学位論文要旨



No 118996
著者(漢字) 寺島,洋史
著者(英字)
著者(カナ) テラシマ,ヒロシ
標題(和) 流体・構造連成手法による遷音速翼フラッター現象の数値解析
標題(洋)
報告番号 118996
報告番号 甲18996
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5728号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 教授 森下,悦生
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 助教授 李家,賢一
 東京大学 助教授 鈴木,宏二郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、流体と構造解析ともに高度な数学モデルを用いた流体・構造連成手法を用いることにより、超音速機や再使用宇宙往還機のような高速飛翔体の主翼平面形候補として考えられるデルタ翼形状の遷音速フラッター解析を行い、遷音速域におけるフラッター特性を調べ、さらにフラッター特性に対する主翼搭載物の影響を構造力学、空気力学の両観点から調べたものである。

フラッターは動的不安定現象の1つで、一旦生じると機体に致命的な損傷を与えることから、飛翔体の設計や開発に重要な現象として知られている。特に、遷音速域はフラッターが最も過酷とされ、考慮すべき速度領域である。過去に行われてきた遷音速フラッター解析の多くは、通常の旅客機などに見られるような高アスペクト比翼を対象としており、デルタ翼形状のような低アスペクト比翼の解析は数少ない。そのため、低アスペクト比翼のフラッター特性が十分に把握されているとはいえないのが現状である。また、エンジンのような主翼搭載物がフラッター特性を変化させることが知られており、その中で構造的な影響は比較的よく把握されているのに対して、従来の解析では搭載物付加による流れ場の変化を考慮しない解析がほとんどであるため、流れ場の変化がフラッター特性にどのように影響を与えるのかはほとんど議論されていない。

以上から、本研究ではデルタ翼形状の遷音速フラッター特性を把握し、さらにフラッター特性に対する主翼搭載物の影響を構造力学、空気力学の両観点から調べることを目的としている。特に従来の解析では無視されてきた搭載物付加による流れ場の変化を考慮することによって、流れ場の変化によるフラッター特性への影響を明らかにすることに焦点を当てている。従来の単独翼フラッター解析と異なり、搭載物を含めた複雑な形状を取り扱い、加えて詳細な流れ場の議論を行うことから、流体解析には3次元Navier-Stokes方程式を用いたComputational Fluid Dynamics(CFD)手法を、構造解析には有限要素法をベースとしたモード解析法を適用し、それらを時間進行で連成した流体・構造連成手法を用いて解析を行った。また、数値計算上必要となる知見が不足していることに着目し、フラッターシミュレーションを行う上での指標を確立した後、デルタ翼形状の遷音速フラッター解析を行った。

まず、流体力を求めるCFD手法の遷音速域における非定常空気力予測能力を調べるため、2次元強制振動翼の解析を行い、非定常空気力を正確に求めるためには、数値計算を行う上でどのような点に注意しなければいけないのかを明確にするために、非定常遷音速流れのシミュレーションにおいて重要とされる外部境界位置、時間精度、そして無次元振動数に焦点を当てて調べた。外部境界範囲は、その違いにより非定常空気力が大きく異なることはなかったが、翼弦長を基準として20倍程度の外部境界領域を取れば良いことが明らかとなった。また、いずれの無次元振動数においても、時間刻み幅が十分に小さければ内部反復無しの陰解法でも十分に精度良い非定常空気力を求めることができるが、時間刻み幅が大きい場合には内部反復法を用いることで非定常空気力の予測精度が改善できることがわかった。本研究では、時間刻み幅を小さくした結果と内部反復法を用いた結果で非定常空気力の予測精度の差はほとんど生じなかった。また、実質の時間精度を上げるより、内部反復法を用いて時間項を含めた方程式の収束を高めることの方が重要であることが明らかとなった。無次元振動数に関しては、小さな無次元振動数の流れ場では比較的大きな時間刻み幅を取ることが可能であり、大きな無次元振動数の流れ場では、小さな時間刻み幅を用いなければいけないことがわかった。この結果に基づいて、精度の良い非定常空気力を求めるための基準として、振動1周期を約4,000回の反復回数で積分すれば良いことを示した。この得られた基準を用いることで、正確な非定常空気力を求めることができる時間刻み幅を予め決定することができる。また、この時間刻み幅はCFL条件で制限される時間刻み幅よりもはるかに大きいものであることから、高精度でかつ効率的な非定常シミュレーションを行うことが可能となる。

2次元強制振動翼解析から得られた外部境界位置と時間刻み幅選択の基準が任意の動きを行うフラッターシミュレーションに適用可能か調べるために、2次元フラッターモデルを用いて検証を行った。まず、フラッターシミュレーションでは、外部境界範囲が翼変位の時間応答履歴に大きく影響を及ぼすことがわかった。ただし、この場合も20倍強の範囲を取れば良いことがわかった。また、振動1周期を約4,000回の反復回数で積分する時間刻み幅を用いた計算を行うことによって、精度良いフラッター境界を求めることができた。よって、外部境界範囲を20倍強取る、振動1周期を約4,000回の反復回数で積分する時間刻み幅を用いれば良いという基準がフラッターシミュレーションにも適用可能であることが明らかとなった。特に後者の基準は、予め取るべき時間刻み幅を決定できるという効率的で精度良いフラッターシミュレーションを行う上で大変有効なものである。

続いて、本研究で用いる3次元流体・構造連成手法の信頼性を検証するために、過去に行われた実験や計算結果との比較を行った。本計算で得られたフラッター境界は、遷音速域から超音速域に渡り実験値や過去の計算値と良く一致しており、用いた流体・構造連成手法の信頼性を十分に確認することができた。また、2次元解析で得られた数値計算を行う上での基準が、実用的な3次元フラッター解析にも有効であることが明らかとなった。

以上の結果や知見を踏まえて、デルタ翼形状の遷音速フラッター解析を行った。同じような板構造の高アスペクト比翼とは異なり、デルタ翼では3次モードに2次曲げ振動形状ではなく2次捩り振動形状が現れており、振動モード形状の移り代わりが生じることがわかった。フラッターシミュレーションを行った結果、フラッター現象としては高アスペクト比翼と同様に、曲げ振動である1次モードと捩り振動である2次モードが組み合わさった従来からよく知られている古典的なフラッター現象であることが確認できた。デルタ翼形状のフラッター速度は亜音速から遷音速域にかけては大きく変化せず、超音速域になる上昇していくという傾向であることが示され、高アスペクト比翼で見られるような遷音速域におけるフラッター速度の落ち込みはほとんど見られないことが明らかとなった。これらの結果は過去に行われた幾つかの実験結果の傾向を捉えたもので、一般的なデルタ翼形状の遷音速フラッター特性を確認することができた。また、低速域では2次モードである捩り振動が支配的であり、遷音速域では1次モードである曲げ振動が支配的なフラッター現象であることも明らかになった。

デルタ翼形状のフラッター特性に対する主翼搭載物の影響、特に搭載物付加による流れ場の変化によるフラッター特性への影響を調べるために、搭載物付きデルタ翼のフラッター解析を行った。また、搭載物数の影響を見るために、搭載物を1つと2つの場合について解析を行った。まず、流れ場変化の考慮に関わらず、搭載物付加によって全速度領域に渡ってフラッター動圧が低下することが示された。この原因は、搭載物を後方配置したことによって、重心が相対的に後方へ移動し、本研究で扱った翼構造特性では縦の不安定性を助長させることである。このことは、捩り中心線である2次モードのノード線が搭載物付加によって後方へ移動していることからも確認できる。搭載物が2つの場合には、2次モードのノード線がより後方へ移動することから、フラッター動圧がさらに低下することがわかった。フラッター現象としては、単独デルタ翼と同様に、曲げと捩り振動が組み合わさった古典的なフラッターであり、搭載物付加によって高次モードが励起されることはなかった。

搭載物付加による流れ場変化のフラッター特性への影響は、搭載物が1つの場合には2つの速度領域で傾向が分かれ、音速以下ではほとんど影響が無く、音速以上の領域では流れ場変化の影響でフラッター動圧の低下が見られた。例えば、マッハ数1.1においては、流れ場の変化を考慮しない場合に比べて、約10%の動圧低下が生じていることがわかった。この流れ場変化の影響を考慮したことによる動圧低下の割合が、単独翼に対する搭載物を付加したことによる動圧低下よりも大きいことから、搭載物を含めたフラッター解析において、流れ場の変化を考慮することの重要性が明らかとなった。搭載物が2つの場合には、1つの場合のように速度領域で影響の傾向がはっきり分かれるようなことはなく、マッハ数1.22の場合のみフラッター動圧の低下が見られた。また、フラッター現象は曲げと捩り振動とが組み合わさった古典的なフラッターが生じていることがわかった。すなわち、流れ場変化の考慮によって、高次モードが励起されることはなかった。

それぞれの計算で得られた流れ場の比較から、搭載物付加による流れ場の変化が引き起こしたフラッター動圧低下の原因は、搭載物前方で発生した衝撃波の翼下面への干渉にあり、特に衝撃波が翼端を横切る位置で翼下面に干渉している場合に、衝撃波の変動が空気力の位相遅れを引き起こすため、フラッター動圧を低下させることが明らかとなった。この結果により、空気力学の観点からではあるが、搭載物配置位置の指針として発生する衝撃波が翼端を横切るような形で干渉しないような位置に搭載物を配置することが望ましいという知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)寺島洋史提出の論文は、「流体・構造連成手法による遷音速翼フラッター現象に関する数値解析」と題し、本文8章から構成されている。

翼フラッターは、機体そのものの破壊へと至る危険性を有することから、飛翔体の設計や開発において考慮すべき重要な現象として知られている。過去にも多数のフラッター解析が行われているが、その多くは通常の旅客機などに見られる高アスペクト比翼を対象としており、より高速で飛行する超音速機や再使用宇宙往還機に利用される低アスペクト比翼のフラッター特性が十分に把握されているとはいえない。また、エンジンなどの主翼搭載物の付加はフラッター特性を変化させることが知られており、そのうち搭載物付加の構造的な影響については比較的よく把握されているが、搭載物付加によって生ずる流れ場の変化がどのようにフラッター特性を変えるのかは過去にほとんど議論されていない。

このような観点から、筆者はデルタ翼形状の遷音速フラッター解析を行い、その特性を把握すること、さらにフラッター特性に対する主翼搭載物の影響を構造力学、空気力学の両観点から明らかにすることを目的として研究を行った。従来の翼フラッター解析と異なり搭載物を含めた複雑な形状を扱うことと詳細な流れ場を把握することが要求されるため、流体、構造解析ともに高度な数学モデルを用いた連成手法を適用している。また、数値計算上必要となる知見の不足に着目し、正確なフラッターシミュレーションを行う上での基準を確立した後、デルタ翼形状の遷音速フラッター解析を行っている。

第1章は序論で、過去の遷音速翼フラッター現象に関する研究を概観し、本論文における研究対象を述べている。そして、過去の研究によって明らかにされた事実と残された課題を示し、それに基づいて本論文の目的と意義を明確にしている。

第2章では、数値解析法の詳細が述べられている。フラッター現象は流体と構造との連成現象であることから、流体方程式と構造運動方程式を時間進行で解き進める連成手法を採用している。遷音速域における非定常非線形空気力を正確に評価するため、流体解析にはレイノルズ平均3次元圧縮性Navier-Stokes方程式を、構造解析には有限要素法をベースとしたモード解析法を利用している。いずれの解析においても現状では実用上可能な高度な数学モデルを用いている点が特徴である。

第3章では、フラッター現象を簡単化した2次元強制振動翼の解析を行い、用いるCFD手法の非定常空気力予測能力を調べている。特に、非定常遷音速流れのシミュレーションにおいて重要とされる計算領域の外部境界位置や時間積分刻み幅に着目し、その基準を明らかにしている。

第4章では、2次元フラッターモデルを用いた解析を行うことで、第3章において得られた基準がフラッターシミュレーションにおいても適用可能であることを確認している。得られた結果は、第3章における基準の有効性を示しており、これにより正確なフラッターシミュレーションの指標が明らかにされている。

第5章では、既存データとの比較により本論文で用いる3次元流体・構造連成手法の信頼性検証を行っている。過去の実験や数値計算結果との比較において遷音速域から超音速域にかけてのフラッター境界が正確に求められていることから、用いた手法が妥当であり、信頼性を有するものであることが示されている。また、実用的な3次元フラッター解析においても第3、4章で得られた基準が有効であることが明らかとなっている。

第6章では、デルタ翼形状の遷音速フラッター特性が調べられている。デルタ翼のフラッター速度は亜音速から遷音速域にかけては大きく変化せず、超音速域になると増加していく傾向を持つことが示されており、高アスペクト比翼で特徴的な遷音速域における落ち込みはほとんど見られないことが明らかにされている。また、低速域では2次モードである捩り振動が、遷音速域では1次モードである曲げ振動が支配的となるフラッター特性を有することも明らかにされている。

第7章では、エンジンを模擬した主翼搭載物をデルタ翼に付加することで、フラッター特性に対する搭載物の影響を調べている。従来の解析では搭載物による流れ場変化がほとんど考慮されていなかったため、筆者は特に搭載物による流れ場の変化を考慮し、その影響を調べることに焦点を当てている。まず、搭載物を翼下面後方配置した場合には、流れ場変化の考慮に関わらずフラッター動圧が低下することが示され、原因として搭載物により重心が後方へ移動し、縦の不安定性が助長されたことが述べられている。複数の搭載物が付加された場合には、さらに大きくフラッター動圧が低下することが示されている。また、搭載物付加による翼周りの流れ場変化を正しく評価すると、フラッター動圧が更に低下することが示されている。フラッター動圧の低下は、搭載物の数によらず主に低超音速域において現れており、動圧低下の原因として搭載物前方に発生する衝撃波と翼下面との干渉が挙げられている。特に衝撃波が翼端を横切るように干渉する場合に、衝撃波変動による空気力の位相遅れが原因でフラッター動圧が低下することが示されている。

第8章は、結論であり本研究で得られた結果をまとめている。

以上要するに、本論文は、フラッターシミュレーションを行う上での信頼性指標を確立し、その指標に基づきデルタ翼形状の遷音速フラッター特性とそのフラッター特性における主翼搭載物の影響を構造力学的、空気力学的観点から明らかにしたものである。フラッターシミュレーションにおける信頼性はこれまで正確に議論されてきておらず、また低アスペクト比翼のフラッターシミュレーションにおける搭載物付加による流れ場変化の影響を現象論的に明らかにした研究例はない。ここで得られた結果は、超音速機や2段式再使用宇宙往還機のような高速飛翔体の設計や開発に役立つものであり、本論文により得られた結果は今後の航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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