学位論文要旨



No 118997
著者(漢字) 槙原,幹十朗
著者(英字)
著者(カナ) マキハラ,カンジュウロウ
標題(和) 宇宙構造物のエネルギ回生型準能動的制振に関する研究
標題(洋) Energy-recycling Semi-active Vibration Suppression of Space Structures
報告番号 118997
報告番号 甲18997
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5729号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
内容要旨 要旨を表示する

人工衛星や宇宙ステーションなどの宇宙構造物にはミッションが課せられているので、そのミッションを遂行するため、大型の太陽電池パドルや大型のアンテナが必要であることが多い。しかしながら、ロケットの打ち上げ能力の限界があるため、重量が増大する剛部材は使用できない。そのため、宇宙構造物は柔軟構造物にならざるを得ないので、地上構造物と比較すると、宇宙構造物では振動が起こりやすく、また効率良く制振し難い状況が生じる。つまり、宇宙構造物では振動制御が大きな問題になる。従来の振動制御は、能動的制振と受動制振に主に大別できる。振動する系に外部から力やエネルギを積極的に与える能動的制振は非常に高い制振効果が期待できる半面、宇宙構造物においては、スピルオーバなどの不安要素が付きまとう。宇宙構造物は地上試験が成立しにくい、また地上試験で得られたモデルが宇宙空間で正確に再現されないなどの理由から、構造物の正確な動特性を事前に把握するのは困難だからである。一方、構造物自体の減衰特性を効率良く利用する受動的制振は、系にエネルギを与えないため、常に安定である。しかし、性能的に能動的制振に劣る事は否めず、速やかに振動を抑えたい要求には沿い難い。そこで、受動的制振の安定性を保ちつつ、制振効果をより向上させようとする準能動的制振が提案されている。準能動的制振とは、系固有の受動的制振能力が最大限に発揮できるように系のパラメータを積極的に制御するものである。つまり、受動的なエネルギ散逸により効果的に振動の減衰が行われるために、制御系の設計が適切でなくても、系は常に安定を保つ事が出来る。しかも、受動的制振に比べ高い制振効果を期待する事が出来る。この受動的制振と能動的制振の両者の長所を組み合わせた準能動的制振は宇宙構造物に対する有力な制振手法の一つと考えられる。しかし、一般に準能動的制振の制振効果は能動制御の制振効果に比べて低いので、準能動的制振の制振効果を高める手法が望まれていた。振動制御は振動する構造物からエネルギを奪う事で為されるので、制振に際して振動する構造物からエネルギを回収し、そのエネルギを効率良く制振に用いる事が考えられる。この場合にも、制御系は構造物にエネルギを注入していないので、構造減衰が存在する限り、系のエネルギは必ず散逸する。つまり、振動する構造物からエネルギを回収し、そのエネルギを振動制御に用いる手法は準能動的制振であり、系は常に安定である。

圧電素子を用いた受動系の制振手法として、Hagood と Wu が、圧電素子にインダクタを繋いだLCR電気回路を用いる手法を提案した。LCR電気回路の固有振動数を構造物の固有振動数に合わせ、効率良くエネルギを奪うことで、振動する構造物を制振する手法である。この手法では大きなインダクタンスが必要となる為、特に低い固有振動数を持つ宇宙構造物にとって、インダクタの重量が致命的な問題となる。圧電素子を用いた準能動的制振として、Richard と Clark が圧電素子に抵抗とスイッチを繋いだ電気回路を用い、構造物の振動に同調させて、そのスイッチを開閉する制振手法を提案した。系にエネルギを供給しない準能動制御であるので系は安定であるが、受動系の制振手法と比較すると、その制振効果は低い。Corr と Richard が、圧電素子にインダクタとスイッチを繋いだ電気回路を用いて、構造物の振動に合わせて、そのスイッチを開閉することによって制振する手法を提案した。板構造物の中央変位の振動が最大の時、短い時間だけスイッチを閉にするという手法が用いられた。板構造物にこの制振手法を用いた実験結果を報告したが、運動方程式・電気回路方程式からの制御則の導出、制振結果をもたらすメカニズムの解明、という理論的考察が欠如していた。この制振手法では、単モード制振のみに対応し、複数モードに対応した制振手法になっておらず、また、複数トランスデューサを統合して制御する高度な制振手法でもなかった。しかも、短い時間だけスイッチを閉にする実際上の困難さも解消されていなかった。

本研究は、準能動的制振手法にエネルギ回生手法を組み合わせる事により、準能動的制振の制振性能を高めようとするものである。圧電トランスデューサとそれを繋いだ電気回路を用いて、複数の圧電トランスデューサを有する構造物の多モード制振に適用出来るエネルギ回生型準能動的制振手法を導出し、従来の準能動的制振と比較して、高い制振効果を得るエネルギ回生型準能動的制振手法を提案し、評価することを目的としている。多自由度構造物であるトラス構造物を用い、エネルギ回生型準能動的制振の効果を、数値シミュレーション、実験を通して実証する。さらに、電気回路にダイオードを挿入する工夫により、短い時間だけスイッチを閉にする実際上の困難さも克服し、観測すべき変数も少なくし、より現実に使用しやすい制御則を構築する。また、FET等の電子デバイスを用いる事により、市販品の欠点を解消したより理想に近いスイッチデバイス、ダイオードデバイスを考案・作成する。トラス構造物の制振に関する数値計算と実験値の定量的な違いの要因を検討し、本手法の設計に関しての様々な知見を得る。以上を本研究の主題としている。

複数の圧電トランスデューサを持つトラス構造物の運動は状態量ベクトル を用いて〓と表される。式(1)の電荷ベクトル を制御量と見なせば、例えばLQR (Linear Quadratic Regulator) 制御理論からある意味で最適な制御量 が求められる。しかし、本研究で扱う圧電トランスデューサでは を直接制御する事は出来ず、制御出来るのは、電気回路のスイッチの開閉のみである。そこで、準能動的制振の1つの手法として、 の符号が の符号と同一になる様に回路のスイッチングを行う。ここで、 は 番目の圧電トランスデューサの電荷であり、 は 番目の圧電トランスデューサに対する最適制御量である。を制御量と見なせば、〓の絶対値が大きい程、制振効果が高くなることが期待できる。以上より、 の時 を出来るだけ大きい正の値にし、〓の時〓を出来るだけ小さい負の値にする制御ロジックを考える。これを本研究での準能動的制振の制御戦略とする。

LR-switching 準能動的制振(本研究で提案する制振手法)

構造物の振動に合わせて、圧電トランスデューサ内に蓄えられた電荷の符号を反転させ、その電荷の絶対値を大きくすることで、制振効果を高める事を考える。その目的のために、図1で示す回路Bを考える。上記で述べた準能動的制振の制御戦略に従い、〓Ti>0の時〓iを出来るだけ大きい正の値にし、〓Ti<0の時〓iを出来るだけ小さい負の値にすることを考える。例えば、 番目のLCR電気回路を開状態から閉状態に変更した場合、の時には〓は減少し始め、〓の時には〓は増加し始めることが分かる。しかし、この電荷〓の減少(増加)は続くわけではなく、LCR電気回路の電気的振動により、反対の増加(減少)に転じる。そこで、電荷の減少が望ましい場合は、電荷が減少している間のみ電気回路を閉にし、次の増加に転じる前に電気回路を開にする。この電気回路Bを用い、上記の準能動的制振の制御戦略に従う制振をエネルギ回生型準能動的制振 (LR-switching) と呼ぶ。構造物の振動周期に比べ、電気回路の振動周期が圧倒的に速いものと仮定すると、電気回路を開状態から閉状態に変更した場合、望ましい電荷の減少が続く時間は電気的振動の半周期と近似できる。つまり、電気的振動の半周期を として、以下の制御則が得られる。V〓τ≦0のときτの間だけ電気回路閉 V〓τ>0のとき 電気回路開

ダイオードを用いた制御則の簡単化

上記の制御方法は、電気回路にダイオードを挿入する事により更に簡単化できる。図2で示す回路B'の回路を用いると、制御則は〓τ≦0のとき スイッチを1の位置 〓τ>0のとき スイッチを2の位置 と簡略化される。この電気回路の工夫によって、電圧の測定が不要である。更に、電気的振動の半周期間、スイッチを閉にするための電流の測定や電気的振動の半周期の時間計測の必要も無くなる。電気的振動は非常に早い現象であるため、電気的挙動の測定が不要になるメリットは大きく、比較的遅いプロセッサを用いても、本制御則に従う制御系を容易に実現する事が出来る。

トラス構造物の制振数値シミュレーション結果

LR-switching 制振手法の制振効果を調べる為に、圧電トランスデューサを組み込んだトラス構造物の制振シミュレーション行った。トラス構造物の1次モードに初速度を与え、その後の過渡振動を準能動的に制振する。その制振効果を示す指標として、トラスの各節点の変位の二乗平均を2秒に渡って積分した値 を求めた例を図3に示す。この図は の値を電気回路内の抵抗の関数として示したものである。比較のために、従来型の準能動的制振である R-switching 制振手法や受動系について同様に求めた の値も示してある。受動系の場合には、L=1.5×10 1HとR=2.37×10 2Ωの時、l rmsの値が最小となり、その意味で最適となる。LR-switching 制振手法は、R-switching 制振手法や最適受動系で得られる よりも小さな が得られる、即ち、制振性能が高い事が示された。

トラス構造物の制振実験結果

数値シミュレーションにより確認した LR-switching 制振手法の制振効果を実際の構造物で確認するために、圧電トランスデューサを組み込んだ10ベイのトラス構造物の制振実験も行った。図4に実験装置のブロック図を示す。トラスの1次モードを電磁加振により励起した後、その回路を開にし、引き続く自由減衰振動の途中でLR-switching制振手法に基づく制御を開始した制振実験結果の一例を図5に示す。上から、トラスの先端変位、中間変位、推定1次モード、圧電トランスデューサの電圧、制御シグナルである。数値シミュレーションで示した様に、制御開始後、優れた制振効果を得られている。本研究で提案している LR-switching 制振手法では、スイッチングの度に、電圧を無駄に消費せずに、電圧の正負を反転させており、その結果、制御量である電荷の絶対値が大きい為に制振効果が高いことも分かる。つまり、圧電トランスデューサに蓄えられた電気エネルギを散逸させずに回生し、制振に用いている事が分かる。図6に、従来型の準能動的制振である R-switching 制振手法を用いて、同条件の自由減衰振動を制振した場合の時間履歴を表す。図5と図6を比較すると、格段に LR-switching 手法の制振効果が高い事が分かる。図7に、1次モードと2次モードを同時に励起させて生じた多モード振動をLR-switching 制振手法を用いて制御した多モード制振の実験結果の一例を示す。上から、トラスの先端変位、中間変位、推定1次モード、推定2次モード、圧電トランスデューサの電圧、制御シグナルである。圧電トランスデューサを用いた従来型の準能動的制振手法では不可能であった多モード制振が可能である事を実験でも実証できた。圧電トランスデューサとインダクタで作る電気回路Bで生じる電気的自由振動中の圧電トランスデューサにかかる電圧を測定した。その電気的振動の結果から、圧電トランスデューサの等価抵抗値が電気的自由振動のサイクル数の増加に対し減少し、その後一定値に収まる事が分かった。電気的自由振動の最初の半周期をLR-switching 制振手法に用いているので、LR-switching 制振手法を用いた制振システムを構築する場合には、電気的自由振動の最初の半周期で測った等価抵抗値を用いるべきだという知見を得た。図8は、この等価抵抗値を用いた LR-switching 制振手法による制振シミュレーションと制振実験を比較したものである。総ての挙動が一致しており、等価抵抗値に関する知見を含め数学モデルの妥当性が示された。

圧電トランスデューサの数学モデルとLR-switching 制振手法で用いる電気回路B

ダイオードを用い簡単化した電気回路:R-switching method 制振手法に用いる電気回路A',LR-switching method 制振手法に用いる電気回路B'

数値シミュレーションで求めた各手法の制振効果

圧電トランスデューサを有する10ベイのトラス構造物と実験装置ブロック図

本研究で提案する LR-switching method 制振手法を用いた単モード制振実験結果

従来型の R-switching method 制振手法を用いた単モード制振実験結果

本研究で提案する LR-switching method 制振手法を用いた多モード制振実験結果

本研究で提案する LR-switching method 制振手法を用いた単モード制振実験結果と数値シミュレーション結果の比較

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)槙原 幹十朗 提出の論文は「Energy-recycling Semi-active Vibration Suppression of Space Structures (宇宙構造物のエネルギ回生型準能動的制振に関する研究)」と題し、本文6章及び付録2項から成っている。

宇宙構造物の振動は様々なミッションの障害になるため、その制振は宇宙構造工学上の重要な課題である。従来、構造物に制御力を積極的に与える能動的制振と、構造減衰や摩擦などの減衰力を利用する受動的制振が主として研究されてきたが、これに加えて構造物の受動的制振能力が極力大きくなるよう系を制御するいわゆる準能動的制振も一部で研究されてきた。準能動的制振は受動的メカニズムにより振動エネルギを散逸させるので、外部からのエネルギ供給を必要としない上、能動的制御とは異なり、たとえ不適切な制御が行われても系を不安定化することが無い点が大きな利点である。しかしその制振能力は、受動的制振には勝るものの、一般に能動的制振には及ばない。そこで準能動的制振の制振性能を更に高める手法が望まれている。

この様な現状に鑑み、本論文では、準能動制振の高い安定性やエネルギ供給不要の長所は保持しつつ、その制振性能を高める手法の実現を目的としている。制振とは振動する構造物から振動エネルギを奪うことに他ならないが、本論文では、奪ったエネルギを有効に活用して更に効率的な制振を実現するエネルギ回生型準能動的制振を、構造物中の圧電トランスデューサに接続した受動的電気回路内のスイッチを巧みに開閉又は切り替えることにより実現している。複数の圧電トランスデューサを有する構造物の多モード制振にも対応できる制御則を提案し、その高い制振性能を数値計算や実験により確認している。

第1章は前書きであり、本研究の背景を述べ、関連する研究を紹介しながら、本研究の目的と意義を明確にしている。

第2章では圧電トランスデューサの数学モデルを構築するとともに、本論文で使用する圧電トランスデューサについて数種の特性試験を実施し、数学モデルに現れる係数の値を決定している。

第3章では圧電トランスデューサを持つ一自由度構造系を例として用い、本論文で提案する制振手法の基本的事項について述べている。先ず、能動制御理論から得られる制御量を参照して圧電トランスデューサに結合した受動的電気回路内のスイッチを切り替えるとする制御戦略が述べられている。次に、後の比較のために、エネルギの回生及び有効利用を意図せずに本戦略を適用する場合の回路と制御則を導出している。続いて、回路にインダクタンスを導入することにより、圧電素子内に蓄えられた電気エネルギを効率的制振に有効活用できることを示すとともに、そのためのエネルギ回生型準能動的制振の制御則を提案している。更に、これらの制振手法の実施を容易とするために、電気回路にダイオードを導入する等の工夫により、これらの制御則を更に簡略化している。

第4章では圧電トランスデューサを持つトラス構造物の運動方程式を定式化し、第3章で提案したエネルギ回生型準能動的制振手法の性能を数値シミュレーションにより吟味している。先ず、自由振動をするトラスの制振シミュレーションにより、エネルギを回生しない準能動的制振や最適に調節された受動制振に比べ、はるかに高い制振性能が得られること、及び、複数の圧電トランスデューサを有するトラス構造物の多モード振動を効率良く制振できることを示している。更に、正弦波加振やランダム波加振を受ける構造物の制振についても吟味し、同様に本エネルギ回生型準能動的制振が高い性能を持つことを確認している。

第5章では、第3章で提案したエネルギ回生型準能動的制振が、現実の構造物に対して有効であることを実験により確認している。実験には、第4章と同様の圧電トランスデューサを持つトラス構造を用いている。先ず、単一モードの制振実験を行い、本手法が意図したとおりに機能すること、及び、エネルギを回生しない準能動型制振に比べ、はるかに高い制振効果が得られることを示している。更に、圧電トランスデューサを用いた準能動的制振ではこれまで実現されていなかった多モード制振が可能である事を実証している。また、制振実験結果と数値計算結果の間の差異の原因を詳細に調査した結果、圧電トランスデューサは等価抵抗を有し、しかもその値が電圧印加履歴に依存することを見出し、このことが制振性能に有意に影響を及ぼすことを指摘している。

第6章は、結論であり、本研究で得られた成果を総括している。

以上を要するに、本論文は、高性能で、多モード制振にも柔軟に適用できるエネルギ回生型準能動的制振手法を新たに提案するとともに、数値シミュレーションと実験によってその有効性を示したものであり、宇宙構造物の制振技術、航空宇宙工学に貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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