学位論文要旨



No 118970
著者(漢字) 南,秉群
著者(英字)
著者(カナ) ナム,ビョングン
標題(和) き裂エネルギー密度理論に基づく圧電材料の破壊力学
標題(洋)
報告番号 118970
報告番号 甲18970
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5702号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 講師 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

最近, 様々な分野でいわゆる知的材料(smart material)と呼ばれるものの工学的応用が試みられ, その多様な物理的な現象と材料特性を利用した技術がもはや成熟段階に至っている. その中, 電気-力学的連成関係の代表的な材料としての圧電材料は, 電場と機械的変形との間に固有の連成効果を有し, 誘電分極とは別に機械的応力によって分極を起こす物質であるため, センサおよびアクチュエータ用材料として利用され, 様々な応用が進められている. また, 材料の内部に圧電材料を埋め込むことが試みられており, センサ, プロセッサおよびアクチュエータ機能を有する材料システムの設計が注目を集め, 振動および音響制御などへの応用が進められている. 多くの圧電材料は元々セラミックス材料として大きな電界が印加され, 大きなひずみが誘起されてかなりの機械的応力および変形を発生している. このため, 圧電材料システムの機械的強度の解明と破壊過程の理解が必要となり, 電気・力学的破壊力学の系統的な解析および破壊靭性, 疲労実験方法などの開発が望まれている. 圧電材料システムの設計・開発および信頼性・安全性評価を対象とするとき, 従来の破壊力学の手法では不十分であり, 電気弾性相互干渉を詳細に検討し, これに基づくいわゆる電気破壊力学的研究が必要となる. しかし, 圧電体の破壊問題については種々の試みがなされてきているものの, 研究者によって破壊実験の結果が異なるという問題を始め, まだ曖昧な点がたくさん残っている. すなわち, 主に電界の存在が破壊に与える影響を解明するため数多くの研究が行われているが, 破壊パラメータや電気的境界条件としては何を用いるのが妥当であるかの最も基本的な問題からも解決されていない. しかも, このこともあってかき裂の捩れ現象などの混合モード破壊に対応できる破壊パラメータなどに関する研究はほとんどない.

本研究はき裂エネルギー密度理論(Crack Energy Density)に基づいて上述の未解明の問題点を解決しようとする試みの一環として, 最終的にはCEDによる圧電体の破壊力学体系を構築することを主目的としている. 全体的に, CED本来の破壊パラメータとしての役割と圧電材料の破壊に対する問題点を踏まえて, CEDは圧電体の破壊に対しても諸現象を統一的記述し諸問題点を克服し得るパラメータとなり得るのではないかとの見通しのもとに行うものである. つまり, 本論文は, 欠陥を有する圧電体の破壊に及ぼす電界の影響を中心に据えて様々な問題点を提起し, それらをCED概念を導入し, 電気-力学的線形破壊力学の範囲で克服しようと試みたものである.

はじめに, 最も基礎となる圧電体のエネルギー保存則から出発して破壊パラメータとしてのCEDを提案し, それが従来の破壊パラメータにおける問題点を克服できる有効なものであることを確認した. なお, 欠陥を有する圧電体を電気的含有物問題として取り扱い, 欠陥面での電気的境界条件は正確な境界条件の立場から判断すると不浸透性条件と浸透性条件はそれぞれ過大あるいは過少評価するものとなることを示した. さらに鋭いき裂モデルはこのような電気的含有物問題には適していないことを明らかにし, それの対してCEDは本来有限な幅を持つ切欠きから定義されているのでこのような問題に特に有効なものとなることを示した. また, 任意方向CEDを定義してき裂の捩れ現象を扱う方法を示し, CEDの力学的寄与分のモードI成分は混合モード破壊パラメータとして十分可能性のあるものであることを示した. 次に, 圧電体の破壊現象は電気-力学的荷重条件にも大きく影響を受けるものとなることを示し, 破壊実験を行うときこのような点に十分注意する必要があることを述べた. 本論文から得られた具体的な結果を以下に整理する.

第2章では, 誘電体と圧電セラミックスの特性に関する基本的な事項を示し, またき裂の電気弾性特異解を紹介し, かつ電気-力学的連成関係の有限要素法をまとめて示した. 次に, 圧電材料の従来の破壊パラメータに関する検討を行って, それぞれの破壊パラメータとしての問題点と限界を指摘した. 通常のCEDに関する概念を, その定義からはじめて他の破壊パラメータとの関係, 評価法などを具体的に示した.

第3章では, 圧電材料におけるエネルギー保存則を考えて, はじめに圧電材料におけるCEDを定義し, さらにCEDは力学的寄与分と電気的寄与分に分離されることを示した. また, CEDの径路独立積分表示を与え, CEDとJ積分などの他の破壊パラメータとの関係を示し, 特に線形弾性圧電体の場合はエネルギー解放率と等しくなる関係を導き, その関係からき裂閉口積分の形式でCEDの具体的表現を示した. 圧電体に関わる応力, 電気変位など諸量の理論と有限要素法による評価の比較検討を通じて, 本研究で開発したFEMプログラムの有効性を証明し, 最大接線応力クライテリオンは圧電材料の破壊パラメータとして適していないことを指摘した. 有限要素法によるCEDの評価法を挙げ, その中, 切欠き付近で十分細かいメッシュが保証されると直接法でも精度良い結果を得ることができることを示した. 切欠き長さと曲率半径の比が10-2以下のモデルを用いるとき裂モデルに相当する結果が得られる. 理論および数値的検討から, CEDの力学的寄与分は圧電材料の破壊基準となり得ることを明らかにした.

第4章では, 楕円欠陥を有する圧電体の欠陥内部の電気解を考えるとき, まず内部電界は一般に電気的含有物の誘電率と楕円形状比に大きく影響を受けるものであり, 楕円の形状比が10-2以上の場合には内部電界は近似的に誘電率に依存しなくなるといえ, 正確な境界条件と不浸透性条件の差がほとんどなくなることを示した. また, き裂モデルによるエネルギー解放率を破壊パラメータとするときには, 結果的に含有物が存在しないことに等しくなって正確な境界条件は常に浸透性条件と一致する不合理な結果が生じることを明らかにした. 次に, 電気的含有物を有する圧電体に対するCEDの径路独立積分表示を導き, 有限要素解析を通じて含有物の誘電率と切欠き曲率形状比がCEDとその派生量に及ぼす影響を検討した. 正確な境界条件の立場から見ると, ほとんどの電界の領域で不浸透性条件は電界の効果を過大評価し, 電気的浸透性条件は過少評価するものとなっていた. また, 10-2以上の比較的に幅が大きい切欠きでは切欠き面で不浸透性条件が自然に満たされ, き裂になると切欠き面で浸透性条件が自然に満たされる. 従来ほとんどの破壊パラメータは鋭いき裂という特殊な場合に対して定義されていてこのような電気的含有物問題には適さない. 一方, CEDは本来有限な幅を持つ切欠きで定義され, 鋭いき裂に拡張できるという性質のものであり, 他のパラメータに比べてこのような問題に対して特に有効なものとなって来ると判断される.

第5章では, 直進するき裂のCED概念を拡張して, 混合モード破壊を念頭において圧電材料の任意方向CEDを定義し, CEDは力学的寄与分と電気的寄与分に分離され, かつ各変形寄与分にも分離することができることを証明した. その後, 切欠き内部が電気的含有物で詰められていると想定して正確な境界条件の下で任意方向CEDの径路独立積分表示を導いた. 電気-力学的線形弾性圧電体の場合, 電気的境界条件に関係なく任意方向CEDは任意方向エネルギー解放率と等しくなり, 仮想き裂概念を用いて任意方向CEDの力学及び電気的寄与分を各変形寄与分に分離して具体的に表した. 任意方向CEDの力学的寄与分のモードI成分は, 陽の電界によって増加し陰の電界によって減少する破壊実験と一致する現象を見せ, さらに電界が強くなると水平切欠きの場合でも直進方向以外の方向に屈折進展するき裂捩れ現象も表現できるパラメータとして, 破壊基準となる十分な可能性を見せた. 有限要素法を用いるとき, 任意方向CEDを各変形寄与分に分離して評価する方法を挙げ, 任意方向CEDの力学的寄与分のモードI成分の破壊パラメータとしての可能性を再び数値的に確認した. 最後に, 切欠き付近の接線応力, 接線ひずみとCEDの分布は荷重条件によって大きく変わるものとなることを明らかにし, 特に電界の方向が破壊に及ぼす影響などは完全に逆になるケースもあることを述べた.

最後に, 今後の研究展望及び課題として, より綿密な計画と注意の上で, 特に本研究から明らかになった欠陥面での電気的境界条件と荷重条件の重要性を念頭において破壊実験を行う必要がある. そこから得られた結果と本研究のCED理論について比較検討を行うことにより一般性ある破壊基準を見出すことができると期待される. 本研究でのすべての解析は電気-力学的線形破壊力学の範囲で行われたが, 実際の圧電材料はかなり広い範囲で電気-力学的に非線形性を見せる. CEDは基本的に構成則になんら制約なく定義された破壊パラメータとして, 圧電材料においてもそれぞれの場合における構成則さえ与えられると線形から非線形まで, さらに疲労およびクリープ問題まで拡張できるものである. したがって, 電気-力学的線形以外の問題においてもCEDは圧電材料の破壊パラメータとして重要な役割を果たすと期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「き裂エネルギー密度理論に基づく圧電材料の破壊力学」と題し、本文6章からなる。

圧電材料は、その特性である電気−力学連成挙動の故、センサやアクチュエータ等の材料として様々な分野で用いられ、その強度的信頼性への要求も高まっていることから、近年、破壊力学的立場からの強度評価研究も活発に行われて来ている。しかし、これまでに通常材料を対象に成功した応力拡大係数やエネルギー解放率、J積分等のパラメータの圧電材料への拡張が試みられ、それらパラメータを用いて破壊現象を説明することが試みられて来たが、何れも実験事実としての圧電材料の電界強さ依存性を説明することができず、進むべき方向性を失った状態にある。本研究は、このような背景を受け、通常材料を対象に、き裂の挙動を材料の構成則に関係なく統一的に取り扱うことを可能にするパラメータとして提案されているき裂エネルギー密度CEDの概念を電気−力学連成挙動を示す圧電材料に拡張導入し、関連する基本的諸関係を導いて、CEDを中心とする圧電材料破壊力学ともいうべきものを構築し、その有効性を実証しようとしたものである。

第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

第2章「本研究に関わる基本事項」では、圧電材料の特性に関する基礎知識を示すとともに、き裂の電気弾性特異解を紹介し、また数値解析に必要となる圧電材料の有限要素法に関する知識をまとめている。さらに、従来の圧電材料破壊力学パラメータに関する検討を行って、それらパラメータの問題点、限界を指摘するとともに、本研究の中心パラメータとなるCEDにつき、通常材料に対するときのその定義から他の破壊パラメータとの関係、評価法などこれまでに知られている事実について述べる等、本研究を進める上で必要となる基本事項をまとめている。

第3章「圧電材料におけるき裂エネルギー密度(CED)」は本研究でき裂パラメータとして用いる圧電材料のCEDを定義し、それが一般に力学的寄与分を電気的寄与分に分離できること、それらの量が本章冒頭で導かれるエネルギー保存則を適用することにより径路独立積分で表示できること、さらには有限要素解析によりそれらの量を実際に評価し、CEDの力学的寄与分が、破壊実験結果の示す傾向を説明できるものとなっていることを示したものである。なお本章では、CEDと他の従来知られているパラメータとの関係を論じると共に、線形問題に対して知られている理論特異解と比較することにより、著者が開発した有限要素プログラムの妥当性、それによる有限要素解の精度が十分なものとなることの検証も行っている。

第4章「電気的境界条件と欠陥形状が圧電体の諸量及びCEDに及ぼす影響」では、き裂面の電気的境界条件が圧電体に生じる応力やCEDに及ぼす影響について検討を行っており、圧電材料に生じたき裂の評価には、電気的境界条件の与え方が重要であることを明らかにしている。すなわち、従来多くの研究においては、き裂面に理想化した電気的浸透性条件あるいは電気的不浸透性条件を課しているが、圧電材料を扱うには電気的含有物を想定して扱う正確な境界条件の下で問題を扱う必要があること、CEDを含め関連パラメータの値に欠陥形状が大きく影響を与え、切欠きを介して定義されているCEDは欠陥形状が与える影響も含んだ形でのき裂パラメータなっており、この点でもCEDは有利なものとなっていることを示している。

第5章は「圧電材料の任意方向CEDとそれによる破壊現象の検討」であり、前章までにおいてはき裂直進方向のCEDのみを考えていたが、ここではき裂端前方の任意方向に対してCEDが意味を持つように拡張し、この拡張された任意方向CEDは力学的寄与分と電気的寄与分に分離され、それらはモードI寄与分とモードII寄与分に分離できること、さらに各々径路独立積分による表示が与えられることを明らかにしている。また任意方向CEDと任意方向エネルギー解放率との関係を導き、この関係を通じて、特異理論解が存在する場合にはそれを介して任意方向CEDを評価することを可能とする関係を与えている。任意方向CEDが定義されたことにより、直進しないき裂問題も扱い可能となり、任意方向CEDの力学的寄与分のモードI成分の最大値がある限界値に到達したとき最大値が現れる方向にき裂が進展するとするクライテリオンを提案している。そしてこれにより、ある条件においてはき裂が屈折進展するという一部の実験に現れている現象を初めて理論的に説明できることを実際の数値計算結果を通じて示し、さらに多くの実験結果と比較することにより実証を進めていく必要はあるが、CEDを用いることにより、圧電材料の破壊が系統的に扱えるようになる可能性があることを指摘している。

第6章は「結論」であり、本論文の成果がまとめられている。

以上要するに本論文は、現在ある種混乱状態にあるともいえる圧電材料の破壊力学的取り扱い法に新たにCEDの概念を導入してこれに関わる基本的諸性質を導き、CEDの概念を中心とする圧電材料の破壊力学体系を構築し、これにより圧電材料破壊力学の現状を打破し、新たな展開への可能性を示したもので、今後益々適用範囲が広がると考えられる圧電材料の強度信頼性の向上に寄与するところが大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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