学位論文要旨



No 118968
著者(漢字) 李,顕旺
著者(英字)
著者(カナ) リー,センワン
標題(和) クチンにおける電子政府のイニシアチブによる行政手続オンライン化に関する研究
標題(洋) A Study of the Local Government Services through the e-Government Initiatives-Case Study Into the Application of Information Communication Technologies by the Urban Community in Kuching, Sarawak, Malaysia
報告番号 118968
報告番号 甲18968
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5700号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 マーコトゥリオ,ピーター ジョン
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

『レクサスとオリーブの木 : グローバリゼーションの正体』におけるフリードマンの唱えるグローバリゼーションの議論は、次のように要約できるであろう。「グローバリゼーションとは、単なる流行用語ではなく、むしろ国際的なシステムである。グローバリゼーションのシステムは冷戦システムに取って代わり、冷戦システムのように、今日の世界のあらゆる国家の政治・環境・地政・経済に直接間接に影響を与える独自の法則と論理がある。それは多様な地にいるより多くの人々、伝統的な国民国家や企業のみならず一個人にさえも、より遠く、より速く、より安く、より深く世界中で、業績をあげようと野心をむけさせ、もし適切に抑制し広く分配されれば、単に地理的な境界を消し去る力を持つのみならず、開かれた世界でより大きな成功をもたらすと信じられるものである。」「グローバリゼーションによって世界はますます関係性を深めた。それはウェブで特徴付けられ、より広い意味で我々は分断と壁に仕切られたシステムに別れを告げ、集約とウェブに構築されたシステムに移行しつつある。」「グローバリゼーションは、集約パースペクティヴすなわちコンピューター化、小型化、デジタル化、衛星通信、光ファイバーそしてインターネットで成り立つ技術によってもたらされた。一旦、一国家がグローバリゼーションのシステムへと足を踏み出したら、指導層は集約パースペクティヴを内面化し、常に自らを解放・自由化・民営化などの法則で動くグローバルな文脈のなかで考え始める。グローバリゼーションの過程では、多くの開発途上国に自由市場で競争する機会が与えられる一方で、残忍さを伴う激烈な反動やシステムからの深刻な立ち遅れをも引き起される。」

上述の通り、グローバリゼーションという言葉は、ここ数十年の間にもはや専門用語ではなくなり、実際、我々の生活に思いのほか浸透している。それは政治、経済、学術その他で指導的立場にある多くの人々を、新しい世界規模の経済、政治、文化の新秩序へといざなうような影響を与えている。これは今日の社会発展理論、政策、諸計画の再考ひいては再構成を促し、コンピューターやコミュニケーション技術の末に新しいグローバルカルチャーを出現させた。このグローバルカルチャーは、世界中の人々が湾岸戦争のような政治的大事件を同時に知ったり、同じスポーツや娯楽番組を観たり、資本主義的近代化を推し進める商業広告に晒されたりする、事実上の「世界村」を創造したメディア技術の拡散をも含んでいる。それと同時に、さらに多くの人々が、瞬時のうちに思想・情報・イメージを世界中に伝達するグローバルなコンピューターネットワークに参与しつつある。新しいメディアとコミュニケーション技術によって生み出された「時間と空間の圧縮」は、以前存在していたさまざまな境界を越え、世界のあらゆる地域のあらゆる生活領域に、グローバルな力を劇的に浸透させている。このプロセスが、1994年にマレーシア政府がマレーシア情報都市計画「マルチメディアスーパー回廊」に乗り出したような、新しいグローバルな情報スーパーハイウェイを構築するうごきにつながり、今でも国家IT政策の策定を継続させている。一方で、メディアと文化帝国主義の新潮流を攻撃する動きもあるようだが、それもグローバリゼーションのプロセスにおける一段階かも知れず、世界中の開発途上国がマレーシアに倣って、デジタル時代に成功を収めようと国威をかけて試みているのである。

個人が情報や知識に迅速にアクセスできる、個人がグローバルに他者とネットワークを築くことができる、世界各国のさまざまな諸機関に参与し出現した明確な目的を持つ強力な利益団体を形成するなど、インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー(Information Communication Technology。以後ICTと略記)による無限の機会を認識しつつ、本研究では、地方自治体政府が提供する電子サービスと、その利用者であるサイバーコミュニティとの関係を分析した。マレーシア政府は、リエンジニアリングの過程で、公共および民間セクターを構築するために多額の資金を投入してきた。しかしその一方で草の根コミュニティを影に押しやってきた。本来、政府・私企業・コミュニティの第三セクターにおいては、ICTの持つ最大の可能性を認識できるよう、インターネット全体でもっと頻繁なトランザクションがなされるよう推進したり、電子政府のポータルサイトが順調に提供されたりしなければならないのだが、そうした体制を望むには、現在の草の根コミュニティは第三セクター協力体制においてきわめて弱体化している。

地方コミュニティが政府の電子サービスをもっと使用するような参与の仕方、また政策決定過程への地方コミュニティの参加がもっと表立って議論されること、またICT使用の公共サービス提供を増やすような政府の真摯な取り組みが必要である。これらの点を認識しながら、地方自治体の電子サービス実施の取り組みと、それに対する人々の反応を調査した。その結果筆者がたどり着いた結論は、新しい仕組みを創造するガイドラインもしくは提言とも見做せるであろうが、強力な草の根電子コミュニティを形作ることである。その電子コミュニティは、実質的な力を持ち、実際の行動に備え、あるいは時には国家の発展のために責任を負うような、政府や多国籍企業と同レベルの権限を持ってさえいるものである。

筆者は、ナショナルITカウンシル(National IT Council、NITC)が開催したさまざまな電子公開討論の議論に参加して、過去3年のあいだに、本研究のテーマに関わる部署部局の公務員と意見交換するまたとない機会を得て、マレーシアのICT政策に関する見解を固めることができた。また幸運にも電子公開討論会において二年連続で最優秀論者に選ばれ、コタキナバルとマラッカで開催されたInfoSocマレーシアIT会議に出る権利を獲得した。残念ながら、スケジュール調整の都合で2003年度の会議への出席は叶わなかったものの、マレーシアや他国のさまざまな機関の高級官僚と接触し、意見交換するまたとない機会には恵まれた。こうしてマレーシアのネットワーク社会の電子化への準備対応性に関する基礎的な指標をはっきりと描くに足る最新情報を得た。

この最新情報とともに、さまざまな地方自治体がインターネット経由で電子公共サービス提供を実施しているその普及の状態を調べながら、いくつかの市議会を選んでそれらの公式ウェブサイトの設計を緻密に観察し、ウェブコンテンツ、利用者本位性、相互作用の提供具合、日頃のアップデートの状況、地域のイベントや観光情報そしてリンクなどの要素を調べ、インターネット使用においてより良質の情報を洗練されたレベルで提供する助けとなるかを考察した。市議会の公式ウェブサイトの調査は、本研究の重要な部分を占めている。“WebSpider”のようなインターネットフリーウェアの力を借りて、公式ウェブサイトのウェブページをめぐりながら、こうしたサイトは仮想現実空間における地方自治体そのものの表象であり、実際そのアイデンティティを表現する新しい方法であると認識した。

デジタル時代における地方自治体−市の仮想現実の表象は、少なくとも開発途上国では、現実の国際世界ではともかくウェブ上では機会均等な立場にある条件ゆえに、殊に重要である。ウェブ上の市の働きが現実の市に取って代わるかどうか、またウェブ上の市の表象が現実の市の外観や働きにまるで無関係かどうかという議論はいまは避けるが、世界中の政府がますますウェブ上に表れてきたのは否定できない事実である。こうした公開ウェブは年ごとにますます複雑化しており、それぞれ多様な情報提供、行政、商業的な機能を導入して、独自の構造を持った仮想現実地理を形成しつつある。市の公式ウェブサイトは、国内および国際的認知と繁栄のより大きなシェアを得ようとする試みにおいて、場所の宣伝・場所のマーケティングの一形態と言うことができよう。

電子政府を整えるために必要な環境はなにかその条件を調査した後、筆者はまたクチン市のインターネットユーザを対象に一連のアンケート調査をおこなった。クチンはマレー半島のICT発展地域からは遠く離れている。選んだクチンの都市コミュニティは、マレーシアの他の「未開発都市」となんら決定的な変わりはない。こうしてマレーシアにおけるICT開発に向けた草の根コミュニティのごく一般的反応の至極一般的な実態を描き出し得たはずである。アンケート調査はクチン市のインターネットユーザに対しておこない、ユーザの使用パターンを理解し、さらに地方政府が供給している窓口の実際のサービスとウェブ上でのサービスに対する認識を、より詳細に理解することを目指した。実際に末端ユーザのフィードバックを得ている地方誌議会の電子サービス供給を比べながら、本研究ではサイバーコミュニティの電子化への準備対応性が現段階でどのように表現されているか明らかにし、そのユーザ側の使用ならびに政府の電子公共サービス供給の双方がより成熟してゆくような、適切な解決法を提案した。

本研究にある通り、マレーシア政府は基本構想を奨励したり、多様なテクノロジーパークやインフラストラクチャーを建設したりして、海外や国内のIT企業の興味を引き、彼らのベースを誘致しようと、積極的に生活の多様な面におけるICT使用の促進に関っている。その反面、草の根コミュニティが参与するに適したチャネルと環境を整える視点を欠き、それが2005年までに整備されるべき政府サービスの全オンライン化という野心的な計画をやり遂げるには障害となる状況を生み出している。マレーシアはICTの普及と地理的な広がり、そして組織的な設置の点では優れているものの、インフラストラクチャーとの統合性と接続性、使用の洗練性はまだ弱く、これらの領域に向ける提言を強くしてゆくべきである。決定的な努力は政府側に求められており、電気通信市場を開いて、外国のISPが安く早いインターネット接続を供給することを許可すべきで、そうしてより多くの人口がオンラインを使用し、知識社会におけるICT使用の牽引役を担うよう奨励する必要がある。コンピューター購入者が使うことができた職員準備基金による払い戻し制度は、一部の利用者の利己的利用の問題が発生したことを受けて、2001年の施行から二年を経て廃止された。これは中間所得層がコンピューター使用の機会を得るためにも、法整備し、再導入されるべきである。また、ソフトウェアやハードウェア企業によって強化されたハイテク技術教育研究機関を設置するなど、必要な学習環境を提供したり、生涯教育を通してコンピューターやインターネット技術を使う技術を学んだりといった措置は個人の能力を高めるためにも緊急に必要とされている。そのようにすれば、教育を受けた個人が、高い技術を持つ末端ユーザとなるのみならず、世界を舞台とする競争で渡り合える知識集約企業の最先端開発者や技術者となり得る有力な候補者が育つのである。

上述のように、ICTは地方政府を改革する強力な道具になりえる。標準化・部門化・操作上の費用効果を強調する伝統的な官僚機構パラダイムから、ネットワーク構築の調整・外部との協力・より効率的で効果的な労働環境を得ることができる顧客サービスを強調する電子政府パラダイムへの変容を促すのである。そしてマレーシアの主要都市ウェブサイトの内容分析に拠れば、多くの都市が既にこの新しいパラダイムへと変容しつつある。人々が改善を求めているのは明らかであり、極めて重要なことは、新しい公共サービスを糧にして丁寧なサービスが発展し、この新しい関係の中で末端のユーザが得意先として扱われ、その意見は真摯に受け止められるべきだということである。迅速かつ丁寧なサービスは順に信用を取り戻し、より多くの人々がオンライン上で供給される地方政府の諸サービスを利用するようになり、そうしたユーザが社会におけるコミュニティ創生活動を担い貢献する変化の潮流を生み出すことであろう。

本研究の結論は、地方的な電子政府プロジェクトの成功を左右する主要ファクターは、良質な情報と良質なインフラストラクチャーが利用可能であること、そして充分な訓練を受け適切な技術を持つウェブマスターあるいはIT専門家が市議会の公式ウェブサイトの設計と構築を担うことである。公共サービスの枠内で再教育や技術修得をおこなうことは、新しい公務員世代を生み出すために必要である。そうした公務員は丁寧で効率よいサービスを供給することができるので、地方コミュニティの信用を取り戻し、都市建設のために協力し合って働くことができよう。政府はもっと人々に、日常生活で新しいテクノロジーを使用するに必要な環境とインセンティヴを供給するよう主導すべきである。この際、政府官僚は、顧客ユーザにインターフェイス上で後方部門での手続きを転送するだけの役に徹して、ユーザである人々が中心となるまでは、例えどんなに情報管理の面ならびにプロセスエンジニアリングの面で効率が下がるリスクが持ち上がっても、そうした裏方に徹しなければならない。広く地方コミュニティは、ICT利用のできる体制を確立し実現するにあたって同等の利害関係を有している。一方で、政府には、効率的な行政システムを準備する以上に、人々の日々の活動や自助プログラムにICT技術を改善応用するよう、社会や私企業セクターとともに協力関係を構築するなかで、媒介者の役割や唱導者の役割を積極的に担うような、変容の過程における役割が必要とされている。最後に、サイバー空間では主権を唱える地域が現れるというユニークなモデルが競合したり、もっと重要なこととして、地域コミュニティの発展プロセスに貢献を担える積極的な新世代を育成するような、都市-地方関係が現在のマレーシアに現れて来たことなどを、今後の動きに関する重要な要素として本研究の結論部分で明言した。

審査要旨 要旨を表示する

個人が情報や知識に迅速にアクセスできる、個人がグローバルに他者とネットワークを築くことができる、世界各国のさまざまな諸機関に参与し出現した明確な目的を持つ強力な利益団体を形成するなど、インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジー(Information Communication Technology。以後ICTと略記)による無限の機会を認識しつつ、本研究では、地方自治体政府が提供する電子サービスと、その利用者であるサイバーコミュニティとの関係を分析した。マレーシア政府は、リエンジニアリングの過程で、公共および民間セクターを構築するために多額の資金を投入してきた。しかしその一方で草の根コミュニティを影に押しやってきた。本来、政府・私企業・コミュニティの第三セクターにおいては、ICTの持つ最大の可能性を認識できるよう、インターネット全体でもっと頻繁なトランザクションがなされるよう推進したり、電子政府のポータルサイトが順調に提供されたりしなければならないのだが、そうした体制を望むには、現在の草の根コミュニティは第三セクター協力体制においてきわめて弱体化している。

地方コミュニティが政府の電子サービスをもっと使用するような参与の仕方、また政策決定過程への地方コミュニティの参加がもっと表立って議論されること、またICT使用の公共サービス提供を増やすような政府の真摯な取り組みが必要である。これらの点を認識しながら、地方自治体の電子サービス実施の取り組みと、それに対する人々の反応を調査した。その結果筆者がたどり着いた結論は、新しい仕組みを創造するガイドラインもしくは提言とも見做せるであろうが、強力な草の根電子コミュニティを形作ることである。その電子コミュニティは、実質的な力を持ち、実際の行動に備え、あるいは時には国家の発展のために責任を負うような、政府や多国籍企業と同レベルの権限を持ってさえいるものである。

本研究は、ナショナルITカウンシル(National IT Council、NITC)が開催したさまざまな電子公開討論の議論に参加して、過去3年のあいだに、本研究のテーマに関わる部署部局の公務員と意見交換することを通じ、また電子公開討論会において二年連続で最優秀論者に選ばれ、コタキナバルとマラッカで開催されたInfoSocマレーシアIT会議への参加を通じて、マレーシアのネットワーク社会の電子化への準備対応性に関する基礎的な指標をはっきりと描くに足る最新情報を得ている。この最新情報とともに、さまざまな地方自治体がインターネット経由で電子公共サービス提供を実施しているその普及の状態を調べながら、いくつかの市議会を選んでそれらの公式ウェブサイトの設計を緻密に観察し、ウェブコンテンツ、利用者本位性、相互作用の提供具合、日頃のアップデートの状況、地域のイベントや観光情報そしてリンクなどの要素を調べ、インターネット使用においてより良質の情報を洗練されたレベルで提供する助けとなるかを考察している。

本研究は、さらに、クチン市のインターネットユーザを対象に一連のアンケート調査をおこなっている。クチンはマレー半島のICT発展地域からは遠く離れている。アンケート調査はクチン市のインターネットユーザに対しておこない、ユーザの使用パターンを理解し、さらに地方政府が供給している窓口の実際のサービスとウェブ上でのサービスに対する認識を、より詳細に理解することを目指した。実際に末端ユーザのフィードバックを得ている地方誌議会の電子サービス供給を比べながら、本研究ではサイバーコミュニティの電子化への準備対応性が現段階でどのように表現されているか明らかにし、そのユーザ側の使用ならびに政府の電子公共サービス供給の双方がより成熟してゆくような、適切な解決法を提案した。

上記の参加型調査を通じて得られた本研究の結論は、地方的な電子政府プロジェクトの成功を左右する主要ファクターは、良質な情報と良質なインフラストラクチャーが利用可能であること、そして充分な訓練を受け適切な技術を持つウェブマスターあるいはIT専門家が市議会の公式ウェブサイトの設計と構築を担うということである。さらに、サイバー空間では主権を唱える地域が現れるというユニークなモデルが競合したり、もっと重要なこととして、地域コミュニティの発展プロセスに貢献を担える積極的な新世代を育成するような、都市-地方関係が現在のマレーシアに現れて来たことなどを、今後の動きに関する重要な要素として指摘している。

本研究は、アジアの発展途上地域の地方都市における電子政府化課題を,マレーシアを事例として詳細に明らかにし、優れた学術的価値を有している。さらに、その分析を通じて今後の制度改善のための有益な提言を行っている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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