No | 118966 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | ANH THI,TRAN LAN | |
著者(カナ) | アン ティ,チャン ラン | |
標題(和) | ハノイ市の保全開発計画の手法に関する研究 :「土地精神」の保護に向けて | |
標題(洋) | Study on Urban Conservation and Development Methodology for the City of Hanoi : Towards the protection of "Spirit of Place" | |
報告番号 | 118966 | |
報告番号 | 甲18966 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5698号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 都市工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ベトナムは、1970年代後半以降、特に1986年のドイモイ政策の採択の後、劇的な経済的変容を経験した。中央集権的で上位下達のプランニングによる計画経済から、より分権化され、柔軟な経済体制への変化が急速に進展している。社会的所得の増加は、特に東洋的な都市計画の思想と、西欧的な都市計画の思想が長期にわたって重なり合ってきたハノイのような歴史的都市においては、二重の影響を与える。こうした異なる外国文化の混合は、伝統的なベトナムの生活とともに、ハノイという都市の独自性を生み出している。 しかしながら、ハノイは五つの理由で危機に陥っている。一つは、歴史的構造の統制なき破壊や新たな構造や機能による代替は、しばしば異質なスケール、材料、建設技術で行われ、都市組織を損壊させるのみならず、住民の伝統的な経済生活をも損失させ、地区の個性に影響を与える。第二に、巨大な人口増加は、古い既存の都市基盤施設を圧迫し、上水や下水、交通混雑、公害の深刻化といった深刻な都市環境問題を引き起こす。第三に、時代遅れの中央集権的プランニングや開発メカニズムは、市場経済と結びついた市民の新しい需要を満たすことができない。既存のプランニングは、マクロ、ミクロ両面において、明確な目標と価値、市民参加をより強調した、より強力で、方法論的な枠組みを欠いている。第四に、ハノイの市民は、都市の独特な個性をつくりだす重要な構成要素であるが、そうした市民の場所を計画している専門家の仕事には殆ど関与できていない。第五に、財政面・技術面での制約があり、経済の停滞に拘束される政府は、基本的な都市の基盤施設の供給に力点を置き、歴史的環境保全は優先されなかった。 1990年代初頭、ユネスコはハノイの歴史的市街地の再生に関心を示し始めた。以降、これを支援する計画が様々な国によって提案されたが、実際的な効果は殆どなかった。1995年からは、ベトナム政府もハノイにマスタープランや地区レベルでの様々な詳細計画を導入することで、この試みを支持した。インナーシティの人口を250万人で安定化させ、ハノイ大都市圏の副都心に成長を振り分けることが提案された。旧市街地では、500軒のフランス占領期の邸宅、また、2000軒に及ぶベトナムの歴史的な建物の更新によって、保全の手法が使用されるだろう。また、ハノイから40キロメートルの位置にあり、ベトナムの象徴的な記憶である古代の要塞コロアの再生も決定された。 マスタープランは限定されたヴィジョンと開発の目標は提供したが、急速に変わりゆく世界が首府に押し付ける様々な詳細な変化については、予期できなかった。都市計画の国際的な潮流は、ハノイに対して殆ど教訓を与えなかった。地区レベルにおいて、計画は、都市の基盤施設のみではなく、土地利用や建築パターンを最も重視するが、都市の個性の保存や生活の質の問題は滅多に問題にされない。これらの新しい都市計画技法は、都市計画事業はしばしば適切な道筋を辿ったという事実にもかかわらず、確実に都市の個性や精神的な記憶を破壊したのである。 ハノイの地霊を維持する方法を再考することは、都市生活の質を改善するのと同様に、極めて現在的な課題である。 ハノイ市は現在、岐路に立っている。一方では、持続可能な発展を志向した保全を通じて、その歴史的資産を保全する方法を探り、他方では、生活の水準を近代化し、向上させる様々な要求を満たさなければならない。その過程では、商業上の目標とコミュニティの目標との間や、公的資金と民間投資との間の均衡が最も重要である。それ故に、保全と開発の間の均衡を探すことが、最も重要な課題となる。 本研究では、ハノイの都市開発の戦略の中に地方の個性の保全、保護政策を統合するという緊急の要求を実現させるために、“土地精神”の保護に基づいた地区レベルでの保全手法を提案することを目的とする。地区固有計画(The District Uniqueness Plan)は、開発中心の従来の計画を発展させたものであり、開発の磁針としてその基準を決定する“土地精神”の評価に照準した、ハノイの発展を許容しつつ、その特性の保存と回復の方法を導き出すであろう。 本研究の主要な関心は、1.“土地精神”の概念と構成要素、基準の同定、2.ハノイの地区の土地精神の保護のための保全計画手法の探求、3.地区固有計画とその計画を機能せしめるためのガイドラインの提案、である。 本研究の仮説は、第一に、都市保全と開発の間の衝突は、一つの神話に過ぎず、“土地精神”の保護は、保全と開発との調和を実現させるだろうということである。第二に、より柔軟で、大規模性を強調するこのない地区固有計画は、ベトナムの計画プロセスにおいて、有効な代替策となる。都市計画の意志決定は、より広い範囲の関係者を巻き込み、コミュニティにより一層、関心を注ぐことになるだろう。 本研究は、三部から構成される。 第一部は第一章、第二章からなり、保全計画の理論的な枠組みと、“土地精神”に基づいた都市計画の基本的な考え方を説明する。第一に、二つの主要な構成要素である保全と開発について、歴史的な観点、及び現在の都市の発展に与える影響から分析する。各構成要素における課題に対応して、都市保全の価値が、矛盾と一致の条件において批判的に検証され、保全開発のための道具立てに到達する。発展の歴史や社会文化的な次元、他の要素といった保全の多様な局面は、開発計画への関心、プロセス、政治経済的な指針、保全的介入の影響と同時に再検討される。“土地精神”の構成要素を明らかにすることが、この理論部での主要な目的である。後半部分での保全に関する分析的枠組み、及び重要なパラメーターとなる。 第二章では、保全に関する海外事例について議論し、ベトナム固有の状況への適用について、評価を行う。二つの構成要素を取り上げ、多様な文脈において開発と調和し、成功した保全に共通する特徴が、“土地精神”の発展的な枠組みの中で議論される。 第二部は、第三章、第四章から構成され、ベトナムの現在の都市計画の実践について、特にハノイの事例に言及し、分析を行う。第三章においては、ハノイの発展を、その歴史的重要性や都市の形態論的な議論を通して、再検証する。特に、1986年のドイモイ政策の採択以降の、保全と開発の間の対立に焦点を当てる。基本的には、マクロレベルでは、総合的な地域開発、複合開発、ハノイの歴史的市街地の総合的保全、ミクロレベルでは、ハノイの歴史的文脈を尊重した計画設計や建築設計について考察する。 第四章では、ハノイの詳細計画における、計画や設計の概念の展開を、政府が主導するベトナムの都市計画プロセスに基づいて分析する。専門家へのインタビュー、アンケート調査、そして追加の現地調査によって、最新の計画プロセスを明らかにし、ハノイ市の保全・開発について鍵となる事項を明らかにする。ここで明らかにする事項は、地区固有計画の計画手法の形成の基盤となる。 第三部は第五章、第六章から構成され、地区固有計画を用意するためのプロセスとガイドラインを提示する。 本研究で提示するガイドラインに基づいて策定される都市固有計画は、詳細計画と多くの類似性を有するが、特に地区、コミュニティレベルにおける“土地精神”の保護に焦点をおき、より広い範囲の課題を扱うものである。 地区固有計画の導入を説明するために、適用事例として、ホアン・キエム湖地区を採り上げる。その独特な都市景観は、都市の形態と構造の関係への特別な着目とともに、この段階にふさわしい。そのプロセスは、将来的な都市の成長の基盤となる都市固有計画の策定という最終的な目的を伴って実行される。一連の拡張された保全の基準は、様々な選択肢とともに適用され、検証、評価され、そして最適なアーバンデザインの枠組みを総合的に生み出すことになる。 開発の課題とその応用が、その前段階において、保全とデザインの基準の開発を形式化し、固まる。アーバンデザインのマトリックスが、分類論やアーバンデザインの段階から考案される。 本研究で得られた知見 概念としての“土地精神”は、都市保全と関係している。“土地精神”を評価し、抽出するためのカテゴリーは、有形、無形の要素を含んでいる。それは(1)計画と配置の原理、(2)場所−物的な性格、(3)歴史的、記憶上の、象徴的な意味、という三つの基準として表現可能である。これら三つの基準は、保全計画において、地域の個性を保護することに貢献し、そして、地域の分析のための枠組みとしても有効である。 地区固有計画のプロセスは、都市組織、つまり地域の個性が発生する際に関連する価値に応じて決定され評価される地域の体系的な分析を通じて、地霊、あるいは都市における“土地精神”を顕在化させるある効果的な手段を有しているのかも知れない。この独特の性格の同定は、地域変化を悪くない方向に誘導しなければならないし、その独特の性格を高めることにつながらないといけない。これは、地域の精神を敬うことと同義である。 地区固有計画は、総合的な開発計画が地方レベルにおいて統合されているときに、確かに最も効果的である。地区固有計画のプロセスは、保全と開発を調和させる出発点となるだろう。一旦、地域が決定され評価されると、保全と管理の高いレベルで、より侵入を抑えつつ、高度な保全と維持管理を伴った計画や成長管理が、これらの地区を適用されるべきである。他の地区では今後は“土地精神”を育てることが要求されるが、より大きく、しばしば必要とされる、開発と変容を調和させることについては、比較的、柔軟である。 “土地精神”による都市の保全は、その本質的性質によって、常に社会の変化への要求に対応するべきである。そうして初めて意味を持つ。より質の良い成長と文化的経験の保護手段のための起動力となる開発の導入によって、都市組織において、意味のある変化が起こる。 計画が有効で、実行性を持つためには、特定の地域内における開発に関する公式の政策として計画を強化する地域的な法制度が整備されるべきである。総合的な都市計画の一側面である固有計画は、ハノイにおいて、公共空間計画、特別デザインスタディ、あるいはある地区の開発を実行する際の枠組みといった他の地域的な都市組織の基盤としても使用される。 | |
審査要旨 | 本論文は、急激な発展を見せるベトナムの首都ハノイ市に関して、その都市開発の戦略の中に土地固有の特性の保全、それを本論文では「土地精神」と称している、を確保していくための計画論的手法について考察したものである。 論文は8章から成っている。 第1章は、本論文で対象とする保全開発計画の枠組みを論じている。特に既往研究のレビューを通して、「土地精神」に関する明確な定義を行っている。 第2章は、都市保全に関する海外事例を網羅的に調査している。それらを通してベトナムの固有な状況への適用可能性について検討している。以上の第1,2章が論文の導入部を形成している。 続く第3章から第6章まではハノイ市を対象として、ベトナムの現在の都市計画の実践の状況を詳細に調査し、分析検討している。 第3章は、ハノイの都市形成史を概観している。第4章は、ハノイ市の都市計画システムに関して、1986年のドイモイ政策以前と以降とに分けて、その特質を詳述している。とりわけ1996年の基本計画及び1998年の基本計画に関して、その計画理念を再検討している。また、都市保全に関しては、これまでの主要な計画案、調査履歴、保全に関する専門的な議論の内容等に関して詳細に明らかにしている。 第5章では、詳細な地区レベルの計画に焦点を絞り、ハノイ中心部の計画に関して、その立案や設計の概念の展開を、政府が主導する都市計画プロセスに従って明らかにしている。続けて、ハノイ市内の主要な都市計画専門家に対してインタビュー調査を行い、現時点での計画者の問題意識と計画課題の認識状況を明らかにしている。 第6章では、上記の調査をもとに現時点で提起しうる望ましい地区計画プロセスを、「土地精神」を読み込んだ地区固有性計画と命名し、その具体的な立案過程を提案している。さらに、そうしたモデル的な計画立案作業を固有の地区(ホアンキエム地区)に関して実施し、青果物としての地区固有性計画の概要を紹介している。また、同計画の現実性を現場の計画者へのインタビューやアンケートによって検証している。 第7章では、以上の作業をもとにハノイ市において、地区固有性計画を推進していく際の手順と留意点について計画段階別に詳細に提言を行っている。 最終の第8章では、さらに議論を一般化して、地区固有性計画の特質とその都市計画上の占めるべき位置、「土地精神」の再定義、ベトナムの都市計画制度において、どのように「土地精神」を地区固有性計画のなかに組み込んでいくべきかに関する理念的及び技術的な提言を行っている。 全体を通して、「土地精神」を評価し、抽出するための概念的枠組みとして、有形及び無形の要素の平等な重要性を強調している。また、「土地精神」の抽出を進める際に、計画と配置の原理、場所性、歴史的な象徴性の3つの基準が認められることを明らかにしている。 本論文は、ベトナム・ハノイ市を事例に、急速な都市化が進行しているアジアの途上国において、標準的な設計基準や数値目標だけでなく、土地に固有の特性を抽出し、それを保全していくことによって都市の個性を保全するための具体的な手法を提起し、その適用可能性を実地に検証している点に特徴があり、またその有用性があるといえる。こうした提言はハノイ市のみならず、ひろく東南アジアの都市計画に適用可能であり、広範な有用性が認められる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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