学位論文要旨



No 118971
著者(漢字) 岩本,薫
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,カオル
標題(和) 高レイノルズ数壁乱流の摩擦抵抗低減制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 118971
報告番号 甲18971
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5703号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 吉澤,徴
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

省エネルギーや環境負荷軽減の観点から,摩擦抵抗低減,伝熱促進,騒音低減などを目指した乱流の高効率で自在な制御技術への要請が高まっている。工学上対象となる流れ場の多くは壁面に沿う剪断乱流であり, 優れた制御を達成するには,壁面近傍の縦渦構造に適切な作用を施すことが有効であることが,直接数値シミュレーション(DNS)を用いた過去の研究で明らかにされている。しかし,従来の乱流制御アルゴリズムに関する研究は,低レイノルズ(Re)数でのみ行われている。実用的な場でのより高いRe数では,乱れのスペクトルが拡大するとともに,乱流準秩序構造の複雑化が起こり,既存の制御アルゴリズムでは制御効果が減少するため,高Re数で効果的な制御アルゴリズムを構築する必要がある。本研究では,DNSを用いてRe数の異なるチャネル乱流を模擬し,摩擦抵抗低減を目的とするアクティブ・フィードバック制御のRe数効果について調べる。また,乱流準秩序構造がレイノルズ応力,壁面摩擦に与える影響,及び準秩序構造間の相互作用について可視化,Proper Orthogonal Decomposition (POD) を用いて,定性的かつ定量的検討を行い,乱流力学的メカニズムの解明の一役を担うことを目的とする。

まず, 乱流準秩序構造のRe数効果を調べるために, DNSで世界最大のRe数(Reτ=uτδ/V=1160, uτは壁面摩擦速度, δはチャネル半幅,vは動粘性係数)までのチャネル乱流DNSを行った。地球シミュレータにおいて512個のCPU・約600GByte のメモリを使用し,超並列化・ベクトル化を行い,並列化率99.997%, 実行性能約1.4Tflops, 理論性能の約35%, ベクトル化率99.36%, ベクトル長約235, 速度向上率504倍を達成した。また,チェビシェフ多項式の微分操作に伴う丸め誤差を除去する方法を新しく開発し,高精度のスペクトル法を用いた大規模DNSを可能にした。 渦構造は,壁近傍ではRe数に依存せず,縦渦構造として高速・低速ストリークの間に存在する確率が高い。また,Re数が増加すると,壁から離れた領域において,低速大規模構造内に存在する確率が高くなり,階層的クラスター構造として観察される。また,ストリーク構造はRe数に依存せず,壁近傍のみで存在することが分かった。大規模構造はRe数が増加すると,チャネル中央から壁近傍まで存在し,特に低速大規模構造は渦構造を内包するため,チャネル全域で高速大規模構造よりレイノルズ応力が若干大きいことを示した。また,壁近傍以外でレイノルズ応力を主に生成しているのは,縦渦構造ではなく,大規模構造の持つ大スケールの上昇・下降流であり,壁近傍の縦渦構造に依らず自立性を有することが明らかになった。高Re数乱流場では,内外層の間に新たな乱流大規模構造生成メカニズムが存在し,大規模構造は,壁近傍(y+〜15)において,Re数の増加に伴う流れ方向乱れ成分の増加に寄与し,壁近傍統計量にも影響を与えている。また,高Re数では流れ方向速度変動分布の内外層間に第二のピークが存在するが,この主要因はスパン方向波長λz/δ〜1.2の大規模構造であることが分かった。

次に,PODを用いて,上記の可視化・統計量から得られた知見を定量的に評価した。壁面せん断応力変動への寄与率が高い乱流準秩序構造は,Re数に依らず,粘性長さでスケーリングされる壁近傍の縦渦構造である。平均壁面せん断応力についてもこれらの構造の寄与が大きいが,Re数が増加すると壁から離れた構造の貢献度が増加し,大規模構造も壁近傍の統計量に影響を及ぼす可視化・統計量の結果と一致する。また,Reτ=110〜650において,壁近傍の力学は,y+<100の構造に支配される。Reτ=110の場合,壁から離れた構造(30<y+<100)から壁近傍の構造 (y+<30))への逆方向のエネルギー輸送は小さいが,Reτ=650ではより大きくなり,縦渦の再生成がしばしば発生する,縦渦上流側の壁から離れた領域,および下流側の壁面側領域に存在する。また,Re数が増加すると,壁近傍の縦渦構造とチャネル半幅δでスケーリングされる大規模構造との非線形相互作用は減少するが,Reτ=650において,y/δ〜0.5に存在する大規模構造は,生成した乱れエネルギーの約50%を他の構造に輸送し,壁近傍以外においてアクティブに乱れを生成する新しい乱流エネルギー輸送機構を有していると考えられる。これらの結果は,壁乱流準秩序構造間の非線形相互作用による影響を定量的に評価した世界で初めての研究結果であり,PODを用いたことによる最大の利点である。

以上の知見を基に,アクティブ・フィードバック制御のRe数効果について検討を行った。壁近傍の渦を打ち消す制御アルゴリズム(V-control)では,本研究で検討を行ったRe数範囲で一定の制御効果をもたらすが,さらにRe数が増加すると,摩擦抵抗低減率は徐々に減少すると予測される(Reτ=100000において摩擦抵抗低減率約13%)。この主要因はRe数の増加とともに壁から離れたレイノルズ応力の摩擦抵抗への寄与が増加することである。また,高Re数では制御投入エネルギーも大きく増加(Reτ=100000においてポンプ動力の約3%)する。その主要因として,Re数の増加とともに増加する壁面圧力変動による投入エネルギーの増加が挙げられる。Re数の増加とともに制御投入エネルギー増加する主要因は,圧力変動の増加である。また,圧力変動の増加は流れ方向波長200v/uτ<λx<8δの寄与が大きく,より高Re数ではさらに圧力変動が増加すると予測される。よって,高Re数で投入エネルギーを抑えるためには,圧力変動と相関の小さい制御入力が有効であるという指針が得られる。

また,壁面摩擦係数とレイノルズ応力との関係式を新たに導き,壁からの距離の重み付き(壁面で1, チャネル中央で0の直線関数)レイノルズ応力の積分量が壁面摩擦係数に直接寄与していることが分かった。よって, 低Re数では,壁近傍のレイノルズ応力抑制が摩擦抵抗低減に有効であるが,高Re数では,壁から離れたレイノルズ応力の摩擦抵抗への寄与が増加することが言える。また,壁近傍のレイノルズ応力を負にすることが摩擦抵抗低減に有効であり,層流化以上の摩擦抵抗低減も可能であることも分かる。

最後に,壁近傍を対象とした制御アルゴリズムの理想的な最大制御効果,またそのRe数効果を調べるために,壁近傍のみの乱れ成分を仮想的にダンピングしたチャネル乱流を解析した。壁近傍のダンピング層厚さyd+=60で一定の場合,低Re数では70%を超える大きな摩擦抵抗低減率を得る。またReτ=100000においても約55%もの摩擦抵抗低減率を得ることができる。この場合ダンピング層の厚さydはチャネル半幅δに対し,yd/δ=0.06%とごく壁近傍のみである。この主要因は,壁近傍の乱れをダンピングした場合,ダンピング層内では層流分布となり,ダンピング層上限での速度が大きな値となる。また,流量一定条件下では,ダンピング層上限位置での局所せん断応力は大きく減少する。よって,ダンピング層以外の乱流場のRe数も大きく減少することとなり,結果としてダンピング層以外の部分でのレイノルズ応力も大きく減少することとなる。上述のように,高Re数乱流で摩擦抵抗低減を得るためには,壁から離れた位置でのレイノルズ応力を減少させる必要があるが,壁近傍の乱れを完全に抑制することで,結果として壁から離れた位置でのレイノルズ応力も大きく減少させることが可能と言える。以上,高Re数流れにおいても, 壁面ごく近傍のみの乱れを抑制すれば大きな摩擦抵抗低減効果が得られることを定量的に示すことができた。但し,ここで壁面摩擦抵抗低減率を求める際に,制御投入エネルギーは考慮していないことを明記しておく。前述のように高Re数DNSの乱流準秩序構造の解析より,高Re数においては,壁面近傍の乱れ成分にも大規模構造の影響が大きくなっていくため,より大きな制御効果を得るためには,制御対象として壁近傍の縦渦構造・ストリーク構造だけでなく,大規模構造までも取りこみ,乱れを大きく減少させる必要があろう。これらの知見は,アクティブ・フィードバック制御の実用的なRe数での有効性を示したもので,将来の新しい機械システムの設計に有用な指針を与えるものである。

以下に結果を総括する。高Re数チャネル乱流では,内外層の間に新たな乱流大規模構造生成メカニズムが存在する。大規模構造はアクティブに乱れを生成し,壁近傍乱れ,縦渦構造・ストリーク構造の再生成メカニズムにも影響を及ぼす。また,高Re数においても壁ごく近傍の乱れのみを抑制することで大きな摩擦抵抗低減効果を得ることができるが,縦渦構造だけでなく大規模構造も壁近傍圧力変動・速度変動への影響が大きく,これらを制御対象とする制御アルゴリズムが必要不可欠である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,”高レイノルズ数壁乱流の摩擦抵抗低減制御に関する研究” と題し,6章より成っている.

省エネルギーや環境負荷軽減の観点から,摩擦抵抗低減,伝熱促進,騒音低減などを目指した乱流の高効率で自在な制御技術への要請が高まっている.工学上対象となる流れ場の多くは壁面に沿うせん断乱流であり,優れた制御を達成するには,壁面近傍の縦渦構造に適切な作用を施すことが有効であることが,直接数値シミュレーション(DNS)を用いた過去の研究で明らかにされている.しかし,従来の乱流制御アルゴリズムに関する研究は,低レイノルズ(Re)数Ret 〜 100 (Ret = ut d / n,utは壁面摩擦速度,dはチャネル半幅,vは動粘性係数)でのみ行われている.これに対して,実際のアプリケーション,例えば航空機において等価なRe数を見積もると,Ret 〜 105となるが,このような高Re数壁乱流に対してDNS等で構築された制御を適用した場合の効果は不明である.本論文では,DNSを用いてRe数の異なるチャネル乱流を模擬し,可視化,Proper Orthogonal Decomposition (POD)を用いて,制御効果に影響を与える乱流構造のRe数効果を定性的・定量的に解析している.また,摩擦抵抗低減を目的とする高Re数壁乱流フィードバック制御に関する検討を行っている.

第一章は序論であり,壁乱流フィードバック制御に関する従来の知見を概観し,なかでも四つの重要な側面,則ち,ハードウェア開発,計算機の発達,制御理論と流体力学の融合,乱流準秩序構造の基礎的知見の蓄積について述べている.また,現実に適用可能な制御アルゴリズムの構築へ向けた課題点を列挙し,特に重要な課題点の一つである乱流制御のRe数効果に関して議論している.また,制御効果に大きく影響を及ぼす乱流準秩序構造を定性的・定量的にDNSを用いて解析し,高Re数壁乱流制御の効果に関する検討を行う必要があると論じている.

第二章では,DNSを用いて中Re数のチャネル乱流を模擬し,壁近傍および,外層の乱流準秩序構造の物理メカニズムについて考察している.まず,チェビシェフ多項式の微分操作に伴う丸め誤差を除去する方法を新たに開発し,また,地球シミュレータにおいて512個のCPU・約600GByteのメモリを用いて超並列化・ベクトル化を行うことにより,高精度スペクトル法を用いて,世界最大のRe数チャネル乱流大規模DNSを計算することを可能としている.その結果,高Re数チャネル乱流では,内層に縦渦構造・ストリーク構造の再生成メカニズムが存在すると共に,内外層の間に新たな乱流大規模構造生成メカニズムが存在することを示している.また,大規模構造はアクティブに乱れを生成し,縦渦構造の階層的クラスター構造化 (壁近傍では低・高ストリーク構造の間に存在し,壁から離れると低速大規模構造内でクラスター化する) など縦渦構造・ストリーク構造の再生成メカニズムにも影響を及ぼすことを明らかにしている.

第三章では,乱流準秩序構造がレイノルズ応力,壁面摩擦に与える影響,及び準秩序構造間の相互作用について,定量的解析を行うことができるPODを用いて検討を行っている.その結果,Re数が増加すると,壁から離れる方向への構造間でのエネルギー輸送が減少し,壁に向かう方向へのエネルギー輸送が増加し,壁から離れた構造(20 < y+ < 100)の壁近傍の力学への貢献度が増加することを定量的に示している.また,外層構造(y + > 100)と内層構造(y + < 100)との直接の相互作用は,より高いRe数でも弱いことが定量的に示された.これらの結果は,壁乱流準秩序構造間の非線形相互作用による影響を定量的に評価した世界で初めての結果であり,PODを用いたことによる最大の利点であると報告している.

第四章では,前章までに得られた乱流構造の知見を基に,壁近傍の渦を打ち消す既存制御アルゴリズムのRe数効果をDNSを用いて評価している.Ret = 110 〜 650で一定の制御効果をもたらすが,同じ制御効果を得るための制御エネルギーはRe数の増加とともに大きく増加すると述べている.この主要因は,壁面圧力変動の増加であり,より高Re数ではさらに圧力変動が増加すると予測されることから,高Re数で制御エネルギーを抑えるためには,圧力変動と相関の小さい制御入力が有効であると論じている.

第五章では,レイノルズ応力と壁面摩擦係数の関係式を新たに導出し,高Re数での制御効果を検討している.実際のアプリケーションとほぼ等価なRe数において,既存制御アルゴリズムの制御効果は低Re数の場合より減少するが,同じオーダの制御効果を得ることができると述べている.また,壁近傍を対象とした制御アルゴリズムの理想的な最大制御効果を示す理論式を導出している.その結果,壁極近傍の速度変動を完全にダンピングした場合,Re数が増加しても,大きな制御効果を得ることができ,高Re数においても壁ごく近傍の乱れのみを抑制することで,大きな摩擦抵抗低減効果を得ることができることを定量的に示している.よって,その抑制対象となる壁近傍の圧力変動・速度変動に影響を及ぼす縦渦構造・ストリーク構造,及び,大規模構造の壁面近傍成分を制御対象とする制御アルゴリズム開発によって,より大きな制御効果が得られると結論付けている.

第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている

以上,本論文では,まず摩擦抵抗低減を目指した高Re数壁面せん断乱流の高効率で自在な制御の効果に大きな影響を及ぼす乱流準秩序構造のレイノルズ効果を評価している.その際,誤差を除去する方法を新たに開発し,超並列化・ベクトル化を行うことにより,世界最大のRe数チャネル乱流DNSを行っている.評価手法として,可視化・低次統計量だけでなく,乱流構造の定量的解析を行うことができるPODを用いて,壁乱流準秩序構造の一般的な力学機構・輸送機構について新たな知見を加えている.また,壁近傍を対象とした制御アルゴリズムの理想的な最大制御効果を検討し,高Re数においても壁ごく近傍の乱れのみを抑制することで大きな摩擦抵抗低減効果を得ることができることを定量的に示している.これらの知見は,フィードバック制御の実用的なRe数での有効性を示したもので,将来の新しい機械システムの設計に有用な指針を与えるものである.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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