学位論文要旨



No 118999
著者(漢字) 谷,直樹
著者(英字)
著者(カナ) タニ,ナオキ
標題(和) ロケットターボポンプの極低温キャビテーション流れに関する研究
標題(洋)
報告番号 118999
報告番号 甲18999
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5731号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長島,利夫
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 藤井,孝藏
 東京大学 講師 寺本,進
 東京大学 教授 山口,一
内容要旨 要旨を表示する

ロケットエンジン開発時の問題点の一つとして、ターボポンプインデューサに発生するキャビテーションが挙げられる。インデューサに発生するキャビテーションは、ポンプ揚程の急激な低下をもたらすだけでなく、軸振動の原因となるため、その予測、予防法の確立が急務とされている。しかし、現在のインデューサ設計時のキャビテーション対策は、単純なポテンシャル法による予測を行い、その後、実験を積み重ねることで試行錯誤的に行うことでなされており、効率的とは言い難い。キャビテーション自体は舶用スクリュなどで問題となることから、過去から多くの研究例が報告されているが、これらのほとんどは水に関した研究である。しかし、近年の高性能ロケットの推進剤には、液体水素や液体酸素といった極低温流体が用いられており、これら極低温流体中でのキャビテーションの場合、熱力学的効果というものが顕著になることが知られている。これは、キャビテーション発生時に潜熱を奪う影響で、キャビテーション内部の温度が低下する現象で、気液間の密度差が小さい極低温流体特有の現象である。しかし、熱力学的効果を考慮したキャビテーション流れの研究は非常に少なく、系統的な研究は皆無と言ってよい。

そこで、本論文の第一の目的として、極低温キャビテーション流れの基礎的な理解を掲げ、実験、数値計算の双方から考察を行うこととした。そして、この結果から得られた知見を考慮した上で、キャビテーション抑制効果が高いインデューサ形状の設計に指針を与えることを第二の目的とした。

極低温流体は、その取り扱いが困難であり実験は容易ではないため、数値解析が威力を発揮する。しかし、熱力学的効果を考慮したキャビテーション流れ解析手法は、非常に制約が多い手法しか存在しない。そこで、本論文では、Kubotaによって提案されたBubble Two-phase Flow(BTF)モデルに潜熱を考慮したエネルギ方程式を加えることで、気泡の非線形振動と潜熱吸収による温度変化を考慮可能とした。また、数値解析法にはThermo-CUP(Thermo CIP Coupled Unified Procedure)法を用いることで、圧縮性、非圧縮性両方の領域が混在する流れ場における高精度解析を可能とした。

本研究においては、大別して、2次元ラバールノズル、単独翼、インデューサ翼列の3種類の対象に関して解析を行っている。ラバールノズルからは、主に熱力学的効果が物理量に与える影響を明らかにし、単独翼からはキャビテーションの大きさの比較を行っている。そして、インデューサ翼列に関する解析では、現行の設計指針との比較と、キャビテーションを抑制する形状の提案を行っている。

2次元ラバールノズル

まず、極低温キャビテーションの基礎的な知見を得るため、単純な形状の2次元ラバールノズルに関して実験と数値計算を行った。作動流体には、ロケット推進剤である液体酸素に物性が非常に良く似ている液体窒素を用い、対照実験として水も用いた。その結果、液体窒素の場合、キャビテーション領域で水には見られない顕著な圧力低下が見られた。この圧力低下領域はキャビテーション領域の大きさに対応していることから、熱力学的効果の影響であると推定された。同様に、数値計算結果から、この圧力低下は熱力学的効果により温度が下がり、それに伴って飽和圧力が低下したためであることが明らかとなった。さらに、この圧力低下の影響でキャビテーション消滅部の圧力勾配が大きくなり、このために逆流が誘起されており、熱力学的効果が流れ全体に影響を及ぼす可能性も示唆された。

単独翼

ラバールノズルの考察から、極低温流体と水のキャビテーションにおいて圧力、温度などの物理量分布がどのように異なるかを知ることができた。しかし、ノズルの場合は流路全体にキャビテーションが発生してしまいキャビテーション形状の違いを知ることができなかった。このため、部分キャビテーションが生じる流れ場として単独翼を採用し、水と液体窒素でのキャビテーション形状の比較を行った。加えて、キャビテーション性能の比較も行い、熱力学的効果が揚力に与える影響を考察した。

まず、キャビテーション形状に関しては、水と液体窒素の間でキャビテーション形状が大きく異なり、極低温流体の方が水よりも短く、かつ分厚いキャビテーションが生じることが明らかとなった。キャビテーション長さが短くなるのは熱力学的効果の影響で、気泡運動と、熱力学的効果に伴う圧力分布が連成した結果、気泡崩壊が促進されるためであることが判明した。また、キャビテーションの分厚さに関しては、キャビテーション内部のマッハ数が影響しており、キャビテーション領域のマッハ数が高いほどキャビティが薄くなることがわかった。極低温流体の場合、キャビテーション領域のマッハ数は、水の約10分の1程度であり、分厚さが大きく異なる結果となった。

次に、キャビテーション時の性能に関しては、キャビテーション発生が顕著であるほど、極低温流体の方が熱力学的効果の影響で性能が向上することがわかった。これは、キャビテーション領域で圧力が低くなる領域が大きくなるためで、熱力学的効果によってインデューサの性能が向上するとした過去の研究結果を支持するものである。しかし、キャビテーションがわずかしか発生していない場合は、かえって極低温流体の方が揚力が低くなる領域が存在し、必ずしも熱力学的効果が性能向上に寄与するわけではない。

また、同様の流れ場で、液体酸素に関して性能比較を行った。これは、実際のインデューサの開発時において液体酸素を模擬する流体として液体窒素や水が用いられるからである。性能を比較した結果は、液体酸素と液体窒素はほぼ同様の傾向を示すのに対し、水の場合は全く異なる結果となった。このことから、液体酸素の代替流体として液体窒素を用いるのは妥当であるが、水を用いると全く異なる結果を示す危険性があると言える。

インデューサ翼列

ラバールノズル、単独翼の解析から、極低温キャビテーションの特性を知ることができた。以上の知見を考慮したうえで、インデューサ翼列に関して計算を行い、現在の設計指針と比較を行い、その改良案を提案する。

現在の設計指針は、ポテンシャル法を利用して平板翼列に発生するキャビテーション形状を予測し、それを翼前縁形状と比較して、両者が干渉しない形状が良いとしている。しかし、このポテンシャル法の導出過程は非常に仮定が多く現実的ではない上、干渉しない方が良いとする指針自体根拠が無い。このため、はじめに2次元翼列に関して計算を行い、現在の設計指針が妥当かどうかを検証した。その結果、現行のポテンシャルキャビティ形状と翼形状が干渉しない形状にした場合でも激しい非定常キャビテーションが発生しうることがわかった。これに対し、ポテンシャルキャビティ形状と翼前縁形状が接するような場合にもっとも安定したキャビテーションが発生した。一方、ポテンシャルキャビティ形状と翼形状が大きく干渉する場合は翼加圧面側からもキャビテーションが生じ、揚程が大きく低下することになった。以上から、現行の設計指針は必ずしも適切とは言えず、むしろ前縁形状をポテンシャルキャビティ形状と接する程度にすることが良いことがわかった。

実際のインデューサは3次元性が非常に強い形状をしているため、2次元翼列とは異なった現象が発生することが予想される。本論文においては、翼後退角の有無の2種類、そして、先の2次元翼列で得られた知見を用いた翼断面形状と、現行の翼断面形状の2種類の計4ケースに関して比較検討を行った。その結果、後退角が無い場合は2次元翼列で得られた知見を用いることでキャビテーション抑制効果があることがわかった。これに対し、後退角がある場合は、翼断面形状が異なっていても、後退角が無い場合に比べHub側ではキャビテーションが大きく抑制され、一方、Tip側では後退角が無い場合よりも大規模なキャビテーションが発生することがわかった。これは、どちらも後退角の影響であることが判明した。

以上の知見を総合して、キャビテーション体積を極力抑制するインデューサ形状を考察した。3次元解析の結果から、Hub側では翼断面形状に関係なく後退角の影響でキャビテーションが抑制され、これに対しTip側では後退角が無く、2次元解析の知見を用いた断面形状が良いことが判明したため、Hub側では後退角を有し、Tip側では後退角無し、断面形状も2次元解析の知見を用いた翼型を提案し、数値解析を実施した。その結果、この形状の場合HubからTipにわたってキャビテーション体積を抑制する効果があることがわかった。

以上、本論文は、ロケットターボポンプ用インデューサ部分尾設計に深く関連するキャビテーション流れに関して研究を行い、熱力学的効果が卓越する極低温キャビテーションの特性を様々な方向から明らかにし、キャビテーション体積を極力抑制するインデューサ形状について指針を示したものである。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)谷 直樹の提出論文は、「ロケットターボポンプの極低温キャビテーション流れに関する研究」と題し、本文7章及び付録から構成される。

国際宇宙ステーション、気象衛星、GPS衛星というように、人工衛星に代表される宇宙利用の進展につれ、ロケット打ち上げがビジネスにまで捉えられる様になり、以前にもまして高性能・高信頼化の要求が強い。液水・液酸ロケットエンジン開発上の難点のひとつは、ターボポンプ・流入インデューサに発生するキャビテーションであり、ポンプ性能の低下をもたらすばかりでなく、内部流れの非定常・不安定性を誘起し、軸振動などのエンジンにとり致命的トラブルに通じる危険性が、1999年のH-II 8号機の事故にみるように、指摘される。水中のキャビテーション現象は舶用スクリュや汎用ポンプで観察され、その研究例も非常に多く古典的な課題である。従って、ロケットポンプ中に発生するキャビテーションの研究のほとんどが、作動流体であるロケット推進剤を通常の水と同一に取り扱い、実験・解析を進めてきた。しかし、高い比推力を実現するための液水・液酸など極低温推進剤の流体中に発生するキャビテーションは、常温水に発生するものと異なり、熱力学的効果、すなわち、キャビテーションという液体から気体への相変化潜熱を奪う自己冷却効果というものが顕著になって、一般には、常温水中に比べてキャビテーション性能が向上する(発生しにくくなる)といわれる。しかも、極低温流体のように気液間の密度差が小さい流体では特徴的に現われることになり、従来の知見をキャビテーション現象の解明やインデューサ設計指針に適用する根拠は非常に乏しい。そうした理由から、至急に、極低温キャビテーション現象と気液流動の詳細研究の必要性が生じている現状と認識される。

著者は、本論文において、極低温キャビテーション流れの特性の解明及びその特徴を考慮できる理論モデルと数値計算手法の構築、さらに、それを適用し、ロケットポンプインデューサでのキャビテーション流れに関する詳細な知見を得て、現行のインデューサ設計法に比べ、より精確な指針に立ち、コストパフォーマンスの高い設計支援ツールの構築につなげることを目的に掲げている。

本論文は、第1章から第7章までの構成となっている。

第1章では極低温キャビテーションに関するこれまでの研究と、研究背景、そして本論文の目的が述べられている。

第2章では、極低温キャビテーション流れのモデル化と支配方程式について述べている。キャビテーション流れに均質流モデルを採用することで、熱力学的効果に必須のエネルギ方程式まで連立させる高次解析が容易となること、また、キャビテーション気泡の非線形運動を気泡流モデルで記述することで現実的なキャビテーション流れのシミュレーションが可能となることを示している。

第3章では、導かれた支配方程式の数値解析法に関して述べ、また、検証計算の結果をまとめている。キャビテーション流れは、ほぼ非圧縮の液体中に、高い圧縮性を持つ気泡領域が存在する流れ場であり、両者を効率良く解ける計算アルゴリズムが必要となる。加えて、本研究では温度変化が重要で、熱の移動に関しても高い精度が必要となる。これらの要求を満足する数値解析手法として、Thermo-CCUP法の適用ならびに気泡運動に対し内部反復による計算の硬直性回避などが施策され、圧縮性・粘性の流れ場、気泡運動、さらに相変化を考慮した混相流れのそれぞれにつき検証計算の結果が吟味されている。

第4章では、2次元ラバールノズル内部でのキャビテーション流れに関して、液体窒素と常温水に対する実験、数値計算双方の比較検討を行い、極低温キャビテーションの特徴、すなわち、キャビテーション内部の潜熱吸収による顕著な圧力低下を、液体窒素の実験と数値解析の両者で捉えた点が述べられている。これは、熱力学的効果の影響が温度低下のみならず圧力まで及ぶことを示すもので、圧力、温度、ボイド率の3つの分布間の強い相関の存在が新たな知見として明解にされている。

第5章では、単独翼周りに発生するキャビテーションに関して、水、液体窒素、さらに液体酸素の流体間で比較を行い、キャビテーション形状の違いを明確にして、揚力係数のキャビテーション係数に対する変化を調べ翼性能の比較を行っている。その結果、液体窒素と液体酸素では、類似のキャビテーション形状と性能的な一致傾向が示され、一方、水ではキャビテーション形状、翼性能ともに極低温流体と全く違う傾向を示し、従って、水を用いて極低温流体機器で発生するキャビテーションを予測することに警告している。

第6章では、最終的にインデューサ翼列を対象に、2次元、3次元双方の計算結果から、翼形状とキャビテーションの関係を考察している。先ず、2次元解析で、主に前縁クサビ形状に関して比較を行うと、現行の設計指針よりもクサビ長さを短くした方がキャビテーション発生は抑制される。しかし、短くしすぎると、翼加圧面側からのキャビテーションを誘発し、かえって望ましくない。さらに、3次元計算を行い上記の影響を調べると、翼の後退角無しでは正しいが、後退角がある場合、半径方向流れによるキャビテーションの集積により、クサビ長さを短くするとかえってキャビテーションが激しく発生する。これらの知見を基に、キャビテーション体積と逆流域の双方の観点から改良が見込まれる改良型のインデューサ形状を提案している。

最後の第7章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめている。

以上要するに、本論文は、極低温流体中のキャビテーションを取扱える数値解析手法を新たに構築し、検証実験を踏まえ、熱力学的効果によるボイド率、温度、圧力の相関を流れ場の特徴と併せて明らかにするとともに、常温水中の現象観察を拠り所とするロケットポンプインデューサの経験的な従来設計手法に警鐘を与え、ロバストな設計支援ツール構築の可能性を示したものであり、その結果は航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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