、本研究の結果は下水処理用のナノ膜ではなく脱塩用の膜を用いたものであり、水量及び水質的な面とも改善すべき点がいくつか存在する。ナノ濾過メンブレンバイオリアクターの実用性を高めるためには、低い塩阻止率を持ちながら、ナノ濾過膜の気孔の筋い効果による水中の低分子量溶存有機物質を除去できるナノ濾過膜の製造が至急に要望される。さらに、膜モジュールの形態も中空糸モジュールのように浸漬型メンブレンバイオリアクターに適しているものを同時に開発が要求される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Development of nanofiltration membrane bioreactor (NFMBR) for wastewater reclamation and reuse in urban area (都市における下水の高度利用のためのナノ濾過メンブレンバイオリアクターの開発)と題し、ナノ濾過中空糸膜を活性汚泥曝気槽内に直接浸漬し吸引濾過で 処理水を得るという、全く新しい発想で、これまでにない高度処理性能を有する下水処理法を開発した先駆的研究である。

第1章は「序論」である。研究の背景とこれまでの下水処理水再利用の動向をまとめた後で、研究の目的と本論文の構成を示している。

第2章は「既往の研究」である。膜技術の下水処理における適用から、ナノ濾過膜分離活性汚泥法の先行知見、下水再生利用技術、逆浸透・ナノ濾過の基礎理論についてまとめている。

第3章は「実験材料と方法」である。実験装置の構成や分析方法についてまとめている。

第4章は「2酢酸セルロース膜(CDA)を用いたナノ濾過メンブレンバイオリアクターの性能」で、以下のような結果を得ている。ナノ濾過膜の膜表面積当り透過流量と膜間差圧の変化からみると、約60日の運転期間中、約30 kPaの膜間差圧下で膜のフラックスは平均0.001 m/日を若干上回ったが、20日以降は膜間差圧及び濾過水量は大きく変化が起こった。この現象の原因としては膜の荷電性の変化による浸透圧の減少、膜構造の劣化等が考えられた。ナノ濾過膜分離活性汚泥法の処理水の有機物濃度は60日間2.5 mg/L程度の良質の処理水が得られた。ナノ濾過膜の塩阻止率は2価イオンの場合、運転開始後約20日までは20%だったが、それ以降は上澄み水と処理水の濃度差は有意に認められなかった。窒素の場合は充分な曝気によって窒酸化が進行されていたが、時間経過に従って逆に硝酸性窒素及び全窒素の濃度が徐々に低下した。膜モジュールの中に汚泥が蓄積されて無酸素の状態になって脱窒が進行したと考えられた。膜の構造変化を確認するため、AFM(Atomic Force Microscopy)で膜表面を解析した結果、膜の運転開始後の経過日数が多いほど、膜の劣化程度(微生物分解の程度)が大きいことが分かった。この実験の結果を基にし、以下の章で、実下水を処理対象として浸漬ナノ濾過膜分離活性汚泥法の長期運転を試みている。

第5章は「3酢酸セルロース膜を用いたナノ濾過メンブレンバイオリアクターの性能評価」で、以下のような結果を得ている。3酢酸セルロース(CA)ナノ濾過膜を用いた運転において、膜表面積当り透過流量及び膜間差圧の変化は約250日間にわたってCDA膜とほぼ同じ傾向が認められた。CA膜の塩阻止率はCDA膜より高い故に初期膜間差圧が80 kPa程度で相当高かったが、膜の荷電性の変化により、膜透過流量は徐々に上がったことが分かった。膜濾過水のDOC濃度の経時変化は、運転初期の約100日までは1.0 mg/Lを下回ったが、膜劣化によって徐々に水質が悪化し3.0 mg/L前後になった。膜透過水量及び透過水質の観点から見ると、一系統を除き、その他の膜モジュールにおいては深刻なトラブルの無い状態で安定的な運転結果が得られたことにより、本研究で開発したナノ濾過膜分離活性汚泥法の実用化の可能性は高いと評価できた。XAD、EEM及び熱分解GC/MS等を用いた膜濾過水内の溶存有機物質を分析した結果、DOC濃度の増加に伴って溶存成分の相違も見られた。この原因としては膜の劣化によって膜表面の荷電性が著しく減少したことに起因していると考えられた。窒素及びリンの除去の場合、荷電性を持つ硝酸性窒素とリン酸塩イオンの阻止率が運転初期においては相当高かったが、膜の荷電性が次第に弱くなるに伴ってこれらの除去率も低くなった。膜の劣化程度を調査する為、AFM分析を行った。その結果、CDA膜の方より劣化程度が深刻でないことがわかった。これはCA膜の構造がCDA膜よりタイトな構造を持つこと、膜モジュールをナイロンネットのカバーで膨らみを防ぐ工夫により微生物の膜モジュールへの侵入がある程度抑制されたこと等が理由として挙げられた。従って、膜濾過水のDOC濃度が約250日間で3.0 mg/L以下で安定していたと判断された。従って、CA膜を使用する場合には膜の劣化を長期間抑制できる方法を開発していくことが重要であると指摘している。

第6章は「ポリアミド膜(PA)を用いたナノ濾過メンブレンバイオリアクターの性能評価」である。本章では、微生物による膜劣化の可能性が高いと考えられる3酢酸セルロース膜のデメリットを克服するため、ポリアミド(PA)系の中空糸型ナノ濾過膜を用いた運転を並行して同時に行った結果をまとめたものである。。PAの場合は膜間差圧及び透過水量は大きく変化せず、一定の透過水量が70-80 kPaの差圧によって維持された。膜濾過水の有機物濃度は、運転初期においては2.0 mg DOC/L 以下で、そして経時変化につれて水質がより安定化され、約150日目以降は1.0 mg/Lを下回るほど水質の良い濾過水が得られた。膜濾過水を対象としたXAD、EEM及び熱分解GC/MSの分析結果によると、CA膜濾過水に比してPA膜濾過水の場合は経時変化に伴うDOC成分の変化は大きくなかった。これは、運転期間中、PA膜品質が変化せず一定の品質を維持した結果である。下水中の栄養物質である窒素の除去は膜への親和性等によって硝酸性窒素の阻止率が相当程度低かったが、リンの阻止は3価のリン酸塩イオンの阻止率が一定に保持された。しかしながら、阻止されたリンは反応槽に蓄積されて上澄水の濃度が高くなり、膜濾過水中のリン濃度が高くなった。PA膜の汚染物質の付着程度を調べるためAFM分析を行った。その結果、経時的に膜表面に付着した汚染物質の量も増えていることが分かった。濃度分極現象を抑える目的として導入した水道水洗浄の効果はあまり見られなかったが、ナイロンネットにより微生物の膜モジュールへの侵入等をある程度抑制する効果を挙げたと考えられる。PA膜の膜濾過水は、有機物濃度の点から、下水再利用のための地下水への注入を目的とした実規模の高度下水処理システムの処理水(RO膜濾過水)と比較しても、同等の処理水が得られることが明らかになった。

第7章は「ナノ濾過メンブレンバイオリアクターと精密濾過メンブレンバイオリアクターの性能評価」であり、以下のような結果を得ている。CA及びPA膜のバイオリアクターの運転性能を、同条件で並行して運転したMF膜のリアクターと比較したところ、PA膜リアクターの場合、リン濃度/MLSS濃度の比がほかのリアクターより高かった。その原因としてはPA膜の塩阻止による上澄水内のリン酸塩イオンの蓄積及び流入粒子等が相対的な少なかったことが要因として挙げられた。反応槽内の滞留時間(HRT)が短いCA膜リアクターが一番大きい活性汚泥のフロック径を持っていることが分かった。酸素消費速度(OUR)は運転初期においてはMF膜リアクターが大きかったが、約150日後はCA膜リアクターの方がより大きくなった。これはCA膜リアクターのHRTが2.0日から1.5日への減少したことにより、微生物活性が大きくなったと考えられる。各々のリアクター内の細胞外成分(EPS)には大きな相違が認められなかった。

第8章は「ナノ濾過メンブレンバイオリアクター膜モジュール設計のための圧力降下及びフラックス低下のシミュレーション」で、浸漬中空糸膜モジュール設計法提案のため、膜糸の密集度と圧力の低下及日フラックス低下との関係に関して、シミュレーションを行ったものである。その結果、実用化のため、本研究で使用された膜モジュールの膜糸の数より2倍程度多く詰めても、糸の密集度による圧力低下の影響はは殆どないなど、シミュレーションによるモジュールサイズの最適化に関する設計法に関する知見を提供している。

第9章は「結論および今後の課題」である。

以上要するに、本論文は極めて斬新な発想による中空糸を用いた浸漬ナノ濾過メンブレンバイオリアクターを開発し、その実用化にあたっての基本性能を明らかにし、また開発した処理プロセスが、十分に実用化可能であることを実下水を用いた長期試験により実証した独創的研究であると高く評価できる。また、本論文で得られた知見は、都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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