学位論文要旨



No 118981
著者(漢字)
著者(英字) Limpibunterng,Theerawat
著者(カナ) リムピバンテン,ティーラワット
標題(和) ステアバイワイヤの舵角・反力制御およびそのフィーリング評価に関する研究
標題(洋) The Control of Steering Angle and Steering Torque for Steer-By-Wire System and its Feeling Evaluation
報告番号 118981
報告番号 甲18981
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5713号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 藤岡,健彦
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鎌田,実
内容要旨 要旨を表示する

近年,燃費や環境などの観点から,油圧システムで操舵力をアシストする従来のパワーステアリングの代わりに,電動モータで操舵力をアシストする電動パワーステアリング(EPS)が数多く開発されてきた.現在では,本来のステアリングシステムの機能だけではなく,さらに車両の操縦性能を高める様々な車両統合制御システムの一部としての機能が要求されており,これらの機能を実現するために,EPSから,ステアバイワイヤシステム(SBW)が開発されている.車両運動性能と制御の観点から,SBW系の最大の利点としては,SBW系では,ハンドルと前輪の間に機械的なリンクを使わずに,電気的に制御することである.これによって,SBW系は,従来の操舵系に比べ制御の自由度が多くなり,舵角と反力を独立で自由に制御することができるので,車両の操縦性能とフィーリングを同時に向上することが可能である.しかし,制御の自由度が多いため,SBW系を設計しにくい反面もある.舵角と反力の自由度を,同時に利用するための方法に関する研究がほとんどない.すなわち,従来の提案されたシステムが,SBW系の潜在能力を十分に利用するものとは言いがたい.現在のSBW系に関する研究では,・車はマン−マシンシステムなので,閉ループに基づいて設計した方が良いが,現在のSBW系は,開ループに基づいて設計し,設計プロセスの効率が悪い.なぜならば,安定性が高い車が運転しやすいという保障はないからである.・SBW系では,舵角と反力を自由に決められるという利点があるのに,今まで提案されたSBW系は、ほとんど反力を考慮せずに,舵角制御システムとして設計されてきた.ただし,フィーリングが重要な要素である操舵系の設計では,反力を無視することはできない.・SBW系のフィーリングに関する研究はほとんどない.また,設計段階からフィーリングも考慮に入れている研究もないと言える.

などの問題点を挙げることができる.そこで,これらの問題に応じて,本論文では,閉ループの設計に基づき,舵角コントローラ,反力コントローラ,そしてフィーリングを考慮に入れる新たな設計方法により,車両の操縦性能とフィーリングを同時に向上するSBW系を目指している.この目的を達成するために,本論文は1.まず,舵角と反力を同時に制御するSBW系を評価するためのドライバモデルを提案した.2.次に,舵角と反力を自由に制御できる操舵系のフィーリング評価方法を提案した.3.最後に,提案したドライバモデルとフィーリング評価方法を利用して,舵角制御だけではなく,反力制御も入れるSBW系の制御方式を提案した.

また,本研究では,対象となるSBW系として,ハンドル角度と前輪のセルフアライニングトルクだけを使用した前輪舵角と反力を制御する四端子回路のSBW系(paragraph参照)を採用した.

上記第1項目では,SBW系を評価するためのドライバモデルについて論じた.従来のドライバモデルは舵角を制御するモデルが多く,反力に関しては扱われていなかった.そのため,従来のドライバモデルでは,舵角と反力を同時に制御するSBW系の設計と評価が不可能であった.本研究では,反力も扱えるように,paragraphのように述べられるバイラテラルドライバモデルを提案し,これの特性を体系的かつ詳細に調べた.また,提案したドライバモデルにおいては,ドライバのハンドル角度と入力トルクが同時に決められるため,人間−自動車系を従来のブロック線図で表すことが困難になる.従って,本論文では,一次連立方程式システムを応用した人間−自動車系のシミュレーション方法も提案した.シミュレーションとドライビングシミュレータによる実験により,提案したドライバモデルは,舵角制御にも反力制御にも対応でき,様々な操舵特性におけるドライバ挙動を表せることを確認した.また,提案したドライバモデルに基づいて,車線変更の時には,ドライバの操作が遅い操作であると見なすことができ,ドライバの腕がばねとして簡略化することができる.paragraphは車線変更のシミュレーションと実験結果の一例である.ただし,外乱を受けた時には,ドライバ操作が横変位の補償操作だけではなく,反力の反射操作と反力の補償操作でも構成される.paragraphは横風を受けた時のシミュレーションと実験結果の一例である.車両の安定性に関しては,車線変更の安定性は,舵角ゲインを減らすことで,または反力ゲインを増やすことで向上できる.そして,反力ゲインが高いほど,外乱の影響を早く補償することができる.これらの反力ゲインの効果は,従来のドライバモデルでは証明できなかった.上記のように,提案したドライバモデルを利用することにより,従来のドライバモデルではできない,舵角と反力を同時に制御するSBW系の設計と評価が可能になった.

上記第2項目では,操舵系のフィーリング評価方法について論じた.本論文では,従来の様々なフィーリング評価方法をまとめ,反力の自由度が加わったSBW系のフィーリング評価方法を提案し,ドライビングシミュレータによる実験により,この方法の妥当性を確認した.実験により,普通の運転のフィーリングは,車両応答の特性と関係なく,反力応答の特性だけに影響されることを証明でき,その結果,車両の反力を単純ばね-ダンパー系として簡略する評価方法を提案した.本研究では,等価ばね定数を反力の定常ゲインに合わせるように計算し,等価減衰係数を0.2Hzでの反力の位相に合わせるように計算することにした.この方法により,従来のように実車の走行実験を行わなくても,操舵系の重要なフィーリング特性(手応え感,応答感,戻り感)を,等価ばね定数と等価減衰係数の値で事前に理論的に評価できるようになった.従来のフィーリング評価と解析により,手応え感は等価減衰係数と相関関係があり,応答感は等価ばね定数と相関関係があり,戻り感は等価減衰係数とばね定数との比率と相関関係があることがわかった.SBW系のフィーリングを設計するにあたり,速度によって変化する等価ばね定数と等価減衰係数の適切な範囲は,paragraphで示すことができる.この図から,等価減衰係数は,60キロの時に1Nms/rad程度に設定し,150キロになるとその2倍程度に増加させれば良く,等価ばね定数は,60キロの時に5Nm/rad程度に設定し,150キロになるとその2倍程度に増加させれば良いことがわかる.一方,等価減衰係数とばね定数との比率は,速度と関係なく,0.15から0.2ぐらいに設定すれば良いことがわかる.なお,提案した評価方法に基づき,paragraphのようなSBW系のフィーリングは,ハンドル角度と反力との傾き(paragraph参照)でさらに簡単に評価と設定ができる.この傾きは,舵角ゲインと反力ゲインの積(Alpha11xAlpha22)で決められる.上記のように,提案したフィーリング評価方法により,SBW系の設計段階からフィーリングも考慮に入れることが可能になった.

上記第3項目では,SBW系の制御方式について論じた.提案したドライバモデルとフィーリング評価方法を利用して,従来から多く研究されている舵角の制御だけでは無く,反力の制御も考慮したシミュレーションにより,制御ロジックを整理し,ドライビングシミュレータによる実験で制御の効果を確認した.本論文では,車線変更の安定性とそのフィーリングを同時に向上するようにSBW系を設計した.提案したドライバモデルを用いたシミュレーションにより,車線変更の安定性は,定常舵角ゲインを低くすること,またはシステムの遅れ補償によって高くなることがわかった.定常舵角ゲインの設計については,車線変更の安定性とTask Performanceを同時に向上させるために,最適制御を応用して最適定常舵角ゲインを計算した.paragraphにより,提案したドライバモデルにおける最適定常舵角ゲインは,ドライバ操作が反力に影響されるため,反力を考慮しない従来のドライバモデルより速度による変化が少ない.最適定常舵角ゲインは,低速の時には一定横加速度ゲインの車に近く,高速になると定常滑り角のゼロである4WSの車に近いことがわかる.次に,システムの遅れ補償には,車両遅れ補償とドライバ遅れ補償がある.車両遅れは,微分ハンドルで補償できる(paragraph参照).微分ハンドルのゲインは,速度に比例して,60 km/hごとに0.1 sずつ増やせば良いことがわかった.一方,ドライバ遅れを補償するには,微分ハンドルだけは不十分で,ドライバトルクの微分フィードバックも必要である(paragraph参照).このトルクフィードバックの必要性は,従来のドライバモデルで説明できなかった.フィーリングも考慮した上で,ドライバ遅れの補償ゲインは,0.1秒程度に設定すれば良いことがわかった.なお,提案したフィーリング評価方法に基づいて,車両遅れ補償とドライバ遅れ補償は,反力のダンピングを改良する効果があり,フィーリングも向上できることがわかった(paragraph0参照).また,ドライビングシミュレータによる実験により,上記のSBW制御の効果を確認した(paragraph1参照).そして,その結果により,最適定常舵角ゲインのみのSBW系より,遅れも補償するSBW系の方が広い範囲で効果があることがわかった.

SBW Model

Bilateral Driver Model

Simulation and Experimental Results of Lane Changing at 60km/h

Simulation and Experimental Results under Crosswind at 60km/h

Optimal Range of Ceq and Keq

T-δn Diagram

Comparsion of Steering Angle Gain

Vehicle Delay Compensation

Driver Delay Compensation

Ceq and Keq of Designed SBW Systems

Experimental Results of Lane Changing at 150 km/h

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「The Control of Steering Angle and Steering Torque for Steer-By-Wire System and its Feeling Evaluation(ステアバイワイヤの舵角・反力制御およびそのフィーリング評価に関する研究)」と題し,5章からなっている.

第1章は,「Introduction」と題し,ステアバイワイヤ (SBW) に関する背景,及び従来のSBW系に関する研究の概要を述べ,本研究の必要性を明らかにし,かつ本論文の議論の範囲及び内容を概説したものである.

第2章は,「Bilateral Driver Model : Definition, Evaluation and its Development」と題し,SBW系を評価するためのドライバモデルとその開発について論じている.従来のドライバモデルは舵角を制御するモデルが多く,反力に関しては扱われていなかった.そのため,従来のドライバモデルでは,反力の制御自由度も持っているSBW系の設計と評価が不可能であった.反力も扱えるように人間の運転を角度とトルクのハイブリッド制御として述べる Bilateral Driver Model を提案し,このモデルの特性を体系的に調べた.また,提案したドライバモデルにおいては,人間一自動車系を通常のブロック線図で表すことが困難になるので,連立方程式システムを応用した人間一自動車系のシミュレーション方法も提案した.普通の車線変更と横風におけるシミュレーションとドライビングシミュレータによる実験により,Bilateral Driver Model は,舵角制御にも反力制御にも対応でき,様々な操舵特性におけるドライバ挙動を表せることを確認した.また,それぞれの運転状況におけるドライバ挙動特性を明らかにし,Bilateral Driver Model のさらに簡略化や開発を論じた.Bilateral Driver Model を利用することにより,従来のドライバモデルではできない,様々な運転状況における舵角と反力を同時に制御するSBW系の設計と評価が可能になった.

第3章は,「The New Evaluation Method of Handling Feeling for SBW System」と題し,従来の様々なフィーリング評価方法,及びその問題点をまとめ,反力の自由度が加わった操舵系のフィーリング評価方法について論じている.ドライビングシミュレータによる実験により,従来の車でもSBWの車でも,普通の運転のフィーリングは,車両応答の特性と関係なく,反力応答の特性だけに影響されることを明らかにし,車両の反力をばね−ダンパー系として簡略するフィーリング評価方法を提案した.等価ばね定数と等価減衰係数の計算方法,車のフィーリング特性との相関関係,等価ばね定数と等価減衰係数の望ましい範囲を述べた.評価する車の等価ばね定数と等価減衰係数をその望ましい範囲と比較することにより,その車のフィーリングを理論的に解析することができるようになった.また,提案したフィーリング評価方法に基づき,定常ゲインのみ変化させるSBW車のフィーリングは,ハンドル角度と反力との傾きにより,簡便な評価と設定ができることも分かった.ドライビングシミュレータによる実験により,提案したフィーリング評価方法の妥当性を確認した.

第4章は,「The Application of the Bilateral Driver Model and the New Method of Handling Feeling Evaluation」と題し,SBW系の制御方式について論じている.提案したドライバモデルとフィーリング評価方法を利用して,SBW系の設計例を取り上げた従来から多く研究されている舵角の制御だけではなく,反力の制御も考慮したシミュレーションにより,SBWの制御ロジックを整理し,車線変更の安定性とそのフィーリングを同時に向上するようにSBW制御方式を提案した.定常ゲインの制御については,車線変更の安定性と Task Performance とのバランスをとるために,最適制御を応用して最適定常舵角ゲインを計算した.その際,フィーリングを悪くしないようにするために,提案したフィーリング評価方法に基づき,定常反力ゲインも定常舵角ゲインの値によって変化させるようにした.最適定常舵角ゲインは,低速の時には一定横加速度ゲインの車に近く,高速になると定常滑り角のゼロである4WSの車に近いことが分かった.反力を考慮しない従来のドライバモデルで求めた最適定常舵角ゲインとの違いを示した.ダイナミックス補償については,車両遅れ補償方法とドライバ遅れ補償方法を提案した.車両遅れを補償するには,微分ハンドルだけで十分である.一方,ドライバ遅れを補償するには,ドライバは反力にも影響されるので,微分ハンドルだけは不十分で,ドライバトルクの微分フィードバックも必要になる.このトルクフィードバックの必要性は,従来のドライバモデルで説明できなかった.提案したフィーリング評価方法に基づき,車両遅れ補償とドライバ遅れ補償は,反力の減衰特性を改良する効果があり,車両安定性だけではなく,フィーリングも同時に向上できることが分かった.最後に,ドライビングシミュレータによる車線変更の実験により,制御の効果を確認した.

第5章は,「Conclusions and Future Works」であり,本論文の結果及び今後の課題を要約したものである.

以上のように、本論文では、ステアバイワイヤの操舵系に関して,反力も考慮入れたモデリング,評価法,設計法を提案しており,自動車運動力学ならびに運動制御の分野における意義は大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク