No | 118993 | |
著者(漢字) | 小林,豪毅 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コバヤシ,ヒデタカ | |
標題(和) | 海面におけるマイクロ波散乱メカニズムに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 118993 | |
報告番号 | 甲18993 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5725号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 環境海洋工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 人工衛星からのリモートセンシングはグローバルな観測が可能な唯一の手段であり、地球環境を理解するための重要な情報を得ることができる。特に海洋のように計測機器の設置が困難で、かつ自然条件の厳しい広大な領域に対しては極めて有効な観測方法といえる。リモートセンシングにはさまざまな波長の電磁波が用いられるが、近年、注目されているのが波長数cmから数十cmのマイクロ波である。マイクロ波は可視光や赤外線と違って雲を透過する性質があるため、昼夜・天候を問わず観測可能であることが大きな特徴となっている。 能動型マイクロ波センサによる海洋観測は海面にマイクロ波を照射し、そのエコーから海面状態を推定することを基本的な原理とする。しかし、センサからの出力と海面の物理量が直接関係しているわけではないので、これらをデータ解析により結びつける必要がある。海面からのエコーに含まれている情報を抽出するアルゴリズムは、海面におけるマイクロ波散乱特性をもとに構築される。しかし、たえず不規則に変動しつづける海面での散乱現象は複雑多様であり、この現象を明確に説明するモデルは確立されていない。必然的に過去の現地観測データへの依存度が高いアルゴリズムにとどまっているのが現状である。 本研究は能動型マイクロ波センサによる海洋観測の発展に資することを目的として、海面におけるマイクロ波散乱メカニズムを実験、理論および数値計算により解明する。その際、次の2つの物理現象を明確にすることが重要となる。 (1) 風・流れ・波浪に複合的な作用による海面の形成 (2)その海面におけるマイクロ波散乱 しかし、この2つの現象はどちらも非常に複雑で、現在も十分に解明されていない。(1)については、時間波形の観測結果にもとづいたいくつかの周波数スペクトルの標準形が提案されている。しかし、それらのほとんどはエネルギーの大きい重力波を対象としたもので、高周波数領域のスペクトルモデルは確立されていない。マイクロ波のような波長の短い電磁波においては、微細な海面形状の影響が大きいため、高周波数成分の性質を明らかにする必要がある。また、マイクロ波が強く反応するさざ波に対しては、吹送流などこれまで影響が小さいとされていた現象も無視することができない。(2)については、現在も古典的な理論をベースにした解析が行われている。それらはある程度の傾向を説明するものではあるが、その精度については十分に検討されていない。 論文の第1章では、これまで提案されている能動型マイクロ波センサによる海洋観測について概略を説明し、研究の意義と目的を明確にしている。また、海面におけるマイクロ波散乱について、現時点で定説とされている考え方について述べている。 第2章では、電磁気学的な現象について述べている。海面状態とマイクロ波散乱の関係を明確にするには、それぞれの現象を正確に把握する必要がある。電磁波は目に見えないため、その特性のほとんどが数式から理解される。ここでは既存の電磁波散乱理論についても説明している。なかでもBragg散乱理論は現在のところ海洋リモートセンシングにおいて最も重要な理論であるため、その導出を詳細に記している。 第3章では、マイクロ波散乱メカニズムを解明するためのもう一つの重要な要素である海面状態について述べている。特にマイクロ波散乱に対して影響の大きい高周波数成分に着目し、代表的なスペクトルの標準形を紹介している。また、これまで無視されることの多かった吹走流の影響を定量的に評価するために、それを考慮した分散関係式についても述べている。 第4章では、これまでアンテナ解析に適用されてきた表面電流法について説明している。表面電流法は海面におけるマイクロ波散乱の解析に対して有用なツールである。さまざまな不規則表面に対してモンテカルロシミュレーションを適用し、散乱に寄与する形状について検討している。また、既存の理論とモンテカルロシミュレーションによる結果との比較も行っている。 第5章では、実験水槽におけるマイクロ波散乱実験について述べている。ここでは、まず実験で使用したマイクロ波散乱計について詳しく説明している。マイクロ波散乱実験は幅1.75m、長さ20mの風路付造波回流水槽と幅10m、長さ50mの海洋工学水槽で行った。実験に際しては、可能な限り詳細に水面状態を計測し、理論との比較を行っている。風路付造波回流水槽においては風および流れを発生させ、その影響を検討した。これまで、マイクロ波散乱に対する流れの影響に関する研究はほとんど行われていない。水面状態とマイクロ波散乱の関係を調べるためには、ドップラースペクトルによる解析が非常に有効である。また、実験水面に対してモンテカルロシミュレーションを適用し、散乱に寄与する成分を調べるとともに、既存の理論とに比較を行った。海洋工学水槽においては、方位角および重力波の影響についても検討を行っている。実験水槽において、これほど大規模なマイクロ波散乱実験を行った例はなく、その意義はきわめて大きい。 本研究により得られたマイクロ波散乱に関する知見を風・流れ・波浪の影響ごとにまとめると次のようになる。 風の影響 風はマイクロ波散乱の強さに対して、最も支配的な現象である。ある程度の時間的または空間的な平均であれば、散乱係数には風の影響だけが表れる。これは海上風の観測アルゴリズムにおいて流れや波浪の影響を考慮する必要がないことを示す結果である。海上風の観測に対しては、むしろ雨によるマイクロ波の減衰および海面における波紋の発生による誤差の方がはるかに大きいと考えられる。 マイクロ波は海面の微細構造に強く反応する。また、さざ波のエネルギーは風からのエネルギー流入を代表する摩擦速度と直接的に結び付いている。すなわち、風から海面へのエネルギー供給の増大による高周波数成分の発達、それに伴う散乱係数の増大という物理過程が存在する。これが能動型マイクロ波センサによる海洋観測の根底をなすメカニズムである。また、Xバンドのように波長の短いマイクロ波の場合、主要な散乱体である束縛波の波速はドップラースペクトルの平均に対応している。これはマイクロ波と同オーダーの波長の波の平均的な波速にも一致する。 波数変化に対する風の影響は吹送流の速度として表れる。吹送流の表面流速は風速の3~4%というのが定説となっており、これも風との間に普遍的な法則が存在すると考えられる。吹送流はドップラースペクトルの平均を変化させる。 流れの影響 散乱係数に対する流れの影響は小さい。風波の発達に対する流れの作用は吹送距離が変化することと等価であると報告されている。そうであれば、すぐに平衡状態に達するさざ波のエネルギーは流れによって変化しない。主要な散乱体であるさざ波は流れによって、単純に流されていると考えられる。よって、流れの影響はドップラースペクトルの平均の変化として素直に表れる。 波浪 波浪は散乱係数を時間的または場所的に変化させる。しかし、平均に対する影響は比較的小さい。その意味では画像全体の平均からの変動量で波浪の観測を行う合成開口レーダの解析法は有効であるといえる。しかし、その変動は複雑で、従来から用いられている複合散乱モデルでは説明できない。このような問題に対して、本研究で提案している表面電流法によるシミュレーションは極めて有効である。マイクロ波の周波数変化に対する波浪の影響は、ドップラースペクトルの広がりとなって表れる。そのバンド幅は軌道速度と密接に関係している。 本研究では海面状態とマイクロ波散乱の関係について検討を行ったが、これはマイクロ波散乱から水面状態を推定する観測アルゴリズムのベースとなる研究である。本研究で得られた成果から、現在のシステムでも併用されているマイクロ波散乱計と合成開口レーダのデータを利用した海洋観測法の一つの方向性を示す。 マイクロ波散乱計からは平均的な散乱係数とドップラースペクトルを求めることができる。ここから次のような海面情報が得られる。 (1)平均的な散乱係数から風速と風向が計測できる。風に関する情報が得られれば、理論的にマイクロ波と同オーダーのさざ波と吹送流を求めることができる。(2)Xバンドのような波長の短いマイクロ波であれば、ドップラースペクトルの平均はマイクロ波と同オーダーの波の平均波速に対応する。(1)から吹送流を考慮した波速が求まるから、平均ドップラー速度からそれを引いた残りが流れによるシフトである。(3)ドップラースペクトルの広がりは平均波の軌道速度に関係するから、波高と周期の比を求めることができる。 合成開口レーダの画像からは波長と波向きが求められる。よって、(3)の情報を利用すれば、波高を求めることができる。 もちろんこれは概念的な説明にすぎないが、風・吹送流・流れ・波浪を考慮して、風速・風向・表面流速(吹送流、潮流、海流)・平均波高・平均周期・波向きを観測できる可能性を示唆している。このように複合的な作用を解きほぐし、それぞれの現象を計測可能とすることが高精度で多元的な観測への一つの方向と考えられる。 | |
審査要旨 | 人工衛星からのリモートセンシングはグローバルな観測に最も有効な手段である。特に海洋のように計測機器の設置が困難で、かつ自然条件の厳しい広大な領域に対しては唯一ともいえる観測方法である。リモートセンシングにはさまざまな波長の電磁波が用いられるが、雲を透過する性質があるため、昼夜・天候を問わず観測可能な波長数cmから数十cmのマイクロ波を用いた観測が注目されている。能動型マイクロ波センサによる海洋観測は海面にマイクロ波を照射し、そのエコーから海面状態を推定することを基本的な原理とする。海面からのエコーに含まれている情報を抽出するアルゴリズムは、海面におけるマイクロ波散乱特性をもとに構築される。しかし、たえず不規則に変動しつづける海面での散乱現象は複雑多様であり、この現象を明確に説明するのは非常に困難である。必然的に過去の現地観測データへの依存度が高いアルゴリズムにとどまっているのが現状である。 本研究は能動型マイクロ波センサによる海洋観測技術の発展に資することを目的として、海面におけるマイクロ波散乱メカニズムを実験、理論および数値計算により詳細に調査し、その結果を風・流れ・波浪に複合的な作用による海面の形成とその海面におけるマイクロ波散乱の2つの物理現象にまとめている。本論文は6章から構成されている。 第1章では、これまで提案されている能動型マイクロ波センサによる海洋観測について概略を説明し、研究の意義と目的を明確にしている。また、海面におけるマイクロ波散乱について、現時点で定説とされている考え方について述べている。 第2章では、電磁気学的な現象について述べている。海面状態とマイクロ波散乱の関係を明確にするには、それぞれの現象を正確に把握する必要がある。電磁波は目に見えないため、その特性のほとんどが数式から理解される。ここでは既存の電磁波散乱理論についても説明している。なかでもBragg散乱理論は現在のところ海洋リモートセンシングにおいて最も重要な理論であるため、その導出を詳細に記している。 第3章では、マイクロ波散乱メカニズムを解明するためのもう一つの重要な要素である海面状態について述べている。特にマイクロ波散乱に対して影響の大きい高周波数成分に着目し、代表的なスペクトルの標準形を紹介している。また、これまで無視されることの多かった吹走流の影響を定量的に評価するために、それを考慮した分散関係式についても述べている。 第4章では、これまでアンテナ解析に適用されてきた表面電流法について説明している。表面電流法は海面におけるマイクロ波散乱の解析に対して有用なツールである。さまざまな不規則表面に対してモンテカルロシミュレーションを適用し、散乱に寄与する形状について検討している。また、既存の理論とモンテカルロシミュレーションによる結果との比較も行っている。 第5章では、実験水槽におけるマイクロ波散乱実験について述べている。ここでは、まず実験で使用したマイクロ波散乱計について詳しく説明している。実験に際しては、可能な限り詳細に水面状態を計測し、理論との比較を行っている。風路付造波回流水槽においては風および流れを発生させ、その影響を検討している。これまで、マイクロ波散乱に対する流れの影響に関する研究はほとんど行われていない。水面状態とマイクロ波散乱の関係を調べるためには、ドップラースペクトルによる解析が非常に有効であると述べている。また、実験水面に対してモンテカルロシミュレーションを適用し、散乱に寄与する成分を調べるとともに、既存の理論とに比較を行っている。海洋工学水槽においては、方位角および重力波の影響についても検討を行っている。実験水槽において、これほど大規模なマイクロ波散乱実験を行った例はなく、その意義はきわめて大きい。 第6章は結論で、本論文の成果を総括している。研究により得られたマイクロ波散乱特性は、風・流れ・波浪の影響ごとにまとめられている。風はマイクロ波散乱の強さに対して、最も支配的な現象であり、ある程度の時間的または空間的な平均であれば、散乱係数には風の影響だけが表れる。散乱係数に対する流れの影響は小さいが、主要な散乱体である波長数cmの波は流れに流されるので、流れは散乱するマイクロ波のドップラースペクトルの平均を変化させる。波浪は散乱係数を時間的または場所的に変化させる。また、水粒子運動により、マイクロ波のドップラースペクトルの幅を広げるとマイクロ波散乱の基本特性をまとめている。 以上要するに、本研究は能動型マイクロ波センサによる海面のリモートセンシングにおいて最も重要な、海面におけるマイクロ波散乱の詳細なメカニズムを、実験及び数値シミュレーション手法を用い明らかにし、複合環境下における海面でのマイクロ波散乱を評価する新たなモデルを提案している。海洋観測分野の発展に寄与するところが大きい。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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