学位論文要旨



No 118982
著者(漢字) 三谷,純
著者(英字)
著者(カナ) ミタニ,ジュン
標題(和) 計算機による立体紙模型の設計支援に関する研究
標題(洋)
報告番号 118982
報告番号 甲18982
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5714号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 教授 山口,泰
 東京大学 助教授 白山,晋
 東京大学 講師 五十嵐,健夫
内容要旨 要旨を表示する

紙を用いて立体を作成するペーパークラフトやポップアップカードは、その手軽さからホビー分野をはじめとして、建築物のプレゼンテーションへの活用や、ノベルティグッズとしての利用、教育分野での教材としての活用など、幅広い分野で用いられている。しかし、これらは展開図があればハサミと糊を用いて手軽に組み立てられる反面、意図した形状に組み上がる展開図を作成することは難しい。そのため、現在でもこのような立体紙模型の展開図は熟練者の手によって試行錯誤を元に作成されることが多い。そこで立体紙模型の展開図の作成を計算機によって支援することを目的とした研究を行った。

本論文では大きく分けて、CGの世界で3次元形状を表現する際に一般的に用いられているポリゴンモデル、および面の数が多いメッシュモデルから、その紙模型を作るための展開図生成方法と、ポップアップカードの一つの技法として知られている折り紙建築の設計を支援する方法の2つのテーマを扱う。

はじめに、紙を用いて立体模型を作成する手法を活用できる分野について紹介し、続いて折り紙とペーパークラフト、およびポップアップカードについて、それぞれの特徴と今までになされてきた研究についてまとめる。また、立体の展開に関する幾何学的な性質と、これらを計算機で扱うためのCG技術の基礎的な内容を述べ、立体を展開するためには可展面の集合で形状を近似する必要があり、それにはCGの世界で一般的に用いられているポリゴンモデルを使用すると都合がよいことを示す。

続いてポリゴンモデルの展開図作成に関する研究についてまとめる。計算機内でのデータの扱い方とアルゴリズムを提案し、展開図の組み立てやすさを評価するためのコスト評価式、およびコスト評価を用いた展開図の作成と、展開図編集のためのインターフェースの提案を行う。ポリゴンモデルから展開図を作成するためのアルゴリズムとして、欲張り法によって逐一面を展開してゆく方法を用い、生成されうる様々な展開図のパターンの中から、より工作しやすい展開図を作成する方法を提案する。ここでの工作のコストは、切り抜き、折り曲げ、貼り合わせに要するコストの総和であると定義し、その評価式の作成を行った。この評価式に現れる工作要素のパラメータの決定のために、実際に例題を用いた計測実験を行い、現実的なコスト評価式の作成を行った。これにより、与えられた展開図から、事前に工作にかかる時間を推測できるようになった。これを元に工作のコストを考慮した展開図の作成手法を提案し、その後の編集のためのユーザーインターフェースや、工作支援のための仕組みを考案した。これらを実装したアプリケーションを実際に開発し、一般ユーザに使用してもらうことで、その有効性を確かめた。工作を支援するための手法としては、3次元形状と展開図の対応を確認するための仕組みや、立体が展開される様子をアニメーション表示するための手法などの提案を行った。

ところで、面の数が少ないポリゴンモデルはこのようにして生成された展開図を元に工作を行うことができるが、面の数が多いメッシュモデルについては、そのままでは工作することが現実的でない展開図が生成されてしまう。このようなメッシュモデルの面を減らす研究は今までにもなされているが、単純なメッシュ簡略化手法で得られるモデルは、全体的に角ばった形となり、元のメッシュモデルの滑らかさが維持できないという問題がある。そこで、本論文ではこのようなメッシュモデル全体を帯状の領域に分割することで、紙の柔軟性を活かした滑らかな紙模型を作成できるようにする、近似的な展開図の生成手法を提案する。この帯状の形をSTRIPと呼び、元のメッシュモデルをSTRIPの集合で近似することを行う。このための手法として、既存の領域分け手法を応用し、得られた領域の輪郭線からの位相的な等距離線を生成することで、STRIPのための領域生成を行う方法を提案する。さらに、円盤と同位相の領域については、新しい切断線となる中心線の生成を提案し、そのためのアルゴリズムを示す。これにより、元の形状の滑らかな特徴を維持することができる。このようにして得られた切断線と領域の境界を残すようなメッシュ簡略化を行うことで、元の形状を近似するようなSTRIPの集合を得ることができる。これによって、工作のコストが小さいながらも、紙の柔軟性を活かした滑らかな紙模型を作成できるようになる。実際に2万程度の面を持つモデルに対して、この手法を適用し、滑らかな形状特徴を維持した紙模型を作成することができた。

上記のようなペーパークラフトを対象にした内容を前半で述べ、それに続く後半ではいわゆるポップアップカードの1つの種類である折り紙建築に関する研究について述べる。折り紙建築にも様々な種類のものがあるが、ここでは1枚の紙から構成され、90度に開いたときに形が立ち上がるものと、複数の紙の部品を格子状に組み合わせることで180度に開いたときに形が立ち上がるものを対象としている。本論文では、前者を90度型、後者を180度型と呼ぶこととした。この90度型の折り紙建築については、CGの世界で使われるボクセル表現を用いることで、簡単なアルゴリズムとシンプルなデータ構造で、効率的に折り紙建築の形を表示し、展開図を作成できることを示す。また、折り紙建築として妥当な形であるか否かを判定するためのアルゴリズムと、開閉をアニメーション表示した例、形状を効率的に作成するためのインターフェースの例などを紹介する。これらの手法を実装したアプリケーションが、実際に中学の授業で使用された様子も紹介する。

続いて、上記のボクセル表現による折り紙建築を既存のポリゴンモデルから計算機によって自動で作成する手法を紹介する。これは、対象とする形状を正面から正投影した奥行き情報を元にボクセルデータを生成し、そのデータを折り紙建築として妥当な形状へ変形する処理を行うことで実現する。また、得られたデータが複雑になりすぎる場合は、工作の手間を軽減するために、詳細部を簡略化する手法も提案する。これらにより、既存のポリゴンモデルから、折り紙建築モデルを自動で作成できることを示す。

ところで、ボクセル表現による折り紙建築の形状は、そのデータ形式の制限から、必ず座標軸のいずれかに平行な線分の集合で構成されるという制約があり、あまり自由な形を作れないという問題がある。そこで、このボクセル表現による折り紙建築の作成のための研究に続き、平面多角形の平面多角形の集合を用いた自由度の高い設計方法についての研究も行った。これは、水平面および垂直面の形をユーザが入力できるようにすることで、より変化に富んだ形の作成を可能としている。折り紙建築には、1枚の紙から作成されるという制約があるが、この制約をユーザが意識しながら形を作成するのは不便であるため、システムが自動的に制約を満たすように形状を修正する仕組みを考案した。これは、折り紙建築の立体形状を構成する各面の座標値と展開図平面での座標値の対応関係を式で明らかにし、展開図平面における多角形の論理集合演算を適用することで実現している。また、折り紙建築に対して開口部を設ける処理を、それと等価な面の生成の処理に置き換えることが可能なことを示し、同一のアルゴリズムで面の生成と開口部の生成を行えることを示した。さらに、折り紙建築が開くと立ち上がるか否かを判定するアルゴリズム、開閉の様子をアニメーション表示した例なども紹介する。

続いて、格子状の紙の組み合わせを用いた180度タイプの折り紙建築の設計方法についての研究を行った。このタイプの折り紙建築が平面に折り畳まれ、また台紙を開くとともに形が立ち上がる原理を明らかにし、それを計算機で設計するための手法を提案する。これは、既存のポリゴンモデルの断面を取得し、それぞれの断面にスリットを付加することで実現している。妥当な組み合わせが実現できるスリットの生成方法と、展開図および配置図の生成方法も提案し、実際に作成した折り紙建築の例を紹介する。

本論文で提案する各手法によって、計算機内で構築されたデータから紙模型用の展開図を迅速に作成できること、および一般のユーザーには難しかった紙模型の設計を計算機によって効率的に支援できることを確かめた。

審査要旨 要旨を表示する

三谷純(みたにじゅん)提出の本論文は「計算機による立体紙模型の設計支援に関する研究」と題し,全6章よりなり,紙で作成する立体模型の設計を計算機によって支援するための問題を扱っている.

第1章では,研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.紙を用いて立体を作成する立体紙模型は,その手軽さからホビー分野をはじめとして,建築物のプレゼンテーションへの活用や,ノベルティグッズとしての利用,教育分野での教材としての活用など,幅広い分野で用いられている.しかしながら,紙模型はその展開図の配布や組み立てが手軽な反面,意図した立体を実現するための展開図を作成することは難しく,専門技術を持つ設計者によって試行錯誤を経て作成されることが多い.そこで本論文では,計算機によって立体紙模型の設計を支援するための研究を行うものとした.なお,作成できる形状の自由度とその組み立ての容易さから,ペーパークラフトと「折り紙建築」と呼ばれるポップアップカードタイプのものに着目して,その設計についての研究を行うものとした.

第2章では,紙を用いて立体模型を作成する手法について一般的に知られている,折り紙とペーパークラフト,およびポップアップカードについて,それぞれの手法の特徴と,計算機を用いた設計支援に関する従来の研究などについてまとめている.特にペーパークラフトについては,近年のインターネットの普及に伴うデジタル化の様子と従来のアナログな手法との比較を行っている.その後,一般的なペーパークラフト用の展開図を計算機で作成する際に必要となる基礎知識として,立体の展開に関する内容についてまとめている.

第3章ではポリゴンモデルの展開図を計算機を用いて作成する手法を述べている.まず,計算機によって3次元形状を表現する手法について概説し,その手法の1つであるポリゴンモデルを扱うための基礎的な内容を紹介している.その後,ポリゴンモデルを展開するためのアルゴリズムを提案し,それを計算機で実装する際に気をつけるべき点などを述べている.また,一つのポリゴンモデルに対して,その展開図は何通りも存在するため,どのような展開図が工作に適した展開図であるかを判断するためのコスト評価方法を提案し,組み立てやすさを考慮した展開図の作成手法について述べている.続いて,得られた展開図をユーザーが対話的に編集するためのインターフェースや,工作を支援するための機能を提案し,それを計算機上に実装したアプリケーションの例を紹介し,その評価を行い考察をまとめている.

第4章では, 面の数が多くそのまま展開した場合には工作するのが現実的ではないようなメッシュモデルに対して,近似的な展開図を作成する手法について述べている.はじめに,従来のメッシュモデルの展開方法と簡略化手法について紹介している.その後,手法の詳細について延べ,その手法を面の数が数万程度のメッシュモデルに適用し,実際に滑らかな曲面部を持つ紙模型を作成した例を紹介している.ここで提案される手法は,まず与えられたメッシュモデルをその形状特徴に基づいて複数のパーツに分割し,そのパーツを帯状の領域に再分割することを行う.その後,メッシュ簡略化手法を適用することで,この領域をSTRIPと呼ぶ,内部に頂点を持たない三角形の集合で近似することを行う.この手法で作成する展開図は,紙の柔軟性を活かした滑らかな紙模型を作成することができる,という特徴がある.

第5章では,折り紙建築の設計を計算機で支援するための手法を述べている.90度に開いたときに形が立ち上がるタイプの折り紙建築について,ボクセルを用いることで設計支援と展開図の作成を効率的に行う方法,既存のポリゴンモデルから自動的に生成する方法,および平面多角形の集合を用いることで自由度の高い形状の設計を支援する方法を提案している.その後,180度型の折り紙建築について,既存のポリゴンモデルから断面形状を取得することで,格子状に形が立ち上がるものを設計するための手法を提案している.それぞれの手法について,その理論と応用についてまとめ,実際にアプリケーションを実装して作成した例題を紹介している.また,このアプリケーションを教育の場で教材として使用した事例の紹介も行っている.

第6章では結論を述べている.本論文で提案する手法によって,ペーパークラフトと折り紙建築の形状設計を計算機で支援を行えることが示された.また,実装されたアプリケーションを評価することで今後の展望がまとめられている.

以上を要約するに,本研究により,計算機によって立体紙模型の設計を支援する新しい手法が複数提案され,それぞれの有効性が確認された.また,残されている課題についても問題点が明らかとされ,それぞれの立体紙模型の設計手法に関して大きな貢献をしたと言える. このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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