学位論文要旨



No 118986
著者(漢字) 松宮,潔
著者(英字)
著者(カナ) マツミヤ,キヨシ
標題(和) 穿刺ロボットによる脊椎椎体穿刺に関する研究
標題(洋)
報告番号 118986
報告番号 甲18986
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5718号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 教授 土肥,健純
 東京大学 教授 毛利,尚武
 東京大学 助教授 佐々木,健
 東京大学 講師 大西,五三男
内容要旨 要旨を表示する

序論

経皮的椎体形成術における椎骨穿刺は従来X線透視下で手技にて行っていた.この手法には,椎弓根という非常に限られた経路に沿って穿刺するという作業自体が困難で,また,作業中のX線透視により穿刺針を持つ術者の手が連続的に被曝するといった問題が存在した.これらの問題を回避するための方法としてロボットで椎骨穿刺を行うことが考えられる.

本研究では,椎骨穿刺ロボットの開発にあたって必要な以下の基礎的検討を行った(1)ロボットに必要な構造的強度および出力の推定(2)適切な穿刺を行うための針の刺入方法についての検討

ここで,適切な穿刺とは,以下の3条件を満たす穿刺とした:(条件1)穿刺時の軸方向反力が小さい.骨表面付近における部分的な組織破壊などによって針先端の急激な横方向ズレが生じ周辺組織が損傷する危険性を回避し,ロボットに対する高強度・高出力の要求によってロボットが大型化し臨床での使用が困難になることを防ぐため.(条件2)計画に対する穿刺経路の横方向ズレが少ない.穿刺に際して,針が椎弓根から逸脱し椎弓根周辺組織が損傷する危険性を回避するため.骨表面における横ズレが0.6-0.7mm以下.(条件3)穿刺に要する所要時間が少ない.患者の呼吸再開に伴う椎骨移動によって穿刺精度が低下することを防ぐため.針送り量30-40mmに対し30-40s以下.

検討にあたっては椎骨穿刺ロボットを試作し,骨やファントムに対して穿刺実験を行った.針の刺入は,軸回りに連続回転させながら針を送る方式とし,回転方向は椎骨周辺の血管や神経の巻き込みの危険を軽減するため正逆2方向を交互に繰り返すこととした.

椎骨穿刺ロボットに必要な構造的強度および穿刺力

ホルマリン保存ヒト椎骨穿刺時の軸方向反力

ロボットに必要な構造的強度および出力を推定するため,ホルマリン保存ヒト椎骨を試作ロボットで穿刺し発生した軸方向反力を測定した.穿刺針先端が刺入開始直後にのみ骨表面付近の骨密度の高い皮質骨を通過するような経路が一般的には理想であるが,本実験においてはしばしば穿刺針先端が椎弓根側面の皮質骨に到達し,軸方向反力が刺入開始直後にのみ大きなピークが見られる場合だけでなく,複数のピークが見られる場合もあった(Fig. 1).

本研究では,針送り量d=0-10mmにおける軸方向反力最大値を,理想的な経路に沿って穿刺を行った場合に発生する軸方向反力の最大値と考え測定を行った.その結果,送り速度0.2-0.6mm/s,回転角±75deg,回転周波数0.9-2.7Hzであるとき,d=0-10mmにおける軸方向反力最大値は50.8Nであった.したがって,送り速度0.2-0.6mm/sで穿刺するため,構造的強度および穿刺力に関してロボットに要求される仕様は例えば以下のようになる:(1)約50Nの軸方向反力に耐え得る構造的強度を持つ.(2)約50Nの軸方向反力下で回転角±75deg,回転周波数0.9-2.7Hz程度の安定した針回転を実現するだけの駆動力(モータ出力など)を持つ.

ホルマリン保存による骨強度の変化

以下の2つの実験において骨表層部(皮質骨)穿刺時軸方向反力の比較し,ホルマリン保存による骨強度変化を調べた:(1)冷凍保存ヒト大腿骨頭とホルマリン保存ヒト大腿骨頭のロボット穿刺(2)摘出直後ブタ大腿骨頭とホルマリン保存ブタ大腿骨頭のロボット穿刺

その結果,(1)においては保存の状態による大きな差異が見られなかったが,(2)においてはホルマリン保存により骨表層部(皮質骨)穿刺時軸方向反力が低下することが示された.

ヒト骨とブタ骨で穿刺時反力の変化の仕方に差異がないと仮定すれば,上記の結果から考えられることは,ホルマリン保存あるいは冷凍保存によって骨強度が低下しその度合いは両保存方法において同程度である,ということである.しかしながら一方では,整形外科医が冷凍保存ヒト大腿骨頭を手技で穿刺したときの感覚として「摘出直後と大きな差異がない」という見解を示している.

摘出直後のヒト椎骨の代替としてはホルマリン保存されたヒト椎骨が形状および構造の点で最適であると考えられるが,ホルマリン保存による骨強度変化についてはさらなる検討が必要と考えられる.

椎骨のロボット穿刺時における適切な穿刺方法について

高密度の表面部分と低密度の内部からなるポリウレタンファントムを試作ロボットで穿刺し,適切な穿刺方法について検討した.具体的には,針先端形状,および針の軸回り回転振幅・送り速度・軸回り回転速度の調整方法について検討した.ファントムの使用により,穿刺針先端が刺入開始直後においてのみ骨密度の高い皮質骨を通過するような,「理想的な経路に沿った穿刺」を高い再現性のもと模擬できた.

穿刺針の先端形状の選定

使い捨て使用に適した単純な形状として三角錐および四角錐に限定し先端の頂角を変えながら検討した.その結果,隣接する面同士のなす挟み角が小さくエッジ部分が長いことで軸回り回転による組織切削を効果的に行うことができる三角錐型で頂角の小さい形状を選択すると,軸方向反力および斜刺入時の穿刺経路ズレが小さくなることがわかった.

針回転振幅

針の軸回り回転振幅について検討した結果,軸回り360degにわたって針のエッジ部分が隈なく組織を切除するだけの十分な振幅を持つ回転を行うことができれば軸方向反力を低減できることがわかった.

針送り速度および回転速度の調整方法

針の送り速度・回転速度について検討した結果,軸方向反力が小さい,経路の計画に対するズレが小さい,穿刺に要する時間が短い,の3条件を満たす送り速度・回転速度の調整方法は相反する(Fig. 2)が,穿刺の進行の段階ごとに優先順位を付け,以下のような方法に従って調整することにより解決されることがわかった:(1)穿刺開始から針が2-4mm刺入されるまでの段階では経路の横ズレ量に対する影響が大きいので送り速度を大きくし回転速度を小さくする.(2)以降高密度層を完全に通過するまでの段階では軸方向反力最大値に対する影響が大きいので送り速度を小さくし回転速度を大きくする.(3)以降穿刺終了までは所要時間を目標時間内に抑えるため送り速度を大きくし,軸方向反力が過大にならないよう回転速度をも大きくする.

骨表面における刺入角が大きい場合の穿刺方法

実際の椎骨穿刺においてはこれまでの想定よりも急な角度で穿刺せざるを得ない場合も考えられるため対策が必要である.

そこでファントムを用いて刺入角35degでの穿刺実験を行った結果,刺入初期段階において計画よりも小さい刺入角で(針を骨表面に対して立てて)穿刺を行った後,元の刺入角に戻して,「3.3」で提案した方法に従って送り速度・回転速度の調整を行うことにより,横方向へのズレを軽減できることが示された.

手技穿刺における針動作

手技穿刺時の穿刺反力および針動作を測定しロボット穿刺時と比較した.その結果,手技においては,刺入初期段階においては針の押し込み動作を行っており回転の度合いが小さいさく,初期段階以降回転を積極的に行っていることがわかった.このような針動作は,「2.3」で述べたロボット穿刺における針送り速度・回転速度の調整方法とおおよそ一致するものであった.

また,手技穿刺においてはロボット穿刺と違って穿刺針軸回り回転の振幅が不十分であるため組織切削を効果的に行うことができず軸方向反力が大きくなることが示された.

椎骨穿刺ロボットの臨床応用に向けた課題

本研究では,刺入開始点および刺入方向に針が誘導された後の骨穿刺のみについて針刺入の仕方や発生する反力について検討した.経皮的椎体形成術における椎骨穿刺ロボットを臨床使用するにあたっては以下の検討を行う必要がある:(1)表皮から椎骨表面に至るまでの軟性組織の介在による影響、(2)穿刺経路の計画と計画経路に針を誘導するナビゲーション方法.

結論

ホルマリン保存ヒト椎骨のロボット穿刺実験により,送り速度0.2-0.6mm/sで穿刺するため,構造的強度および穿刺力に関してロボットには例えば以下のような要求仕様を満たす必要があることが示された:(1)約50Nの軸方向反力に耐え得る構造的強度を持つ.(2)約50Nの軸方向反力下で回転角±75deg,回転周波数0.9-2.7Hz程度の安定した針回転を実現するだけの駆動力(モータ出力など)を持つ.

ホルマリン保存による骨強度変化についてはさらなる検討が必要と考えられる.

構造が椎骨に近いポリウレタンファントムを用いた実験により,穿刺針の送り速度と回転速度の調整方法を以下のような方法に従って調整することにより,軸方向反力が小さい,経路の計画に対するズレが小さい,穿刺に要する時間が短い,の3条件を満たす「適切な穿刺」を実現できることがわかった:(1)穿刺開始から針が2-4mm刺入されるまでの段階では経路の横ズレ量に対する影響が大きいので送り速度を大きくし回転速度を小さくする.(2)以降高密度層を完全に通過するまでの段階では軸方向反力最大値に対する影響が大きいので送り速度を小さくし回転速度を大きくする.(3)以降穿刺終了までは所要時間を目標時間内に抑えるため送り速度を大きくし,軸方向反力が過大にならないよう回転速度をも大きくする.

この調整方法は手技穿刺において整形外科医が行っている針操作の仕方と一致することが示された.

穿刺時の軸方向反力変化と経路付近のX線CT画像:刺入開始直後にのみピークを持つ場合(a)もあったが,しばしば複数のピークを持ち(b),さらに2番目以降のピークが最大値となる場合もあった.原因としては,穿刺対象としたヒト椎骨に骨粗鬆症によると思われる皮質骨の密度低下の傾向が見られたことや,椎弓根の幅が小さい場合に穿刺針が椎弓根内において皮質骨と海綿骨の境界付近の骨強度分布が複雑な部分を通過する(b)傾向があることが挙げられる.

送り速度v・回転速度ωの調整による,(a) 軸方向反力の低減,(b) 経路横方向ズレの低減,(c) 所要時間の短縮.軸方向反力が小さい,経路の計画に対するズレが小さい,穿刺に要する時間が短い,の3条件を満たす送り速度・回転速度の調整方法は相反する.

審査要旨 要旨を表示する

論文題目「穿刺ロボットによる脊椎体穿刺に関する研究」は従来X線透視下で手技にて行なわれていた経皮的椎体形成術をより確実かつ安全に実施するために開発が期待されている椎骨穿刺ロボットの開発にあたり,ロボットに必要な構造的強度および出力の推定 2)適切な穿刺を行うための針の刺入方法の検討を行ったものである。

本論文は8章からなり,第1章では本論文で取り扱う脊椎体穿刺が必要となる経皮的椎体形成術について説明し,その課題を分析しロボット技術導入の必要性を論じ,脊椎体穿刺を安全に行うためには,穿刺針にかかる軸方向反力が小さい,経路の計画に対するずれが小さい,穿刺に要する時間が短いという3条件を満たす穿刺が求められるとしている。第2章で本研究の目的を示している。第3章では実験に使用する椎体形成術用椎骨穿刺ロボットの要求使用ならびに設計について論じ,その機能を説明している。第4章では,ホルマリン保存ヒト椎骨の穿刺実験による椎体骨穿刺過程における穿刺反力の解析,針回転角度,針回転数等の諸条件と軸反力の関係を実験的に検討した結果を延べ,第5章ではポリウレタン製の模擬骨試料を用いて,穿刺ロボットの駆動条件を変えながら,穿刺条件の検討を行い椎体骨のロボットによる適切な穿刺方法を提案している。第6章では,専門医による穿刺動作の解析結果と本論文で提案するロボットのよる穿刺動作の比較検討を行いその差異を論じている。第7章では本研究で得られた成果とその意義を考察し,第8章で結論を述べている。

経皮的椎体形成術における椎骨穿刺従来X線透視下で手技にて行われており,椎弓根という非常に限られた経路にそって穿刺するという作業自体が困難であり,また,作業中のX線透視により穿刺針を持つ術者の手が連続的に被曝するという問題が存在する。これらの問題解決方法としてロボットによる椎骨穿刺が考えられる。

ロボットに必要な構造的強度および出力の推定にあたっては,ホルマリン保存された椎骨をロボットで穿刺し,送り速度や回転速度を変えながら軸方向反力を測定し,さらに穿刺後X線CT撮影により穿刺経路を確認した。その結果,軸方向反力は経路に沿った密度分布にしたがって増減するが,刺入初期の最大値は約50Nであったと述べている。従って,刺入開始直後のみ骨表面付近の高密度部分を通過するような理想的な経路に沿って針を刺入することを想定した場合,ロボットには50N前後の軸方向反力に対抗し得る構造的強度と穿刺力が必要であると述べている。

試作した椎骨穿刺ロボットでは針刺入開始点および刺入方向を決定した後,軸回りに連続回転させながら針を送る方式を採用し,椎骨周辺の血管や神経の巻き込みの危険を軽減するため正逆2方向の針回転を交互に繰り返す設計としている。

次にファントムを試作ロボットで穿刺し,針先端形状の選択,および針の軸回り回転振幅・送り速度・軸回り回転速度の調整方法を検討している。ファントムには骨密度分布を模擬し,高密度の表面部分と低密度の内部からなるポリウレタンファントムを使用している。針先端形状に関しては使い捨て使用に適した単純な形状として三角錐および四角錐に限定し先端の頂角を変えながら検討し,隣接面のなす挟み角が小さくエッジ部分が長いことで回転による骨切削を効果的に行う頂角の小さな三角錐型で,軸方向反力および斜刺入時の穿刺経路ずれが小さくなること述べている。針の軸回り回転振幅については,針のエッジ部分で針軸回りを隈なく切除するだけの十分な振幅を持つ回転を行うことで軸方向反力を低減できることを示している。針の送り速度・回転速度について検討した結果では,小さな軸方向反力,小さな経路の計画に対するずれ,短い穿刺時間という3条件を満たす送り速度・回転速度の調整方法は相反するが,穿刺の進行の段階ごとに優先順位を付け,1)穿刺開始から針が2-4mm刺入されるまでの段階では経路の横ずれ量を低下するために送り速度を大きくし回転速度を小さくする,2)以降高密度層を完全に通過するまでの段階では軸方向反力を低下するために送り速度を小さくし回転速度を大きくする,3)以降穿刺終了までは所要時間を短縮するために送り速度を大きくし,軸方向反力が過大にならないよう回転速度をも大きくする,という調整方法により解決されることを示している。

専門医による手技穿刺時の穿刺反力および針動作を測定し,手技では刺入初期段階では横ずれを防ぐため主に針の押し込み動作を行っており回転が小さく,初期段階以降回転を積極的に行い針の刺入抵抗を減少させていることを示している。これは上述したロボット穿刺における針送り速度・回転速度の調整方法とおおよそ一致するものであった。また,ロボット穿刺においては,手技穿刺よりさらに大きな軸回り回転振幅および回転速度により組織切削を効果的に行い軸方向反力を低下できると述べている。

本論文の成果は、経皮的椎体形成術における椎骨穿刺を対象とした専用のロボットを開発し,ロボットに必要な構造的強度および出力の推定と適切な穿刺を行うための針の刺入方法についての工学的な検討を実際にヒト骨などを用いて行っており,得られた結果は椎体骨穿刺をはじめとする安全な骨穿刺を行う整形外科手術支援ロボット開発に有用な内容であると判断する。

なお,本研究は日立製作所の桃井康行,大阪大学の小山毅,菅野伸彦,越智隆弘,国立大阪南病院の米延策雄,田村裕一,東京大学の佐久間一郎,稲田紘との共同研究であるが,本論文の内容は、論文提出者が主体となって実験システムを作り上げ、適切な穿刺条件の検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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