学位論文要旨



No 118983
著者(漢字) 倉賀野,穣
著者(英字)
著者(カナ) クラガノ,ジョウ
標題(和) 曲線集合からの細分割曲面生成と意匠設計への応用
標題(洋)
報告番号 118983
報告番号 甲18983
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5715号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 助教授 増田,宏
 東京大学 助教授 下村,芳樹
内容要旨 要旨を表示する

近年,消費者のニーズは多様化し,しかもその変化が速い.製造業においてはその変化に対応して,時期を逃すことなく高品質で,高機能な製品を投入しなければ競争に勝つことができない.その製造業の意匠設計の環境においては消費者ニーズを盛り込んだ製品をいかに効率良く設計するかが重要になっている.

そのためにさまざまな3次元CAD システムが導入されつつある.しかし,現状,使用されている多くの3次元CAD システムは寸法,半径,角度が明確なものを効率良く処理する機能がほとんどである.さらに,一般的に曲面を生成し設計する際には,曲線集合を設計し,曲線集合から曲面を生成するのが一般的であるが,曲線同士が空間的に連結していなければならず,捩れの関係にある場合は曲面を生成することができない.また,一般的に広く用いられている3次元CAD システム内で実装されている表現形式はNURBSなどのテンソル積曲面を用いている.テンソル積曲面の形式は基本最小形状(曲面パッチ)が4辺形であり,製品形状をこの4辺形の曲面パッチ集合に変換する作業は非常に高度な技術者の経験を必要とする.また,この変換の際に,4辺形以外の領域が出現した場合は非常に難しい処理を必要とする.さらに,意匠設計の初期段階では,スケッチを用いて形状評価が行なわれる.スケッチにはしばしばパッチの境界曲線にならない曲線が含まれている.現状の3次元CADではこのような曲線は形状処理の対象にもなっていない.テンソル積曲面における表現ではデザイナの意図する形状を短時間で容易に設計することはできない.

一方,細分割アルゴリズムはCG(Computer Graphics)の分野でアニメーションで用いるキャラクターの形状などに用いられるようになってきた.細分割アルゴリズムで生成される曲面はテンソル積曲面より任意位相性という利点がある.さらに,生成される曲面は連続性が保証されている.しかし,工業製品で必要となる製品の特徴線や曲面パッチの境界曲線を扱えるものではない.また,細分割アルゴリズムは,初期制御メッシュを入力とし,連続性が保証された曲面を出力生成するが,その初期制御メッシュをどのように設計するかという研究は少ない.

本研究の目的は,現在多くのCAD システムで3次元自由曲面形状の表現に使用されているNURBS などのテンソル積表現を細分割曲面に置き換え,設計プロセスに対して効率化を図るものとする.具体的には,曲面の生成方法として,一般的に広く用いられているスキニング手法と内挿を応用し,細分割曲面を生成する.

スキニング手法には,指定した曲線を別の曲線に沿って掃引する手法(スィープ)と軸を中心に回転させる手法(回転スィープ)がある.さらに拘束条件が強いものに二つの断面曲線と軌道曲線を入力し,その断面曲線間に,軌道曲線に沿って滑らかに変化するような曲面を生成する手法がある.このように曲線を掃引して生成される曲面形状はデザイナにとって想像し易く,自動車などの設計分野では広く用いられている.

本手法では,拘束条件が強い軌道曲線付きのスキニング手法を応用し,細分割曲面を生成する.細分割アルゴリズムは2つに分けることができる.第1は,近似細分割である.この手法は生成される曲面の連続性は高いが形状を操作するのが難しいという問題がある.第2は,補間細分割である.この手法は入力した頂点を補間する曲面を生成するので,形状を制御しやすいという利点がある反面,生成される曲面は連続性が低いという問題がある.そこで,補間パラメータを導入し,その両方の性質を混ぜ合わせた性質を持つ統一的な細分割手法を用いて曲面を生成する.そして,断面曲線は補間細分割となり,断面曲線間の曲面は,近似細分割となるようなパラメータの値を決定する.また,一般的にスキニング手法で入力される曲線には,デザイナの意図する特徴(曲率の大きい部分)が存在する.断面曲線の双方に対応する特徴が存在する場合は問題がない.しかし,ある断面曲線の特徴がもう一方の断面曲線の特徴に対応しないような場合,つまり,ある断面曲線の特徴がスキニングの過程で消失してしまうような場合には,従来のスキニング手法により,それを表現することは困難である.このような特徴の消失は,曲面上では "ぼかし" あるいは "溶け込み" と呼ばれる表現効果をもち,意匠的にも有用なものである.本手法では,細分割のフィッティング手法を応用し,消失点を決定し,統一的な細分割手法により断面曲線を補間し,かつ特徴の消失効果を持つ滑らか(消失点以外C2連続)な曲面を生成する.

一般的に,曲面は曲線集合から生成される.曲面を生成するためには,入力される曲線集合は矛盾なく連結されなければならなく,その作業は容易なことではない.曲線同士が連結され曲線網を成した状態から,曲面を生成する手法を内挿と呼ぶ.

内挿による曲面生成は,曲線網から曲面パッチ境界に囲まれた領域を決定する位相構築の問題と,その領域をどのような曲面で生成するかという幾何構築の問題とに分けることができる.

本手法は,連結していない曲線群や曲線網に対して,グラフ探索メッシュとしてバウンディングボックス(曲線集合を内包する直方体)を定義し,頂点を追加し,パラメータを調整することで,曲線集合の形状を覆うようにグラフ探索メッシュの形状を変更する.ここでは,2つのオペレータを定義する.第1はアトラクションオペレータと呼び,曲線にグラフ探索メッシュの頂点が近づく作用をおこす.第2はリラクゼーションオペレータと呼び,グラフ探索メッシュの頂点間の距離が一定になるような作用をおこす.この2つのオペレータを繰り返し適用することで,グラフ探索メッシュの形状は曲線全体の形状を近似した形状になる.そして,そのグラフ探索メッシュ上で,曲線の始点の最近接点から曲線の終点の最近接点までの最短経路を探索することで,3次元幾何的に生じている曲線同士の捩れや曲線間での不連結に関係なく位相を構築することができる.

幾何構築に関しては,曲線の端点や交点が細分割曲面の極限点と一致するように,細分割フィッティングの手法を応用し,細分割曲面に必要な細分割初期制御メッシュを自動構築する.さらに,細分割アルゴリズムの一つであるパラメトリック曲線に収束するCombined細分割を応用することで,入力した曲線を補間する細分割曲面を生成することができる.ただし,連結していない曲線群に対しては新たに頂点を挿入し,その点を通過するようにパラメトリック曲線を補間することで連結した曲線網を生成してから幾何構築を行う.

意匠設計段階においてデザイナが3次元CAD を用いて製品形状を生成する状況は少なく,スケッチを用いているのが一般的である.スケッチを用いることで,デザイナは試行錯誤しながら,形状を生成し,確認し,修正するという繰り返し作業を迅速に行うことができる.一方,スケッチの保有している機能として,アイディア形状の伝達や表現手段といった機能がある.しかし,スケッチが持っている"あいまいさ"の性質のためにその伝達を受け取った人によって形状の認識が異なってしまうという問題がある."あいまいさ"とは以下のよう性質を挙げることができる.

●デザイナとスケッチの受け取り人のパースペクティブ比に個人差があり,形状の伝達が不正確である.●デザイナとスケッチの受け取り人によって形状の大きさや形状を表している線分の大きさ,角度の認識が異なっている.●スケッチには錯視や誇張などを含んでおり,3次元化すると想像しない形状となる.また,極端な場合は3次元への立体構成が不可能な場合がある.

上記のスケッチの"あいまいさ"の問題のため,スケッチを受け取る人(一般的にはCAD オペレータ)によって立体モデルに再現することができなかったり,誤解を生じ,それを修正するために非効率や負荷の増大を招くような結果となっている.

そこで,現状では,CAD オペレータと呼ばれる技術者とデザイナとの共同作業により3次元CAD システム内に入力し,解決している.

本手法は,スケッチから3次元形状を生成する際における立体構成の可能性を視覚的に判断するために,スケッチにおける曲線を1本づつ3次元化し,半自動で迅速に曲面を生成する.さらに,スケッチから生成される曲線群の中には従来では形状処理の対象にもなり得なかった曲面パッチの境界曲線でない曲線("ダングリング曲線")が含まれている.そこで,このダングリング曲線を補間した薄板のエネルギー最小の曲面を生成し,その曲面に細分割フィッティングを行うことで,ダングリング曲線を近似的に補間した細分割曲面を生成することができる.

以上のように,本研究は,細分割曲面の利点をいかし,工業製品における設計プロセスにおける効率化をはかるために,スキニング,内挿を応用し,意匠設計に関しても連結情報を持たない曲線群から曲面を迅速に生成する手法を考案した.

審査要旨 要旨を表示する

倉賀野穣(くらがのじょう)提出の本論文は「曲線集合からの細分割曲面生成と意匠設計への応用」と題し,全6章よりなり,曲線集合から細分割曲面を生成する問題を扱っている.

第1章では,3次元CADシステムの必要性,現状の形状モデルに関して論述した.一般的な3次元CADにおける形状モデルの問題を指摘した.細分割曲面モデルの特徴を述べ,定性的に製品開発プロセスにおいて有用であることを示した.さらに,本研究の目的と構成について述べた.本研究で用いられる用語に関して簡単に述べた.

第2章では,関連研究と従来からの曲面生成に関して述べた.関連研究に関しては細分割の研究を簡単に分類し,さまざまな細分割オペレーション手法に関して論述した.近似細分割手法に関してはCatmull-Clark細分割,補間細分割手法に関してはKobbelet細分割に関して述べた.さらに本研究の基盤となる研究のCombined 細分割に関して述べた.曲面生成に関しては従来から行なわれている曲面生成パターンをスキニング手法と内挿とに分類し,それぞれに対して簡単に図説した.さらにフィッティング手法に関しても論じた.最後に本研究と関連研究との関係を明らかにした.

第3章では,テンソル積曲面を用いた時のスキニングの問題を2つ挙げた.第1は断面曲線は自由に入力できないという問題,第2は特徴消失を表現するときの複雑な処理の問題であった.本手法は近似細分割と補間細分割の両方の性質を持つ統一的細分割を適用することで,断面曲線間に拘束された点を保ちつつ滑らかな曲面を生成する手法を提案した.そこで,第1の問題は解決された.さらに特徴の範囲と特徴の軌跡を入力することで特徴消失の表現効果を細分割曲面を用いて達成した.細分割曲面が通常のテンソル積曲面と同等の表現能力を持ち,さらに特徴消失という難しい表現効果を持てることが分かった.つまり,第2の問題は解決された.

第4章では,曲線網から曲面を生成する問題,曲線群から曲面を生成する問題,という2つの問題に対して内挿による細分割曲面を生成する手法を提案した.

第1の問題である曲線網に対して曲面を生成するという問題に対して,球と同相であるという仮定を置くことで,まわりに球と同相のグラフ探索メッシュを定義し,グラフを埋め込む.続いて,細分割フィッティングの手法を用いることで,細分割初期制御メッシュを生成する.さらにCombined 細分割を適用することで曲線を補間する細分割曲面を生成した.全ての可能な位相を探索することなしに,曲面を生成することができた.グラフ探索メッシュのパラメータの決定は形状に依存することが分かった.Combined 細分割により,形状にへこみが発生する場合があることが分かった.

第2の問題である 曲線群に対して曲面を生成するという問題に対して,円盤と同相であるという仮定を置くことで,まわりに円盤と同相のグラフ探索メッシュを定義し,グラフを埋め込むことができた.続いて,曲線間の交点を算出し,曲線を再定義することで,曲線を連結することができた.続いて細分割フィッティングの手法を用いることで,細分割初期制御メッシュを生成することができた.さらにCombined 細分割を適用することで曲線を補間する細分割曲面を生成することができた.曲線が捩れの関係にあっても曲面を生成することができることは特筆するべき点である.しかし,グラフ探索メッシュのパラメータの決定は形状に依存することが分かった.Combined 細分割により,形状にへこみが発生する場合があるという経験を活かし,"膨張制御点"を定義し,極限点の位置を想定することで膨張制御点の制御を行い,曲面の形状を制御することができた.つまり,内挿の方法を応用することで迅速に位相構築し,4辺形と非4辺形の曲面パッチの形状を統一的に処理することができた.

第5章では,スケッチから3次元モデルを生成する問題扱った.複数のスケッチで入力された特徴線から3次元化され,連結情報を持っていない曲線群から半自動で曲面を生成する問題に対して,パース図で入力した視点を追加することで投影面を定め,グラフを埋め込むことで位相を構築することができた.手動で境界曲線とダングリング曲線を指定し,投影面で曲線間の結合するべき点を自動で決定することで,グラフを埋め込むことができ,曲面パッチ領域を決定することができた.また,4辺形も非4辺形も統一的に扱え,曲面を生成することができた.さらに,"膨張制御点"を制御することでCombined 細分割で生成される曲面がへこむ問題を解決し,曲面を生成した."ダングリング曲線"は通常の曲面パッチの境界曲線でないので,一般的には扱えないが,本手法は特別な処置を施し,ダングリング曲線に対しても近似補間を行うことができた.つまり,意匠設計において,スケッチから迅速に大まかな曲面形状を確認したいという要求に応えることができた.

第6章では,本研究の成果をまとめ,総括し,今後の課題に関して論述した.

以上を総括すると,本研究は,曲線から曲面を生成する問題を効率的に処理することが行え,現状の設計分野に細分割曲面を用い効率的な処理を行う可能性を示した.特に,スケッチから生成された曲線集合から半自動で曲面を迅速に生成することができ,意匠設計における3次元モデル生成という問題を効率的に解く手法を提案し,大きな貢献を行った.

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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