学位論文要旨



No 118967
著者(漢字)
著者(英字) Sumedi,Andono Mulyo
著者(カナ) スメディ,アンドノ・ムルョ
標題(和) インドネシアにおける地方分権政策と各地方へのその影響に関する実証的研究
標題(洋) A Study of the Decentralization Policy and Its Implications on Districts and Cities in Indonesia
報告番号 118967
報告番号 甲18967
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5699号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 マーコトゥリオ,ピーター ジョン
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

インドネシアは、文化、宗教、民族、風土、経済といった様々な面で幅広い多様性に特徴付けられた国家である。地方分権と民主化が、インドネシアの政治経済の変革プロセスの継続に果たす役割は大きい。分権的な政府へ移行することが、中央政府と地方政府の関係に劇的な変化を与えると考えられる。

本研究のねらいは、インドネシアにおける地方分権政策が都市や地域に与える影響を分析することであり、それに基づいて4つの具体的な目的、すなわち(1)各地方(地方分権の主な受け皿となる県(Kabupaten)及び市(Kota)を指す。以下同じ)のパフォーマンスの調査、(2)開発計画策定における新しい分権システムに対する地方政府の政策決定者の行動分析、(3)地方の公共投資の変化の予測、(4)地方政府のキャパシティ向上のベースとしての政策(代替)案の検討、について研究している。調査は、地方政府の政策決定者(首長および議会議員)を主な回答者として行われている。

上記のうち、(1)の目的を達成するため、本研究は多基準支援技術モデル(multi-criteria aid technique model)を用いて、各地方のパフォーマンスを分析している。パフォーマンスを測る指標として、経済、社会、制度、インフラストラクチャー、環境といった要素を構成する競争力(competitiveness)、吸引力(attractiveness)、持続力(sustainability)の3つに注目している。本研究の実証調査によって、多くの地方が、低・中程度の競争力と吸引力を持つに過ぎないことが明らかにされた。またジャワ地域が他の地域よりも高い競争力と吸引力を有しているという結果が出たが、これはジャワ地域に経済開発活動が集中された結果として、国家経済がジャワ地域を中心として成り立ってきたためである。さらに本研究では、重回帰分析(multi-regression analysis)を用いてこうした各地方のパフォーマンスに貢献している主要な要素を推定することを試みている。結果として、地方政府の政府政策のうち経済・社会・インフラストラクチャーにおける政府支出における工夫が、政府のパフォーマンス向上に最も効果的であることが判明した。これは地方政府による主体的な意思決定が、その地方のパフォーマンスの向上に正のインパクトを与えるという仮説を支持している。しかし、持続力において地方政府の主体的な意思決定はむしろ負の影響を与えている。このことは、経済・社会・インフラストラクチャーの整備が、環境の保全とともに総合的に取り組まれなければならないことを示唆している。

次に、政策運営が地方分権政策に与える影響を評価する前に、本研究では各地方の政策決定者に対して、その地方の主要な問題と新しい分権的な計画システムに対する認識を調査している。ここでは、地方政府の政策決定者が適切な政策運営の原則に則って(地方の)すべての利害関係者を伴って地方政府レベルでの改革を進めたいと考えている、という仮説を設定している。しかし調査において明らかになったことは、政策決定者の政策運営における認識について、地方分権が実行されたこの2年間でさしたる変化が見られないことであった。計画プロセス全体に占める政策決定者自身の役割が強すぎ、確かに他の利害関係者の関与も徐々に表れてきてはいるものの、それはまだ地方政府の政策運営に影響を与えるほどのものではない。このことは政策運営の指標にも表れている。多くの地方では、参加(participation)の度合いが「非常に低い」「低い」のどちらかとなっている。同じような結果が、反応性(responsiveness)、透明性(transparency)、説明責任 (accountability)といった指標にも表れている。したがって、こうした結果は仮説を強く支持していない。さらに本研究は、政策のキャパシティと、各地方の空間的特徴・コミュニティの特徴・制度・情報への接近性・インフラストラクチャーへの接近性との間の関係についても調査しており、これらの関係性が強いことが示されている。このことは、各地方が持つ固有の性質・特徴が政策運営のキャパシティに強い影響を与えるという仮説を支持しているものと考えられる。この結果は社会資本論(social capital theory)による見解にも従っているものである。

次に、地方分権政策の影響が、地方政府の支出のうち消費と投資の両方のパターンによって評価されている。実証調査によって、財政上の地方分権化は地方政府の支出のパターンに大きな影響は与えないことが判明した。地方政府の支出を決める主な要素は、中央政府の補助金であった。こうした結果は、地方政府がまだ中央政府からの財政移転に強く依存している状況を示している。

そして次に、地方政府間の相互作用、政府支出や開発の成果を考慮しつつ、教育・保健・インフラストラクチャー整備に注目した計量経済学的な調査を行っている。本研究では、都市地域開発成果モデル(district/city development outcome model)と、都市地域政策運営モデル(district/city governance model)という2つの評価モデルを用いている。前者の分析によれば、参加、反応性、説明責任、透明性といった政策運営の質が、教育及び保健の開発成果に影響することが示されている。しかし、インフラストラクチャー開発においては有意の影響があるとはいえないという結果が出ている。後者のモデルでは、財政的な地方分権が、政策運営のキャパシティ向上に直接的な影響を特に与えないという結果が出ている。このことは、地方政府それ自体の政策運営能力の向上の必要性を示している。

こうした一連の実証研究に基づいて、本研究では以下のような結論を導き出している。第一に、多くの地方政府が競争力、吸引力、持続力という点で中・低レベルに位置づけられていることである。地方政府のパフォーマンスの向上は、その政策においてうまく目標を定めることによって達成されると考えられる。第二に、多くの地方政府では政策運営のキャパシティが中・低レベルにとどまっていることである。地方分権政策の一貫として、地方レベルでの政策運営の改革をさらに進めなければならない。第三に、各地方がそれぞれ固有に持つ性質が、地方政府の政策運営のキャパシティと相関があることも判明した。それぞれの地方が持つ固有の要素を明らかにすることが政策運営のためのキャパシティ向上に役立つだろう。第四に、参加、反応性、説明責任、透明性といった政策運営の質の部分が、開発成果の有効性に正の影響をもたらしていることが分かった。最後に、財政的な地方分権が地方政府レベルの政策運営の質の向上に影響を与えるには、長い時間を必要とすることがわかった。

まとめると本研究は、地方政府のキャパシティ向上という目的のために、5つの主要な知見を提供している。まず地方政府は、自身が持っている財源・資源管理を適切に行うためのベースとして、パフォーマンスの指標を含んだ戦略的な計画を採用する必要がある。次に、地方政府は計画と予算のリンクを強めることによって予算管理を向上させる必要がある。また、地方政府職員の専門的知識・技術を高める試みが必要である。さらに、計画プロセスに地元のネットワークを直接組み入れるような仕組みを導入する必要がある。最後に、監視・評価(monitoring and evaluation)のための管理情報システムを向上させる必要もある。

審査要旨 要旨を表示する

インドネシアは、文化、宗教、民族、風土、経済といった様々な面で幅広い多様性に特徴付けられた国家である。地方分権と民主化が、インドネシアの政治経済の変革プロセスの継続に果たす役割は大きい。分権的な政府へ移行することが、中央政府と地方政府の関係に劇的な変化を与えると考えられる。本研究は、インドネシアにおける地方分権政策が都市や地域に与える影響を分析し、それに基づいて4つの具体的な目的、すなわち(1)各地方(地方分権の主な受け皿となる県(Kabupaten)及び市(Kota)を指す。以下同じ)のパフォーマンスの調査、(2)開発計画策定における新しい分権システムに対する地方政府の政策決定者の行動分析、(3)地方の公共投資の変化の予測、(4)地方政府のキャパシティ向上のベースとしての政策(代替)案の検討、について研究している。調査は、地方政府の政策決定者(首長および議会議員)を主な回答者として行われている。

上記のうち、(1)の目的を達成するため、本研究は多基準支援技術モデル(multi-criteria aid technique model)を用いて、各地方のパフォーマンスを分析している。パフォーマンスを測る指標として、経済、社会、制度、インフラストラクチャー、環境といった要素を構成する競争力(competitiveness)、吸引力(attractiveness)、持続力(sustainability)の3つに注目している。本研究の実証調査によって、多くの地方が、低・中程度の競争力と吸引力を持つに過ぎないことが明らかにされた。またジャワ地域が他の地域よりも高い競争力と吸引力を有しているという結果が出たが、これはジャワ地域に経済開発活動が集中された結果として、国家経済がジャワ地域を中心として成り立ってきたためである。さらに本研究では、重回帰分析(multi-regression analysis)を用いてこうした各地方のパフォーマンスに貢献している主要な要素を推定することを試みている。結果として、地方政府の政府政策のうち経済・社会・インフラストラクチャーにおける政府支出における工夫が、政府のパフォーマンス向上に最も効果的であることが判明した。これは地方政府による主体的な意思決定が、その地方のパフォーマンスの向上に正のインパクトを与えるという仮説を支持している。しかし、持続力において地方政府の主体的な意思決定はむしろ負の影響を与えている。このことは、経済・社会・インフラストラクチャーの整備が、環境の保全とともに総合的に取り組まれなければならないことを示唆している。

次に、政策運営が地方分権政策に与える影響を評価する前に、本研究では各地方の政策決定者に対して、その地方の主要な問題と新しい分権的な計画システムに対する認識を調査している。ここでは、地方政府の政策決定者が適切な政策運営の原則に則って(地方の)すべての利害関係者を伴って地方政府レベルでの改革を進めたいと考えている、という仮説を設定している。しかし調査において明らかになったことは、政策決定者の政策運営における認識について、地方分権が実行されたこの2年間でさしたる変化が見られないことであった。計画プロセス全体に占める政策決定者自身の役割が強すぎ、確かに他の利害関係者の関与も徐々に表れてきてはいるものの、それはまだ地方政府の政策運営に影響を与えるほどのものではない。このことは政策運営の指標にも表れている。多くの地方では、参加(participation)の度合いが「非常に低い」「低い」のどちらかとなっている。同じような結果が、反応性(responsiveness)、透明性(transparency)、説明責任 (accountability)といった指標にも表れている。したがって、こうした結果は仮説を強く支持していない。さらに本研究は、政策のキャパシティと、各地方の空間的特徴・コミュニティの特徴・制度・情報への接近性・インフラストラクチャーへの接近性との間の関係についても調査しており、これらの関係性が強いことが示されている。このことは、各地方が持つ固有の性質・特徴が政策運営のキャパシティに強い影響を与えるという仮説を支持しているものと考えられる。この結果は社会資本論(social capital theory)による見解にも従っているものである。

こうした一連の実証研究に基づいて、本研究は、地方政府のキャパシティ向上という目的のために、5つの主要な知見を提供している。まず地方政府は、自身が持っている財源・資源管理を適切に行うためのベースとして、パフォーマンスの指標を含んだ戦略的な計画を採用する必要がある。次に、地方政府は計画と予算のリンクを強めることによって予算管理を向上させる必要がある。また、地方政府職員の専門的知識・技術を高める試みが必要である。さらに、計画プロセスに地元のネットワークを直接組み入れるような仕組みを導入する必要がある。最後に、監視・評価(monitoring and evaluation)のための管理情報システムを向上させる必要もある。

本研究は、アジアの発展途上国における地方分権政策の課題をインドネシアを事例として詳細に明らかにし、優れた学術的価値を有している。さらに、その分析を通じて今後の制度改善のための有益な提言を行っている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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