学位論文要旨



No 118998
著者(漢字) 岩佐,貴史
著者(英字)
著者(カナ) イワサ,タカシ
標題(和) リンクルを有する膜面の定量的評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 118998
報告番号 甲18998
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5730号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

本研究は,有限要素解析および模型実験により,リンクルおよびスラックを有する膜面の面外特性を定量的に検討したものである.本研究では代表的なリンクル現象として円形膜の中央に設置した回転軸を反時計周りに回転させた際に発生するリンクル現象(図1) と矩形膜の3 隅を完全固定し残りの1 隅に引張力を作用させた際に発生するリンクル現象(図2) を検討した.膜の微小な曲げ剛性を考慮した幾何学的非線形有限要素法としてLocking Free 要素として代表的なMITC (Mixed Interpolation of TensorialComponents) シェル要素を用いた.本要素は,埋込座標系でのひずみ成分を用いることによって要素のひずみに対しても精度の高い解が得られるため,現在信頼性の高い要素の一つとして知られている.中央に回転軸を設置した円形膜の解析では,MITC シェル要素を用いた有限要素解析をリンクル解析に適用する際に必要となる解析条件を明らかにした.そして,構造スケール(円形膜半径と回転軸半径の差/膜厚),初期張力,回転軸半径および載荷経路がリンクル特性に与える影響を定量的に示した.これらの結果は,膜厚が零に漸近する極限においても従来の張力場理論が示す解に漸近しない(図3).従来の張力場理論はリンクル領域内での圧縮応力の存在を考慮しておらず,境界拘束の影響を含めることができない.本研究では,従来の張力場理論がそのような理由で実際のリンクル現象を再現できないことを明らかにした.また,矩形膜を対象とした模型実験では,構造スケールおよび初期形状がリンクルおよびスラックに与える影響を定量的に検討した.そして,これらの結果と解析結果とを比較することにより(図4),幾何学的非線形有限要素解析の妥当性を示した.さらに,非線形性の強いリンクル現象特有の問題点として,解析結果は境界条件および重力の載荷順序に非常に敏感であることを指摘した.矩形膜を対象とした解析では,リンクルおよびスラックを有する複雑な膜面形状を包括的且つ定量的に検討するために2 次元フーリエ変換を用いた膜面の形状解析法(スペクトル解析法,図5) を提案し,その有効性を示した.このスペクトル解析法によれば,構造スケール(辺長/膜厚),初期形状および重力の有無が載荷後の膜面形状に与える影響について検討でき,それらを簡明に示すことができる.

本研究における張力場理論の定量的な評価は,張力場理論を用いた膜構造物の設計に対する信頼性を確保するために必要不可欠である.また,リンクルおよびスラックを有する複雑な膜面形状を定量的にシミュレートする解析技術とその形状解析法の確立は,膜を積極的に利用する次世代大型宇宙構造物の設計の自由度を広げるとともに,リンクルを許容する膜構造物といった新しい構造概念を作り出すことを可能とする.本研究の意義はそのようにリンクルを有する膜面の定量的な解析が,今後直面するであろう膜構造物に関する工学的な諸問題に適切に対応し,そして従来の膜構造物の設計概念を越えた新しい構造概念を構築するための一手段を提供するところにある.

本研究で得られた具体的な知見を以下にまとめる.

リンクル解析に適する解析条件

シェル要素を用いてリンクル解析を行うと,得られる解は要素数,解析ステップ数およびシェル要素の形状関数に依存することが知られている.また,初期不整を考慮した幾何学的非線形解析の場合,得られる解は初期不整の形状およびその大きさにも依存する.そこで,MITC シェル要素による幾何学的非線形有限要素解析をリンクル解析に適用するにあたって必要となる解析条件を求めた.表1に解析条件を示す.尚,表1に示す解析条件はリンクル発生後の変形モードに着目した場合であり,変形モードが収束する条件を示している.ただし,初期不整には正規乱数(膜厚に対して10%以下の大きさ) を用い,形状関数に4 節点MITC シェル要素を用いる.

リンクル特性の定量的検討

MITC シェル要素による幾何学的非線形有限要素解析により,構造スケール,初期張力,回転軸半径および載荷経路に依存するリンクルの面外特性について定量的に示した.リンクル発生本数は構造スケール,初期張力および回転軸半径が大きい程増大する.また,リンクル発生領域は構造スケールおよび初期張力が大きい程小さくなり,回転軸半径が大きいほど大きくなる.リンクル領域内に発生する圧縮応力は構造スケールが大きい程,また回転軸半径が小さい程解放される.載荷経路が膜面形状に与える影響は構造スケールが大きい程大きく,応力状態に与える影響は構造スケールが小さい程大きい.

張力場理論の定量的評価

膜面の応力場により面外現象を推定する従来の張力場理論では解明できないリンクル波の存在を明らかにした.また,張力場理論をリンクル解析に用いる際の適用範囲を構造スケールを用いて検討した.そして,膜はリンクル領域内でリンクル波を拘束する境界条件を有する場合には座屈応力以上の圧縮応力を負担する構造材料であることを示した.この圧縮応力の存在により構造スケールが無限大になる極限においても実際のリンクル現象は張力場理論解に漸近しないことを明らかにした.

模型実験

矩形膜を対象とした模型実験を行い,構造スケールおよび初期形状に依存する膜面の実際の面外特性を定量的に明らかにした.また,実験結果と解析結果を比較することにより,リンクルを有する膜面の数値解析は他の構造材料を対象とした数値解析と比較して重力や境界条件の影響に極めて敏感であることを明らかにした.

膜面の形状解析法(スペクトル解析法) とその有効性

リンクルおよびスラックを有する膜面全体の挙動を包括的且つ定量的に検討するための方法として2 次元フーリエ変換を用いたスペクトル解析法を提案し,その有効性を示した.本解析法は,複雑な膜面形状を振幅と波長成分および振幅と方向角成分に着目して検討することができ,従来の断面形状による局所的な検討方法および変形図の目視による定性的な検討方法では解明できなかった膜面全体の定量的な挙動を簡明に示すことができる.このスペクトル解析法により,構造スケール,重力および初期形状が載荷後の膜面形状に与える影響を定量的に明らかにした.

リンクル解析に適する解析条件

円形膜モデル

矩形膜モデル

張力場理論解との比較

実験結果と解析結果の比較(t = 25Vm)

膜面のスペクトル解析(t = 50Vm)

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)岩佐 貴史 提出の論文は「リンクルを有する膜面の定量的評価に関する研究」と題し、8章からなっている。

膜はソーラーセイルや太陽発電衛星などの次世代大型宇宙構造物や、地上の建築構造物でもスタジアムや体育館といった最近の大空間構造物を構成する重要な構造要素である。膜は曲げ剛性が非常に小さく、曲げや圧縮に対する抵抗力がほとんどない。圧縮応力が作用すると膜面にはリンクル(しわ)が発生する。それは座屈現象の一種であり、その挙動を正確に把握するには微小な曲げ剛性を考慮した幾何学的非線形解析を行う必要がある。しかしリンクル現象は非線形性が非常に強い現象なので、通常の非線形解析では座屈後解析が進行するに従い工学的に意味のある最終的な解を得ることはなかなかに困難となる。そのためリンクル現象に関する研究は、膜の曲げ剛性を零と仮定する膜理論に圧縮応力を負担しないという仮定を加えた張力場理論によるものがほとんどである。張力場理論による解析は解析の安定性や計算コストの点で圧倒的に優れており、求められた面内の応力状態によりリンクル形状などの面外現象を推定している。しかし、張力場理論はあくまでも近似理論であり、その適用範囲を明確にしておくことは構造工学上重要な課題である。また、将来の宇宙構造物を考えた場合、リンクルを許容するような膜構造物の解析は必要不可欠で、そのためにはリンクルおよびスラック(たるみ)を有する複雑な膜面形状を出来る限り正確に把握する必要がある。

本論文では、膜の微小な曲げ剛性を考慮した幾何学的非線形解析によりリンクルやスラックを有する膜面の面外特性を定量的に詳細に検討し、従来の張力場理論から導かれた解との違いを考察するとともに、実験による解析結果の検証、さらには膜面の包括的かつ定量的な形状解析法の提案を行っている。

第1章は序論であり、研究の背景、目的、および本論文の構成を述べている。

第2章では、本論文の数値解析で使用する幾何学的非線形有限要素法の概要を解説し、特に解の収束性と精度を向上させるために用いたディレクターの有限回転項を考慮した MITC (Mixed Interpolation of Tensorial Components) シェル要素の定式化を示している。

第3章では、前章で定式化した幾何学的非線形有限要素法をリンクル解析に適用する際に有意な解を得ることができる要素アスペクト比と解析ステップ比の範囲を求めている。また、得られた解と従来の研究における解析結果や実験結果とを比較して本解析法がリンクル解析には適した解析法であることを示している。

第4章では、円形膜におけるリンクルの発生本数、方向、発生領域、および形状について定量的な検討を行っている。それらが構造スケール(代表長さ/膜厚)、初期張力、および回転軸半径といった構造パラメータによりどのように影響されるかを明らかにし、さらに載荷経路にも依存することを示して、複雑な非線形現象としてのリンクル現象の全体像を明確化している。

第5章は、円形膜および矩形膜について、特にリンクル現象の構造スケール依存性を詳細に検討して、従来のリンクル解析で広く用いられている張力場理論の問題点を定量的に指摘している。張力場理論においてリンクル領域外と判断される領域にもリンクル波が存在することや、張力場理論では無視している曲げ剛性の影響とリンクル領域内でリンクル波を拘束する境界付近に必ず存在する圧縮応力の影響とにより張力場理論より得られる解が実際とは異なること、リンクル現象の解析を張力場理論により行う場合には構造スケールが 1,000以上の場合が望ましいことを明らかにしている。

第6章では、矩形膜の3点を固定し残りの1点に荷重して行った実験について述べている。膜面の詳細な変位計測により、本論文で用いたMITCシェル要素による幾何学的非線形有限要素解析の妥当性を確認し、リンクル現象の初期形状や構造スケール依存性を実験的にも明らかにした。さらに数値解析において仮定した完全固定の境界条件や荷重増分法による重力荷重の与え方が実際の実験の場合とは異なって、局所的にそれらの影響が現れることを指摘した。

第7章では、2次元フーリエ変換を用いた膜面の形状解析法(スペクトル解析法)を提案し、その方法によりリンクルやスラックの振幅、波長および発生方向の関係が包括的かつ定量的に表わせることを示している。第6章の実験結果に適用してその有効性を確認している。

第8章は結論であり、本研究の成果を要約している。

以上要するに、本論文は、膜の微小な曲げ剛性を考慮した幾何学的非線形有限要素解析や実験によりリンクルを有する膜面の面外特性を定量的に明らかにし、従来の張力場理論の適用範囲を明確にしたもので航空宇宙工学、構造工学、および建築学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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