学位論文要旨



No 118989
著者(漢字) 西野,成昭
著者(英字)
著者(カナ) ニシノ,ナリアキ
標題(和) リサイクルシステムにおける行動主体の意志決定に関する研究
標題(洋)
報告番号 118989
報告番号 甲18989
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5721号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,完次
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 助教授 下村,芳樹
 東京大学 助教授 太田,順
内容要旨 要旨を表示する

本論文は,リサイクルを社会システムとして捉え,リサイクルにおける行動主体の意思決定とそのシステムの分析を行っている.

リサイクルが実現する循環型社会の構築は現代社会における最重要課題の一つである.この課題解決には技術的な問題に加え,社会・経済的な問題が多く存在する.例えば,廃棄物を誰がどのように回収するのかという回収形態の問題や,リサイクルのための費用を誰がどのように負担するかというコストの問題,またリサイクル製品が十分に売れるかどうかという市場における問題など,技術力は十分であっても循環型社会の実現を妨げる要因は多く存在する.これらの問題解決には,社会システム的な立場からの分析が必要不可欠となる.

このような認識から,本研究では,生産者・消費者・処理業者等の行動主体からなる社会システムにおいて,行動主体の意思決定とそれらにより形成されるリサイクルシステムについて分析を行う.

そのために,理論,計算機実験,被験者実験を用いた統合的なアプローチを構築する.社会システムの分析には,経済理論による行動主体の数理的解析,エージェントベースの計算機実験,制御された環境下での被験者実験を統合的に用いる必要があると考える.まず,メッセージつき2人ゲームであるチープトークゲームとマーケットマイクロストラクチャー理論に関する実験を行い,統合的アプローチの有効性を確認している.

ついで,このアプローチにより,リサイクルシステムの分析を行う.マーケットマイクロストラクチャー理論に基づいた廃棄物回収市場モデルを構築し,理論による均衡分析と,回収主体を被験者に他の主体を計算機エージェントにした実験による回収主体の意思決定分析を行っている.分析の結果から,理論上では消費者と廃棄物処理業者が直接に取引するときの探索効率が悪い場合には,生産者が回収する回収形態が生産者利益・社会余剰の両方の点で優れていることを明らかにしている.さらに実験からもそれを支持する結果を得ている.一方,探索効率が良い場合は生産者が回収せずに専門の回収ディーラーと消費者が探索して行う直接取引による回収が社会余剰を最も高くすることが理論的に示されているが,実験から生産者と廃棄物ディーラー間で結託する傾向があることが分かり,社会余剰が低くなることを明らかにしている.また,複数の回収経路が存在する方が社会余剰を安定して高く維持できることが示されている.さらに,得られた結果と実社会のリサイクルシステムと比較し,制度の評価や設計に関して考察している.

次に,製品の耐久性を考慮するために耐久消費財の理論に基づいたモデルを構築し,理論分析と被験者と計算機エージェントからなる実験により,行動主体の意思決定と形成されるリサイクルシステムについて分析を行う.理論分析により,次のようなコストと市場均衡の関係を明らかにしている.リサイクルコストが低く生産コストが高い場合は,長期寿命化よりもリサイクル製品が普及する社会となり,リサイクルコストが高く生産コストも比較的高い場合には,長寿命化製品が普及する社会となり,リサイクルコストが高く生産コストが低い場合は,長寿命化製品と短寿命でリサイクルされない製品が普及する社会になることが明らかにされている.また,リサイクルコストと生産コストの両方が高くなりすぎると,生産しても利益が出ない状態になる.一方,実験の結果から,リサイクルコストが低く生産コストが高い場合には,リサイクル製品が普及しにくい状態になることが示されている.これは,生産コスト増大による販売価格の引き上げを誘引するのが原因で,理論分析と逆の結果である.さらに,販売時に廃棄時点の回収価格を保証することで不当に消費者から余剰を奪う状態を排除できることが実験により明らかになっている. これらの結果から,実社会においても回収価格は販売時に保証されることが重要であることを指摘し,リサイクルコストの大きさにより新製品の生産とリサイクルとどちらの技術開発を進めるべきか,その方向性について示唆を与えている.

これらの分析により,行動主体の意思決定により形成される社会システムの基本的性質を明らかにすることができ,法律・規制等の政策に対する示唆や,生産者の販売・生産の戦略設計,また必要な技術や技術開発の方向性について有効な指針を与えることができる.

審査要旨 要旨を表示する

西野成昭(にしのなりあき)提出の本論文は「リサイクルシステムにおける行動主体の意志決定に関する研究」と題し,全7章よりなり,リサイクルを社会システムとして捉え,システムを構成する行動主体の意思決定と,それがもたらすリサイクルシステムの基本的性質の分析を行っている.

1章では研究の背景を説明し,研究の目的と論文の構成を述べている.リサイクルは技術的な問題だけでなく,廃棄物の回収方法に関する問題や,コストを負う主体の問題,環境配慮型製品が売れるかどうかという市場の問題などがある.技術的な要素から社会・経済的な側面までを総合的にとらえ,実社会に適用して問題を解決するには,生産者や消費者等の意思決定主体を含む全体を社会システムとして捉えて,その基本的性質や根本となるメカニズムを明らかにする必要がある.そこで本研究では,経済理論,計算機実験,被験者実験からなる統合的アプローチを用いて,実社会に適用可能なリサイクルシステムの分析を行う.

2章では社会システムを扱うためのアプローチとして,マーケットマイクロストラクチャー理論や耐久消費財などの経済理論と,エージェントベースの計算機実験,被験者実験を統合的に行う方法が有効であることを述べている.この統合的アプローチをチープトークゲームとマーケットマイクロストラクチャー理論に関する研究に適用した例を示し,その有効性を確認している.

3章では,理論的視点から廃棄物の回収形態に着目した分析を行っている.構築している廃棄物回収市場モデルはマーケットマイクロストラクチャー理論のモデルをベースに拡張したものであり,価格設定者の生産者と廃棄物ディーラーによってどのようにリサイクル市場が形成されるかを分析している.その結果,生産者は廃棄物を回収することでその利益を増大できることを明らかにしている.また,社会余剰については,消費者が処理業者と直接取引でき,取引相手の探索効率が良い場合には生産者が回収せず廃棄物ディーラーとの直接取引による回収によって,大きくなること,逆に探索効率が悪い場合には,生産者が回収する方が大きくなることを明らかにしている.

4章では,3章でモデル化した廃棄物市場において,回収主体の意思決定に関する分析を行っている.実験では,廃棄物回収市場における消費者と処理業者を計算機エージェントにし,回収主体の生産者と廃棄物ディーラーを被験者としている.生産者回収においては理論均衡が実現されているのに対し,生産者が回収せずディーラーと直接取引による回収では,探索効率に関わらず理論から逸脱することが明らかになっている.また,複数の回収方法を提供することで安定して高い社会余剰を維持できることを示している.さらに,現在施行されている法律が与える社会的枠組みに対して,比較・分析を行っている.

5章では,製品の耐久性という要素を導入してリサイクルシステムの考察を行っている.生産コストとリサイクルコストの関係により,リサイクルを重視した循環型の社会と,製品の耐久性を大きくした長期寿命型社会とに分類されることを,市場メカニズムの観点から理論的に明らかにしている.また,生産コストとリサイクルコストの間に相対的な差がないときは,その2つの状態が共存することも示し,さらに制約条件を与えることで,リサイクルや長寿命化を推進できるという理論的な示唆も得ている.

6章では,5章で構築したモデルにおいて,生産者の意思決定に関する分析を行っている.実験の結果から,リサイクルコストが低い場合において,生産コストが低ければリサイクル製品が売れやすく生産コストが高ければ売れにくいという性質があることを導いている.実験結果をまとめ,家電リサイクル法の枠組では回収時に支払う価格を販売時に保証することで消費者余剰の減少を防ぐことができることを指摘し,リサイクル製品の普及のしやすさの違いから技術開発の方向性に対する考察も行っている.

7章では結論を述べている.リサイクル問題に対して社会システム的な立場からの分析を導入して明らかにしたことをまとめるとともに,実社会や技術の問題に関する考察と指針を示している.

本研究は,リサイクルシステムにおける行動主体に着目して,その意思決定がリサイクル社会の形成にどのように影響を与えるかを明らかにするとともに,リサイクル関連の法律がもたらす社会的枠組と制度設計の分析,および,技術開発との関連を考察し,多くの重要な知見を得ている.これらは,リサイクル技術と製品設計に関する有効な指針を与え,生産者の生産・販売の適切な戦略設計につながるものである.このことにより,精密機械工学のみならず工学全体の発展に寄与するところが大である.

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる.

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