学位論文要旨



No 118965
著者(漢字) 崔,廷敏
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ジョンミン
標題(和) 住情報及び住意識に関する探索的分析 : マイニング手法による情報の抽出及び都心居住者の住意識に関する一連の研究
標題(洋)
報告番号 118965
報告番号 甲18965
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5697号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、住宅・都市・建築などの分野における情報の活用と、都心居住世帯の意識特性という2点を柱として進めてきた研究成果をまとめたものである。前者は、特に住情報の有効利用を想定し、収集した膨大なデータから有用な情報を抽出するための方法論、応用論に関する内容である。データとしては、統計データはもとより、テキスト文書のような非整形データ、さらにはインターネット上でのウェブデータまで様々なデータ形式に対して、これまでの学際的な研究成果を用いて多様なアプローチから分析および考察を行っている。後者は、都心居住者世帯の内的特性、特に世帯の満足度評価や住意識に焦点を当て議論している。ここでは、既に既存研究で明らかになっている住宅の物的な状況を概観するのではなく、住要求が表層化されたと思われる満足度評価や住まい価値観を通じて,都心居住者要求のダイナミズムに迫り,そこで見られる居住者の評価特性と住意識に関する特性について考察する。同時に、居住者の評価特性や住意識の違いが、どのような居住者の属性特性とどのような住宅の物理的特性とかかわり、そしてどのような行動パターンと関係しているかを、理論的考察と同時に実証分析を行っている.

住情報に関する探索的分析

「発見」という知的行為は常に人々を魅了し、あらゆる分野で人類の進歩の原動力となってきた。情報の洪水の中で住宅・都市・建築などの分野でも、最近になって情報をプラニングやモニタリングの作業時に取り入れる動きが活発になっている。特に、インターネットの普及につれ、その応用は急増している。例えば、都市・建築分野における各種のマスタープランや計画の立案や策定、評価などにおける情報の活用はその例と言える。しかし、「データは豊富だが、情報は乏しい」 という表現のように、情報源からの知識や情報抽出という2次的情報の抽出、加工、活用に関する研究例は、住宅・都市・建築などの分野では少ない。本研究の第2章では、この問題意識を背景に、都市・建築などの分野における情報化、とりわけ「住宅」分野における大量情報の活用可能性について考察する。

近年、情報化社会の進展に伴い、都市・建築の分野でも大量のデータが蓄積されつつある。これら大量のデータから、今まではあまり明らかになっていない規則やパターンなど有用な情報を抽出し、それを意思決定や政策立案などに活用する必要性が高まりつつある。しかし、現状ではまだこれら大量のデータに潜む情報の重要性についての認識や、活用可能性についての方法論及び応用例が、特に住宅・都市・建築の分野などではほとんど示されていない。その結果、これに関する既存の関連研究は皆無に等しく、多くの場合、専門家や熟練者の経験やカンに依存してきたところが大きい。そこで本研究では、その必要性と活用可能性についての一般論を論じるのではなく、実際にさまざまな応用例を通してデータに潜む情報を抽出する方法論及び応用論について論じる。

一般に、膨大なデータから有益な情報を探り出す手法は「マイニング」と呼ばれており、情報技術の進展により最近注目されつつある。利用データの特性から「テキストマイニング」、「ウェブマイニング」、「空間データマイニング」などと細分化され、研究が盛んに行われている。しかし、現在マイニングに関する研究及び応用の状況は、かなり発展してきている最中であるため、確立された研究体系が現時点でできているというよりも、構築されつつあるというのが適切な表現である。その意味で、本研究はいち早く住宅・都市・建築などの分野への活用を想定し、マイニングいう新たな視点を与え、そこに潜む情報を抽出し、有益な知見を得る方法論及び応用論を展開している。

考察内容は、データマイニング(住宅市場)、テキストマイニング(住宅政策、住環境及び居住環境の概念変遷)、そしてウェブマイニング(住環境の概念特性)の順となっている。まず、第2.2節では、住宅市場における大量の統計データから興味深い情報のみを抽出する手法を提案し、それを実際の新規分譲マンションの契約者データベースへ適用し、その有用性について論じる。第2.3節では、国の住宅政策のマスタープランである「住宅建設五箇年計画」を取り上げ、今までにあまり明らかになっていないテキスト文書に潜む情報を抽出しその特性を考察する。特に、テキスト文書は形式化しにくい非定型データなので計量化が難しく、また自然言語特有の意味の多義性や曖昧さなどにより情報としての抽出・要約が極めて難しい。そのため、現時点で本研究のような都市・住宅等の分野へ適用された研究例はほとんど見当たらない。第2.4節では、人々が考えている「住環境」及び「居住環境」 の概念的内容がマスメディアの「新聞」に現れたと見なし(表層化)、そこで語られている関連言説を経年的・網羅的に抽出し(マイニング)、住環境及び居住環境についてのイメージやその変容を言語統計学的視点から考察する。さらに、第2.5節では、同じく「住環境」の概念がインターネット上ではどのように捉えられているのか、情報媒体による違いは何かなどをウェブで収集した網羅的な文書から抽出し、そこで語られている内容を言語統計学的、言語社会学的な視点から考察する。

住意識に関する探索的分析

実証分析として都市基盤整備公団の定期調査(平成12年度)データを用いて、都心居住者の住意識や価値観、居住期間などについて考察する。都心居住者の特性としては、すでに多くの既存研究で明らかになっている住宅の物的な状況を概観するよりも、世帯の意識に焦点を当て住宅や住環境に関する「住意識」を重点的に分析する。居住者満足度評価とは、一般に居住後評価(POE)を中心に、利用者である居住者を対象に住宅や住環境の質について評価してもらい、将来の居住環境の質を高めるための具体的な方向性を導き出すことを目的とするものである。しかし、既存研究では、以下のような点で研究の補完が必要と思われる。1)評価対象である居住者は同質的であるという暗黙の仮定に基づいて集計分析し考察を行っていることが多い。2)満足度評価の集計分析を行う際にも、研究者自身の先験的な経験や、居住者の社会人口統計学的属性(例えば、地域、年齢、住宅規模等)といった既存分類体系をそのまま基準として採択し分析を行っている。3)分析手法においても、既往関連研究の多くは満足度評価の回答値を等距離に仮定した重回帰モデルがよく用いられる。この方法は簡便ではあるが、等距離性の仮定に疑問がある。4)満足度評価との関連付けの目的で導入する説明変数においても、居住者属性や住宅の物理的特性といった外的特性を表す変数のみにとどまっている。「住まい指向性」といった居住者の価値観や住意識は考慮されておらず、これらの変数がもたらす満足度評価のバイアスはまったく考慮されていない。5)満足度評価における居住者が感じている評価の軸や評価構造などについてもあまり明らかになっていない。これらの問題意識が本研究の出発点である。

まず1)に関しては、より的確に住宅市場を理解し、その理解の上でより精度の高い満足度評価に関する分析を行うためには、全評価対象世帯を同質な世帯ではなく、同質的な評価を行う世帯に分類すべきである。この主張の根拠は、以下の幾つかの項目、及び「住宅市場の細分化」に詳細に述べられている。また、2)については、居住者のライフスタイルの多様化等を背景に居住に対する価値観が多様化しつつあるため、従来の社会人口学的先験的基準が必ずしも十分に分類の軸として対応していないことに注意する必要がある。例えば、最近東京都心に供給されている分譲マンションの集合住宅市場を見ても、従来とは違って購入者のうち年齢60代以降の、いわゆるシルバー層が高い割合を占めている。これは過去の一般的観念、例えば「田園・郊外志向」のような住まい志向性とは異なる傾向である。また、3)で指摘した分析手法についは、そもそも満足度評価の回答値は、順序尺度の変量なので、測定値間の差(interval)は厳密な意味で同じ値でないことに注意する必要がある。また、基本的に満足度評価には個人の「価値」や「効用」のような見えない潜在的概念が強く関わる。このように「効用」のような潜在変数の存在を明示的にモデルに組み込むと同時に、順序カテゴリー間の境界値を事後確率の推定によって直接モデルから求める方法が「重回帰モデル」より適切と思われる。この目的のために本研究では「順序プロビットモデル」を用いて考察する。また、4)住まい志向性のような内的変数の導入の必要性については、例えば、「戸建−持家−低層」の志向層は、「集合−賃貸−高層」の志向層に比べてすべての満足度評価項目おいて、高い不満を示すことが明らかになっている。したがって、意識的であろうが無意識的であろうが、ある特定の偏った価値観層を対象とした満足度集計分析は、明らかにしたい真の評価とは異なるバイアスをもつ危険性を内包している。最後に、5)満足度評価では、住宅からの満足度が住環境からの満足度より総合満足度に与える影響が大きいことから、住宅部分の改善による効果が住環境のそれよりも満足度向上には効率的であると言える。また、東京都居住者には住環境が、周辺3県の居住者には住宅の質がより高く評価され、満足度評価に影響を与える要素が異なっていることが共分散構造分析によって確認できた。

その他にも、居住期間と満足度評価との関係や、住替え希望者の回答をハザードモデルに定式化し、住替え要因とその程度を詳細に分析することで新たな知見を得ている。

審査要旨 要旨を表示する

良好な住環境が自律的に整備、維持され、またときには行政の誘導などにより展開されて行くことは今日的政策課題であり、そのための適正な住環境の評価論の確立が重要なこととなってきている。住環境の評価を論ずる上で、評価の対象となる住環境の価値を居住者がどのように認識し、評価しているかを分析することは基礎的かつ重要な研究と言える。なぜなら、住環境の価値に対して、一般の認識では、より狭義に利便性や快適性のみを強くとらえたり、あるいは室内環境のみをかなり意識したりするなど人によって認識の違いが見られるからである。その結果、住環境に関するアンケート調査で仮に住環境という言葉を用いても、質問者と回答者に意識のずれが発生する。このため、国や自治体が住環境政策を行う際、微妙な認識のずれが生じ、結果として政策を遂行する上でなんらかの非効率性をもたらしている可能性がある。

一方、居住者のライフスタイルの多様化や価値観の高度化に伴い、住宅・住環境に対する住要求や住意識も多様化しつつある。居住者のこのようなダイナミックかつバライエティに富む住意識や住居選択の行動特性などを綿密に分析するためには、多面的な特性を網羅的に抽出し体系化することが求められ、その一つの方法論として「探索的分析」手法が有効となる。居住者の住意識や行動特性の分析における従来の研究では、ある一面的な特性のみを捉えて分析する場合が多く、その結果、捉えるべき重要な特性要因が欠けたり、あるいは特性要因間の関係が把握できない、などの問題が生じている。

このように「住環境」の分析は、その根源となるところを溯って行くと、多様な分野と繋がっている。今まで住環境に関しては多くの研究がなされてきているが、多面的かつ定量的な方法で「住環境」を捉えている研究はあまり見当たらない。この多面的な要素の分析の軸として、本論文では「住意識」と「住情報」を二本柱として導入した。さらに、本研究においては上記の分析を「マクロ」と「ミクロ」を軸に細分化し、住環境をより多様な視点から分析し考察を行った。

「住環境」の価値を分析するために、まず住環境の概念という世間のイメージを人々のマクロな住意識として捉え、その概念的変遷を過去の新聞記事や現在のインターネットを手がかりにして考察した(第3章)。次に、ミクロな視点からの住意識をテーマに、公団の定期調査を用いて首都圏賃貸住宅居住者の住意識について考察した(第4章)。続いて、マクロな住情報の特性を持つ「住宅建設五箇年計画」を取り上げ、特に「住環境」に関する政策変遷に注意しながら文書データを定量的に評価する方法を提案した(第5章)。また、ミクロな住情報として、分譲マンション購入者データベースを用いて都心居住者の住居選択の行動特性について分析した。特に、ここでは購入者の住情報及び住意識の両者に焦点を当て、購入行動特性のうち興味深い特性のみを抽出し要約できる方法を提案し、提案手法を用いて都心居住者世帯の購入行動特性を明らかにできた(第6章)。

本研究は以下の特徴をもっている。まず住意識の分析では、公団の賃貸住宅居住者の満足度評価を用いて満足度評価に潜む居住者の評価構造や、評価軸を考察している。特に、今までの既存研究のアプローチとは逆に、居住者の属性を事前に分類するのではなく、事後確率で推定した後、推定したクラスターに基づいて居住者層の属性特徴を考察している。また、従来、内的変数の満足度評価への影響は広く認識されてきているが、実証分析までは至っていなかった。本研究ではそれを初めて厳密に実証分析し、内的変数の満足度評価への影響を明らかにしている。

次に、住情報の分析では、従来、住宅分野の内容分析では定量的分析は困難であると思われ、その研究は定性的な分析が大半であった。本研究では、都市・住宅分野では初めて文書情報を定量化し評価する応用例を提示し、具体的な分析結果を示している。ここでは、文書から抽出したキーワードの出現頻度を言語統計量として求めた後、対応分析による対応平面上に各キーワードを布置し、期別の変遷を分析することで住宅政策の変遷を考察している。また、「答申」と「計画」文書間の対応関係、「答申」文書同士間の類似度、対応関係なども考察している。また、分譲マンション購入者の特有な行動特性を網羅的に抽出するため、「興味深いルール」のみを網羅的に抽出する手法を提案し、それを実際のデータベースに適用し、購入者の属性に応じた行動特性の特色を明らかにしている。

さらに、世間のイメージを住環境の概念として捉え、その概念の変遷を過去の新聞記事や現在のインターネットを手がかりにして考察している。そこでは、18年間の膨大な新聞記事やインターネットから収集したPDF文書を対象に、住環境や居住環境に関するイメージや概念的特性を網羅的に抽出し、住環境概念の歴史的変遷や概念認識の特徴を明らかにした。

このように、本研究は今までの研究とは違って「探索的分析」という新たなアプローチを都市・住宅分野の多様な場面に適用し、住環境を多様な観点から考察した点が高く評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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