学位論文要旨



No 118969
著者(漢字)
著者(英字) Juksanee,Virulsri
著者(カナ) ジャクサニ,ウィルンシー
標題(和) ロバスト性を有する多目的最適化を用いたリスクベース検査計画
標題(洋) Risk-based Inservice Testing Policy using Multi-Objective Optimization with Robustness
報告番号 118969
報告番号 甲18969
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5701号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 講師 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

原子力発電所の安全系のスタンバイシステムにおいては、システムの起動要求に対してシステムが確実に起動することを確認するため、定期的なサーベイランス試験(Surveillance test)が要求される。コンポーネントがその起動要求時に動作しない確率をアンアベイラビリティと呼び、システムの健全性維持のためにはアンアベイラビリティを低くすることが求められる。一方、サーベイランス試験の実施は多くのコストを要求する。そのため、低いアンアベイラビリティと同時に低い維持費を達成する最適な保守計画を策定することが重要である。一般的に原子力発電所の保守計画の策定においては、確率的リスク解析 (PRA)と単一目的最適化を組み合わせて用いられる。この場合、アンアベイラビリティを目的関数とし維持費を制約条件とする、あるいはそれを逆とした計算が行われる。しかしながら、これらの目的関数には相反する性質があり、保守計画の最適化のためには明らかに単一目的最適化のみでは充分ではない。そのため、多目的最適化手法がこのような相反問題の解決のために必要となる。多目的最適化では目的関数間に相関がある場合唯一の最適解を得ることは難しく、最適解の群、いわゆるパレート最適解を実行可能解の領域から選抜することになる。しかしながら、多目的最適化に関する多くの研究はパレート最適解を求めることを主たる目的としており、ロバスト性に関する考察は行われておらず、パレート曲線上の解であっても意思決定のためにはロバスト性が不充分な可能性がある。もし保守計画策定を低ロバストの領域に設定してしまうと、わずかなパラメーターの変動で決定点が移動してしまうおそれがある。従って、このようなパレート最適解が得られた後、より高いレベルの意思決定を行うために新たな指標が必要である。

また、保守計画の策定においてはロバストを有する多目的最適化だけでは不十分であり、リスク管理の観点からの考察が必要不可欠である。特にメンテナンスの優先順位の管理が主な目標である場合、リスクベース検査は非常に重要となる。しかしながら、リスクベース検査によって多目的最適化を改善する手法はほとんど報告されていない。

そこで本論文は、リスクおよびロバストの観点から原子力発電所の安全系のスタンバイシステムの保守計画策定におけるサーベイランス試験を改善するための手法の開発を目的とし、多目的最適化および、リスクベース検査を用いた保守計画最適化手法について検討を行った。多目的最適化に対してはシステムのアンアベイラビリティおよび維持費の両者を目的関数として設定した。多目的最適化が行なわれてから、主な目的を達成するために次の研究を実施した。(1)ロバスト性を有するパレート最適解を求めるための新たな意思決定法を提案した。ロバスト性は感度の観点と不確定性の観点から表現し,パレート最適解の中から意思決定を行なう方法を提案した。(2)ロバスト性を有する多目的最適化法のリスクベース検査計画策定への応用方法を提案した。本論文の応用問題として、原子力発電所の加圧水型炉(PWR)の高圧注水系(HPIS)のスタンバイシステムに対して提案法を適用し、その有効性を検証した。本論文は以下の6章で構成される。

「第1章 序論」本章では本研究の背景および、多目的最適化、リスクベース検査に関するの従来の研究の調査結果を示し、従来の研究の問題点を指摘した上で、本論文の研究の目的を明確にし、本論文の研究内容および論文の構成を述べた。

「第2章 基本理論」本章では本研究の中で背景となる基本理論の解説及び問題点の指摘を行った。まず、リスクおよび原子力発電所における確率的リスク分析(Probabilistic Risk Analysis、 PRA)、遺伝的アルゴリズム(GA)および本論文で採用する遺伝的アルゴリズムによる多目的最適化手法としてDebらのElitist Non-Dominated Sorting Genetic Algorithm (NSGA-II)について解説を行った。最後にパレート最適解のための意思決定のグローバル・クライテリア法、リスクおよび安全系のスタンバイシステムでのコンポーネントのリスクベース検査のためのASME(American societies of mechanical engineers)における手法を解説した上でそれら従来手法の問題点の指摘を行った。

「第3章 ロバスト性を感度で表現する場合のパレート最適解からの意思決定」本章では、ロバスト性を感度で表現し、パレート最適解から意思決定を行う方法について検討を行った。

パレート曲線上の解には、一方の目的関数の値が微小変化する場合に他方の値が過度に変化する領域があり、そのままでは安定性もしくはロバスト性の観点からは疑問が残る。このようなことを避けるため感度分析が重要となるが、従来多目的最適化はパレート最適解の導出を目的としており、感度の観点からは必ずしも十分な検討が行われていない。しかしながら保守計画の最適化にはロバスト性を有する解の導出が必要不可欠である。そこで本研究では、パレート最適解と感度解析とを組み合わせることにより低感度の解を見出し、高いロバスト性を有する解を判定する感度指標(sensitivity index、 SI)を新たに定義し、意思決定のための判断基準として利用することを提案した。本章では、提案する感度指標と従来方式の統合による意思決定プロセスの合理化を行い、様々なパレート曲線におけるロバストを持つ意思決定点に関して検討を行った。また、合わせてパレート最適化曲線上での設計変数に対する感度についても検討を行った。最後に提案手法と従来手法の結果の比較検討を行い、提案手法の有効性を確認した。

「第4章 ロバスト性を不確定性で表現する場合のパレート最適解からの意思決定」一般的に、保守計画策定には不確実性が含まれる。例えばメンテナンスのダウンタイムおよびコストには不確実性が存在する。不確実性が存在するため、多目的最適化のためのパレート曲線自体が不確定性を有することになる。したがって、パレート最適解上の領域の中には大きな偏差を有する領域があり、意思決定のためには不適当である。しかしながら、従来法ではこのような不確定性は必ずしも考慮されていない。そこで本研究では、不確定性を有する多目的最適化問題における効率的な意思決定法の提案を行った。パラメーターの不確定性の影響を評価するため、モンテカルロ法を利用してパレート最適解の群を導出した。パレート最適解の群の不確定性を表すため、無次元量の変動係数(coefficient of variation、 COV)を用いて、不確定性指標(uncertainty index、 UI)を定義し,不確定性を表現するための指標とすることを提案した。

しかしながら、最低の偏差をもつ意思決定点は必ずしも最良の感度を与える解決でなく、その逆のことも考えられる。したがって感度と不確定性の両立のため、決定指標(decision index、 DI)を提案した。続いて、提案した方法が有効である条件を検討し、様々な形状のパレート最適解の群のロバスト性を有する意思決定点に関して検討を行った。最後に、提案手法と従来手法の結果の比較により、提案手法の有効性の確認した。

「第5章 ロバスト性を有する多目的最適化を用いたリスクベース検査計画」第3章および第4章では、ロバスト性を有する多目的最適化のための指標を提案し適用した。しかし、リスク管理の観点からは、これに加えて、検査優先機器のグループ分けが求められる。サーベイランス試験において重要なパラメーターはサーベイランス試験間隔であり、サーベイランス試験間隔の最適化がサーベイランス試験の効率を改善するため重要である。したがって、各機器の優先度に応じてサーベイランス試験間隔を設定することが重要になる。

そこで本章では、開発したロバスト性を有する多目的最適化手法をリスクベース検査計画の最適化に応用した。リスクの観点から最適なサーベイランス試験間隔を決定するのため、リスクマトリックスおよび再リスクマトリックスの作成方法を提案し、それに対するロバストな解決を得るために、第3章および第4章で提案したロバスト性を有する多目的最適解の意思決定法が適用された。最後に、提案手法とASMEによる手法の結果の比較により、提案手法の有効性を確認した。

「第6章 結論」本章では本研究で得られた結果の要約及び、今後の研究課題について展望した。最後に原子力発電プラントの保守計画策定に対して提案手法を適用し、本手法が有効であることを述べた。

審査要旨 要旨を表示する

原子力発電所の安全系のスタンバイシステムでは、システムの起動要求に対してシステムが確実に起動することを確認するため、定期的なサーベイランス試験が要求される。コンポーネントがその起動要求時に動作しない確率、つまりアンアベイラビリティに関し、システムの健全性維持のために低く抑えることが求められる。一方、サーベイランス試験の実施は多くのコストを要求する。そのため、低いアンアベイラビリティと同時に低い維持費を達成するための最適な保守計画を策定することが重要となる。このため、これまでは、確率的リスク解析 (PRA)と単一目的最適化を組み合わせて用いられてきた。この場合、アンアベイラビリティを目的関数とし、維持費を制約条件とする、あるいはそれを逆とする最適化が行われる。ところが、これらの目的関数には相反する性質があり、保守計画の最適化のためには明らかに単一目的最適化のみでは充分ではない。このような問題の解決のために、本論文では多目的最適化手法の合理化について検討している。多目的最適化では目的関数間に相関がある場合唯一の最適解を得ることは難しく、最適解の群、いわゆるパレート最適解を実行可能解の領域から選抜することになる。しかしながら、多目的最適化に関する多くの研究はパレート最適解を求めることそのものを主たる目的としており、ロバスト性に関する考察は行われて来なかった。より高いレベルの意思決定を行うためには、安定した最適解が求められ、そのために本論文では新たにロバスト性に着目し、最終的にリスクベース検査への応用まで検討した。本論文は以下の6章で構成される。

第1章では本研究の背景および、多目的最適化、リスクベース検査に関するの従来の研究の調査結果を示し、本論文の研究目的および論文の構成を述べた。

第2章では本研究の中で背景となる基本理論の解説及び問題点の指摘を行った。まず、リスクおよび原子力発電所における確率的リスク分析、遺伝的アルゴリズムおよび本論文で採用する遺伝的アルゴリズムによる多目的最適化手法について解説を行った。最後にパレート最適解のための意思決定のグローバル・クライテリア法、リスクおよび安全系のスタンバイシステムでのコンポーネントのリスクベース検査のためのASME手法を解説した上で従来手法の問題点の指摘を行っている。

第3章では、ロバスト性を感度で表現し、パレート最適解から意思決定を行う方法について検討を行っている。パレート曲線上には、一方の目的関数値の微小変化に対して他方の値が過度に変化する領域が存在し、そのままでは安定性もしくはロバスト性の観点からは不十分である。ここで、従来は検討されていなかった感度という観点から多目的最適化を検討することを提案した。つまり、パレート最適解と感度解析とを組み合わせることにより低感度の解を見出し、高いロバスト性を有する解を判定する感度指標を新たに定義し、意思決定のための判断基準として利用することを提案している。本章では、提案する感度指標と従来方式を統合することにより意思決定プロセスの合理化を行い、様々なパレート曲線形状に対するロバスト性の考察を行った。また、合わせてパレート最適化曲線上での設計変数に対する感度についても検討を行った。最後に提案手法と従来手法の結果の比較検討を行い、提案手法の有効性を確認した。

第4章では、保守計画策定に付随する不確実性の取り扱いについて検討している。メンテナンスのダウンタイムおよびコストには数多くの不確実性が存在する。この結果として、多目的最適化のためのパレート曲線自体が不確定性を有することになる。したがって、パレート最適解上には大きな偏差を有する領域が存在することとなり、意思決定点としては不適当となる。従来法は、このような不確定性は必ずしも考慮されてこなかった。そこで本研究では、不確定性を有する多目的最適化問題に対して、効率的に意思決定を行う方法を提案している。パレート最適解の群の不確定性を表すため、無次元量の変動係数を用いて、不確定性指標を定義し,不確定性を表現するための指標とすることを提案した。本指標の有効性はモンテカルロシミュレーションにより検証した。一方で、最低の偏差をもつ意思決定点が必ずしも最良の感度を与える点とは限らず、その逆のことも考えられる。したがって感度と不確定性の両立する目的のためには、決定指標を提案している。この指標が有効となる条件を検討し、様々な形状のパレート最適解の群のロバスト性を有する意思決定点に関して検討を行った。最後に、提案手法と従来手法の結果の比較により、提案手法の有効性の確認している。

第5章では、ロバスト性を有する多目的最適化を用いたリスクベース検査計画法を検討している。リスク管理の観点からは、ロバスト性の検討に加えて、検査優先機器のグループ分けが求められる。サーベイランス試験において重要なパラメーターはサーベイランス試験間隔であり、サーベイランス試験の効率を改善するため重要である。したがって、各機器の優先度に応じてサーベイランス試験間隔を設定することが重要になる。本章では、開発したロバスト性を有する多目的最適化手法をリスクベース検査計画の最適化に応用している。リスクの観点から最適なサーベイランス試験間隔を決定するのため、リスクマトリックスおよび再リスクマトリックスの作成方法を提案し、それに対するロバストな解決を得るために、第3章および第4章で提案したロバスト性を有する多目的最適解の意思決定法を適用している。最後に、提案手法とASMEによる手法の結果の比較により、提案手法の有効性を確認している。

第6章では本研究で得られた結果の要約及び、今後の研究課題について展望した。

以上のように、本論文で開発されたロバスト性を有する多目的最適化手法は、信頼性工学の分野に大きな貢献があり、その波及効果は極めて大きなものがある。本研究によって、今日重要性が高まっているリスクベース検査の合理化に寄与するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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